古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第755話

 アウレール王襲撃事件で、旧コトプス帝国の謀臣リーマ卿を捕縛し尋問出来た事により奴等の謀略を全て防ぎ切った。未だ幾つか進行中の謀略が有ったので、未然に防げて良かった。だがバセット公爵と、グンター侯爵にカルステン侯爵が処罰された。

 処罰を免れた親族逹も、相続や利権絡みや自己保身で蠢いている。王都の留守居役として最大の権限を貰えた事と優れた諜報部隊を擁する、ザスキア公爵の協力を得て何とかなっている。

 ウルム王国との聖戦も既に第二陣がジュラル城塞都市攻略を始める頃だし、後二ヶ月も経たずにウルム王国の王都は陥落するだろう。過剰戦力だが、進め方を間違えれば長期化する。義父達を信じて待てば良い。なので王都は一応の安寧を迎えている。

 戦時中故に派手な催しも遊びも出来ないが、戦場から定期的に報告される圧倒的な戦果を発表しているので、国民の生活に不自由や不満は有れども不安は無さそうだ。

 まぁ重税も課してないし無理な徴兵もしていない。戦死者はそれなりに居るが、他国と違い遺族の保証は最低限だが行っている。しかも聖戦だから参戦する事自体に意味が有り、亡くなっても名誉の戦死扱いだ。

 クリストハルト侯爵の愚行の戒めが利いている。反面教師的な意味でだが……領主達も色々と考えて領民達に慰撫をしているんだな。漸く戦時中だが、平穏な日常を過ごせるようになった訳だ。

 週四日、王宮に出仕している。責任者はフラフラせずに常に連絡のつく場所に居て欲しいのが、配下の心境だろう。これも上に立つ者の配慮、勝手な事はせず指示や連絡を絶やさない。

 戦時中故に殆ど戦争関連以外は通常業務だけだ。新しい事は行わずに現状維持で動いているから、問題が発生しない限り指示を求められる事も無い。担当者任せでも大丈夫、下級官吏共も脅しが効いて真面目で大人しい。

 つまり時間的に余裕が有る筈なのだが、親書は関係無く届けられる。最近は陳情や仲裁の依頼が多い、男手が不足しているから留守を守る淑女の方々では対処が難しいのだろうか?

 だが相続絡みの相談は僕じゃなくて貴族院の管轄で、口添え位しか出来ない。親族間の争いも、当主の管轄だから派閥が違えば干渉も無理だ。助言が精々なのだが……

 それでも僕に相談し助言を貰った事になれば、それを尊重する建て前が出来て問題の相手に牽制出来る。だから迂闊に間違った事も書けないので過去の事例とかも調べるから、非常に面倒臭いし時間も掛かる。

 相手に恩は売れるから苦労して悩んで調べてでも対応するが、ザスキア公爵に相談する場合も多い。勿論だが僕に不利な状況になる事は書かない。それ位のメリットは必要だよね?

 特に本妻殿達は、その辺を理解し僕に利益が有りつつ自分の家を有利な立場に誘導しようと動く。旦那が僕に近付く事に消極的とか隔意が有るとか……だからこういう時に改善しようと暗躍するんだよ。

「リーンハルト様?黙々と親書を書かれてますが、私を放っておくのは少し意地悪ではないかしら?」

 何時ものようにソファーに横座りで寛ぎ爪の手入れをイーリンにさせている、ザスキア公爵からクレームを貰った。確かに興が乗って集中して書き過ぎたかな?

 ペンを置いて肩をグルグルと回す。ゴリゴリと筋肉が解れていくのが分かる。若い十代の肉体の恩恵、疲労は溜まるが回復は早い。前は二十代後半、老いと若さとは残酷な比較と結果だ。

 ザスキア公爵に返事をする前に、気持ちを切り替えようとカップに手を伸ばすが中身が空だった。丁度良いので、ザスキア公爵の向かい側のソファーに移動する。

 チラリと横目で見るだけなのは、少し拗ねているのだろう。一時間位、放置していたのが不味かったかな?

「セシリア、紅茶のお代わりと何か甘い物が欲しいな」

「はい。オリビアが準備していましたが、確か珍しい氷菓子が手に入ったそうなので、御用意致します」

 流石はオリビア、食べ物関係に強い。彼女は久し振りの里帰りで不在。三日間の休みを取った。オリビアは父親と共に、下級官吏達の掌握に尽力してくれている。効果は徐々にだが現れ、殆ど表立った反発は止まった。後は監視体制の強化だな。

 リゼルも休みだが、此方は僕の家に行った。ジゼル嬢と意気投合したので、何かを何かしている……正直怖いが多分だけど、ハンナの件だろう。だがあの二人、会わせちゃ駄目だったか?

 いや、基本的に僕に対して悪意など無く逆に世話になりっぱなしだな。何かで報いないと、精神的に負け越しているみたいで落ち着かない。だが、リゼルの希望は僕の側室だし叶えるのは……

「あらあら、溜め息を吐くなんて。奥方達の要望は貴方にも彼女達の旦那にも利益となる話でしょ?他の公爵達が居ない内に、色々と工作するのは良い事よ。抜け駆けじゃなく、陳情の対処なのだから仕方無いのよ」

 わざと真っ黒な笑みを浮かべたな。ニーレンス公爵達に配慮し過ぎるなって事だろう。同盟を組んではいるが、裏では色々とやり合っているのが歴史有る公爵家だよ。

 お手て繋いで皆仲良くとか無条件で信じ合えるとかは、夢想家の考えだ。今は仲間だが、隙を見せれば食らい付く位しなければ公爵家の維持など無理なのだろう。

 最悪の裏切りや暗殺、直接的な武力行使の禁止とか色々と取り決めている筈だが……僕はその内容を知らない、知らされていないんだ。この現状は、公爵三家が密約を結び僕を囲ったのだから。

「まぁ理解はしています。政争の形は多種多様、旦那を掌の上でコロコロ転がす才媛の方々が多い事に驚いています。中には頭の悪い相談や要望も有りますが、それ等は当たり障りの無い返事にしています」

 だが彼女達でも二線級、ザスキア公爵の唱える『新しい世界』の信奉者ではない。彼女達より更に上の一線級の連中が、ザスキア公爵を頂点に据えて結束した。永遠の若さの為に、これ以上の才媛達が徒党を組んだ。

 誰が勝てる?無理だ、目の前の二十代半ばの若さを手に入れた美魔女は苦笑している。愚か者の中には我が儘一杯に育てられた深窓の令嬢が、そのまま嫁いだ方も居て貴族的常識を無視して一方的な要求まがいの内容の親書も有る。

 父親より身分下位者に嫁いだ方々だな。当主や旦那が居た時にはチェックされていたか、そもそも親書など出せない状況だったのだろう。今は不在で、留守を守る本妻殿の権限が大幅に増えたから可能になってしまった。

 このお馬鹿な親書にも使い道が有る。帰って来た当主や旦那に見せたらどうなるか?世間知らずとは恐ろしい、怖いもの知らずと同じだよ。伯爵以上の関係者なら、僕を同格と勘違いしている。

 淑女の願いを叶えるのも紳士の度量です!みたいな勘違いをしている、信じられないが本気でだぞ。コレなんか笑える、費用は僕持ちで音楽会を催し主賓として呼んで欲しいだぞ。しかも、ロンメール様も招待し紹介しろとか馬鹿なの?

 頭が痛いレベルじゃないが、それなりに居るんだよな。最近は近衛騎士団絡みの才媛達と接する機会が多かったから感じなかったが、出来の良い淑女の方が少ないのが現実か……

 そもそもが、そう言う英才教育を施されて無いからな。貞淑で旦那に従順な女性を好む風潮が有るから、本人の素養と教育環境が合わないと厳しい。後は身分社会だから、親以外には叱られず後継者以外の子供の教育に熱心じゃない親も多い。

「深窓の令嬢、箱庭のお姫様。我が儘一杯に育てられたから、それが外でも通用すると勘違いしている。家族が矯正すべき事を怠った結果だが、我が身にも染みる事です」

 インゴの事を思い出し胸がチクリと痛む。何通かの困った親書を差し出すと、苦笑から冷笑に表情が変わる。中にはザスキア公爵は危険だから別れて、私と懇意にしなさいとか浮気や不貞を思わせる危険な物まで有る。

 困った事は、それがニーレンス公爵とローラン公爵の縁者達からが多いからだ。後は侯爵関係者、伯爵は同格だからか来ない。敵対している、バニシード公爵や処罰された、バセット公爵の縁者達からも来ない。

 ザスキア公爵の事を稀代の毒婦、年下好きの淫乱だとか書いたのは、ニーレンス公爵の実の娘だよ。メディア嬢の姉達は、前に失敗して叱られてなかったか?僕も旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業の時に、直接拒絶したけど伝わらなかった?

「この頭に綿が詰まったスカスカの高貴なる令嬢達をどうするのかしら?」

 ニッコリ微笑んで親書をヒラヒラさせていますが、貴女に逆らった時点で彼女達は周囲を含めて人生終了。だが上級貴族の十家以上が蒸発し溶けて無くなるのは不味い、色々と不味い。

「保護者に通達し、適切な処置を施して貰うかな?実害は無いから、まぁ父親に厳しく叱って貰えば良いと思います。僕等には障害にもならない小者でしょう」

 捏造した悪口と告げ口だけど、事実無根だからね。これを見た、ニーレンス公爵の憔悴した顔を想像して笑ってしまう。フェンディ嬢とバーバラ嬢は本当にブレないな。

 ザスキア公爵的には格下にコケにされた事になるから、相応の対応をするだろう。だが父親に対してのネタだから、本人達に直接的な行動はしないだろう。そんな甘い事など有り得ない。

 だから見せたんだけどね。僕とザスキア公爵が協力関係を結んでいるのは周知の事実だから、情報が筒抜けなのも同じく周知の事実。情報収集を怠ったツケは大きいよ。

「面白い報告書が来たのよ」

 話題を変えてくれた。彼女達の命は風前の灯火だが、延命出来た事を喜ぼう。

「報告書?義父達からのですか?でも面白いって?」

 公的な報告書ならば僕にも届くが、近々では届いていない。ザスキア公爵が胸元から取り出し、イーリンが手渡してくれた報告書にはバーナム伯爵の蝋封がしてある正式なものだ。

 それよりも何故に胸元から取り出すの?兄弟戦士が女性の胸には男の夢と希望と浪漫が全て詰まっているって言ったけど、普通に魅惑の収納場所になってるじゃん!持てる者しか出来ない、選ばれし者の仕草だって!

 受け取った報告書は仄かに温かく良い匂いがする。匂いフェチの僕には堪らない逸品だが、もしかして僕の性癖ってバレたの?チラリと見た、ザスキア公爵の笑みが怖い。もしかしなくても、僕の性癖(匂いフェチ)ってバレてます?

「えっと、ジウ大将軍率いる三千人の軍団に二人で挑んだの?しかも義理の息子に負けられるかって、報告書に私情挟んじゃ駄目じゃん!」

 事実を羅列するから報告書なんだぞ。第三者視点の考察なら良いが、思いっ切り本人の欲求じゃん。これ家紋の蝋封まで施した正式な報告書だよね?これで正式?いやいや感想文だよ。

 因縁の相手である、ジウ大将軍を正々堂々の一騎打ちで破り今は亡き友に冥土の土産が出来たって感想じゃん!評価の基準となる状況・敵の人数構成・倒した数・捕虜にした数・此方側の被害の詳細な報告は?

 頭を抱える、髪を掻き毟りたい欲求を何とか耐える。未だ大丈夫、何とかなるし何とかする。もしも万が一、ハイゼルン砦に居らっしゃるアウレール王に届けられてもコレは第一報の簡略報告として新しく送り直す。

「他に添付の資料とか有ります?」

「いえ、遊撃部隊からの報告書はこれだけよ。私の諜報部隊からの報告書は別に有るわよ」

 良かった、手早く添削しよう。他部署からの報告書も有るから、それ等を精査して書き直すしかない。念願を達成したからって脳筋が極まって対応が雑だよ、本当に雑だよ。

 多分喜び過ぎて色々な事をすっ飛ばしたんだ。まぁ中年の厳つい連中だけど、可愛いって事で義理の息子として何とかしよう。大した失敗じゃない、しかし……

「くふっ、ふふふ。バーナム伯爵やデオドラ男爵も子供みたいにはしゃいで可笑しいですね。まぁ義父の尻拭いも義理の息子の仕事かな。でも、厳つい中年達が子供みたいに興奮したのか?ふふふっ、ザスキア公爵。申し訳有りませんが他の報告書を見せて下さい。添削しますから」

「あらあら、少し嫌味を含めて説教しようと思ったのに。あの脳筋二人を子供みたいにって、リーンハルト様も人が悪いわ。そんな事を言われたら、大人の淑女として不問にするしかないじゃない。でも確かに笑えるわね」

 ひとしきり二人で笑い合う。イーリンとセシリアは微妙な顔だが、厳つい戦闘狂を可愛いとか僕の感性が信じられないらしい。

 だがザスキア公爵が共感してくれて助かった。デオドラ男爵は不可抗力だが、ザスキア公爵の諜報要員に怪我を負わせたらしい。

 その償いも含めて稚拙な報告書に対して説教するつもりだったが、僕が彼等を子供っぽいと笑った事で有耶無耶になった。感謝して下さいね?

 書き直した報告書は、ザスキア公爵にも確認して貰い正式な報告書としてハイゼルン砦に居らっしゃる、アウレール王に届けた。複数の情報を精査し、添削したと言葉を添えて……

 




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