古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第745話

 天幕の外が騒がしい。先程追い返した伝令が務めを果たして、ライル団長が来たのか?たかが聖騎士団の団長如きが逆らうな、俺達の言う事を黙って聞けば良いとか、この愚か者は言ってたな。

 確かに第二陣と遊撃部隊の力を使えばジュラル城塞都市の城門は破壊出来る、そこに我等が精鋭部隊を突入させれば一番手柄は我等のモノになるだろう。だがそれは戦場で手柄を奪う唾棄される行為。

 この愚か者は落とした後の維持管理ならば、ライル団長に任せても良い。聖騎士団の団長如きが、我等公爵二人に口答えなど増長し過ぎだ。ザスキア公爵と共闘するとか、ゴーレムマスターが派閥に入ったとか関係無いんだぞ!

 とか息巻いているが、俺を巻き込むな。幾ら関係を中立に落とされたからと言っても、現状を見極める能力すらないのか?中立でも配慮してくれているから勘違いしたか?

 伝統有る公爵五家の二家の意向なのだ!とかは通用しないぞ。忌々しいゴーレムマスターの小僧は、他の公爵三家が囲ってしまったし武官連中も籠絡された。

 もはや俺と貴様の二人掛かりでも対抗するのは不可能だが、俺の名誉回復には奴と敵対する意味は薄い。俺は愚か者の貴様を上手く使い立ち直る、共倒れなど断固拒否だ!

「苛々するな、バセット公爵よ。第二陣からの返事だと思うが、要求は突っ張ねられるだろうな。我等に協力する義務も無いし、強制も不可能だろうよ」

「何を人事みたいに馬鹿な事を言うのだ?奴等など我等の言う事を聞けば良い存在、それを拒否するとか有り得ない暴挙だぞ。何かしら反発してくれれば、リーンハルト卿に譲歩を引き出す材料にもなる。我等に逆らったのだ、当然の報いだろう。違うか?」

 違うぞ。あの餓鬼を甘く見るな、敵対した俺なら分かる。奴は未成年ながら政争に慣れを感じる不気味さが有る。普通の餓鬼が公爵の俺に反発するか?普通は尻込みをして譲るぞ。

 いくら魔術師として強者でも、貴族ならば身分上位者に逆らう意味も理解している筈だ。それを国王の面前で俺に対して、どちらが先にハイゼルン砦を攻略するか、反抗的で挑発的な提案までしたんだ。

 あの時の俺を殴りたい。未成年の新人宮廷魔術師と侮って馬鹿な事を仕出かした俺を殴りたい。俺の転落人生の始まり、既に公爵三家が奴を抱え込んだから和解も無理。お前はハブられたがな……

「落ち着け。ライル団長は第二陣の司令官として正式に任命されているが、第一陣の俺達には誰を司令官にするとは言われてない。つまり我等は部隊長に過ぎず、司令官には逆らえない。これを乱せば軍法会議モノだぞ」

「だが指を咥えて見ているだけじゃ色々と不味いんだぞ。俺達の総戦力では、ジュラル城塞都市どころか普通の砦ですら攻略は不可能だ。第三陣も王都を発った頃だし、我等が手柄を立てる機会は……」

 悔しそうに俺を睨むな。確かに、ジュラル城塞都市を攻略すれば王都迄の道が出来る。第二陣は、ジュラル城塞都市を補給基地に定めて先に進める。俺達にもジュラル城塞都市を守れと言うだろう。

 此処に居ては手柄を立てる事など無理、俺達は戦後に最低限の評価を下される。マイナスではないが、限り無くゼロに近い。裏切り者を取り込んだ派閥の強化も微妙だな。

 王都には小僧と毒婦ザスキア公爵が残っている。引き抜き工作をされて有能な人材は残らず、並以下の連中しか残らない。八方塞がり、前途多難、俺の起死回生の一発は何だ?

「無いって言うのか?馬鹿な、栄光有る公爵家の一翼が何も出来ず無能の烙印を押されるのだぞ!そんな事は許さない、無理にでも奴等に協力させる。丁度、ライル団長が来たみたいだ。奴が来たのは俺達の命令に従ったからだ。はははっ、未だ何とかなるぞ」

 俺達俺達と連呼するな、唾を飛ばすな。そんなに共犯意識を植え付けたいのか?俺は貴様を裏切り踏み台にして生き抜くつもりだぞ。前に公爵四家で連携して、俺を追い込んだ恨みは忘れていないからな。

 貴様は少し前の俺と同じだ。貴族の最上位の公爵だからと驕っていた馬鹿な俺と同じだぞ。格下に脅かされる恐怖を誤魔化す為に、高圧的に振る舞う。今思えば何と愚かな事だろうか、恥ずかしい。

 だがそれは何の解決にもならない無駄な行動だった、今の俺には身に染みて分かる。だが奴等に摺り寄る事は無理、プライドの問題じゃなく政敵として敵視されてるから和解はもう無理なんだ。

「まぁ無下には出来ないって事ならば、多少の融通は利くのか?だが参戦はまだしも、先に突入させろは流石に図々しくて無理だろう。妥協案を模索する?いや……」

 無理だ。対等な立場で優先権は此方とか飲まないだろう。俺は妥協案を提示するか、やんわりと拒否だと思うぞ。あの人外が三人も揃った、敵にすれば悪夢だが俺にしても悪夢だ。

 唯一の可能性は、この馬鹿を暴走させて俺が取り押さえる。完全な出来レースにマッチポンプ、ヤラセと思われるが何もせず黙っていても破滅のカウントダウンを聞くだけだ。

 だが第一陣に参加した四人の内の三人が裏切り暴走したとなれば、連帯責任は俺でも免れぬ。どちら側に転んでもダメージを受けるならば、最小限に抑えるしかない。どうすれば……

「何だとっ!また同じ奴が伝令で書面まで用意して来ただとっ!ふざけるな、使者を叩き切れ。首を奴等に送り付けろ!」

 思考の海に沈んでいたら、どうやらライル団長でなく伝令が来たみたいだ。そして馬鹿が切れやがった!味方の伝令兵を害するとか馬鹿なのか?刎ねた首を送れとか、何処の蛮族だ?

 奴の取り巻き連中が、天幕から出ようとするのを慌てて止める。この馬鹿野郎、もし使者を害したら俺達は化け物共に弁解も許されずに殲滅させられるぞ!

 何を言っても無理、アウレール王も仕方無しと事後承諾するだろう。そもそも第一陣に配置された俺達は、国王から疑われているのだ。その疑惑を晴らす努力をしなければ駄目なんだぞ!

「止めろ、落ち着け馬鹿者がっ!味方の使者を切るなど、反逆者として討伐される愚行だぞ」

「クソがぁ!クソクソクソがぁ!」

 駄目だ、コイツ精神が病んでやがる。床を足で踏み荒らしても何もならない、精々疲れて終わりだな。死と隣合わせの戦場で追い詰められて進退窮まった状況が、コイツの精神を狂わせたんだ。

 マトモな判断を下せぬ程に……味方の使者を切れとか、普通の状態じゃない。もう、バセット公爵は終わりだ。第一陣も終わり、ならば幕引きは自らの手で行おう。最後位は華々しくか粛々とか……

 呼吸も荒く肩で息をしながら他人を呪う言葉を吐き出し続ける狂人を残して天幕を抜け出る。俺だけで使者に会って話すしかないな。俺の出来る事は何も無くなったか……

「ふふっ、清々しいじゃないか!吹っ切れたからか?割り切れたからか?俺でも自分の心が分からぬとは、おかしなものだな」

◇◇◇◇◇◇

 使者殿は聖騎士団の副団長だった。騎士団員でなく副団長を使者として送る位の配慮はされていたのだな。俺の天幕に案内させ、側近達と一緒に話を聞く事にする。

 使者殿の方の護衛六人の同席も許可したのは、俺はバセット公爵とは違い使者殿を害する意志は無いって証明の為にだ。本来味方に送る使者に護衛など、信用されてない証拠だろう。

「ふむ、了解した。我等は後方待機、ジュラル城塞都市の陥落後に防衛に入り維持管理に協力すれば良いのだな?」

「はい。それとモア教の教皇様より平民に対して非道な事はしないように嘆願が有り、アウレール王から意向に添うようにと通達が有りました。合わせて宜しくお願いしたい」

 拍子抜けした顔なのは、俺が素直に条件を呑んだからか?反抗すると予測し護衛まで伴ったのに、あっさり了解したからか?

「ふむ、教皇様がか?国政に口を出すなど珍しいのだが、此度の聖戦はモア教の司祭の救出に端を発している。それも関係しているのか?其方も了解だ、略奪等は厳禁だと配下にも厳重通達しよう」

 モア教の教皇が動いたのは情報として聞いていた。確かに変だと思い万が一の対策の為に、モア教の各教会にそれなりの寄付もした。

 モア教は国教であり、此度の聖戦の建て前の理由でもある。軽く扱えば相応の竹篦返しが来る、気を使う必要が有るんだ。

 人間至上主義とか他種族差別主義とか変な思想を語る馬鹿も居るが、現状を考えればモア教こそが施政者に有用な宗教。これを害してどうする?

「宜しくお願い致します」

 安堵の息を吐いたな。揉めると思った要求が通った、大役を終えた安心感からの態度だろう。後ろに控える護衛達も同様、万が一の事態にはならなかった一安心だ!とかだな。

 だが俺は不安の種を彼等に蒔かねばならない。片割れの爆弾を押し付けねばならない。同じ第一陣として対処を求められても無理なのだ。俺は第一陣の司令官ではない。

 アウレール王が決めた通り、奴と俺は同格。故に意見は出来ても命令は出来ぬ、それが出来るのは第二陣の司令官たるライル団長だけだ。だから任せる、軍規に則り上位者からの命令をな。

「俺は指令を了承した。だが、バセット公爵は不服らしい。使者殿にも会いたくないらしく、ライル団長を呼べと騒いでいる。第一陣に司令官は不在、任命されていないのだ。故に俺は奴に命令出来ぬ、権限が無いからな」

「それは……いや、しかし……むぅ、確かに命令系統からすれば正論ですな」

 そう。主導権を握らせない為に、アウレール王は司令官を任命しなかった。上手く取り纏める事も、裏切り者疑惑を晴らす条件とか思ったのだろう。

 だから逆手に取って、俺は了承したが奴は不服だ。言う事を聞かせるのは、司令官たるライル団長の責任の範疇と権限だと言った。副団長も理解しているので、言葉が詰まった。

 まぁ最後の嫌がらせだが、これ位なら我慢して飲んでくれ。病んだ馬鹿男の説得には骨が折れるだろうし、結果的には強権発動しかないだろう。

 バセット公爵とライル団長達には痼(しこ)りが残る。それは微々たる影響だが、何が芽吹くかは分からない。今後の肥料(謀略)次第だろう。仲違いの芽を植え付けただけで、今回は良しとするか……

◇◇◇◇◇◇

 ライル団長が俺達を再度集めた。第一陣に向かわせた使者が帰って来たから、その対応だろう。つまり馬鹿な第一陣は我等の要求を拒否した。

 本物の馬鹿だな。ライル団長の指示の拒否は、司令官に逆らうのと同義。つまり我等を呼んだのは督戦隊としての側面を持つ遊撃部隊に仕事をさせる事。

 政敵のバニシード公爵と、中立だが微妙に敵対関係に近いバセット公爵を討つのか?それとも脅しだけか?戦後の関係を考えれば後腐れなく殲滅一択だぞ。

「何度も呼び立てて済まぬ。問題が有り対応を決めねばならず、意見を聞きたい。先ずは伝令への返事だが……」

 ライル団長の話を聞いていた、バーナム伯爵を見ると呆れ顔だな。確かに最上級貴族の当主だったし、バニシード公爵みたいに武門でもない。

 戦場において死の危険と、国王からの裏切り者疑惑。それと俺達によるプレッシャーが合わさり、新兵が陥りがちな症状が出たか。

 一般兵なら恐怖に囚われても上官から命令されれば諦めて何とかしようとするのだが、バセット公爵には上官が居ない。

 厳密に言えば第二陣の司令官である、ライル団長が軍属の命令系統では上官。だが貴族的な爵位から言えば格下。その命令には従えぬと、恐怖心から反発したか……

 バニシード公爵が受け入れた事には驚いたが、奴は義理の息子と敵対した時から周囲から攻められている。ここで持ちこたえたのは、逆境を試練として成長した証(あかし)か。

 従順に従いながら嫌らしく、ライル団長に責任を押し付ける事までしてきた。流石は貴族の最上位の公爵って事か、持ち直せば手強い。

「バニシード公爵め、現状維持でこれ以上のリスクを負わずに最低限の戦果で持ち堪えるつもりか。バセット公爵は馬鹿を仕出かそうとして、侯爵二人は裏切った。自分は最低限だが身の潔白と戦果を出して我慢する」

「プラスマイナスゼロか、僅かにプラスか……だが戦後の論功行賞でも罰は無い、現状維持で満足と割り切った。だからジュラル城塞都市の維持管理は任せても問題は無い、それも評価に繋がる」

「そして馬鹿な考えを持っている、バセット公爵の対応によっては比較され奴の評価がプラス補正されるか?まぁ致命的な失敗は無いし、最低限の第一陣としての成果を出した。アウレール王も罰しないだろう」

 腕を組んで考えるが、俺達三人には苦手分野なんだ。ザスキア公爵に相談したいが、時間が掛かり過ぎて駄目だ。当初の方針は、公爵二人の追い込み。

 だがバニシード公爵は上手く回避し協力姿勢を示した、もう追撃は難癖しかなく戦時中に味方同士でやる事じゃない。だが、バセット公爵は、我が儘を押し付けて来た。

 我等を先鋒とし露払いをさせて、自分達の軍勢を最初にジュラル城塞都市に入れろなど飲める訳がない。作戦に口出しをして手柄の横取りなど、最低最悪の行為だぞ!それを軍事行動中に、役職じゃなく爵位にモノを言わせて迫って来た。

「最後通牒の後、拒否すれば処罰するしかない。だが戦後の事を考えれば生かしておく事はデメリットでしかない」

「そうだ。督戦部隊としての権限を以て、バセット公爵と配下の連中を処罰する。最低限、バセット公爵は殺し配下の連中には降伏を迫る。後は、ザスキア公爵とリーンハルトに任せるしかないな」

「バセット公爵の処分に関しては、バニシード公爵も証言をするように根回しせねば禍根を残す。知らぬ存ぜぬと言い出せば、我等の行動の正当性が疑われるな。これも奴の策略か?嫌らしいが無視すれば、後で色々と使われるネタだ」

 三人がお互いの視線を合わせて力強く頷く。俺達は与えられた権限を行使し、公爵本人を討たねばならない。遠慮や物怖じして生かせば、戦後に逆襲される。

 悪いが、バセット公爵は裏切り者ではないが味方に対して権限の及ばない手柄の横取りを強要した事。ジュラル城塞都市の攻略を妨害した事により……

 再三の改善要求にも意見を変えず強引に迫った事に対し、督戦部隊として職務の責任を果たし討ち取った事にする。だが根回しとして、ザスキア公爵とリーンハルトに伝令を送る。

 時間的猶予は無い。バニシード公爵とは、悔しいがバセット公爵を処分した後で直ぐに交渉だ。最悪は、ジュラル城塞都市の攻略にも噛ませねばならぬか。

「方針は決まった。三度目の交渉として、俺がバセット公爵の所に使者として向かい要求を突き付ける。決裂した場合、その場で奴を斬る」

「状況を見て判断し、俺達も直ぐに現場に向かう。奴の配下は殺さず行動不能にした後、バセット公爵を私的な欲求により戦局を乱した咎により討ち取ったと公表し、降伏を迫る」

「バニシード公爵に直ぐに結果を伝えて交渉だが、ライル団長に任せるしかないな。司令官権限で、多少の飴を与えて協力を要請。バセット公爵の配下も組み込み、ジュラル城塞都市の維持管理を任せる。それで行くか……」

 誰とも無く拳を握り打ち合わせる、決意表明だな。バセット公爵よ、此方は腹を括ったぞ。お前は恐怖にかられて正気を失ったかもしれぬが、逃げる訳でもなく手柄の横取りで保身を図った。

 そんな身勝手さは戦場では通用しないのだ。公爵を討ち取る行動は最善では無いのは理解しているが、猶予も無く他に手段も無いのだ。前の我等なら下せぬ判断だが……

 毒婦ザスキア公爵と英雄リーンハルトの力を以てすれば、我等に有利となる結果に繋がるだろう。だから以前は下せぬ判断をし、場合によっては公爵を討ち取る。

 三度目だ、最後通牒だ。これで拒否すれば……。

 


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