古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第751話

 モア教への対応について、何とか御祖父様を説得する事が出来た。これでモア教に対しての行動について、反対されないだろう。説得が失敗すれば裏切りはしなくとも痼(しこ)りが残った。

 信仰を甘くみては駄目なんだ。御祖父様は比較的敬虔なモア教の信徒、故に僕に不信感を募らせる可能性が高い。それ程に、モア教とは多数の信仰を集める良い宗教なんだ。

 僕だって今回の件が無ければ、疑いを持つ事など無かった。有り得ない珍事が重なった事と、僕に対する平民達の変わりように危機感を募らせた結果だ。戦争中に敵国の宮廷魔術師を望むとか、有り得ない事だから。

 未だ教会を訪ねる迄に時間が有るので、御祖父様から領地改革の報告を聞く事にする。

「先ずは農地の改革だが、取り急ぎ収穫量を増やす為の土の改良を錬金により……」

 報告書を片手に概要を説明してくれる御祖父様の話を纏めると、田畑の土の錬金による改良は育てる作物により変えているらしい。僕だと栄養が有りそうな腐葉土に丸々作り替えるが、それでは育たない育ち難い作物も有るそうだ。

 故に農民達から数種類の良質な土のサンプルを貰い、各々の畑の育てる作物に合わせた土壌改良を行う。土の選定は農業のプロである農民達に任せているので安心だ。農地改革は農民達を巻き込まないと意味が無い、上から一方的では駄目なんだ。

 元々自分の畑の土の性質を理解し、最適な作物を選んで栽培していたんだ。サンプルは一番必要な小麦と販売価格が高く、育てやすい作物にしている。特産品や名産品とかは無く、それ程の高収入にもならないが現金化出来る作物は生活に必須だ。

 税を納める為に土の性質に合わない小麦を作っていて効率が悪かったが、殆どの農地が栽培品種に最適化した土の性質になるので目に見えて収穫量は増える予想だ。収穫が待ち遠しい。

 だが全てを小麦にして収穫量が増え過ぎると値崩れするから、他にも高値で売れる野菜を栽培したりしてバランスを取っている。販売ルートはライラック商会任せだが、収穫して翌日には王都の市場に並ぶ。

 御祖父様の領地は比較的裕福だから可能だが、慢性的に収穫量が少ない領地では先ず領民の腹を膨らませる為にも小麦一択だろうな。領主も納税優先だし、他には農民達が消費する収穫が早い雑穀や野菜か?

「確かに収穫量は増えたが、普通は土属性魔術師を三十人も拘束して土壌改良とかはやらせぬぞ。コストが合わないからな」

「レベル15前後の土属性魔術師を一人一ヶ月拘束すれば金貨50枚、三十人で1500枚。短期的な収入増では賄えない、畑の土は何回か収穫すれば痩せます。最大三年位で再度改良が必要……

だから一ヶ月間で、どれだけ広い面積を改良出来るか?御祖父様の領地で検証しているのです。コストに見合うには、どれだけの期間で、どれだけの畑を改良すれば良いのかを調べる為にです。最悪は利益無しでも領地の生産量が維持出来れば良い」

 この生産向上部隊は、戦後の旧ウルム王国領に派遣する予定だ。戦火で荒れた田畑を拝領した者は、今回の戦争で活躍した連中だ。自分の賜った領地の領民は僕を待ち望んでいると言う不安要素。

 だが僕は旧ウルム王国領には簡単には行けない。何かしらのメリットを提示しなければ、領主達との関係が悪化するだけだから無理。だが領民達は不満が募り、領主に反発する可能性も有るだろう。

 だから僕の配下となる彼等、生産向上部隊を派遣し荒れた田畑を回復する。領主も不満は有れども税収がアップすれば少しは緩和する。領民も同じ、僕が派遣したなら彼等を歓迎するだろう。

 戦功の高かった者達の領地には、僕自らが乗り込み短期で広大な田畑の改良を行えば良い。聖戦には参加しない、勲功も稼がない。戦後の領地復興にのみ協力する。

 勿論だが、アウレール王には事前に相談する。多分だが王家の直轄領は後回しにしないと臣下達から不満が溜まるだろうし、僕も三ヶ月位は単身赴任となり旧ウルム王国領を移動する事になる。

 領主と領民の両方の不満解消、悪いが僕ではこれ以上の提案は出来ない。考えを読んだ、ジゼル嬢は前半は納得し後半の単身赴任で顔をしかめた。これは提案が合格点に達していない、御不満とみたぞ。

 戦後は成人となり漸く彼女と結婚出来るが、直ぐに単身赴任で三ヶ月不在とか普通に考えれば怒るよな?だが他に良い案とか有る?視線を合わせて心の中で聞いてみるが、直ぐに頬が赤くなり逸らされたぞ。

「旦那様?その件については、お帰りになった後で話し合いましょう。懇切丁寧に分かり易くゆっくりと、皆さんを交えて家族会議ですわ」

 うわぁ、見惚れる笑顔だけど絶対に納得していないよ。家族会議って、イルメラ達も交えてだよ。また僕が単身赴任で三ヶ月間留守とか、彼女達を説得出来るのか?

 不思議そうに僕とジゼル嬢を交互に見る、御祖父様の疑問も分かる。今思い付いて心の中で思っただけだから、単身赴任で三ヶ月間とかは知らない。僕等がアイコンタクトで何かしらしたと思ったかな?

 だが仕事に行くのに奥様同伴は評価としては微妙になる。相手だって負担になり良い気分にはならないし僕の評価も微妙になるが、それは今は気にしない。細かい調整や摺り合わせはこれからだ。

 さて、昼食を食べて午後一番に教会に向かうかな……

◇◇◇◇◇◇

 先触れの返事は『大歓迎します!』だった。驚くべきことに派遣された司祭様はバーリンゲン王国から救い出した、シモンズ司祭だった。上級司祭であり、小国とは言えバーリンゲン王国の総責任者だった彼が何故に御祖父様の領地に?

 もしかして左遷されたのか?男爵領の中規模な街の教会に送られる人材じゃない。シモンズ司祭は上級司祭だし、前回の件では責任など一切無い。アレはバーリンゲン王国とウルム王国の馬鹿共の強要だぞ。

 お忍びだと理解してくれているので訪問は内密にと、シモンズ司祭側から提案された。御祖父様の家の馬車ならば、それ程詮索されずに教会に行けるから大丈夫だ。同行者は、僕とジゼル嬢と御祖父様、それと護衛のクリスだけ。大人数では目立ってしまう。

 屋敷から馬車で教会に向かう途中に街の様子を窓から眺めたが、市場には活気が有り子供達も元気に走り回っている。治安も物流も良い証拠だ、御祖父様は善政を敷いているんだ。

 冒険者ギルドを筆頭に魔術師ギルドに盗賊ギルドも有るが、今回は訪問しない。行けば騒ぎとなり迷惑を掛けるし、王都の各ギルド本部に話を通してないから不義理かな。

 モア教の教会に到着、右側に孤児院を併設し左側の広場は炊き出し用の竈(かまど)も設置されている。華美でなく落ち着いた外観、基本的に新築は規模により仕様が決まっている。

 他の教会との優劣は無いが、歴史有る教会は改装を重ねるので変わっていく。教会の前に若い修道女が二人立っているのは、僕等が来るのを待っていたのだろう。一人は中に入って行ったのは、シモンズ司祭に報告に行ったのだろう。直ぐに、シモンズ司祭が出て来て両手を広げて歓迎してくれた。

「ようこそ、リーンハルト卿。歓迎致しますよ」

「ご無沙汰しております、シモンズ司祭。急な訪問に対応して頂き、有り難う御座います」

 型通りの挨拶を交わし婚約者である、ジゼル嬢を紹介する。シモンズ司祭は本当に歓迎してくれるのが分かる。彼に悪意など無いだろうが、何かしらの情報は持っているだろう。

 その善性に付け入るように情報を引き出そうとしている、僕は敬虔な信徒でもなんでもない自己中心的な迷惑野郎なのだが、自分と大切な人達の為に笑顔の仮面を貼り付ける。

 宗教の恐ろしさは理解していたつもりだったが、未だ全然足りてなかった。神の敵として認定されてしまえば、僕は身を隠して他人として生きるか他者との接触を断ち隠者となるか……

 モア教と敵対する宗教に改宗するしかない。それ程、モア教とは巨大な宗教なんだ。軽んじたバーリンゲン王国やウルム王国の気が知れないよ。

「ささ、騒ぎになる前に早く教会の中に入って下さい」

「有り難う御座います。この静謐な空間、本当に落ち着きます。僕はモア教の教会の雰囲気が好きなのです」

 わざわざ自ら扉を開けて中に招いてくれる彼に対して、お礼の意味も含めてリップサービスを言う、実際にこの静謐な空間は好きだ。虚飾塗れの王宮の魑魅魍魎共の相手をするのは疲れるから、安らげるこの空間は大好きだ。参拝者は居ないみたいだが、助祭が二人に修道女達が四人並んで居る。

 この規模の教会で助祭が二人に修道女達で合計九人、修道女は中年女性が四人に若い子が二人。その内三人は、シモンズ司祭と共にバーリンゲン王国から救い出した女性だ。彼女達は志願してくれたのか、それとも強制的に配属されたのか?

 さて、いよいよ話し合い(情報収集)だな。

◇◇◇◇◇◇

 先ずは礼拝堂に通された。モア教の女神像の前で跪いて祈りを捧げる。この女神像は、シモンズ司祭が祈りを捧げる歴史有る貴重な女神像であり彼の信仰の対象でもある。

 女神像に祈りを捧げた後、シモンズ司祭が十字架を額に当てて祝福をしてくれた。ジゼル嬢と御祖父様もだが、クリスは護衛なので祈りを捧げない。

 彼女は元暗殺者であり神を信仰していない、所謂無神論者だ。モア教の教義は友愛だから、暗殺は教義に反する行いだ。僕も敵兵を千人単位で殲滅するが、自国民には優しいのでグレーだが一応大丈夫みたいな?

 そのまま司祭室に通される。年配の修道女が清めた冷水を配って退室したのは、この話し合いは秘する部分が有ると事前に知らせてあるからだ。建て前は領主と宮廷魔術師との会談だが……

 確かにモア教の総本山に座する教皇様の思惑が知りたいとは、普通に極秘事項だよな。本音は隠して先ずは誘致を承諾し、あまつさえ無償で施設を建ててくれた事への御礼からだ。

 気を抜けない話し合いになるのだが、ジゼル嬢が落ち着けって意味で袖口を摘まみ引いてくれたので微笑む。シモンズ司祭が苦笑いしたのは、仲が良いですね?って事で、尻に敷かれてますね?って事じゃないですよね?

「先ずは御礼を言わせて下さい。新規の教会を誘致しても中々良い返事を頂けないのに、シモンズ司祭に来て頂けるとは正直驚いています」

 小国とは言え、バーリンゲン王国のモア教関係者の最上位の上級司祭だ。大国エムデン王国ならば、侯爵級の領地で人口十万人規模の街の教会でも全くおかしくない。

 ニクラス司祭もだが上級司祭とは、それだけ数が少ない。実績と信仰心の積み重ねで成れる、言い方は悪いがエリート中のエリートが上級司祭だ。悪いが、御祖父様の領地に来てくれて良い人材じゃない。

 だから本人の事は信用しているのに、勘ぐってしまったんだ。左遷か何かしらの密命を受けているのかとか?善意や好意だけで人事は動かない、しかも施設もモア教側の負担でだよ。

「確かに各地からの建設の希望も多い。極力叶えたいとも思うが、如何せん人員不足なのです。ですが、バーレイ男爵は領内で疫病が流行った時に私財を投じ領民の治療を行いました。我々モア教は友愛を教義とし助け合いを好みますが、貴族の中には我々の慈善事業だけを目当てに誘致する方々も多い。嘆かわしい事ですが……」

 シモンズ司祭が言い辛そうに教えてくれた。モア教の教会は慈善事業の拠点、孤児院に貧民達への炊き出し。怪我の治療と領民達への手厚い活動が多く、しかも安価であり採算性も無い。

 そして領民達の味方であるモア教関係者が集まる教会は、不可侵の象徴だ。彼等を害する者が居れば、領民全てが敵対行動を起こす。各ギルドも協力する、つまり治安も向上する。

 故に街が安定し生産力も向上し税収も増える。しかもモア教は権力に固執しない、施政者にとって都合の良い宗教だ。御布施も多いだろうが、殆どを領民の救済に使ってしまう。

 聖職者は私利私欲に走らず、清貧を旨とする理想の宗教。その国家権力から距離を置いているモア教が、僕にだけ強く干渉するのは何故だ?シモンズ司祭の態度から、正直に疑問をぶつけた方が良くないか?

 ジゼル嬢に視線を向けると、暫く考えてから頷いてくれた。小細工せずに正直に話した方が良いだろう。

「実は少し困った事になっていまして……」

「リーンハルト卿が困っている?私が力になれるなら何でも言って下さい。リーンハルト卿はモア教の大恩人であり、我等モア教関係者は何かしらの恩返しがしたいと常々思っているのです」

 全てを言い終わる前に、前傾姿勢で食い付き気味に恩返しとか言われてしまったが……その過剰な態度が他国の領民にまで広がり困っているのです。

 ウルム王国の領民達が、聖戦(他国からの侵略戦争)を受け入れている。しかも協力を惜しまずみたいに……彼等は自慢にもならないが、僕が来るのを望んでいる。

 だが僕がウルム王国に行く事自体が、攻略軍との関係に問題を生じさせるんだ。バーリンゲン王国を攻略し王都の守りを任されているのだから、参戦など有り得ない。

「その、ウルム王国の国民達が聖戦を受け入れ非常に協力的なのですが……有り得ない事ですが、僕の参戦を望んでいるらしいのです。今回の聖戦に参加した方々は、前大戦の関係者であり過去の色々な因縁を断ち切る戦いでも有ります。

そんな彼等の聖戦に対する意気込みや行動に対して前大戦に関係していない僕が参戦するなど、冷や水を浴びせるような愚行。僕と彼等の関係が悪化するし、僕も彼等の行動を邪魔したくないのです。

彼等にとって辛い過去の出来事に区切りを付けて欲しい。そして僕は、アウレール王からエムデン王国を守るように頼まれています。王命を蔑ろにして参戦など有り得ないのですが、ウルム王国の国民達の気持ちがですね……」

 迷惑とは言わないが応えるにはリスクが高過ぎて無理なのですと言葉を濁したのだが、僕の微妙な表情を見て何かを察してくれたみたいだ。何故か凄く優しい表情を浮かべている。

 ジゼル嬢を横目で見て表情を確かめたが、此方も凄く優しい表情をしている。つまりシモンズ司祭の心を読んだ、ジゼル嬢も笑みを浮かべる事を思っているのか?

 ジゼル嬢が僕の膝に手を乗せて軽く握ってくれたのは、もしかしなくても彼には悪意も無く何も指示されていないのだろう。だが二人が浮かべる笑みの意味って何なんだろうか?

 


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