古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第756話

 義父達の異常な戦果に驚き、困った報告書の処理をする事にした。正式な筈の報告書が興奮状態だった為か感想文みたいになっており、ザスキア公爵の配下の報告書を見せて貰い添削する。

 流石はザスキア公爵自慢の諜報要員だけあり、第三者視点で簡潔に事実だけが書かれている。しかし、あのジウ大将軍と副官のモーゼス卿が手も足も出せずに負けたのか。

 義父達の狂化、いや強化だが……ヤリ過ぎたか?人類最強の脳筋戦士、二つ名が『戦鬼』と『悪鬼』とか敵兵からしたら畏怖の対象だろう。僕と同じ、いやそれは失礼だな。僕は同族五千人殺しの、英雄という名の大量殺戮者だし。

「ジウ大将軍と増援部隊を殲滅したならば、ジュラル城塞都市の攻略も楽になるでしょう。増援の無い籠城は、守備側の戦意を著しく下げます。内応もし易くなるので、被害を減らす手段が幾つか有りますね」

 完全に拗ねていた事が治り、僕の書き直した報告書を読んでいる。これで何とかなるが、バーナム伯爵には同じ物を送り添削した件は上から目線にならない様に伝えよう。

 恩着せがましくする訳じゃなく、自分が書いた物と違う物が提出されたら混乱するからだ。勿論だが、今後は気を付けろって意味も有る。流石に何度も添削するのはね。

 同じ内容をもう一通書いて経緯を添え書きして、バーナム伯爵宛の親書も書く。これは、ザスキア公爵の手の者に任せるので最短で届けてくれるだろう。

「そうね。次の報告書は、ジュラル城塞都市攻略完了かしら?第二陣の最初の戦果になるわね。そして遊撃部隊の表立った戦いは終わりになるわ。これ以上の戦果は、畏怖や妬みとなり戦後に禍根を残すから……」

「確かに、やり過ぎは警戒されますよね。今回は参戦する者が多いから、均等に活躍の場を設けるのも司令官の手腕。ジュラル城塞都市を攻略し、王都周辺の反抗勢力を潰したら第三陣を主力として王都攻略の流れでしょうか?」

 カルステン侯爵を取り逃がしたけれど、及第点にしてあげます!とか怖い台詞が聞こえたがスルーだ。裏切り者のカルステン侯爵だが、その潜伏場所は未だに掴めていない。

 ジュラル城塞都市に居るとは思うのだが、配下の兵を含めて数百人の足取りが掴めない。そんなに隠密性が高い部隊とも思えないが、ザスキア公爵の諜報部隊が尻尾を掴めないのか不思議なんだ。

 まぁジュラル城塞都市は既に籠城体制になり、内外の接触は完全に断たれている。だから中に居るなら情報が掴めないのは間違いじゃない。

 現状、戦局はエムデン王国が圧倒的に有利だし諜報部隊も危険を犯して迄、敵の城塞都市内に潜入捜査などしないかな。報告書の添削が完了、これで義父達へのフォローは完璧だ。

◇◇◇◇◇◇

 親書書きを終えて次の仕事に移る。正確には政務ではなく臨時の仕事なのだが、書類上は後宮警護隊からの要請となっているドレスアーマーの錬金だ。一班五人編成で、班毎単位に錬金する事になっている。

 要は事前に錬金しておいて、サイズ合わせの為に実際に本人に装着してもらい調整する。困った事は、僕は後宮警護隊員全員のサイズを知ってしまった事だ。リッツ殿に真っ赤になった顔で指摘されて気付いた、仕方無いと割り切るしかない。

 階級章と隊毎のデザインについて色々と揉めたみたいだが、キッチリと一週間で纏めて正式な要望書として提出してきた。班毎のエンブレムはデザイン画だけでなく、石膏で見本まで作り込んで来たよ。王都でも高名な芸術家に依頼したらしい。

 逆に階級章は僕にお願いされた。小隊長以上が集まり決める筈だったが、喧々囂々と話し合いは難航し期限を守れず苦肉の策として僕に任せたのだろうな。なので二つの案を出した……

 一つは『愛国心』『勝利』『困難に打ち克つ』の花言葉を持つ、ナスタチウム。丸い葉を盾に赤い花を血に染まった鎧に見立て、最後まで敵に立ち向かう姿勢を表している。

 もう一つは『乙女の純真』『乙女の純潔』の花言葉を持つ皇帝ダリア。空に聳(そび)え立つ威厳ある花姿。真っ直ぐに天高く伸びて、青空に優しく澄んだ薄桃色の花を咲かせる

高潔な淑女を表している。

 前者は武装女官としての武力を後者は後宮警護隊として気構えを表す意味で提案したのだが、二手に分かれて双方が一歩も引かず、多数決を拒み団体戦に縺れ込んだ。

 完璧な淑女なのに行動原理は脳筋だったよ、この御姉様方はっ!本来ならば淑女の話し合いに異性が参加し意見を言うなど御法度、絶対に良くない事に巻き込まれる。

 僕も最初から結果だけ教えてくれれば対応しますって伝えたのに、双方共に僕の言う事などスルーだ。僕は貴女方よりも偉い筈なのに、完全にスルーだ。強制的に連行されて……

 そしてぼくはいま、しんぱんいんとしてれんぺいじょうにいます。

◇◇◇◇◇◇

 ナスタチウム派と皇帝ダリア派に分かれた後宮警護隊の連中が、分かり易い解決方法だと言って全員で練兵場に繰り出した。会議室での話し合いで解決出来ないなら、練兵場で肉体言語で解決しようぜ!って事らしい。

 ナスタチウム派は、チェナーゼ隊長を筆頭に総勢四十四人の武力派の面々が集まっている。皇帝ダリア派は、ライリーヌ副隊長を筆頭にリッツ殿達比較的若手が集まっている。

 その総数は五十四人、人数は上回るが武力面で言えば、チェナーゼ隊長のナスタチウム派の方が有利だろう。後宮警護隊随一の使い手が、チェナーゼ隊長だから。まともに当たれば、多少の数の差など意味が無い。

「ライリーヌ、私に反抗するのか?副隊長として隊長を支える貴様が、私を裏切るのか?仲違いしている筈の、リッツと組むなど小賢しい真似をしおって!」

 模擬戦故に刃引きしたロングソードを向けて、本来ならば如何なる場合でも自分を支えるべき副隊長に文句を言っている。確かに姉に意中の美少年を奪われた、リッツ殿と仲良く並んでいるのは不思議だろう。

 多少の蟠(わだかま)りは有れども、デザインの好みは一緒だから協力するのか?だが隊長殿の周囲には、武力の高い淑女が数人集まっている。正直、厳しい戦力差だぞ。

 だが、ライリーヌ副隊長は鼻で笑い妹殿の肩を軽く叩いて前に押し出した。つまり反論するのは、リッツ殿って事なのだろう。大役を妹だが一介の平隊員に言わせるの?大丈夫なの?

「愚かなり、愚かなりです隊長殿!ナスタチウムを選ぶなんて、最低最悪の愚行。貴女は貴女達は、リーンハルト様のお気持ちを全く理解していないのです!」

 何だろう、僕の気持ちって?ドヤァ顔を浮かべ右手人差し指を突き出しているが、淑女は人を指差してはいけません。行儀が悪いです、レジスラル女官長に見られたら説教ですよ!

 それに二案共、僕が考えたのだから片方を選んだら僕の意に添わないって何だ?僕はどちらでも構わない派だぞ。その浮かべたドヤァ顔にイラッとくる。

 それにナスタチウムも苦労して選んだので、完全否定されると今度はムカムカしてきた。繰り返すが僕の気持ちは、どちらを選んでも満足する!だぞ。

「貴様ならば、リーンハルト卿の気持ちが分かるのか?ナスタチウムに込められた、花言葉の意味を考えろ。愛国心に勝利、困難に打ち克つだぞ。後宮警護隊に似合う素晴らしい花言葉、それがナスタチウムだっ!」

 うん、力説有り難う御座います。その通りです。護衛武官としての側面も持つ、後宮警護隊には確かに似合うだろう。王族の為に、どんな困難も払い除ける集団が貴女達なのだから。

 チェナーゼ隊長の言葉に、後ろに控える連中も激しく同意だと頷いている。まぁ淑女だけど武官だし本懐だし、それを確信して選んだ花だからね。まぁ順当だよね。

 だが、リッツ殿は深々と溜め息を吐いたぞ。まるで分かっていない、ヤレヤレだぜ!みたいに首を振っている。その態度に、チェナーゼ隊長が切れ掛かっている。ロングソードを掴む手がブルブル震えている。

「花言葉、確かに表面的に捉えるならば間違いではないでしょう。私もナスタチウムだけ提案されたならば、受け入れたでしょう。ですが同時に、皇帝ダリアも提案された。その意味も考えず、上辺だけ受け取る。それが浅はかで嘆かわしいのです。花言葉に至る過程を考えれば、自ずと分かる筈なのにですよ」

「な、何だと?花言葉に至る過程だと?」

 え?何それ、僕も初めて聞いたぞ。花言葉に至る過程?確かナスタチウムの花言葉の語源は……何だっけ?そこまでは調べなかった、特殊な言われでも有るのか?

「ナスタチウムは丸い葉を盾に、赤い花を血に染まった鎧に見立て、最後まで敵に立ち向かう姿勢を表しているのですよ。つまり血塗られた野蛮な脳筋だと、自ら認める事になるのです!」

 リッツ殿がドヤァ顔を浮かべて言い切った。だが僕は1㎜たりとも、そんな意図は含めていない。いや、その過程の話は初めて聞いた。へぇ、そうなんだ!レベルだぞ。

「ですが、皇帝ダリアは違います。乙女の純真と乙女の純潔の花言葉を持つ皇帝ダリアはですね。空に聳(そび)え立つ威厳ある花姿。真っ直ぐに天高く伸びて、青空に優しく澄んだ薄桃色の花を咲かせるのです。

つまり、リーンハルト様は私を!私達を!気高く高潔な淑女だと思ってくれているのに、貴女達ときたら血生臭いナスタチウムを選び喜ぶなんて……恥をお知りなさい!」

 リッツ殿?私をって言った時、僕の方を見て笑ったぞ。そして私達をって言い直したけど、もしかしなくても例の勘違いの事を言ってるのか?激しく勘違いだからね。

 僕は、リッツ殿の事を見初めてもいないし求めてもいない。しかも保身の為に振ったよね?ザスキア公爵と敵対したくないからって振ったよね?告白もしてないのに勝手に振った事にしたよね?

 チェナーゼ隊長が驚愕し数歩後ろに下がり、何人かの淑女達が力無く座り込んだ。『そんな、リーンハルト様が私達の事を想って下さったのに裏切るなんて……』とか大いなる誤解だからっ!酷い冤罪だ、止めてくれ。

「貴女達は未だ其方側に居るのですか?愚かしい、現実を見なさい」

 またビシッて指差したけれど、チェナーゼ隊長を良く観察しようね。逆上してる、間違い無く切れた状態だろうな。追い込まれた時の、脳筋の対処方法って知ってる?全てをブチ壊して無かった事にする、だよ。

「何て事なのでしょう、私達が間違っていましたわ」

「その様な深い想いをデザインに込めるとは……流石は、ロンメール殿下が認める芸術的感性の持ち主だけの事は有りますわ」

「言葉に出さずとも伝える想い。いえ、受け取る私達が思慮不足だったのですね。これは猛省が必要な事案です」

 うわぁ、コレ僕が完全否定したらどうなっちゃうんだ?勘違いを拗らせ過ぎてドヤァ顔を浮かべる煽動者である、リッツ隊員を殴りたい。殴り倒したい。

 僕もザスキア公爵から説教だな。勿論だが、チェナーゼ隊長もライリーヌ副隊長もリッツ隊員もだぞ。思わず役職で呼ぶ程に、貴女達に複雑な感情を抱きました。

 そして、チェナーゼ隊長が全身から何やら湯気みたいな何かを立ち上らせながら、幽鬼のように身体を左右にゆらしている。だらんと下げた手に握るロングソードも小刻みに震えている。

 口から白い煙を吐き出し、影になった顔の片目だけが真っ赤に光っている。コーホーとか擬音を吐き出しているけど、何か違う生き物に変化したな。彼女も立派な人外の化け物、デオドラ男爵達と同類の化け物だ。

 あ!リッツ隊員が漸く気付いて、ヤバいと思ったのだろう。顔面蒼白になって、此方もブルブル震えている。変化した、チェナーゼ隊長の武力なら皇帝ダリア派も一人で殲滅出来るから。

 素早く姉である、ライリーヌ副隊長の後ろに隠れた。隠れてブルブル震えて顔だけ出して様子を窺っている。担当交代、煽るだけ煽って逃げ隠れやがった。だが、ライリーヌ副隊長は不思議と落ち着いている。

 彼女は武力が足りずに副隊長となったが、実力的には隊長になれた筈の人材だ。主に調整能力に長けた、個より群を率いて本領を発揮するタイプ。その彼女が一歩前に出たのは変化した、チェナーゼ隊長と戦うというのか?

「心変わりした者達は後ろに下がりなさい。チェナーゼ隊長の相手は、私達です。そう最初から、皇帝ダリアを選んだ私達です」

 その言葉を聞いて数名が後ろに移動する。チェナーゼ隊長の周りに残った者は三人だが、全員が武力は後宮警護隊の上位陣だろう。だが彼女達も動揺は隠せていない。

「敵は四人、包囲陣形……多角方陣。私とリッツ、ミュカとウルベドが頭。他は十人一組に分かれなさい。野獣狩りを始めますわ!」

 何だ?正面に、ライリーヌ副隊長他三人。残り五班で包囲陣を敷いたが、僕の円殺陣とは違う包囲殲滅陣形か?ニヤリと笑う、ライリーヌ副隊長の自信に知らない内にゴクリと唾を飲み込んだ……

 


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