古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第746話

 ザスキア公爵の執務室に呼ばれた。つまり防諜対策の整った場所で、他の二人の公爵には聞かれたくない内容を話す為にだ。何時ものように、リゼルは普通に同席している。

 セシリアまで不在で、ザスキア公爵の後ろに控えるイーリンの表情は……微妙に強張っている。これは良くない話だ、覚悟を決めた方が良い。

 隣に座る、リゼルを横目で確認したが彼女の表情も固い。つまり、ザスキア公爵の心を読んで内容を知ったが彼女の口から僕に教える事には抵抗が有るのか。

 これは大事だぞ。心して聞かないと、取り乱しそうだ……

「リーンハルト様、落ち着いて聞いてね。ライル団長から緊急の伝令が入ったわ。内容は、バセット公爵を討ち取ったそうよ」

 え?微妙に裏切り者疑惑が有ったが、もしかして真実だったのか?血の気が引ける内容だ、これが真実なら侯爵二人に続いて公爵まで祖国を裏切った事になる。

 ライル団長が伝令を寄越したのなら、遊撃部隊のバーナム伯爵やデオドラ男爵も絡んでいる。いや彼等が、督戦部隊としての役目を果たしたと考えるのが妥当だな。

 これで第一陣の四人の内、三人が裏切った。だが戦局に影響は薄い、第一陣は先鋒だが最低限の働きは終えている。既に第二陣も、ジュラル城塞都市の手前に布陣している。

 遊撃部隊と第二陣が合流したならば、ジュラル城塞都市の攻略は問題無い。第三陣も出撃し、リーマ卿の謀略も潰した。エムデン王国の勝利は揺らがないのだが、問題は何だ?

 確かにバセット公爵の裏切りは大事だし背後関係を調べる事は手間だが、リゼルが居る限り失敗は無い。バセット公爵の派閥構成貴族が反旗を翻しても、既に当主は討伐された。

 潜伏していた傭兵達を見張らせていた部隊は順次王都に向かわせたが、再配置も問題無い。リーマ卿を捕らえた後だから、近場なら僕自身が討伐に向かえる。

 まぁ一大事には違いないが、対処出来ない程じゃない。領民の不安は、ザスキア公爵が抑えられる……

「リーンハルト様?相談中に思考の海に溺れるのはどうなのかしら?そのまま食べちゃっても構わないって事かしら?」

「私もイーリンさんも参加しますわ」

「慶事が重なりますわ。戦勝祝いに結婚祝い、セシリアとオリビアも呼ぼうかしら?」

 え?気付いたら三人の顔が近い!それに何ですか?淑女が異性に対して食べちゃっても良いとか!先程まで深刻な顔をしていたのに、今はニヤニヤしてるし。

 思わず後ずさるが、椅子がガタガタ鳴るだけで下がれない逃げられない。両手を上げて降参する、このメンバーで意識を逸らすのは駄目だったよ。

 しかし思考の海に溺れる癖は直そうと思っても中々直らない。何時か失敗しそうで怖いのだが、攻撃を受ければ常時展開型魔法障壁で防げる。

 怖いのは敵意なく攻撃でもなく(性的に)襲われた時の対策が不十分な事か……

「降参です。申し訳無い……ですが対策を色々考えたのですが、どうにかなりますよね?」

「そうね。ライル団長も私と、リーンハルト様が居れば何とでもなるからと丸投げしてくれたわ。問題は途中の、ハイゼルン砦にも報告が行った事よ。つまり、アウレール王からも指示が来るわ。でもその前に最低限の対策は必要ね」

 当然だ。僕等よりも先に、アウレール王に報告しなければならない一大事だった。公爵が討たれるなど、簒奪でも企てた事と同等の……でも何故に裏切ったんだろう?

 ザスキア公爵が差し出してくれた、ライル団長からの親書を読む。嗚呼、ライル団長……前半は簡潔な報告書で、後半は丸投げする内容が箇条書きだ。

 コレ、駄目な部類の書き方だ。確かに懸案事項を書き出しているが、特に対処方法は書いていない。つまり指示待ち、共闘関係なのに指示待ちだぞ。

 親書を丁寧に畳んで返す。目と目の間を親指と人差し指で摘まんで揉むが、頭痛が治まらない。僕は、バーナム伯爵の派閥構成貴族として何をすれば良い?

「有る意味、潔いですね。脳筋共め、戦場で戦う事が楽しくて考える事を放棄しやがったのか?いや、公爵を討ち取る判断は間違いじゃない。生かせば問題だった。でも、その先の身の潔白と保身を他人任せにするのは駄目なんです」

「バセット公爵は内務系だったから、優勢とは言え戦場に身を置いた事で病んでしまったのね。参戦すれども戦果は微妙、問題も山詰み。私もバーリンゲン王国の平定に参戦したけれど、安心感が段違いだったわ。リーンハルト様の存在が、私から一切の不安を無くしたからね」

 そう言って慈愛の籠もり捲った笑顔を向けられたので照れてしまう。そうだ、ザスキア公爵だって更に少数で属国とは言え反乱軍の討伐に参戦したんだ。

 バセット公爵に弁解の余地など無い。爵位を傘に作戦を乱し手柄の横取りを図った。しかも三回も考え直すチャンスが有ったのに、それをしなかった。

 裏切り者ではなかったが、自分の利益を得る為に味方に不利益な事を強要した。敵対するより質が悪い、戦時下ならば討ち取られても仕方無い。だが最初に彼女達の表情が固かった意味は……あっ?

「バニシード公爵の事ですね?ライル団長も彼に、バセット公爵の悪事の証言について協力を要請したとあります。つまり飴も与えたとなれば、ジュラル城塞都市の攻略にも噛ませた?」

「そうよ。蹴落とす対象が生き残り成果を上げて、中立だった者が馬鹿をして討ち取られたのよ。バニシード公爵は今回の件で、ダメージを最小限に抑えたわ。そしてバセット公爵が討ち取られ公爵四家となった事で、バニシード公爵への追い込みに枷が掛かったのよ」

 ザスキア公爵に言われて理解した。敵対していて没落に追い込む予定の、バニシード公爵が一定の成果を出して更に、ライル団長に貸しを作った。

 ライル団長はバーナム伯爵の派閥、僕も派閥構成員で、ザスキア公爵とは共闘している関係。つまり無関係じゃないから影響が有る。

 戦後に公爵二家が没落し、公爵三家体制になる事により国内外に影響が生まれる。アウレール王は、バニシード公爵の没落を良しとしない可能性が高い。

 ザスキア公爵の心配事が朧気ながら理解出来た。政敵がしぶとく生き残ったが、追撃をする事が可能か判断が微妙になったからだ。仲間の公爵二人も出陣して不在、でも直ぐに報告は行くだろう。

 余計な情報が行って拗れるのを避ける為に、セシリア達にも内緒で先ずは僕等で協議する為の話し合いか。バセット公爵の討伐により、最初に最も混乱するのは彼の派閥の構成貴族達。

 当主が国家に対して不利益を働いた。計画的な裏切りじゃないから賛同した連中が一斉蜂起も無い、同行していた連中の伝令も直ぐに関係者に広まる。つまり時間が少ない。

 味方に討伐された不名誉、バセット公爵家は後継者への相続を認められないだろう。戦後のゴタゴタで論功行賞の時に一緒に取り潰される可能性が高いと思う。

 だが今の時点での派閥構成貴族の引き抜きは不味い。ニーレンス公爵とローラン公爵が不在の時に抜け駆けは出来ない。だがバニシード公爵は構わず引き抜きに動ける。

 特にバセット公爵に同行した側近連中への引き抜き工作は可能な限りするだろう。今は不安定な立場だし、保護して貰えるなら引き抜きに応じる者も居るだろう。

 第一陣に従軍し側近となる連中だから、間違い無く派閥の上位貴族。力も持っているが一番危険な立場でも有る。当主の愚行を諌められなかったから……

「アウレール王の指示待ちで何も行動しないのは悪手です。先ずは僕に与えられた権限を使い、バセット公爵の派閥構成貴族達に対して自粛を促し国王の沙汰を待てと通達します。

後からバラバラと来る私情の混じった報告は無視、それらの報告書は全て提出させる。その内容により、有る程度の状況は掴めますから」

 派閥構成貴族達が一斉に保身に走り連携されたら、僕等でも面倒で手を焼くからな。先制攻撃じゃないが、出鼻を挫く意味でも通達(強制命令)は必要だ。

 落ち目のバニシード公爵と違い、バセット公爵の派閥構成貴族達は多いし力も持っている。団結されたら僕等でも厳しい相手になる。

 当主が国益を害して討たれたとなれば、煽りを食らって厳罰も有り得ると考えるだろう。死ぬ気で抵抗する前に、逃げ道を提示しておく必要が有る。

 敵対すると不利益な連中を選別し、相応の対策を講じるのも有りだ。政争とは嫌な話だが敵味方の選別と敵対者の排除だから、この機を逃がす事はしない。

 ハンナの実家はどう動くか?僕に対しての工作を彼女に強いていたらしいし、バセット公爵に近い連中だ。仲間に引き入れる意味が有るか、敵対したと潰すか。

「つまり敵味方の選別ね。バセット公爵の行動を止められなかった側近達は無罪放免は出来ない、彼等も理解し実家に伝令を走らせた筈だわ。だから先に通達し、証拠の隠滅と連携を防ぐわ。城門の守備兵達にも通達しましょう」

「参戦リストから、バセット公爵の側近達は分かります。先に無用な混乱を避ける為に自粛しろと実家の方に通達すれば、後から情報が入っても混乱は最小限で済みますね。アウレール王は、これを予測して御自身が不在時に僕に最大の権限を与えたのか?何て恐ろしい方なんだ……」

 当主や後継者候補達は軒並み参戦しているらしいから、バニシード公爵から引き抜き工作を受けている筈だ。でも王都に残る連中は未だだから、情報を制限し動きを止める。

 時間稼ぎにはなるだろうし、アウレール王の下す判断次第では彼等も懲罰対象かもしれない。バニシード公爵でも庇い切れない事も有り得る。単純に公爵一人の処罰で済ます事は無いだろう。

 王都の貴族連中の動きを抑え、情報を制限して混乱を抑える。アウレール王の命令により、次の行動を考えれば今は良いだろう。だが準備は怠らない、どんな結果になろうともだ。

「いえ、御主人様の思い入れの強さが危険域ですわ。アウレール王は、其処まで考えていませんでしたわ。あくまでも御自分が不在の時に適切な対応が出来るかを問題事が少ない時に経験させたかった……ですが瓢箪から駒と言いますか、偶然と言いますか、結果的に良かったです。現状、御主人様の指示は絶対的な強制力が有りますから」

 御主人様呼びはやめないか?ザスキア公爵の視線が冷たいのは、僕が呼ばせているとか思ってる?いやいや、僕にそんな趣味嗜好は無いですから!

「リゼル、それ前にも聞いた。僕はアウレール王を盲信してないから、ちゃんと考えているから誤解しないでくれ。あと、呼び方を変えてくれ。御主人様は一寸嫌かな」

 この有能な腹黒い側近め。思考を読んだ上で、注意してきやがった。だが確かに留守中の最高責任者の肩書きは助かる。正式に通達されているから、反抗も出来ない。

 正式な責任者からの通達や命令に正当な理由無く逆らう事は、反逆者として処罰されても文句は言えないからだ。これから忙しくなるが、見通しが立つだけ恵まれているな……

◇◇◇◇◇◇

 ザスキア公爵との打合せの後、役割を分担し行動を開始した。ザスキア公爵は、ニーレンス公爵とローラン公爵へ事情の説明と今後の行動についての提案と相談。

 僕は警備関連の関係各所への指示を出して情報統制を行い、バセット公爵の派閥構成貴族達へ迂闊な行動をしないように親書にて依頼(強制)をした。

 そして最後の仕上げとして、ハンナを執務室に呼び出した。彼女は王宮に居たが実家や派閥構成貴族達からの問合わせが殺到し、てんてこ舞いだったそうだ。

 つまり僕に一番近い位置に居るから、僕から情報を引き出せって事だろう。彼等は僕からの親書を先に受け取った事により混乱状態だからな。身分上位の権力者から、命令に近い親書を貰ったのだから……

 参戦中の当主や後継者達からの伝令は、城門を守る警備兵達に命令が間に合い殆ど此方で抑える事が出来た。ライル団長は、ザスキア公爵が付けた伝令兵を使ったから普通より早かったんだ。

 流石は、ザスキア公爵が育てている諜報部隊。これで此方に有利な状況に持ち込めたので、貴族達の行動を抑制出来た。後はアウレール王の指示を待ち対処するだけだ。

「リーンハルト様、ハンナが来ました」

「うん、有り難う。通してくれ」

 同じ先任侍女で結婚している仲間の、ロッテが彼女を連れて来た。イーリン達は遠慮して同席せず、リゼルは何時ものように僕の後ろに控えている。

 下を向いて大人しく執務室に入って来た彼女の腹の前で揃えた両手は小刻みに震えている。当然だろう、当主が討ち取られるほどの罪を犯したのだ。最悪、侍女交代くらい考えたか?

 派閥構成貴族の自分や実家にも火の粉が降り懸かる可能性は高い。そして僕は敵には容赦無い、政敵の失敗に寛容にはなれないと理解している筈だ。

「リーンハルト様、その……バセット公爵の件ですが……」

「まぁ落ち着いて座ってくれ。バセット公爵の処罰の件は事実だ。彼は軍紀を乱し手柄を横取りしようとして処罰された。三度のチャンスを拒んだ結果だから、厳しい対応をされた訳だ。この処遇に異を唱える事は、僕でも無理だよ」

 ロッテが名残惜しそうに退室した後に言われた言葉に、茫然自失の状態となった。仕えし当主の失脚は、彼女にとっても辛い現実だろう。そして腹の中の考えは知らない内に、リゼルに全て読まれている。

 既に彼女の元には多くの派閥構成貴族達から問合わせが殺到し、旦那からも何かしら言われているだろう。下手をすれば連座で処罰だから保身の為に、彼女を執拗に責め立てただろう。

 漸く上げてくれた顔は疲労困憊、化粧で誤魔化しているが目の下の隈も酷い。眠れていない証拠だな……だが、ハンナは僕に対して誠実でいてくれた信用出来る相手だ。当主の無茶な命令を最低限に抑え、色々と配慮してくれた事は知っている。

「私もそう思います。私の実家や親類達、同じ派閥の構成貴族の方々については……リーンハルト様から早めに命令書を貰えた事により、現状を把握し自粛していますわ」

 む、親書による依頼が命令書になっているのは正しく現状を理解しているな。そう、強制力を伴う命令だ。僕には王都の治安維持の仕事が有り、貴族達の混乱は困るんだ。

 今一番騒がしいのは、バセット公爵の派閥構成貴族達だ。自身の進退が関わる大事なのに、情報は制限され行動にも制限を掛けられた。今一番欲しいのは情報で、それが可能なのが彼女だ。

 何かしら心の中で覚悟を決めたのか腹を据えたのか、此方を見る目に力が入ったな。元が有能な才媛だし、今後の方針を決めて僕にお願いだろうか?だが僕には僕の考えが有る。

「バセット公爵との関係を中立に下げたのは、信用が出来なかったからだ。彼は僕に対して隠しきれない敵意と恐怖心を持っていた。今となっては距離を置いていた事が有利に働いたと思っているよ」

 突き放す物言いに、ハンナが何か言おうとしたが右手を上げて止める。此処で彼女の決意や提案を聞く事はしない、僕からの提案を聞いて欲しいから。

「そんな冷え込んだ関係の中で、ハンナだけが真摯に僕との関係の改善に動いてくれた。時には当主や旦那の意向も無視したそうだね。だから僕は……ハンナしか信用していない」

 その言葉に、彼女は両目に涙を溜めてしまった。両手を合わせて口元を隠し、嗚咽を我慢している。嗚呼、彼女は隠していた努力と裏切りを働いていた事の両方を知られて混乱したのかな?

「リーンハルトさま……それは、私は貴方に不利益な事を強要されて……でも、その……それでも何とか……」

 嗚呼、泣かせてしまったか。だが彼女が僕に向ける誠意は本物だ、疑う余地も無い。だがこのままでは、ハンナは辛い立場になり最後は実家と旦那に殉ずるか?

 それが貴族の淑女に求められる常識ではあるが、彼女を失う事は僕にとって正解か?不利益か?それで良いのか?いや僕は、ハンナをどうしたいんだ?

 これから言う提案を彼女はどう受け止めるだろうか?怒るか蔑むか呆れるか。だが僕にとっては最良に近いと思うが、彼女にとってはどうだろうか?

 




日刊ランキング五十位、有難う御座います。

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