古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第743話

 漸く主力の第二陣を率いる、ライル団長と合流出来た。これで攻略後の維持管理に不安が有った、ジュラル城塞都市を攻める事が出来る。流石に砦と違い都市は市民が多く居るので少人数では問題だからな。

 サハラル高原砦群のバラカス砦とビヨンド砦を破壊した後、第一陣から距離を置いて動向を観察していた。バセット公爵とバニシード公爵も漸く連携し始めた。お互い追い詰められているから、足の引っ張り合いは無しだろう。

 先ずは残された戦力を一つに纏めていたが、引き込んだ裏切り者の侯爵二人の元配下達は順次エムデン王国に戻された。無理な砦攻略を強いられたので被害甚大。身の潔白を示した事で庇護される対価は払ったから、早く国元に返せって事だ。

 多くの死者を出したって事は、家の存続に関わる。当主や後継者が死ねば、引き継ぎやら色々有るだろう。ぶっちゃければ親族共が群がってくるから、上手く捌いて正当な後継者に家を引き継ぐ必要が有るんだ。

 これ以上血縁者に戦死者が増えれば、家自体の存続が難しい。大量の血を流し公爵家の派閥に入っても、跡継ぎ不在で家が無くなれば無意味。バセット公爵もバニシード公爵も引き留めは無理だろう。落ち目だし、未だ最低限の結果しか出してないしな。

 王都の貴族街の巡回警備の件だが、戦場にまで公爵二家の留守居役から指示を伺いたいと伝令が来ていたな。リーンハルトが国王に献策し勅命が出たからには、新しく派閥に入った連中の庇護は当然だ。

「ふむ、我が義理の息子の策略は凄いな。只でさえ少ない戦力を割いてでも、新しく勧誘した連中の安全確保は必須だ。しなければ離反、悪評も広がる」

「身の潔白を示す為に出血を強いられた連中の祖国に残した家族を蔑ろにしてみろ。直ぐに離反するだろうし、最悪は戦場で寝首を掻かれるぞ。だから公爵二人は足の速い騎兵部隊を王都に戻した、騎兵は都市の攻略には使えないからな」

 少し離れた林の中から第一陣の陣容を眺める。騎兵は最低限の自分の守りを固める為に百騎残し、他は王都に戻させた。歩兵は合わせて二千五百人、荷駄隊が六百人。

 歩兵の内訳は槍兵二千人に弓兵五百人、攻城兵器は用意していない。切り札の魔術師部隊は合わせて三十人位か?何人か宮廷魔術師団員も居る。ジュラル城塞都市の1㎞手前に布陣しているが、荷駄隊は更に1㎞後ろだ。

 だがジュラル城塞都市の連中は籠城戦を決め込んだみたいだな。三千人前後の戦力では攻略など不可能、包囲も無理だから一ヶ所に集まっている。敵は伝令兵を何人も出しているから、増援が来る可能性も高い。

 いや、彼等の勝利条件に援軍は必須だ。籠城戦に徹すれば数ヶ月は耐えられるが、援軍が来なくては敵を追い払えない。いずれは補給を断たれて干からびて飢え死にする。その前に、ウルム王国は滅びるだろうが……

「バニシード公爵は我等に城門を破壊させて、自分達も一緒に突撃したかったのだろうな。乱戦に持ち込めば、大将首も狙えるから成果を出し易い」

「ああ、バセット公爵も協力関係を結び共闘したいって直接的に言ってたしな。だがお前達に協力などしない、だから第二陣を待っていたんだ」

 我等を金銭で釣ろうとしやがった。今思ってもムカつく。何が金貨三十万枚をやるから共闘し先鋒を務めろだ!どの道、都市に二千人程度で乗り込んでも守備兵に追い出されるぞ。

 城塞都市の内部は複雑に入り組んでいる。守備兵に民兵も動員してくれば、ゲリラ戦に持ち込まれて消耗を強いられる。愛国心の程度によっては手痛いしっぺ返しを食らう。

 国の為、家族の為、知り合いの為と、腹を括った連中は強い。甘く見れば俺達だって負けないが危うい。ゲリラ戦とは、それほど厄介なんだ。

「ふむ、二人が俺を待っていたのは第二陣の軍団長の権限を以て奴等の乱入を防ぐ為だな。確かに俺達が城門を破壊したら我先に中に突撃して戦果をあげたいのだろうが……そんな事を許す訳が無い。後方待機、攻略部隊には加えないし手柄も与えない」

 第二陣は未だ10㎞ほど後方で陣を張っている。ライル団長と少数の側近のみが我等と合流し今後の対策を練る事にした。バニシード公爵達を混ぜる訳にはいかない、協力する必要も無い。

 ライル団長がザスキア公爵の指示書を二通持参していたので、俺とバーナム伯爵とで素早く読む。相変わらず戦場に居ないのに不思議と状況を把握していやがる。

 そして微妙に出陣前と戦略の内容を変えている。当初はジュラル城塞都市も破壊し尽くす指示だったが、今は城門のみ破壊し突入部隊は第二陣に任せるか……それは俺も賛成だ、闇雲にヘイトを集める必要は無い。

 だがそれは、カルステン侯爵を逃がした事が原因か?他にどんな理由が有ったんだ?

「なぁ、リーンハルトの奴がリーマ卿を捕縛したって書いてあるんだけどよ?何故、どんな状況だったんだ?」

「バーリンゲン王国の使節団に扮した暗殺部隊を送り込んできたが、事前に調べて行動即捕縛?アイツは戦場に出なくても手柄を立てるんだな。

旧コトプス帝国の残党共を実質的に纏めていたのが、リーマ卿だ。ソイツを無傷で捕縛したなら、相当の情報を吐き出させた筈だ。もう謀略の心配は無い、地味に勲功を稼ぎやがるぜ」

「いやいやいや、アウレール王に暗殺部隊を送り込んだが、サリアリス殿が全員殲滅させた?何だと、また暗殺とか同じ事を繰り返すのか?バーリンゲン王国め、また利敵行為をしやがったな。滅ぼすべきだろ!」

 一人でバーリンゲン王国に喧嘩を売って属国化させ元殿下三人を討伐、更に旧コトプス帝国の重鎮を捕縛する。大活躍だな……暗殺部隊を倒したのは、サリアリス殿だが情報を掴んだのはザスキア公爵か。

 全く俺達の手柄が霞むじゃないか!やはりアイツを王都に残して正解だな。本当に何とでもしやがった、祖国の守りに不安が無いのは兵士にとって何よりの精神安定剤だ。

 彼等にとって今回のウルム王国侵攻は聖戦なんだ。モア教を不当に扱った異教徒共に鉄槌を下す立派な建て前を伴う信仰心を示す戦い。だが祖国に残した家族の事が心配だったが、リーンハルトの行動がその不安を打ち消した。

 貴族街や新貴族街は当然として、王都の治安維持も問題無く行っている。アウレール王が留守居役として権限を持たせたと有るのは、国内の問題事の解決も任せたって事か?

「簒奪の心配の無い、リーンハルトを留守居役にして権限を持たせ毒婦ザスキア公爵を補佐に当てた。ザスキア公爵からの指示書には、バニシード公爵とバセット公爵の派閥構成貴族の切り崩しもやるらしい」

「こんな状況だ。奴等の庇護の元に入ったが、フォローは不完全だろう。必ず不満が爆発するし、ザスキア公爵ならさせるだろう。そして見込みの有る連中を引き抜き、更に政敵を追い込む失態も誘う。なんて怖い女だ……」

 あの毒婦が留守居役の№2?何て恐ろしい配置なんだ。リーンハルトも苦笑しながら犯罪行為や倫理的に問題が無ければ助力するだろう。アイツは奇麗事に拘らず、メリットが有れば建て前を用意してから実行する。

 もうバニシード公爵とバセット公爵に勝ち目など無い。万が一にも、ジュラル城塞都市の攻略の手柄を盗み取っても無駄だな。そもそも二千人程度じゃ大した役には立たない。

 あの毒婦は公爵二人が貴族としての義務を果たせない様に必ず動く、不名誉を与え没落するように仕向ける。それが可能になる協力者を見付けてしまった。二人が味方で良かった、本当に良かったぜ。

「ライル団長、バーナム伯爵。この指示書の通りに動いて、あの毒婦に睨まれないようにしような」

「ああ、俺もそう考えていた。あんな毒婦に睨まれたら貴族として終わる。今迄は、俺達と同じように押さえ付けられていたが……」

「その枷を取り払う協力者を得たからな。なんて女を解き放ってくれたんだ!まぁ味方なら心強いが、信用は出来ない。警戒は必要だが、それも読まれて対策されるだろう」

 三人で深々と溜め息を吐く。アレを姉と慕う義息子の胆力を正直凄いと感心する。俺達じゃ無理、物理的になら負けないが搦め手で来られたら呆気なく負けるだろう。ヤバい女が居たものだ。

「まぁ良い。第一陣の連中は直接見て状況を確認した。追い込まれ焦っている、万全とも言い難い。バーナム伯爵達は俺達と合流し、今後の作戦を検討しようぜ。少し込み入った話も有るしな」

「そうだな。結果を第一陣に伝えて抜け駆けや横入りを禁止させないと、後が無い連中だから暴発するぞ」

「全く小細工ばかりするから余計に自分の首を絞めるんだ。サハラル高原の砦群を自分達の手勢で落とせば、未だマシな評価だったんだがな。弱者を脅迫し出血を強いた、それが問題だな」

◇◇◇◇◇◇

 ライル団長率いる第二陣の野営地の一角を借りて陣を張る。未だ戦闘をしていない事と、高い練度を持つ正規兵達だから規律も良い。しかも俺達を歓声と共に受け入れてくれた。

 既に大小三つの砦を攻略しているからだが、正直に言えば嬉しい。仲間の成果を素直に称える事が出来る、手柄を奪う事しか考えない第一陣の連中に見習わせたい。

 『戦鬼』に『悪鬼』と敵兵に呼ばれ恐れられている事も知っているのは、俺達の活躍も王都で公式に発表されたからだ。国民の戦意高揚の為とはいえ、これも正直嬉しい。

 しかし周囲の連中だが妙に張り切っているな。元々正規兵だから士気が高いのだが、十年以上大規模な戦争は体験していないが……過去の経験と比べても異様に戦意が高いような、既に勝ち戦だからか?

 殺し合いをする悲壮感と殺伐感が無い。正規兵でも若い連中は今回が初参戦の筈だが、普通は悩んだり荒んだり病んだり割り切ったりと色々と感情が乱れるんだ。国家に忠誠を誓っていても、怖いものは怖い。

 それが前向きと言うか、何と言って良いか俺でも分からない。隣を歩く、バーナム伯爵も同じように感じたみたいだ。そして防諜対策を整えた、ライル団長の本陣の天幕に集まった。

「大袈裟だな。こんな場所で人払いまでしなければ駄目な話なのか?」

 ライル団長が騎士団員に暫くは人を寄せ付けるなと厳命した事が気になる。確かに今後の戦略に関する話だから、防諜対策は分かる。だが第二陣には身内しか居ないぞ。

 それとも諜報や裏切り者が居るから注意が必要なのか?でも兵士達を見たら、そんな連中が潜り込む隙は無さそうだぞ。まぁ注意は必要だ、過剰だが戦時中だし仕方無いか……

「少しマズいと言うか、困った状況なんだ」

 何だ、その苦虫を纏めて噛み潰したような顔は?また横やりが入ったのか?今の我等の行動に制限を掛けられる連中など、王族くらいだぞ。

「む?そうなのか?」

「戦意も高いし兵数も多い、疲労も無く装備も良い。最新の情報も手に入るのに、何がヤバいんだ?」

 理想的な状況だろう。規律を維持し戦意も高い、当然だが練度も高い精兵達だぞ。それに俺達三人が揃った、怖いものなど何も無いだろう?

 後方支援に、ザスキア公爵が控えて補給から何から色々と手を打ってくれる。勿論だが我等にも指示を出してくるが、それは仕方無いと飲み込んだ。

 女だからとか、そう言う下らない感情で反発するほど俺達は馬鹿じゃない。更にリーンハルトまで控えている。奴なら政治的圧力でも何とかする筈だ。

「実はな。今回の戦争だが建て前は……」

「は?それは難問だ。そう言えば、俺の部下もそうだったな」

「おぃおぃ、そりゃ問題って言うか、その……アレだな」

 ライル団長の話を纏めると、先ず近隣の街や村に小隊規模の兵士達を派遣した。反抗しなければお咎め無しと言う事を伝える為に、交渉は従軍している僧侶に任せている。

 今回はモア教の教義を守る為の聖戦だから、多くのモア教の僧侶達が参加し協力してくれている。彼等の回復魔法や防御魔法の恩恵は計り知れない。

 そして近隣の街や村には、ウルム王国の正規兵は居ない。多くが近くの大きな砦に集められていた。当然だ、守る意味の低い街や村に小規模とはいえ兵士を配置しても無意味だから。

 兵士は集まってこそ脅威となる集団戦が本領、だから街や村を守るのは自警団か良くて雇われた冒険者達だな。我が軍は略奪はしないと厳命され、それを事前に広めている。

 ウルム王国の平民階級の殆どは、モア教の信徒達だ。故に今回の戦争、いや聖戦は彼等にとって望むべき事。故に侵攻して来た他国の軍隊なのに喜んで受け入れる。

「凄く協力的なんだ。彼等はエムデン王国に併合される事を望んでいる。異様に目をキラキラさせて、物資の供出に義勇軍の協力も申し出てくれた。普通なら有り得ない、この原因は……」

「リーンハルトだな。奴はモア教の司祭を救った。未成年に対して政略結婚を強要する、バーリンゲン王国とウルム王国から救出した。奴自身が敬虔なモア教の信徒であり、身分に関係無く人々を助ける現代の英雄。実際に多くの平民を救っている、いや救い続けている」

「それをモア教の教皇が認めて賞賛した。各国に広まるモア教の教会にも通達されたらしい、故にモア教の関係者と信徒達から絶大な信頼を捧げられている。気付かなかった、いや自国の連中だけなら問題は少なかったが他国もとなると……脅威だろう」

 ライル団長が厳重に封印された親書を二通渡してくれた。一通目は蝋封は天秤と短剣、これは王家の家紋じゃないか!二通目はザスキア公爵か、こんなモノを受け取るなんて……

 先ずは、バーナム伯爵が王家の、俺がザスキア公爵の親書を読み、次いで交換して読む。じっくりと隅々まで読み込んだ。何て事だ、こんな事が有り得るのか?

 震える手で丁寧に親書を畳み、ライル団長に渡す。三人の視線が絡み何も言わず同じタイミングで溜め息を吐く。これが、ザスキア公爵が方針を変えた要因か……

「聖戦。建て前としては良い部類だと思っていたが、実際に行うとこうなるのか?アウレール王の直筆の指令書には、平民達の被害を最小限にしろと厳命している」

「有り得ない、いや予想すらしていなかった。ザスキア公爵が扇動した訳じゃない、これはモア教全体が動いていやがるな」

「ああ、彼等にとっても利益が有る。だが今迄は国政に口出しせずに国家の中枢からは距離を置いていたのに、何故今回は協力するんだ?」

 各国のモア教関係者に通達された事は『今回の聖戦に対して、モア教は協力を惜しまず。信徒達よ、教義を守る者の為に手を差し伸べろ。モア教の安寧は、我等が守り手と共に』だと!

 者達じゃなくて者、複数じゃなく個人を差している。名前を挙げてないし指名もしていない、だが誰でも誰だか分かる。分かるんだよ、そのモア教の守り手が!

 


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