古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第753話

 激しいジャンケンに勝利し、右手を天に突き出す。バーナム伯爵は右手を抱えてうずくまっているが、食い千切るほど全力で噛んではいない。精々皮膚が裂ける程度だ、大袈裟だな。

 だがマジックアイテムで強化した顎力は、革鎧を噛み切り鉄の鎧に噛み跡を残す程度には強い。最近骨付き肉の骨を噛み砕く事が楽しい、カルシウムは肉体を鍛えるのにも大切だぞ。

 因みにだが、連絡に来た諜報要員は無事だったらしく気付いたら居なくなっていた。悪い事をしたと思う、ザスキアの雌狐に言い付けないでくれ。何かされそうで怖い、いやされるだろうな。

「さて、俺がジウ大将軍と戦う担当だが……率いる軍団を無視する事は出来ない」

「最初に頂上決戦をすれば、奴等は自分達の将軍が負ければ恐怖にかられ逃げ出すだろう。指揮官の敗北は全軍の敗北と等しく、敵討ちなどは気合いの入った側近位だな。兵士達は逃げ出すのが普通だろう、特に武力に自信が有るウルム王国の大将軍が負けるのだ。戦意の維持など不可能だろうよ」

 常勝不敗の伝説を持っていた、ジウ大将軍の人気は高い。リーンハルトに負けて不敗神話は無くなったが、それでもウルム王国最強の男に間違いはない。

 その男が一対一で負けたとなれば、率いていた兵士達は逃げ出す。だが散り散りに逃げ出されては後の対処に困る。全て纏めて倒したい、大将軍に率いられているならば一般兵と言えども侮れない。

 見栄重視の御飾り軍団も残念ながら居る現状で、国家の上層部から疎まれている奴の配下は何度も不利な戦いを強いられていた筈、それを支えていたのは、ジウ大将軍の存在そのもの。

「精神的支柱が倒されればな。逃げ出す事は仕方ないだろうが、敗残兵の存在は今後の統治の障害となる。狩り出すにしても時間も人材も金も掛かるから、一度に倒したい」

 ふむ、腕を組んで考える。俺達はリーンハルトとは違い率いる戦力は三百人、奴はレベル20のゴーレムポーンなら一千体は運用可能。視界の範囲内ならば、何処にでも召喚出来る。

 背後を突くのも挟撃も正面突破も乱戦も自由自在、そして物も食わず文句も言わず命令には絶対服従、必要な時に何処にでも呼び出せる。何たる不条理の塊だっ!しかも自身が俺達と戦っても生き残れる、奴を負かす事は……

 俺達でも無理だな。逃げや防御に徹しられたら傷付ける事すら厳しい、万能型のゴーレムクィーン五姉妹に護衛特化型のゼクス五姉妹、防御特化型のエルフも居るらしいし無理じゃね?

「いやいやいや、アレは味方だ。倒す算段を考える事が無意味だな。ははは、戦後は模擬戦をして一度は勝たないと自信が無くなりそうで嫌だぞ」

 飲み比べは全敗、模擬戦は引き分けが多い。爵位も役職も領地の数も、奴の方が多いとか義父として情けない。何か一つは勝たねば、だがどれも難しい。

 悔しくは有るが悪い気もしない。義理とはいえ息子の栄達は、親としても喜ばしい事だからか?何時かは越えるべき障害として立ちはだかる親として、早々に越えられたから悔しいか?

 むぅ、ライバルとも違う。身内だからだろうが、何かモヤモヤするぞ。バーナム伯爵もライル団長も同じな事が唯一の救いか?

「ん?模擬戦?もう戦後の事を考えているのか?気が早いぞ。今は目の前の敵を殲滅する手段を考えるぞ。やはり最初に兵士共に襲い掛かり数を減らしてから、ジウ大将軍と戦うしかないな」

「まぁ逃げ出す敵を狩るにしても手数が足りない。四方八方に分散されたら半数以上は取り逃がすだろう。それじゃ駄目だ、殲滅するなら先制攻撃で……」

 むぅ?単純明快な戦いなら得意だが条件付きだと難しい。そもそもマジックアイテムの底上げが無ければ、単体で軍団に挑む事など有り得なかった。

 くはっ!くははっ、これがリーンハルトだけが見ていた世界か。奴は常に単独で敵対する連中と戦って勝ってきた。常識外の化け物、そして俺達も同じ域に辿り着いた。

 現代の常識をブチ壊す『未来に位置する魔術師』か、ユリエルとエロールが言っていたな。そして俺達も『常識から解き放たれた戦士』だ。魔術師には出来ない新しい戦士の戦いを見せるぜ。

「バーナム伯爵よ、難しい事は考えず正面からブッ潰そうぜ。単独で軍団に立ち向かい勝つ、そんな非常識な男が俺達の近くには居るよな」

 両手の拳を打ち付ければ、ガシッとした音が骨に響く。弱気になるな、俺達は悪目立ちしろと言われている。リーンハルトよりも活躍し、奴に向かうヘイトを分散するんだぞ。

 馬鹿みたいに愚直に突撃が好ましいんだ。端から見て無理・無茶・無謀をヤルから良いんじゃないか。それ位しなけりゃ、従来型から逸脱なんて無理だ。

「なる程。これが、リーンハルトだけが見ていた世界か……確かに義父たる俺達が義理の息子に負ける訳にはいかない。左右から突撃し兵士共を蹴散らし数を減らし中央に居る、ジウ大将軍と対峙したら口上を述べる。奴を倒したら残敵掃討、難しく考えずシンプルに行こうぜ」

 お互い拳を突き出して合わせる。悪いが俺達は難しい事が苦手なのだ。単純明快、ジウ大将軍と率いる三千人の軍団に馬鹿みたいに二人で戦いを挑む。

 今日、俺達も伝説の仲間入りをするが英雄にはなれないだろう。『戦鬼』に『悪鬼』の異名が大陸中に広まり畏怖される。だがそれで良い、それが良いんだ。

 老いた俺達には『英雄』の看板は重すぎる。未だ若い奴ならば、エムデン王国の『英雄』として長く歴史にその名を刻む。俺達は義父として……

「英雄殿の義父として、無敗の奴に模擬戦であっても勝ったと名を残す程度で良いんだ」

「そうだな。多分だが奴は外敵に対しては生涯を無敗で過ごすだろう。歴代最強の宮廷魔術師、そんな奴に土を付けるだけでも、あの世で待たせている友の土産話にはなるな」

 お互いを見て笑い合う。エムデン王国の未来に不安は無い、次代を託せる者が居る。戦後落ち着いたら孫の育成に力を入れるのも良いだろう。

 誰の孫が最強か?リーンハルトが成人する頃には情勢も落ち着くし、奴も子作りに励めるだろう。十年もすれば俺も引退し余生を過ごす立場となる。

 悪くない人生の終わり方だな。初孫を産むのは、ジゼルかアーシャか?それはそれで楽しみだが、赤毛は継いではくれぬだろうな。男爵家の後継者ではなく、武人としての後継者を育ててみたいのだ。

◇◇◇◇◇◇

 奇襲、戦術として寡兵で大軍と戦うには常識的なもので過去の事例には事欠かない。数の差はそれだけで脅威となり、三千人対二人では普通に考えて無茶で無理で無謀だな。

 敵軍は休憩中、周囲は見晴らしの良い平地。見張り番も配置されている為に、直ぐに異変を察知出来るだろう。我等は二人、分かれて左右から攻める。

 中央部の豪華な天幕には、ジウ大将軍や側近達が居るだろう。付き従う兵士達は、各々が自分なりに休息している。布を敷いて寝ていたり、地面に直接座っていたり。

 小休止なのだろう。もう少し頑張ればジュラル城塞都市に到着するが、待ち構える第二陣と戦いになる前の束の間の休息。ジュラル城塞都市に入るには、ライル団長の率いる第二陣と一戦交える必要が有る。

 だが残念ながら貴様等はジュラル城塞都市には辿り着けない。此処で屍をさらす事になり、ジュラル城塞都市の奴等が籠城する気力を無くす理由となる。最後の休憩を楽しむが良い、此処からは地獄だぞ。

 俺とバーナム伯爵が左右から大回りをして予定の襲撃位置に到着、後五分で同時に襲い掛かる。未だ奴等は気付いていない、呑気に休憩している。見張りの連中も、茂みに身を潜める俺を見付けられずにいる。或る程度の障害物が有ったからな、1㎞手前までは来れた。此処から先は障害物は何も無い。

 単独行動か、未だ若い頃に無茶をして野盗が不法占拠していた古い砦に一人で攻め込んだ以来だな。あの時は三十人位が居たが、危うく死にかけた。今はその百倍の正規兵達に挑もうとしている。

 良い緊張感だ。舌で唇を舐める、塩味だな。体調は悪くない、いや万全だ。気力も充実しているし怪我も疲労も無いし腹も減ってない。天気も快晴、無風だな。もしも戦の女神が居るならば、今は俺達に微笑んでいるだろう。

「良し、時間だ。今日、俺は伝説となる。ウラララララララララァ、突撃だぁ!」

 ロングソードを引き抜き水平に構えて突撃する。大股で走り出し、スピードが乗って来たら幅跳びの要領で跳ぶ。視界に流れる景色が識別出来ない程の速度、能力の底上げの差を調整していなければ酔うところだ。

 これがマジックアイテムで地力を底上げした効果、多分だが100mを5秒位のタイムだろう。漸く見張りの連中が俺に気付いたが、単騎の為か指を指して何かを叫んでいるぞ。脅威にはならないとか考えているならば、見張りとしては失格だぞ。

 一歩で10m以上の距離を跳んでいる。まだ加速出来る、もっと早く、もっともっと早く。奴等が迎撃体制を取る前に、一分以内に接近してやる。よし、射程距離に捉えた。ド派手に開幕の花火を打ち上げてやるぜ!

「我が奥義を食らえ。吹き飛べ剣撃突破!」

 ロングソードを前に突き出し闘気を纏い武器と一体となり敵陣に突撃、驚いたり恐怖に引きつる顔をした兵士の群れに接触した瞬間に闘気を解放する。

 うねるような闘気が敵陣を蹂躙し全てを吹き飛ばす。人が強風に翻弄される落ち葉の如く飛び散る。初撃で二百人は倒した、バーナム伯爵と折半でも未だ千三百人も残っている。

 足を止めずに次の標的を見定める。む、弓兵が隊列を組みだしたな。良く訓練されている、障害となる前に蹴散らすか……全員が弓を引き絞って、俺を狙っているな。

「五月雨二式、中距離攻撃手段くらい持っているぞ。追撃でもう一度食らえ、五月雨二式。オマケでもう一回、細切れになれ!」

 集団制圧用の奥義『五月雨二式』の大盤振る舞いで三回食らわせる。纏まっていた事が仇となり、二百人近い弓兵達が細切れの肉片に成り変わる。これで約三分の一、だが走り出してから二分も経っていない。

 漸く中央の天幕に動きが有った。騒ぎを聞いて側近共が外に出て来て、状況を見て固まった。アイツは大した修羅場は潜ってない、ジウ大将軍の側近にしてはお粗末だな。

 遠目でも妙に見てくれが豪華な装備だが、お目付役か?慌てて天幕に逃げ込んだが、上級貴族の横槍で押し込まれた無能か?大変だな、無能な味方は敵より厄介だぞ。

 咽せるような血の匂いと肉片が散らばる中で、未だ戦意は折れてないみたいだ。俺をグルリと囲むように動いているが、乱戦時の鉄則はな……

「その場に立ち止まらず常に動く事だ。食らえ、斬撃!」

 ロングソードを振り回し指向性の斬撃波を飛ばす。振り下ろせば縦に、水平に薙げば横に、目に見えない真空の刃を飛ばす。当たった兵士の何人かを纏めて切断する。

 漸く戦意が折れた連中が呆然と立ち尽くす。オィオィ、敵を前に無防備になるな。俺は優しくないから、見逃すとかは出来ないんだぜ。

 更に前方に斬撃を何回か飛ばす。無抵抗に切られたり、背中を向けて逃げ出したり。漸く正面が開いた、倒した数も七百人位か?やっと半分か、未だ先は長い。

 後は天幕に向かい直進あるのみ。

「ウラララララララララァ!邪魔する奴はブッ殺す、俺の前に立ち塞がるなら死を覚悟しろっ!」

「ひぃ?化け物め。戦鬼か悪鬼か、エムデン王国の化け物が襲って来たぞ」

「に、逃げろ!無理だ、俺達じゃ敵わない。無駄に死ぬだけだ。化け物なんて相手に出来るかよ」

「嫌だ、俺は戦争が終わったら褒美を貰って田舎で両親と……」

「俺だって、許嫁と結婚するんだ。幸せになる筈なんだよ」

 人それをフラグと言うらしいぞ。命懸けの戦いの時にだな、その後の希望を話してしまっては叶わないらしい。まぁ俺の進路を塞がないならば、今は見逃してやる。

 天幕から何人かが叩き出されたみたいに、出入口から飛び出して来たぞ。ゴロゴロと転がり、俺よりも天幕の中の何かに怯えている。つまり、ジウ大将軍の逆鱗に触れたな。

 多分だが逃げましょうとか、降伏しましょうとか弱気な事を言ったのか?まぁ自分の所属する軍団が、左右から有り得ない奇襲を掛けられ壊滅寸前なら仕方ないだろう。敵ながら同情はしてやるぞ。

「漸く大本命の、ジウ大将軍の登場か」

「貴様は、デオドラ男爵!それに、バーナム伯爵もか。二人だけで、俺の軍団に挑むとは舐められたものだな」

「間に合ったぜ。楽しい楽しい戦いの始まりだな……くはっ、くはは!」

 天幕から、ジウ大将軍と副官らしい青年が出て来た。ジウ大将軍は完全武装、抜き身で巨大な鉈みたいな大剣を持ち腰には二本のハンドアックスを下げている。

 肩から先が無い変則的な鎧に真っ赤なマントを羽織り兜は被っていない。副官はフルプレートメイルを着込み、ロングソードとタワーシールドを装備している。

 副官から放たれる荒ぶる殺気、コイツはバーサーカーだな。楽しませてくれる、流石はウルム王国最強の大将軍と副官か……

「バーナム伯爵、副官を頼む。ソイツは多分だが、バーサーカーだな。ジウ大将軍よ、俺と一騎打ちで勝負しろ!」

 この戦いの最大の見せ場、戦意の折れた筈の兵士達が集まり俺達を囲んでいる。奴等からすれば、ジウ大将軍は不敗。この戦いに希望を見出したか?

 馬鹿だな、俺が負けるかよ。お前達の希望が砕け散る瞬間をその目に焼き付けろ。俺は、俺達は……今日この場所で、伝説となるんだ!

 


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