古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第750話

 モア教からの干渉、御祖父様の領地にモア教の教会を無償で建てた。素直に喜ぶべき事ではない、教会の誘致は各領主達が望み順番待ちの状態だから優遇される意味を知りたい。

 王都に居る親しいモア教関係者は、イルメラを除けばニクラス司祭だが……相談する事により、彼に不都合が生じるかもしれない。下手に総本山に問い合わせとか危険過ぎるから。

 貴族的な常識から言えば、新しく領地に迎えた司祭殿に挨拶に行くのは普通だ。僕は領主ではないが派閥の当主であり御祖父様の親族、訪ねても大丈夫。寄付も兼ねて真意を探る、今はそれしか出来ない。

「リーンハルト様と一緒に王都から出るなんて、デスバレーでのドラゴン討伐以来ですわね」

 笑顔の問いに、そうだねって言おうとしたら『メディアとはブルームス地方に一泊で出掛けましたね』と言われてしまったが、あれは魔牛族のミルフィナ殿の暴走の対応だよ。

 魔牛だけに暴れ牛(暴走)?とか笑いを取れれば良いのだが、異種族の身体的特徴を貶すような事は言えないし控えるべき事だ。ミルフィナ殿はレティシアを姉と慕うが、初期のカーム殿に通じるモノを感じた。

 つまり同性愛者であり異種族姦を望む性的少数派の変態だな。もう会う事は無いだろう、和解もしたし疎遠になっても大丈夫な相手だ。と言うか苦手なタイプで、出来ればもう会いたくない。

 母性?巨乳?知らない性癖ですね。僕はマザコンじゃないし大きさにも拘りは無い。

「あれは保護者同伴でしたし、ニーレンス公爵とクロチア子爵が尽力してくれなければ今頃大変な事になってましたよ。魔牛族、もう関わり合う事もないでしょう」

 ウルム王国と戦争中に属国化した国と協力関係を結んでいた、魔牛族の指導者階級が謝罪に来るとか有り得ない。しかもエルフ族絡みとか、余計な事を考える連中しか思い浮かばない。

 妖狼族を引き抜いたばかりだったし、魔牛族ともなれば僕に反発するエムデン王国内の貴族達が騒ぎ出しただろう。それだけ力有る種族であり、人間至上主義者にとっては蔑む相手だ。

 しかも理由が嫉妬であり、レティシアに叱られない為に仕方無く此方の事情を全て無視して訪ねて来たんだ。彼女達は、属国化したバーリンゲン王国との付き合い方を変えた筈だが、どうなったのか?

 エムデン王国に絡まないで欲しい。割と本気で切実に……

「それはそうと、凄い馬車ですわね。まるで移動するホテルみたいですわ」

 ジゼル嬢と、御者をしているクリスを伴い御祖父様の領地に向かっている。前回ブルームス地方に行った時に乗った馬車を僕なりに改良し錬金した特別製の馬車が気に入ってくれたみたいだ。

 馬六頭に引かせる大型の馬車であり、僕謹製のサスペンションを装備し振動・騒音対策は従来馬車の比じゃない。座席を倒せばベッドになり大人三人でも余裕で寝られるので、居住性も高い。

 周囲には馬ゴーレムに騎乗したゴーレムビショップが六騎、護衛として随伴させている。時刻は夜の九時過ぎ、幸い雲もなく月明かりでも街道を走る事が出来る。勿論だが、クリスの技術も高い。

「朝方には御祖父様の屋敷に到着する。教会に行く前に相談をして対策を検討、先方に使いを出して午後に訪ねるスケジュールかな」

「そうですわね。領主様の孫とは言え宮廷魔術師第二席の侯爵待遇のエムデン王国の英雄、バーレイ伯爵が訪ねるとなれば大騒ぎでしょう」

 悪戯っ子みたいな顔をして笑われた。あーうん、そうだね。確かに地方の教会にいきなり僕が訪ねるとか、先方からしたら胃が痛くなる厄災みたいなモノか?だが前日に連絡すると何かしらの対策をされるから嫌だったんだ。

 だから準備をさせない為に、敢えて非礼を承知で当日に使者を送り訪ねる事にした。表向きの理由は、事前に情報を公開し領地の混乱を避ける為に。僕の存在は、良い意味でも悪い意味でも影響力が有るから。

 勿論だが寄付金も金貨一万枚を用意している。まぁ御礼を兼ねて寄付するのが今回の目的、モア教の上層部が僕に対してどういう意図を持っているかの調査だ。協力的で持ち上げてくるが、果たして本心は?

「良いも悪いも僕の影響力は馬鹿に出来ないのだろ?各国のモア教の教会に、変な指令が出ているらしいんだ」

 イルメラや定期的に訪ねている、ニクラス司祭が曖昧に笑って教えてくれないのだが……変な通達なのは二人の表情と態度を見れば何となく分かる。

 多分だが変に持ち上げているか話を盛りに盛っているか、本人に伝えるには恥ずかしい内容なのだろう。ニクラス司祭からは僕を利用しようとか言う感じは全くしない。

 何かを企んでいるのは総本山に座する教皇様と取り巻き達で、各地に散らばる司祭達は事情は知らされてないと思う。だがわざわざ派遣された司祭ならば、何かを知っていると思うんだ。

 今は精神安定の為に、少しでも情報が欲しい。

「今回の聖戦に対して、モア教は協力を惜しまず。信徒達よ、教義を守る者の為に手を差し伸べろ。モア教の安寧は、我等が守り手と共に……調べましたが、そのようにモア教の関係者に通達されていましたわ。ふふふ、守り手とは誰を指しているのかしら?」

 ジゼル嬢まで微妙な笑顔だな。え?何それ、初めて聞いたけど聖戦に参加している連中の事だよね?守り手『達』だよね?聖戦とは言え戦争なのだから、個人を指すみたいな事は無い筈だよね?

 ジゼル嬢の含みの有る微妙な作り笑顔から視線を逸らしカーテンをずらして窓の外を見る。真っ暗で殆ど何も見えず、ガラスに反射した困惑した男の顔が見える。

 深い溜め息を吐き出す、変に持ち上げられる事を嫌う僕の為に皆が気を使って教えてくれなかった訳だ。盛りに盛ってるどころか、モア教の守り手になってるよ。

 自意識過剰じゃないが、僕は王国の守護者とは呼ばれている。モア教の守り手じゃない只の信徒だ。まぁ自分の為に善行を行っているけど、敬虔なって言われるのは我慢する。

「悪い事ばかりでは有りませんわ。モア教は大陸最大の宗教、その守り手ともなれば関係各所から絶大な配慮をされます。リーンハルト様は普段から教義を守り平民達を助けていますから、何か特別な事をする必要は有りません。今迄通りで良いのです」

 うわぁ、多分に同情も含んだ意見なのは、ギフトで僕の考えを読んだな。ジゼル嬢にしては珍しい曖昧な言葉だが、思い遣りは受け取った。まぁ大陸最大の宗教が絡んで来たんだし、事前調査無くば言葉を濁すよな。

 だが僕だって無策じゃない、『無意識』に大金を払い教皇の調査は依頼している。打てる手は打っているが、『無意識』の報告には時間が掛かるだろう。大陸最大の宗教のトップの調査だ、簡単にはいかない。危なければ引けと言ってある、成功率は良くても五分以下か?

「今迄通りも結構大変なんだけどね。行動に制限が掛かった訳だが変えられない、模範的信徒を演じ続けなければならないのか……」

 溜め息を吐きたいのを我慢する。英雄だけでも大変なのにエムデン王国の守護者の他にモア教の守り手まで追加された。困った事に噂話だけが先行し事実みたいに広まる。そして真実を知ると微妙に評価が下がる。

 盛り過ぎなんだよ、やり過ぎなんだよ!善意だけですみたいな戯れ言は信じない、必ず何か裏が有る。それを掴まないと心労で倒れそうだ……それ程、無辜の民からの無条件の信頼は胃にクるんだぞ。

 清廉潔白で慈悲深く優しい、期待に満ちたキラキラとした瞳で見られるプレッシャーは向けられる本人にしか分からない辛さが有る。実際の僕は、自分と大切な人達を優先する身勝手で傲慢な最低男なのだが……

◇◇◇◇◇◇

 何度か休憩を挟み、早朝に御祖父様の屋敷に到着する。領民の大多数が農業を営む為、早朝でも領民達は畑に向かう。彼等は日の出と共に起きて働き、日が沈めば早めに寝る生活サイクルらしい。

 何人かと擦れ違ったが、僕の事はバレていない。だが家紋も無い黒塗りの高級大型馬車を見て上級貴族のお忍びだと思い、関わり合いになるのを避ける為にだろう。道の端に寄って頭を深く下げてくれる。

 エムデン王国は大分マシだが、この国にも貴族万々歳な特権階級意識の高い連中もそれなりに居て平民達を虐げている。絡まれた連中は暴風が去るのをひたすら頭を下げてやり過ごすしかない。反抗すれば最悪は無礼討ちだから。

 御祖父様の屋敷は塀が張り巡らされていて外から中は見えない造りになっているので、視線を気にせずに安心して馬車から降りる事が出来る。僕が来た事は周囲にはバレない、バレたら大変な騒ぎになる。

「ジゼル様、お手を」

「有り難う御座います。リーンハルト様」

 先に馬車から降りて、ジゼル嬢に手を差し伸べる。既にクリスは御者台から降りて、僕の後ろに控えて周囲を警戒している。襲撃者は居ないと思うけど、護衛としての任務だからね。

 先触れは出していないが到着予定時刻は事前に親書で知らせているので、玄関先には使用人一同が並び一斉に頭を下げて出迎えてくれた。いや、御祖父様が自ら出迎えてくれた。

 身分差とは血の繋がった親族であっても丁重に迎えなければならない。従来貴族の男爵では侯爵待遇の伯爵との身分差は隔絶、故に僕も対外的な意味でも受け入れなければならない。

「良く来てくれた、リーンハルトよ。道中強行軍で大変だっただろう。ジゼル殿も長時間馬車に乗っていて疲れただろう。早く屋敷の中に入って休んでくれ」

 祖父と孫の関係だから言葉使いは家族的だが態度は丁寧に迎え入れてくれた。まぁ僕が頼んだ事でもある。家族にまでへりくだった態度を取られるのは正直キツい。

 それで喜ぶような尊大な性格でもない。対外的に僕は清廉潔白で慈悲深く優しいらしいので、この身内に優しい関係も理解はされるだろう。納得せずに高貴なる我等は……とか言い出す奴も居るけどね。

 割と下級の貴族でも平民達を虐げる連中が居る。奴等は平民達と大して変わらない生活をしているのだが、貴族の権利は過大に要求する。反発していた下級官吏達を調べて分かった事だけどね。

 特に僕に悪意を持つ下級官吏達がそうだった。彼等は貴族として底辺だが特権意識は高く、同じく底辺から急に出世した僕は気に入らなかったらしい。

「早朝から押し掛けて申し訳無いですね」

 ジゼル嬢は頭を下げるだけで対応は僕が行う。彼女は結婚前だから従来貴族の男爵令嬢、三人の中では一番立場が低い。嫌なモノだが誰が見てるか情報が漏れるか分からない。

 今は付け込まれる隙を政敵に与える訳にはいかないから、感情を殺して受け入れるしかない。もう少しだ、結婚さえすれば伯爵夫人となり低い扱いは受けない。

 ジゼル嬢もギフトを使わなくても僕の考えが分かったのか、僅かに苦笑しながら左腕に軽く抱き付いた。気にしていないから、早くエスコートして屋敷に入りなさいって事かな?

 先ずは御祖父様と打合せをして、それから問題の教会に突撃するぞ!

◇◇◇◇◇◇

 応接室に通された。メイドが紅茶とカットフルーツを用意して退室、人払いも頼んである。クリスは護衛として側に控えるが、この部屋に近付く者が居れば対処する。

 屋敷の使用人の中には他の家に買収された連中も居て、バイト感覚で情報を漏洩する困った存在だが……ザスキア公爵が多用してるから一概に悪いとは言えない。比較的に給金の安い彼等には割の良い収入だし。

 自分も魔力探査を行い周囲に誰も居ない事を確認して安堵の息を吐く。これからの相談事は宗教絡み、安全対策は過剰な位で丁度良い。甘い考えは捨てろ、バーリンゲン王国なんかよりも遥かに難敵だぞ。

「リーンハルトや、モア教の件だが心配のし過ぎではないか?確かに過剰な優遇ではあるが、相応の善行を積んでいるのだろ?」

 今回の経過を簡単に報告した後で、御祖父様から心配し過ぎだと言われた。一般的に、モア教は清貧を好み信徒に寄り添い尽くす活動をしているから、悪意的な行動をするとは思わない。

 一般的な感覚では、疑い過ぎじゃないかって思っているのだろう。だが全てのモア教関係者に通達した内容を知れば、とても杞憂とかの楽観的にはなれない。

 論理的に説明する為には落ち着かねばならない。紅茶に砂糖を三杯入れてかき混ぜて飲む。舌に甘い刺激が有り、錯覚だが脳に栄養が回る気がする。

 要は気持ちの問題だな……

「御祖父様が杞憂だとおっしゃるのはもっともですが、僕はモア教の教皇様より直接では有りませんが御言葉を頂いております。普通は大国の国王クラスでも珍しい珍事、これを警戒せずに何を警戒すれば良いのか……

確かに僕はモア教の教義を尊重し実践していますが、他にも僕以上に教義を全うされている方々は多い。貴族だから?宮廷魔術師だから?有り得ない、モア教は国家権力から距離を取るのが従来の対応です」

「教皇様がモア教の関係者に通達した事、これも今回の聖戦に関係深い内容ですわ。聖戦とは言え利害が絡む国家間戦争に介入した事など、過去の事例を調べましたが有りません。司祭の方が個人とか国に派遣されたモア教関係者の方々ならば、小規模な事例は有ります。ですが今回は二国間の戦争です」

 ジゼル嬢が後を引き継ぎ説明してくれた。そう、モア教は過去に強要されても国家間戦争には介入しなかった。治癒と防御魔法の使い手を確保したいからと、過去にモア教に圧力を掛けた国は有る。

 だが破門されモア教関係者が一斉に国外に逃げ出す事となり、平民達が心の拠り所を失い各地で反乱が勃発。殆どの国が地図から名前を消した。モア教は大陸最大の宗教であり、その影響力は貴族平民を問わず絶大だ。

 近年人間至上主義者等の他の宗教団体が増え始めているらしいが、未だ全体の5%未満であり影響力は低い。だが何れは脅威になると思い、奴等を潰しに動いたのか?それも理由としては弱い。

「教皇様自らが動いた。確かに言われてみれば珍しい、いやモア教全体でも初めてかもしれぬな。歴代の教皇様達も秘密が多く詳細は知らぬ。今思えば身近なモア教だが、その上層部の情報は殆ど知らないぞ」

 そう、モア教は民に寄り添う宗教であり教会と領民達との距離は近い。司祭や助祭、僧侶達は身近な存在であり良く知っている。清貧を旨とし友愛を尊重し、弱き者達を救済する素晴らしき教義。

 だからこそ聖戦となった今回の言葉は悪いが侵略戦争を敵国の領民達迄もが、エムデン王国に協力的と言う異常事態。ウルム王国の平民達は、僕の参戦を望んでいる。聖戦の立役者、モア教の守り手。

 ウルム王国は善政とまではいかないが、バーリンゲン王国よりは数倍マシな国家経営をしていた。なのに祖国よりも他国の軍隊を望む異常事態、普通じゃ有り得ない。だが僕の参戦は多大なデメリットしかない。

 アウレール王も認めない。それは攻略軍を蔑ろにする悪手、順調に成果を出す彼等に対しての裏切り行為でしかない。強行すれば、不満は国王と僕に向かう。だから何としても改善策を講じねばならない、何としてもだ!

「聖戦自体が稀なのだから、前例無視の特例で動いているのかも知れません。ですが参戦していない、リーンハルト様を望む声が高い。それは今後に非常にリスクを孕む難題なのです」

「ふむ、だから情報収集の為に新しい教会を訪ねて司祭様に会うのか……なる程、言われてみれば納得だな」

 腕を組み頷く御祖父様を見て、上手く説得に成功したみたいだ。仲間内で意見を統一しておかないと、不和が生じる。モア教は人々の信仰を集める宗教であり、疑うような真似を受け入れられない場合も有る。

 納得して貰えなければ、モア教に対して不都合が生じる事を僕等がすると思い、内緒で密告とは言わないが相談位はするだろう。それが宗教の怖い所で、信仰は依存と言い換えても違わない部分も有る。

 未だ午前の九時過ぎだし、御祖父様の領地改革の進捗具合の確認と不具合が有る場合の対策の摺り合わせをするか。前回の旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業を生かした土属性魔術師達に仕事をさせている。

 此処で経験を積ませて、次は僕の領地を順番に回らせる予定なんだ。先ずは食料の安定供給が出来る様にしてから、他の事を始める。余裕が有れば他の貴族達の領地にも派遣しても良い。

 何となくだがウルム王国との戦争に勝てば、僕は荒れた領地の回復の為に派遣されそうなんだよな。荒んだ領地の回復は、領民達の為にもなるし支配体制の盤石化にも繋がる。

 ん?モア教に対しても……

 


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