古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第754話

 ジウ大将軍率いるジュラル城塞都市への増援を壊滅する為に、バーナム伯爵と二人で突撃した。敵の軍団に対して、たった二人での突撃だ。武人として心踊るものが有る、浪漫と言い変えても良い。

 休憩する連中に対して、左右から攻め込む。手加減無しの本気の攻撃、奥義を乱発し千人近い敵兵を蹂躙した。反対側から攻めた、バーナム伯爵も同じ位は倒しているな。

 俺は剣撃突破や五月雨二式それに斬撃を多用したが、バーナム伯爵は爆心を多用し敵の野営地を穴だらけにしやがった。そして漸く、ジウ大将軍と副官らしきバーサーカーが天幕から現れた。

 前大戦では引き分けた。旧コトプス帝国に協力し義援部隊として参戦し、俺と引き分けとなった。戦後の有耶無耶で責任は追求されなかったが、ウルム王国からは賠償金を大量に分捕ったんだ。

 故に奴とは決着を付けられずに十年以上も待ったのだが、今日此処で因縁の相手との関係に終止符を打つ。肉体的にはピークを過ぎて衰えはじめたが、技は磨いた。技量は格段に進化しているから、無様な負けは晒さない自信は有る。

 奴もバーリンゲン王国では周辺諸国との国境での小競り合いや、野盗の討伐と対人戦の経験は積んだかもしれないが負けるつもりは全く無い。俺は貴様を倒して、今日伝説となるのだ!

◇◇◇◇◇◇

 指揮官や将軍クラスの一騎打ち、戦場ではめったに見られない。集団戦が基本の戦争で個人の戦いだから当然、軍団を率いる立場の連中が負ける事は全軍の崩壊と同じ意味だ。

 指揮官とは文字通り指揮し指示を出す者であり、勝手に敵軍に突撃したり一騎打ちをする事は無い。戦意高揚とかの理由が無ければ、避けるべき事だろう。

 だが状況は一騎打ちを受けるしか無い程に、ジウ大将軍の率いる軍団は崩壊している。なにせ三千人の内、六割近くが倒された。奴が一騎打ちを受けたから、かろうじて規律が残っている。

 後僅かでも遅ければ、戦意の折れた連中が自分の命可愛さに逃げ出しただろう。だが今は一騎打ちを見届けようと、奴の後ろ側に半円形の陣を構えた。

 出来る事ならば、負傷者の手当てや後方への避難をして欲しいだろうが……其処までは無理だ、逃げ出したい気持ちをジウ大将軍の活躍に対する希望だけで抑えているからな。

 未だ千人以上が血塗れで倒れ八割方は死んでいる。残り二割も治療が遅れれば助からないが、それは向こうの事情で俺は考慮しない。軽傷者も多く、無傷の方が少ないだろう。一騎打ちに勝っても、もう軍団としては機能しない。

「ジウ大将軍よ、正々堂々と勝負だ!」

「デオドラ男爵、エムデン王国の武の象徴。貴様を倒して、この侵略戦争を終わらせる。ウルム王国の勝利をもってだ!」

 抜き身のロングソードを振り下ろし、勝負を挑む。返事は侵略戦争?馬鹿な、貴様等がモア教の司祭に教義に反する事を強要し見放されたんだぞ。

 今更侵略戦争だと騒いでも無駄、アウレール王が外交で周辺諸国に我が国の正当性を認めさせている。いや、モア教の教皇からも聖戦の御墨付きを錦の御旗を頂いているのだ。

 そして俺達もエムデン王国の武の重鎮ではあるが、既に象徴ではない過去の武人。今のエムデン王国の軍事の要に位置するのは、出来は非常に良いが非常識な義息子だ。

 アレは宮廷魔術師でありながら、両騎士団に認められた異常な戦馬鹿だぞ。

「悪いが、俺は既にエムデン王国の武の象徴じゃないんだ。若き英雄殿が俺達の跡を継ぎ、エムデン王国の力の象徴となっている。そして侵略戦争じゃなく聖戦、貴様等はモア教から見限られたモアの女神の敵なのだ!」

「ふざけるな!何が聖戦だ、女神の敵だ。用意周到さは認めるが、友好的な隣国を欲望に駆られて攻めて来た侵略戦争じゃないか。俺は認めねぇ!」

 鉈みたいな大剣を振り回して否定してもだな、モア教の教皇までも敵と認めたのだぞ。戦争の建て前や自分達の正当性を示したいのか?軍を率いる者としては必要か?

 だが俺の知る奴だったら口になどしない偽りの理由だが、率いる兵士の戦意高揚の為には必要なのだろうか?口では何とでも言えるが、配下の連中だって半信半疑だろうな。

 まぁ良いか。勝てば官軍のノリと勢いで押し切るにしては無様だな。理由は述べた、後は一騎打ちで負かすだけだ。偽りの理由は、俺に勝てなきゃ意味が無い。

 バーナム伯爵の方も副官らしき若者との一騎打ちになったな。だが観客の殆どは此方を気にしているのに、僅かな罪悪感を感じる。済まぬ、だが普通は頂上決戦の方が気になるよな?ジャンケン勝負に負けた、己の不幸を嘆いてくれ。

「おぅ、急に天候が荒れるか。これは本当にモアの女神が認めた聖戦なのかも知れぬな」

 急に強風が吹き荒れ雨雲が頭上を覆う。大粒の雨が降って来たと思えば、雷まで鳴り出したぞ。まさに神話に出てくる聖戦の一場面、これは死んでも負ける訳にはいかぬ。

 何という戦いの舞台、何という高揚感。俺は今日、伝説となると言ったが世界が本当に伝説にすると、神に認められたみたいだ。一世一代の一騎打ち、心が震える。

 高ぶる精神を集中し落ち着かせる。最高の舞台に興奮して自分を見失い、失敗するなど死んでも死に切れない。両手を広げ息を深く吸い込み、両手で正眼に構えて息を吐き出す。

 横殴りの雨風が熱く燃える肉体を適度に冷やし気持ちが良い。風に靡くマントが邪魔だ、乱暴に外せば凄い勢いで上空に巻き上がる。どうやら風もうねっているらしい。

 観客と化した兵士達も、突然の天候の変化に驚き戸惑っている。落雷も近くに落ちたが、ビビって座り込むな。まぁ確かに摩訶不思議な天変地異ってヤツか……

「この一騎打ちは天が認めた。この一世一代の舞台に恥ずかしくないように、俺の生涯最高の一撃を見せよう」

 水平に構えた刀身に雨水が溜まる。それを一振りして弾き飛ばす。雨をも切る程の切れ味、技も冴え渡る。不味いな、ヤバい薬でもキメてるみたいに絶好調だぞ。

「ふん、たかが悪天候が神の意志だと?神頼みとは呆れ果てたぞ、デオドラ男爵よ。この大剣で受け止めて、勘違いだと思い知らせてやるぜ。さぁ、掛かって来いやぁ!」

 ジウ大将軍の身体から発する威圧感が凄い。言葉の遣り取りは微妙だったが、奴には奴の立場が有るのだろう。一軍を率いるとは大変なのだな。本音と建て前、確かに義息子も面倒臭いが用意しないと余計に面倒臭いと言っていたか。

 俺は少数しか率いた事が無いから知らない苦労だ。だが今は、今の状態は過去に対戦した時と同じ。余計な事は削ぎ落とし、戦いのみに集中した状態だ。十数年の時を経て、再び巡り会う戦い。

 落ち着いて観察すれば良く分かる。目の下に隈を作って少しやつれた感じ、お互い脳筋だから政治的な事で気苦労が耐えないのか?前半の微妙な問答内容は、それが原因か?大変だな、同情だけはしよう。

 まぁ俺達は、そういう所を毒婦ザスキア公爵と英雄である義息子に丸投げしたから楽なんだがな。

「応とも、我が一撃を受け止められるか試してみろ!」

 初手は受けに回ると宣言したな。確かに軍を率いる立場では、神頼みなど出来ないし認められないだろう。不確定要素を根拠にするなど、無能の烙印を押される。俺も同じ立場なら同じ事を思うかも知れぬが、今の俺は一人の武人。

 だが今は神の意志を感じる程に精神が高ぶり興奮している。興奮が収まらないが、何とか頭の一部だけが酷く冷静になっている。周囲の罵詈雑言も気にならない、目の前の敵にしか意識を向けていない向けられない。

 此処まで研ぎ澄ました心で戦いに挑んだ事は生涯でも数回、10mは離れているのに奴の息遣いや筋肉の動きすら分かる、分かってしまう。全知全能感に酔いそうだ。

 これがハイって奴だな、俺は今、更に人間をやめたぞ!

「いくぞっ!」

「来いっ、受け流してみせる!」

 一歩踏み出した時点で最高速度を生み出し、一瞬後にはロングソードを振り下ろした。瞬(まばた)き一つの刹那の時間。振り下ろしたロングソードが、奴の大剣に当たり衝撃波が後ろに突き抜ける。

 両手で抑えて受け止めた反応と技量は素晴らしいが、リーンハルトの錬金したロングソードの強度は異常だ。奴の大剣に罅が入り砕け散る。その瞬間を見た、ジウ大将軍が驚愕の表情を浮かべる。限界まで筋肉が膨らみ抵抗しているが、俺の全力はこんなモノじゃないぜ!

 まさか標準的な大きさのロングソードが、奴の鉈みたいに分厚い大剣を砕くとは思わなかったのだろう。確かに厚みは四倍以上ある。慌てて後ろに跳び去ろうとしても遅いし、間に合わないぞ。

「馬鹿な、俺の魔剣『バルム』が砕け散るなんて……ルトライン帝国時代の貴重な古代魔法剣だぞ。ウルム王国の国宝が、砕け散るだと?」

「ふん、自慢の古代魔法剣も我が義息子の錬金した戦争用に特化した、ロングソードに負けたのだな」

 馬鹿め、装飾を省いた拵えを見て数打ちの使い捨ての量産品と侮ったな。これはな、ひたすら丈夫で自動修復機能を備えた手荒く扱っても大丈夫に作られたのだ。

 まさに戦争用の武器、これを理解し錬金したならば、リーンハルトは戦争について誰よりも理解している証拠だ。無駄にデカい武器よりも、使い勝手が良く地味な武器が良いんだ。

「止めだ!」

「む、無念だが……悔いは……無い。デオドラ男爵よ、領民には……慈悲を……頼むぞ。戦争の罪は指導者と……軍人が負うのだ」

 ジウ大将軍よ、貴様は最初から死ぬ気だったな。この聖戦には勝てないと理解して、領民の事を託そうとしたのか?負けても悔い無しみたいに、清々しい顔をしやがって……

「承知、我等は非道ではない。安心して地獄に逝け」

 肩当てで止まらず食い込んだ、ロングソードを力ずくで振り下ろす。左肩から右脇腹迄を切り裂き、更に横に一閃し首を落とす。ジウ大将軍め、最後に領民を頼むとは侵略戦争では無いと言っただろう。

 この聖戦は極力領民達への被害を抑えるように通達されている。だから心配せずにあの世に逝ってくれ。後で笑いに俺も行くからな、それまで待っていろ。

 首の無い身体が大の字に後ろに倒れる。首から大量の血が流れ出すが、激しい雨が洗い流し大地に吸い込まれていく。ジウ大将軍の首を持ち天に掲げる。俺が、この俺が勝者だっ!

「聞け、ウルム王国の兵士達よ。ジウ大将軍を討ち取ったのはエムデン王国遊撃部隊所属、デオドラ男爵なり!」

 その瞬間に幾筋もの雷が周辺に落ちる。俺には当たらない、つまり天が俺を祝福している証拠だ。バーナム伯爵も副官を倒したみたいだが、誰も其方を見ていない。

 ウルム王国の最大最強の将軍が討たれた。もう生き残りの戦士の中では、ジウ大将軍より強い男は居ない。この聖戦、エムデン王国の勝ちだ!

 後はジュラル城塞都市とウルム王国の王都を攻略すれば完勝なのだ。何度も落ちていた雷が鳴り止み、あれほど吹き付けていた雨が止んだ。ロングソードを天に突き出せば、真っ黒な雨雲が晴れていく……

「馬鹿な、ジウ大将軍が負けるなんて。嘘だろ?」

「あの最強の武人が、一撃で負けるなんて事が有るのか?」

「駄目だ、もうウルム王国は終わりだ。旧コトプス帝国やバーリンゲン王国なんかに力を貸すから……」

「未だ王都に集めている戦力と、宮廷魔術師様達が残っているが……この怪物に勝てるのか?」

 敗残兵達が呆然として立ち尽くしている。中には座り込む者も居る、流石にアレだ。この状況で無差別に襲い掛かる事は出来ないな。それは只の虐殺だ。

 バーナム伯爵も不機嫌な顔をしながら近付いてくる。その手に、副官の首を持っている。その進む道を敗残兵達が左右に動いて開ける。もう戦意など欠片も無い。

 悪鬼と戦鬼の二人に自分達の将軍と副官が一騎打ちで負けたのだ。その前に自軍も八割近くが倒されれば、もう抗うなど無理か?いや、最後の心意気を見せろ。自分達の将軍に殉じてみせろ!

「残敵を掃討する。死の危険を跳ね飛ばせ、自分達の将軍に殉じてみせろ、戦士の意地を見せてみろ!」

「自分達の国の為、俺等に逆らってみせろ!」

 俺とバーナム伯爵の檄に応えて戦意を高めろ!此処で逃げるな、戦ってみせろって、オイ。戦う気力も意地も何も無いってか?茫然自失でユラユラと棒立ちだな。その悪魔を見るような怯え切った目は何だ?

「「「「「降伏します。殺さないで下さい、お願いします。助けて下さい」」」」」

 ガシャガシャと鎧兜の音が戦場に鳴り響く。全員が逃げ出さずに武器を放り出し、一斉に膝を付いた。一部は土下座までしているが、まぁそうだよな。

 勝てない相手に無謀に挑める理由も敵討ちをする気概も無いか。これで俺達の、遊撃部隊としての仕事は終わりだな。

 コイツ等を率いて第二陣の、ライル団長に引き渡す。ジュラル城塞都市とウルム王国の王都攻略には参戦出来ないだろう。

 戦果を稼ぎ過ぎたから、後は大人しくサポートに徹するか。今回の聖戦では思い残すモノは無い、最高の結果だった。論功行賞も楽しみだが……

 妙な具合に拗ねている、バーナム伯爵の御機嫌取りだけが残った仕事か?

 


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