古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第748話

 エムデン王国の上級貴族の勢力図書き換えに伴い、各方面から良からぬ事を考え動き出す連中が現れた。後宮の勢力争いだけかと思えば、アウレール王の父王の王弟である、ロジスト様が動き出した。

 未だ六十代だが政争を嫌い領地に引き籠もり、健全な領地経営をしていたと聞いていたが……何故、この不安定な時期に中央に干渉してきたのか?兄王が亡くなり次期王の座を兄の息子に譲った時も、騒ぎにはならなかった。

 まぁ博愛精神が旺盛な前王の所為でエムデン王国は滅亡の危機だったから、仮にロジスト様が王位を継いでいたら?少しはマシだったのだろうか?

 エムデン王国の危機だったからこそ、僕が引き籠もって眠りについていた魔法迷宮に我が両親が探索に来たのだから一概に悪いとは言えない。賢王アウレール様の即位も、巡り巡って成し得たのだから。

 レジスラル女官長の心配事は、後宮の勢力争いじゃなく王族の干渉だから彼女の責任区分を越えている。ロジスト様に話を通すには、アウレール王に伺いを立てる必要が有る。

 そしてその返事待ちの時に何かしらの意見を言える可能性が有る者は、国王不在時の最高責任者である僕だけだろう。もう一つの問題は、モンテローザ嬢の動きだな。

 ウルム王国に嫁いでいたエムデン王国の淑女達の殆どを救出した手際の良さは、才媛と言われても只の侯爵令嬢に出来る事ではない。何かしらのギフトか、魔法かマジックアイテムかが必要。

 そして多分だが洗脳系だと思う。リーマ卿もそうだったが、精神支配系のギフトや魔法は扱いを気をつけないと碌な事にならない。モリエスティ侯爵夫人の『神の御言葉』と同じなら厄介だが……

 僕なら『疾風の腕輪』を装備すれば防げる。だが件の令嬢には、一度会う必要が有りそうだ。いや、会っちゃ駄目か?悩みは多いが、焦りは判断を曇らせる。ザスキア公爵とリゼルを交えて相談したいな。

◇◇◇◇◇◇

 レジスラル女官長が僕の所に急いで打合せに来た理由、それはロジスト様が王宮に来たからだ。予想として僕に会いたいと要求されると思い、事前経緯を教えに来てくれた。

 そして、その予想は直ぐに当たり近衛騎士団員が伝えに来た。先々代の国王の王弟だけあり、近衛騎士団員も動かせるのか。洗脳されたと前提するなら、厄介な立場の相手だな。

 近衛騎士団員に急ぎ支度をして伺うと伝えて下がらせる。向こうの動きが予想以上に早い、王宮に来ているなら僕に報告が……いや、王族の方々の予定など逐一来ない。

 外出されるなり、何かしらの行事に参加されるなりするのなら別だが、多分先触れ無く隠密行動で来たのだろう。直ぐに、レジスラル女官長に報告が行き僕に知らせてくれたが正解か?

「レジスラル女官長、謁見の場所の近くに部屋を確保して下さい。リゼルは同行させられないでしょうから、何とか近くに配置しギフトにて情報収集をお願いします。あと、ザスキア公爵にも同じ内容を報告して下さい」

 レジスラル女官長が頷き、ベルメル殿が部屋の確保に動いた。身分上位者に呼ばれたのに、側近とは言え他者の同行は極力控えるべきだろう。

 今回は同じ王宮内であり、呼ばれていない護衛や側近を同行させたとなれば色々な受け取り方をされる。自分を信用出来ないのか?とか、言い掛かりも王族なら可能だな。

 隣の部屋の距離ならば、リゼルのギフトでも何とか効果範囲だ。別室待機でのギフト使用は、バーリンゲン王国時代でも何度も経験してしるらしいから信用出来る。彼女の情報収集が今回の肝だ。

「わかりました。私が案内役として同行します。王族の方々の生活区に呼ばれたので案内役は必要、私なら問題無いでしょう」

「そうですね、お願いします。ヴェーラ王女絡みの場合、後宮の事になりますから僕では対処出来ない。ですが、基本的に希望を伺い持ち帰り検討にしましょう。即答を求められても何とかするしかない、今は時間稼ぎをするのが最善ですね」

 微妙な顔だ。レジスラル女官長は王族至上主義だから、問題が有っても求められたら何とか叶える方向で動きたいのだろう。例えギフトで操られている可能性が有っても……

 だが、ヴェーラ王女絡みだと僕を呼び付ける必要は薄い。ロジスト様が彼女を引き取りたいと言われても、僕には何も出来ない出来る権限もない。

 考えられるのは、モンテローザ嬢絡みのアヒム侯爵家の対応だろう。和解を促されるか、最悪の場合は彼女との婚姻だが……そんな単純な事か?

 王族を待たせる訳には行かず、ザスキア公爵と打合せをする前に向かう事になった。ザスキア公爵?リゼルが報告に向かった後、何処に行ったんですか?擦れ違いとか、最悪のタイミングですよ!

◇◇◇◇◇◇

 王宮の中心、王族の方々の生活区に向かう。何時もは不在の、ロジスト様専用の部屋が有るので隣接した部屋を確保し既に、リゼルが待機している。

 ベルメル殿の段取りは流石だ、長年レジスラル女官長の補佐をしているだけの事は有る。王族クラスの使う部屋となれば、左右は控え室として誰も入れない。

 王族の方々の部屋が隣同士で近いなど有り得ない。王位継承権二桁中盤以降だと、待遇に差が有る。その分王族としての仕事は少ないが、使える予算も権力も少なくなる。

「失礼致します。リーンハルト卿をお連れしました」

 レジスラル女官長が取り次ぎ、近衛騎士団員が扉を開けて部屋の中に招かれた。直ぐに頭を下げるが、直前に見たロジスト様は柔和な雰囲気を纏う初老の方だった。

「お初にお目にかかります。リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイと申します」

 王族との初顔合わせの挨拶だから、正式に長い名前を名乗る。久し振りに名乗ったので、結構気恥ずかしい。間違えずに良かった。

「わざわざ呼び付ける事などして、済まないね。噂の君とは、一度ゆっくり話してみたかったのだよ。まぁ顔を上げて気楽にしてくれたまえ」

 お言葉に甘えて頭を上げる。直ぐにソファーを勧められたので、再度頭を下げて、ロジスト様の座った後、向かい側にレジスラル女官長と並んで座る。緊張して来たぞ。

 改めて見る、ロジスト様だが痩せ気味で身長も低い。白髪を左右に分けて肩の高さで切り揃えて、装飾品も最低限。柔和な感じなので威厳は感じられない、失礼な感想では孤高の王には似合わない。

 座高の感じからして僕と対して変わらないんじゃないかな?優雅に足を組み、笑みを湛えて僕を見ている。洗脳系ギフトに操られているような感じはしない。理知的で優しい感じがする、年を重ね作法も円熟していて気品が有る。

 権力争いの熾烈な王族として上位の王位継承権を持ちながら、最後まで生き残っているのだから見た目で油断は出来ない。内面には、それなりのモノを持っているのだろう。

「ふむ、稀代の魔術師にしてエムデン王国の若き英雄と言われていたので豪傑かと思っていたのだが、社交界で人気が出る程の優男ですね。ふむふむ、なる程な。モンテローザが騒ぐ訳ですね」

 ん?僕の情報は警戒する意味で国内外に広まっているのだが?豪傑って、デオドラ男爵じゃあるまいし有り得ないだろう。

「お褒めに与り恐縮です」

 それに初っ端から、モンテローザ嬢の名前が出た。やはり僕との婚姻に絡んだ内容でギフトを使われたんだな。前情報を教えて貰ったが、周囲は分からないが本人は権力欲は薄いそうだ。

 誰かと争う事を嫌い調整役として活躍していたが、兄王が崩御した時も後継者争いには参加せず領地に引き籠もったらしい。良く言えばで他人の為に配慮出来て、悪く言えば覇気が無い。

 他者を害せず王位も欲しがらないからこそ、アウレール王もロジスト様の自由を保証し領地に引き籠もらせていたらしい。国を率いる国王としては不適格、そんな彼が今の段階で王宮に現れた。

「前大戦後のように国内情勢が乱れている。有力貴族の裏切りに不祥事、その影響は幼き王女にも及ぶ。リーンハルト卿よ、私はヴェーラを不憫と思い引き取りたいのだ」

 本当に心配しているのだろう気持ちが、言葉と態度で伝わってくる。だが、ヴェーラ王女の処遇を決められるのは父親であり国王だ。

 その実父の判断を待たず対応も聞かず、ただ不幸だ可哀想だと決め付けて引き取りたいと言う。臣下がそう考えて行動すれば、不敬罪の適用案件だぞ。

 やはり見た目と違い中身は操られているのかな?

「素晴らしき慈悲の御心、感服致しました。しかしながら、ヴェーラ王女はアウレール王の御子様。その処遇については、ウルム王国を下した後に話し合う事が上策と愚考致します」

 簡単に言えば、不遇な甥の子供を勝手に引き取りたいって事だけど……実父の意向を無視して、勝手に引き取るのは駄目だろう。普通に考えても駄目だろう。

 自分と血縁とかならば心情としては分かるが、血の繋がらない政治的失策をして誅殺された男の孫娘の扱いは非常に難しい。チラリと横目で見た、レジスラル女官長は無表情だな。

 王家に仕える彼女としては苦しい立場だろうが、現国王の娘の処遇についての事だぞ。同じ王族である、ロジスト様にも出来るだけ配慮したいとか考えているのかな?

 それはそれで問題だ。足並みが揃わなければ対応も難しくなる。

「ふむ、常識的な回答だが……ヴェーラの差し迫った危機をどうする?」

 軽く睨んだのは、王族の不評を買ったのだぞ!って言う意思表示かな?だが僕の忠誠心には順番が有り、最優先は国王なんだ。王族と言えども、アウレール王の意に反するなら断るのも忠臣の役目。

「危機ですか?後宮の中が危険な状態に有ると言われるのでしょうか?」

 敢えて驚き後宮の裏の支配者たる、レジスラル女官長に視線を向ける。もしも本当に危険な状態ならば、その原因を物理的に排除しなければならない。

 先程の下話の中では、アンジェリカ様とヴェーラ王女に具体的に危害を加える輩が居るとは聞いていない。確認の意味でも、ロジスト様の前で説明すべきだろう。

 レジスラル女官長は急に話を振られた事に少し御立腹みたいで睨まれた。だがこれは僕に対して説明不足か、ロジスト様の勘違いだよ。

「現状の立場の変化を考えて、お守りし易い部屋に移られていますので物理的な危機は無いでしょう。後宮警護隊の手厚い守りが有りますので、不埒者が近付く心配は有りません」

 おぅ!軟禁をお守りし易い部屋って言い換えたぞ。上手い、これなら部屋を移らせた建前的な理由として十分に成り立つし面会を断る理由も成り立つ。

 普通は国王の寵姫に引っ越しさせるとか無理だ。身の安全の為ならば、理由としては十分だろう。アンジェリカ様も不満は有れども我が身可愛さに納得しただろう。

 ロジスト様的には不満みたいだが、男性王族だから後宮内の事には疎いので無理強いは出来ない、レジスラル女官長の判断が優先される。甥の後宮の人事に口出しは遠慮すべき事では?

「暗殺の心配をしている。守るのなら暗殺者対策だけでなく口に入れる物や、それを扱う者達にも注意が必要だろう?」

 え?暗殺の心配?現状で、アンジェリカ様やヴェーラ王女を暗殺する意味が有るのか?暗殺して誰が得をするのか?没落予定の母娘に危害を加えるのか?

 馬鹿な、然るべき時期に退場し中央から遠のく二人に暗殺疑惑?それは納得する理由が有るのか?ロジスト様が何か掴んでいるのか?それを聞かずに断るのは不味い。

 もしかしたら彼女達が殺された後で、暗殺疑惑を伝えたのに、意味が無いって無視されたとか言われたら僕等の過失責任は大きい。王族の指摘を故意に無視した事になる。

「恐れながら、ロジスト様はアンジェリカ様やヴェーラ王女が暗殺される理由を掴んでいらっしゃるのでしょうか?ならば教えて下されば、責任を持って対応致します」

「可能性の一つであり、具体的に犯人迄は特定していない。だが予想としては高確率だと思っている」

 え?それって、ロジスト様の考え方次第で如何様にも判断出来るってヤツだぞ。高確率だから何とかしろ、何とかしてくれたから防げた御苦労。

 例え暗殺者など居なくても、結果は御苦労だったで決まっている。僕がスカラベ・サクレを使い前王を暗殺したから、王宮内の暗殺対策は高いレベルで敷かれている。

 毒味役も有能な方々が居るし、即死じゃなければエリクサーで治せる。安全対策に隙は無いから問題は無い。ロジスト様を納得させられればだが……

「分かりました。ヴェーラ王女の護衛にゼクスを配置します。元々前王の一件から王宮内の対策は十分なので、危険度は低くなるでしょう。毒殺対策も有能な毒味役が居ますし、不自由な思いを強いてしまいますが守り易い部屋に移動して貰っています。暗殺の危険は限り無く低いでしょう」

「ふむ、話を聞くに万全だな。だが、ヴェーラに寂しい思いはさせたくない。モンテローザに話し相手をさせたいと思うが、どうだろうか?」

 話の途中でも腕を組んで頷いていたから納得したかと思えば、寂しがるから問題児を近付けろってか?彼女の思惑に乗る必要は全く無い。

 洗脳系ギフトを持つ相手を気軽に王宮や後宮に出入りさせろってか?これが彼女の狙いか?利用価値の高い連中を洗脳するチャンスを得たいのだろうか?

 勿論だが断る。やんわりにはならないが絶対に断るしかない。もしかしなくても、モンテローザ嬢は王宮に来ているのだろう。アヒム侯爵家に有利な内容だ、やってくれるな。

「ヴェーラ王女の安全を最優先するならば、暫くは何人とも会わせない事が肝要かと……ウルム王国との戦争が一段落すれば、色々と配慮出来るでしょう」

「それは些か酷い待遇だな。部屋に押し込み他者との面会を拒む、ヴェーラの情操教育に良く無いな。リーンハルト卿は、それを良しとするのか?」

 軽く睨まれたが、仮に命の危険に曝されているのならば十日前後安全な場所で軟禁されても仕方無いんじゃないか?一人じゃなく母親と一緒でだぞ。

 意識調査としてならば、この発言の真意を知れば本当は何を考えているのか?何をさせたいのか?が分かる。後は、モンテローザ嬢の事をどう思っているのか確認するか。

「御身の安全の確保の為ならば……ですが、お母君のアンジェリカ様と御一緒なので不安は小さいと思います。因みにですが、モンテローザ嬢はヴェーラ王女をどう思われているのでしょうか?ロジスト様とも懇意のようですが?」

「ん?彼女がか?そうだな……」

 この僕に答えてくれた回答と、リゼルがギフトで読んだ内心について悩む事になる。人の心の機微とは難しい、僕には未だ理解出来ないかな。

 


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