古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第76話

 一日に一便しか無い乗合い馬車を占領された、地味に効く嫌がらせだ。

 ニヤニヤと僕を見るモータムを睨み付ける。

 

「女性連れで丸一日歩く訳にもいかないでしょ?街道沿いには盗賊やモンスターも現れると聞いていますよ。

宿屋に泊まるのも大変でしょう、我が家に招待しますから遠慮無くどうぞ」

 

 女性連れだが冒険者が丸一日歩くのを嫌がるとか思っているのだろうか?

 体力的に劣るエレさんもレベル12になって随分と基礎体力は上がったから無理な事じゃない。だが徒歩は確かに危険を伴う……

 

「リーンハルト様、私達は歩く事は平気です」

 

「そうだよ、冒険者が乗り物に頼るなんて事は無いから平気だって」

 

 女性陣の言葉にモータムが顔を顰める、女性三人だから馬車に乗れなきゃ帰るのを諦めると思ったのだろう。

 

「リーンハルトさんは貴族なんですよね?女性に無理をさせるのはどうかと思いますよ」

 

 確かに歩いて帰ると言えば簡単だ、だが嫌がらせに屈するのは嫌だし僕は貴族の子弟としてでなく冒険者として来ているんだ。

 馬が停留場を取り巻く変な雰囲気を感じ取ったのかブルブルと鳴いて落ち着かない。

 本来馬とは臆病で敏感な生き物なんだ。

 

 馬が……馬……そうか、馬か……

 

 見本は目の前に居て、僕は転生前に軍馬用の銜(はみ)や鞍(くら)や鐙(あぶみ)を幾つも作った事が有る、重騎兵の槍突撃(ランスチャージ)用のだ。

 そうだ!造れるんだ、馬を造れば良い。

 馬のイメージは十分に有る、骨格や筋肉の動かし方も大体分かる。転生前も転生後も馬に乗る訓練は怠ってない。

 

「クリエイトゴーレム!」

 

 目の前の生きた馬を見本にイメージを固めて馬ゴーレムを二体錬成する。急速に魔素が集まり馬の形を成していく……

 軍用の完全装備の馬ゴーレムは馬車用の頑強で背丈の低いのと違い大型で逞しく威圧感が有る。

 馬用の鎧にも意匠を凝らした、エムデン王国騎士団の重騎兵用の軍馬の装備に似せてみた。

 突然現れた青銅製の軍馬に周りが騒がしくなる……

 

「ウィンディア、馬には乗れるな?」

 

「勿論よ、デオドラ男爵家の者が軍用馬に乗れないなんて事は有り得ないわ」

 

 流石は武闘派一族、戦う魔術師にも馬の扱い方を仕込んでるんだな。しかも軍用馬ときたか……

 一般に馬は維持費が掛かるが軍用馬は更に調教費と維持費が掛かるから育てるのも大変なんだ。

 軍用馬に必要な事は大きな音を恐がらない、血の匂いを恐れない、それと……躊躇なく人間を踏み潰せる事が重要なんだ。

 特に戦争で歩兵に絶対的な優位を誇る重騎兵用の軍馬は偉い金が掛かる、勿論普通の軍用馬もだ。

 僕は騎士団の馬を使わせて貰ったが、それでも引退寸前の子だったぞ。

 

「じゃエレさんを乗せてくれ、僕はイルメラを乗せるから……」

 

 先に鐙に足を掛けて鞍を掴んで馬に乗り、イルメラの手を掴んで引っ張り上げて前に乗せる。

 彼女は僧侶の衣装である修道服を着ているからスカートだ。

 だから鞍も前の部分をサイドサドル形状とし横向きで足を揃えて座れる様にしてある。

 馬を貴族の嗜みと考えている上級貴族のご婦人用に考えだされた鞍だ、正式には左側に足を揃える。

 ウィンディアはエレさんを前に乗せたが彼女達はズボンだから鞍に跨っても問題は無い。

 身長差も有るから騎手の視界も邪魔しない、僕とイルメラでは身長に殆ど差が無いので少し見辛いが我慢する……

 

「ではモータムさん、お達者で!乗合い馬車を利用する方も道中気を付けて下さい。

盗賊やモンスターが現れるそうですが乗客に戦える人が居ないみたいですよ。では!」

 

 馬ゴーレムを操り前に歩かせる……地味に操作がキツい、慣れないから常にラインを繋いで操作しないと駄目だ。

 だが彼等の見えてる範囲では普通に動かさないと駄目だ、無理がバレる訳にはいかない……

 

「リーンハルト様、凄いですね。この馬ゴーレムさんは!」

 

 イルメラはご機嫌だ、何時もの感情を押さえた声じゃない、本当に嬉しそうだ……

 

「本当に凄いわよ、コレ騎士団の軍用馬並みだわ」

 

「でも走れるの?ウィンディア、鞭を入れてみて……」

 

 人型以外のゴーレムは小動物しか作って動かした事は無いんだ、アーシャ嬢に見せた鳥みたいに……だが大型の馬ゴーレム二体の制御は結構キツいな。

 

「ウィンディア、鞭を入れても無駄だよ。そもそも鞭無いだろ、手綱もダミーだ。

この馬ゴーレムは僕が完全制御している、次の停留場で乗合い馬車を待とう。

どうせ誰も乗ってこないさ、あの乗客達は僕等を乗合い馬車に乗せない為に村長に頼まれた連中だからね。

それに慣れないゴーレムの操作は地味にキツいが慣れれば半自動制御も出来そうだな。

人型以外は造らないつもりだったが移動用と割り切れば馬ゴーレムは使い勝手は良いね。

今後の依頼達成の為に必要になってくる、先ずは研究だ。実際に馬を飼うか?研究が楽しみだな……」

 

 二足歩行の人型より歩かせ方は断然楽だ、安定してるからバランスが取り易い。

 だが振動の緩和と言うか馬体の安定が難しい、膝を曲げて振動を吸収緩和するにも乗りながらだと動かし方のイメージが……

 

「あの、リーンハルト様?ブツブツとどうしたのですか?」

 

「あー駄目かも……イルメラさん、リーンハルト君は馬ゴーレムについて考え始めちゃったから暫くは話し掛けても無理だよ。

その顔は今後の課題とかシミュレーション始めちゃってるから。制御しつつ思考にハマるとか魔術師の性(さが)って怖いわね」

 

「そうなんですか……リーンハルト様のお邪魔にならない様に、イルメラは大人しくしています」

 

「あっ?イルメラさん引っ付き過ぎだよ!ズルいよ、抜け駆けだよ!」

 

「ふふふ、邪魔はしてません。それに馬ゴーレムさんの揺れが……わざとじゃないんです」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「うん、そうだ!無理に馬に居住性を求めずに馬車を引かせれば良いんだよ。馬車ならサスペンションを組み込んで……あれ?」

 

 さっきと景色が随分変わっている、確か田園風景の中を歩いていたのに今は林の中だ。

 

「考え事は終わりましたか?そろそろ次の停留場の有る村に着きますわ」

 

 僕の右腕に身体を預けているイルメラが教えてくれたが顔が近いですよ。でも次の停留場?二時間くらい考え込んでたのか?

 

「む、済まない。今後の移動は馬ゴーレムに馬車を引かせようと思う。

馬ゴーレム単体では振動吸収は難しい、だが馬車なら既にサスペンションが開発されているから……」

 

 夢が広がるな、僕のゴーレム道はまだまだ入口だ、極めるには時間が掛かる。

 

「リーンハルト君、凄い考え込んでたけど器用よね?馬ゴーレムを制御しながら熟考するなんて……」

 

「自前で移動手段を持てるのは有利、でもリーンハルト君の負担が増えるのは反対」

 

「確かにゴーレムの維持って魔力の消費が激しいのかな?結構平気そうだから分からなかったけど……」

 

 馬ゴーレムの消費魔力はゴーレムナイトと同等位だが常に一定の意識を向けてなければ駄目だ。

 二つの事を同時には出来る、考えながら歩くとかと同じ感覚だけど慣れれば半自動制御も出来そうだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 林の中の集落『ウッドストック』は伐採事業者の為に作られた村だ。

 村といっても樵(きこり)達しか居ないし店も何も無い、ただの民家の集まりだが一応は停留場が有る……標識だけだが。

 

「ここで乗合い馬車を待とう、流石に馬ゴーレムは維持が大変だから」

 

 無理すれば王都まで頑張れるが、コレで王都入りは問題になりそうだ。

 スカラベ・サクレから受け継いだ記憶にも僕の記憶にも馬ゴーレムを移動用に使った事は無い。

 魔力の維持とコストを考えれば本物の馬を用意すれば良いので、只の移動に使う事は無いよな。だが造れて動かす事が出来る人は居るだろう。

 

「分かりました、お茶でも飲んで待ちましょう」

 

 イルメラがスルリと馬から降りる、横座りで乗っていたから簡単に降りられる。全員が降りたのを確認して馬ゴーレムを魔素に還す。

 一応伐採場の停留場らしく丸太の椅子が並んでいるので有り難く座らせて貰う。

 空間創造から紅茶のセットを取り出すとイルメラが準備をしてくれる。

 

「エレさん、一応周囲の索敵をしてくれるかな?斧の音がするから樵達は居るみたいだけど……」

 

「ん……反応は……九つ、二つが向かってくる」

 

九つ?九人かな?向かってくるとは此処にか?

 

「向かってくるのはドッチからだい?」

 

 黙って指差す先には、確かに人影が見える……遠目でも分かるガッシリした体躯の持ち主と、小柄な男かな?

 敵意は無さそうなので一応視線は外さず警戒する、だが10m手前で先方から声を掛けてきた。

 

「こんな場所に珍しいな……子供だけど、魔術師と僧侶とは……」

 

 小柄な中年の男性が話し掛けて来た、感じとしては伐採した材木を扱う商人かな?

 彼等独特の柔和な笑みで僕等を見詰めている、隣のガッシリした体躯の樵は斧を利き手に持って警戒している……

 

「おはようございます、カミオ村から来ましたが後続の乗合い馬車待ちです」

 

「カミオ村から?何故乗合い馬車より先に居るんだい?それにわざわざティーカップ持参でお茶とは?」

 

 両方疑問だよね、何故乗合い馬車に乗らずに先に居るのか山奥でティーカップ使ってるのか?

 

「実はミオカ村の村長から嫌がらせを受けまして……

いや証拠は無いですよ。でも早朝の乗合い馬車の乗客が停留場に沢山居て乗れなかったので先に出発したんです。

モータムさんのお願いを断った所為でしょうか?」

 

「カミオ村の停留場が一杯?そりゃ無いな……でもお願いって何だい?」

 

 ティーカップの件はそっちのけでモータムの話に食い付いて来たぞ。

 まぁ近くの村の出来事だから気になるのかな?

 

「大した事では無いのですが、僕等はカミオ村とミオカ村からの依頼でアタックドッグの討伐を請けました。

討伐数も八十を越えたので帰ろうとしたら引き止められまして、断ったら乗合い馬車に乗れない様にされたんですよ。

それで困ってたらモータムさんが来て「お困りなら自分の家に泊まって良い」って言うから頭に来て村を飛び出しちゃいました」

 

 子供っぽく最後は笑いながら言ってみた。

 

「モータムさんが?あの人らしいな……結構出来る人なんだけどね」

 

 この商人はモータムと知り合いか?もう少し情報が欲しいな。

 

「遅れましたが僕等は『ブレイクフリー』で僕がリーダーのリーンハルトです」

 

「おお、今をときめく冒険者ギルドの大型新人『ブレイクフリー』のリーンハルトさんの話は私でも聞いてますよ。

ラコック村の英雄殿に会えるとは嬉しいですね。

私は王都で店を構えるチェアー商会の者でマルクと申します。彼はゴメス、樵頭をしています」

 

 チェアー商会、王都でも名の知れた材木商だな……国から許可を受けて王都周辺の森林の伐採許可を受けているんだったかな?

 なる程、この林はチェアー商会が維持管理しているのか。

 ゴメスさん、腕の太さが僕の胴回り位あるな……

 手に持つ斧は柄の長い木を切り倒す用の物で僕がゴーレムに持たせる両手持ちアックスとは違う。生物を叩き切るのと木を切り倒す違いだな。

 

「此方こそ宜しくお願いします。ウチのメンバーですが、モア教の僧侶のイルメラと魔術師のウィンディア、盗賊職のエレです」

 

 名前を呼ぶのと同時に会釈してくれるので、いや見た目と職業が一致してるから間違いは無いだろう。

 

「ほぅ……魔術師二人に僧侶が一人とは偉く豪華なメンバーですね。

でも私は知ってますよ『錆肌』と配下のオークはリーンハルトさんが単独で殲滅させた事を……

ああ、丁度乗合い馬車が来ましたね。王都までご一緒ならば色々とお話を聞かせて下さい」

 

 マルクさんと話し込んでいたら漸く乗合い馬車が追い付いて来たか。

 王都までは未だ半日以上あるし色々と教えて貰いたいな、モータムの事を……

 


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