古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第744話

 ジュラル城塞都市攻略を前にして第二陣を率いる、ライル団長と合流した。これで攻略後の維持管理の人員も確保出来たと喜んだのだが、新たな問題が浮き上がった。

 アウレール王直筆の指示書を頂けるという名誉(珍事)、それは秘された王命なのだが多大な問題を含んでいる。いや、命令自体を行う事に問題は少ない。ザスキア公爵が修正案の指示書も用意してくれた。

 あの毒婦も問題の大きさに当初の我が軍の被害を抑え、攻略期間も短縮する案を放棄した。仕方無い、これを無視すればエムデン王国の立場すら悪くする。場合によっては建て前も崩壊するだろう。

 聖戦、宗教絡みの戦争がこんなにも厄介だなんて思いもしなかったぞ……

「ジュラル城塞都市の破壊を止めた理由は、一般市民への被害の多さに配慮したからだ。ザスキア公爵はジュラル城塞都市を徹底的に破壊し、敵対すれば全てを壊すという威をもってウルム王国の王都に進軍。最短時間で降伏を促し制圧する予定だった」

 多分だが城壁都市の破壊は威圧の為と、俺達を恐怖の対象にする事だろう。短期間で終わらせる為に、王都に籠もる連中に籠城を諦めさせる為に、ザスキア公爵は見せしめとして徹底的に破壊する予定だった。

 まぁ裏では、リーンハルトに向かう畏怖の緩和の為に俺達の悪名と言うか恐怖心を高め、奴に向かうヘイトを減らすとかか?無慈悲な殺戮ではないが、普通に攻略する砦や城塞都市を破壊しまくれば恐怖の対象だ。

 それに恐怖した敗残兵や平民達を王都に追いやり消費を増やし、兵糧攻めの負担を増やしたかったんだ。逃亡者の行き先は最大の王都か人の全く居ない僻地かだろうが、僻地では生活が成り立たない。

 人里離れて暮らす事は困難、一時的でもだ。安全安心を求めて人が多く集まる所を目指す、それが普通だろう。周辺の街や村も同様に王都へ追いやって、受け入れなければ更に離反工作に使う。

 追われて逃げ出し助けを求めた国民を助けない、内通者や裏切り者も出易くなる。籠城戦の攻略は内部からの切り崩しによる裏切りが効果的。だが平民達への被害も大きい。

 だから、その手は使えない。聖戦だから極力平民達の被害を減らす為に動かねばならない。故に城塞都市の破壊は止められた。俺達の悪名も減る訳だ、その点で言えば良かったのか?

「戦意を挫き残敵を王都周辺に集めて籠城戦のデメリットを高める予定だった。実際にジュラル城塞都市が破壊されれば、王都の城壁だって壊されると思うだろう。

早めの降伏を促す要因の一つだった。それに周辺の街や村を攻略すれば、逃げ出した人が集まるのは王都。人数が増えれば物資の消費は激しい、兵糧攻めの最中に周辺を制圧する予定が狂った。兵糧攻めは平民達にも被害が有る、いや彼等の被害の方が甚大だ」

 確かに支配層は少ない食料や物資も優先的に貰えるからな……バーナム伯爵は、ザスキア公爵の裏の計略は分からなかったのか?あの女、本当にリーンハルトの名声を守る為に俺達に負担を強いてきやがった。

 共闘の条件である『リーンハルトを守って欲しい』とは生死の問題だけじゃ無く、世間体とか諸々含めてか?まさか本気で、リーンハルトを愛しているとか言わないよな?

 だが毒婦に懐く者など居ない。摺り寄りなら多いだろうが、そんな者達に愛情など感じぬだろう。年下の有能で生意気な美少年が好きとの悪評だが、まさか本当だったとはな。あの女、リーンハルトに勲功を貯めさせて侯爵に押し上げるのは身分の釣り合いを考えてか?

 嫌な考えを頭を振って弾き出す。最年少侯爵?笑えない、既に侯爵二家が裏切りの不祥事で取り潰しで空きが出来る。奴の功績や活躍を考えれば例外や特例とか、有り得そうで怖いぞ!

「そうだな。王都を抑えられたら、どんなに他で勝っても無駄だ。王都に向かう連中を俺達に平地で戦わせて個別に勝つ予定だった。援軍の全滅は、籠城する連中の戦意を折るのに最適。

だが今回は平民に極力被害を出さずに勝たねばならない。ジュラル城塞都市に突撃する第二陣には、一般人に危害を加えるなと徹底させねば大問題だぞ。だがそれは難しい、俺達の言う事など聞かぬだろう。または聞かせたければ配慮しろとか言うだろうな」

 いや、ジュラル城塞都市を落とす事自体は大した問題では無い。俺達が城門を破壊し、第二陣の連中が都市内部に雪崩れ込んで軍属共を倒せば自惚れでなく被害は最小限で勝てるだろう。

 ザスキア公爵は、ウルム王国最大最強の敵である、ジウ大将軍の動向の情報も寄越してくれた。奴は三千人の正規兵を率いて、ジュラル城塞都市に向かっている最中だ。

 歩兵と弓兵だけらしく合流させると厄介だ。野戦で迎え撃つのが確実、時間的には僅かしかない。つまり第二陣と遊撃部隊は別行動。俺達だけで、ジウ大将軍の軍勢を倒す。

「問題は多いが不利じゃない。ザスキア公爵の諜報頼りだが、動きを捉えられれば俺達は宿敵であるジウ大将軍と正々堂々と有利な場所で野戦を挑める。敵の最大戦力である、ジウ大将軍を倒せば戦争は終わる」

 精神的支柱の大将軍を倒せば、残りの連中に降伏を促す事は可能。それだけ国家の最大戦力壊滅の影響は大きい。ウルム王国には近衛騎士団しか残ってないが、宮廷魔術師は残っている。

 だが殆どの宮廷魔術師は王都防衛に配置され、ジュラル城塞都市には居ないらしい。バンチェッタ王の臆病さが、此方の有利に動いている。無能な指導者に率いられる国は大変だな。

 精鋭兵達がいくら周辺の警戒を行っても、ビッグバンやサンアローを撃ち込まれたら我が軍の一般兵は被害甚大だ。だが精々100m程度の射程距離しかない、野戦であれば反撃して倒せる。

 だから王都に集めて籠城戦の切り札にしたいのだろう。包囲している我が軍が近付いたときに打ち込めば被害甚大だ。城門の警備に当てているだろうな。それを破るのが、エムデン王国側の宮廷魔術師の役目だ。

 今回参戦している、ユリエル殿やアンドレアル殿なら問題無い。だが、リッパー殿やフレイナルでは心細い。サリアリス様とラミュール殿なら問題は無いが、アウレール王の護衛でハイゼルン砦に詰めている。

 宮廷魔術師団員では多数集まっても無理だ。リーンハルトに全員で食って掛かって負けた連中だからな。数を集めても牽制位にしかならない、全くどうなっているんだよ!

「ライル団長が王都を周囲から牽制している間に別行動になるが、ジウ大将軍を倒す。先に最短で、ジュラル城塞都市は落とす必要が有る。後は増援の無い王都籠城戦を終わらせれば良い。だが、アウレール王の心配事は……」

「聖戦の立役者である、リーンハルトをウルム王国領に呼ばなければ向こうの国民達が納得しないと考えたか?聖戦の立役者が本国の防衛を担当して居ない、それで納得するか?だが奴を呼べば、実際にウルム王国を攻略した連中が反発する。それを危惧しているんだな」

 実際に血を流し勝利をもぎ取った連中よりも、リーンハルトが歓迎されると感情的に反発心が生まれるだろう。その軋轢を嫌っているのだろうが、この国の連中はリーンハルトを熱望している。

 何か別の方法を考えなければ、折角纏まっている現体制が崩れる危険が有る。その対策を考えるのは俺達じゃ無理だ、全く考え付かない。悪いが、ザスキア公爵に丸投げだな。得意分野だし適材適所だろう。

 俺達は戦闘担当、ジウ大将軍の軍勢とジュラル城塞都市を攻略する。その後の事は知らぬ、指示には従うと女狐に返事を送っておくか……教皇だか教主だか知らぬが、余計な事をしてくれたものだ。

◇◇◇◇◇◇

 我が副官が苦虫を纏めて噛み潰した顔をして近付いてくる。予想通りの結果なのだろうな……

「第一陣に伝令して来ましたが、拒否されました。両公爵は、ジュラル城塞都市への攻略に参加を要求しています」

「む、そこまで馬鹿じゃないと思っていたが予想以上に馬鹿だな。追い詰められているみたいだが……何か条件や提案はされたか?」

 一応の敬意を表して伝令に一般の騎士団員じゃなく副団長を送ったのだが、拒否するとか愚か者なのか?戦場では爵位より役職が優先されるのが習わしだぞ。

 下士官や一般兵辺りなら爵位をかさに無理難題も通るだろう。だが聖騎士団の団長であり第二陣の司令官である俺の権限は、作戦行動中に限り公爵よりも優先される。

 奴等は第一陣では最上位だが、アウレール王は司令官を誰にするか指示しなかった。つまり両公爵は先鋒部隊を率いる部隊長でしかなく、俺に意見など出来る立場ではない。

 戦後に難癖を付けるぞって脅しですら、没落一直線の両公爵では怖くもない。政争になっても此方には毒婦ザスキア公爵と英雄リーンハルトが居る。それを承知で俺に無理を強いるのか?

「要求は共同戦線を張るので指揮下には入らず、詳細を詰める為に一度此方の陣地に来て欲しいとの事です。私見ですが、両公爵は追い詰められています。ストレスか不安からなのか、目は血走り痩せこけていました。あれは新兵が良く陥る症状ですね」

 首を振ってから深く溜め息を吐いた。戦争についてはド素人の公爵二人の態度に呆れを通り越して蔑みまで感じたか?戦場で命を預かる者として、馬鹿げた提案と要求をした二人を見限ったな。

 まぁ俺も同じだがな。平時であれば公爵の権威は絶大で、俺達だって奴等の言う事には最大限の配慮が必要になる。だが今は戦時であり、そんな我が儘など通用しない。

 無理なのだが、周囲を固める軍属経験者達は指摘しなかったのか?それをするのが側近としての大切な役目なのに、奴等の周囲には太鼓持ちしか居ないのだろう。安心して軍事行動をさせられぬ、厄介な連中だ。

 最大の敵は信用出来ない無能な味方、リーンハルトが言っていたな、バーリンゲン王国平定の苦労と同じか……勤勉な無能ほど害悪、名誉の回復に躍起になる味方ほど害悪。

 舐められるし格下と侮られない為にも、奴等の陣地になど行かぬ。だが此方に呼び付けても言いたい放題騒ぐだけで、話し合いにはならないだろう。

 指示書や要望書という形で書面にて要求するのが記録が残り一番楽なのだが、それで言う事を聞かせるのは無理だろうな。奴等だけで先に突撃させて間引ければ楽なのだが、流石に無理か……

「所詮は人が直接殺し合う戦場を知らぬ温い連中だからな。政争なら熟達の域かも知れぬが直接的な死の危険は少ない。此処は相手が自分を殺すように動く、手勢も少なく味方も頼り無い。

自軍から裏切り者も出し、残された連中からも恨みを買う非情な命令を下した。精神的に追い詰められているのも分かるが、俺達は貴様等に協力などしない。勝手に突っ込んで自滅して欲しい位だな」

 腕を組んで目を閉じて考える。最初に浮かんだのは、一国の軍隊相手に単独で平然と戦いを挑み勝ち続けながら、政争も問題無く行う異常な義理の息子の顔だった。

 奴は未成年ながら既に戦争も政争も歴戦の勇者だな。ウルム王国の平民階級の連中も騎士団を壊滅され、ジウ大将軍の軍勢の一般兵も千人以上倒されたのに何故に奴を望むのか?

 やはり宗教は恐ろしい。今迄は考えた事すらなかったが、こんなにも影響を及ぼすモノなのか?確かに平民達を軽く扱えない。これを理解せず我が身可愛さに参戦を強いる、両公爵軍は危なくて使えない。

 万が一にも奴等を参加させて平民達に被害が及んだ場合の責任は、俺達にも降りかかってくる。冗談じゃない、ふざけるな!しかも自分達の陣地に来いだと?格下の扱い、いや頼み込む所を極力他の連中に見せたくないからか?

 自軍の陣地の天幕の中ならば、最少人数だけの話し合いになる。奴等はどうしても、ジュラル城塞都市の攻略に参加したいが俺達に強制は無理。買収?馬鹿な、俺は金などで心を動かさない。では脅迫か?

 確かに戦争が終われば、聖騎士団団長と公爵本人では身分差は天と地とは言わないが隔絶してはいる。だが没落一直線の両公爵になら、ザスキア公爵とリーンハルトの助力が有れば負けないだろう。

「ジウ大将軍の軍勢は気になるが、遊撃部隊に監視させて行動を力ずくで制限するしかないな。呼び出しに応じるのは不利益でしかないから断るし、用が有るなら其方から来いと言うか。だがアウレール王の考えだけは伝える、周辺の街や村を荒らされたら困るからな。悪いが要望書を持って、再度伝令に走ってくれ。念の為に護衛を六人付ける」

 まさか伝令を殺すとは思わないが、過去に逆上し伝令兵を殺して交渉決裂を伝える事例には事欠かない。味方だが正確には政敵で味方じゃない、最低限の備えは必要だ。

 もしも副団長達を害したのならば、督戦部隊としての意味も持たせられている遊撃部隊を突撃させて殲滅する。それが出来る権限を俺は持っているのだ。

 正直、奴等第一陣など居なくても構わない。先発部隊など、両侯爵の裏切り者疑惑の払拭の為に構成された部隊。だが同行する侯爵二人は祖国を裏切った。監督責任も追求出来る。

「了解です。少し離れている遊撃部隊にも伝令を走らせ、第一陣の連中を監視するように依頼します。彼等は督戦部隊の任務も兼ねていますから、不用意な行動を起こせば厳しい対処をするでしょう」

「うむ、俺も同じ考えだ。馬鹿な考えだと笑い飛ばせる材料が全く無いから、用心は必要だな。出来れば、これ以上裏切り者を出したくはないが……それは奴等次第だ」

 副団長も身の危険を感じたのか。直接話したからこその判断か、奴等はヤバい状況に追い込まれていると仮定し行動した方が良いな。

 


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