古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第757話

 後宮警護隊の階級章のデザインを決める話し合いの筈が、練兵場に繰り出して肉体言語で解決する事になった。何故か審判役に抜擢されたが、僕の存在を無視して勝手に戦いが始まった。

 最初の口撃は、リッツ殿の世迷い事の垂れ流しにより戦意を削がれた連中が対話(肉体言語)を放棄しリタイア。残されたのは、チェナーゼ隊長と武力に長けた部下が三人の合計四人。

 それに対する、ライリーヌ副隊長率いる連中は五十人を越えている。まぁ戦力数が絶対的な戦力差でない事は周知の事実、それを補う指揮力が彼女に備わっていそうなのは何となく感じた。

「敵は四人、包囲陣形……多角方陣。私とリッツ、ミュカとウルベドが頭。他は十人一組に分かれなさい。野獣狩りを始めますわ!」

 ライリーヌ副隊長を含む四人が前に進み出て、残り五班各十人で五角形という多角包囲陣を敷いたが、僕の円形の円殺陣とは違う包囲殲滅陣形だな。ニヤリと笑う、ライリーヌ副隊長の自信に知らない内にゴクリと唾を飲み込む。

 五角形の一辺に十人、二人並びで五段の構え。ライリーヌ副隊長達は遊撃隊か?僕の二重の円とも違うが、ライリーヌ副隊長の掛け声により緩やかに右回りに動いた。前列と後列の動く早さが違う、つまり少しずつズレている。

 これで五十人全員が魔法か飛び道具が有れば、チェナーゼ隊長達に一斉に攻撃出来る。後宮警護隊も多数対少数の戦いの陣形を訓練していたとは驚いた。保護対象者を守る陣形に力を入れていると思ってたから。

「ふん、簡単にヤれると思うなよ。多角包囲陣か?リーンハルト殿の円殺陣を真似たみたいだが、物真似が私に効くと思い上がるな!」

「馬鹿ね。リーンハルト様の円殺陣は、ゴーレム故に物理攻撃のみ。私達、後宮警護隊は魔法戦士でも有るのよ。貴女は武力が高く脳筋で単純な魔獣だけれども、人は工夫をする生き物なの」

 おぃおぃ、現役の隊長様を魔獣扱いとは煽りが凄いな。ライリーヌ副隊長の事を少し甘く見ていたか?確かに魔法が使えるなら、五段の構えだぞ。つまり理論的には五十人で二十五通りの攻撃が可能だが、そう単純じゃない。

 最初は六角形の包囲陣かと思ったが、魔法による投射攻撃ならば反対側に味方が居ないから誤射の心配が無い五角形が良い。僕はダメージ無視のゴーレムだから気にしないが、普通は味方を攻撃しないように意識する。

 チェナーゼ隊長は少ない仲間と背中合わせとなり死角を無くしたが、それは悪手だぞ。包囲された場合は速やかに包囲網を食い破るのが正解なのだが、ライリーヌ副隊長がヘイトを稼いで注意を引き付けている。

「ふふふ、今意見を変えるならば許して差し上げますが?」

 謎の優越感を滲ませているが、何を根拠にしてるんだ?何故、そんなにドヤァ顔を浮かべられる?チェナーゼ隊長と他の三人も凄い憎しみの籠もった目で見ているぞ。意図的にやってるのか?

「馬鹿な事を言うな。その余裕を食い破ってやる!」

「ライリーヌ、貴女の武力で私達に勝てるとでも?」

「全員纏めて相手にしても、私達なら負けないわ。増長し過ぎじゃなくて?」

 会話で意識を自分に集中させ、仲間に攻撃をさせる作戦が見事に嵌まっている。ライリーヌ副隊長が視線で仲間に指示を出しているのを気付いているか?

 チェナーゼ隊長の僅かな味方も、指示が無い為に文句は言えども動けないみたいだ。連携プレーが身に付いている弊害か?命令は絶対、指示無しで動けば勝手な行動で仲間に被害を及ばす。

 臨機応変は判断が難しく、チェナーゼ隊長達は少数な事と命令系統の最上位が居るから指示待ちになってしまったか。リッツ殿が微妙に位置をズラしたのは……何かを仕掛ける為だぞ。

「「「「「フラッシュ!」」」」」

「目潰しかっ!だが甘いぞ」

 二列目の二人組がフラッシュの魔法を唱えたが直ぐに左腕を翳して防ぐ、直接見てしまった者は居ないのが凄い。手の内は知っている、だが断続的にフラッシュの魔法で視界を塞いだ。まさに数の暴力。

 二列目と三列目は交互に目潰し、最前列は防御を四列目と五列目は攻撃担当か?ゆっくりと左に回り始めた。光源が移動するから、微妙に翳す腕も動かさねばならない。まぁ攻める側も視界に制限が入るが、足止めには有効だ。

 チェナーゼ隊長達の作戦は待ち受けなのか?模擬戦だから、じっくり様子見か?全員で一角に突入すれば食い破る事は可能じゃないか?そう思った時に、チェナーゼ隊長の後ろを守っていた隊員が飛び出した。

「食い破る!」

「馬鹿者っ!焦るな。ロイズの『儚き護りの盾』の外に出るなっ!」

「愚かな……網を打て!」

 儚き護りの盾?ギフト系の防御障壁だったか?希少な物理・魔法の両方に対応するが、障壁の強度は精々レベル30程度。攻撃が指定範囲に接触すると弾くが、中からの攻撃が可能な使い勝手が良いギフトだ。

 砕け散る時に硝子が割れるみたいにキラキラと砕ける様が、儚いの語源。そして魔法と違い魔力を消費しない、一定の攻撃を受けダメージが許容範囲を超える迄は破られない低コストの防御スキルだ。

 破られても張り直せば良く、術者が気を失うか一定のダメージが溜まるかしないと効果はなくならない。キレッキレの、チェナーゼ隊長が衝動的に突撃しなかったのは護りが強力だったからだ。ライリーヌ副隊長達を疲れさせてから反撃する予定だったのか?

「「「「「スパイダーネット!」」」」」

 蜘蛛の糸と同じく、粘着性の高い網による捕縛術。それが五方から一斉に飛んでくれば、避けるなど不可能に違い。五列目の連中がスパイダーネットを唱え、四列目の連中が……

「「「「「パラライズミスト!」」」」」

 拘束した連中を麻痺の霧で包み込み行動不能にする。四属性を満遍なく使える配置になってそうだ、少なくともスパイダーネットの土属性と、パラライズミストの水属性は使える。

 彼女達は魔法を使う時に短いロッドを使っているが、サイズやデザインに統一性が無い。左手にロッド、右手に武器か……使い勝手が悪そうだな。篭手に魔法発動触媒を組み込むか。

 物理的に拘束し感覚を麻痺させて肉体的にも精神的にも無抵抗にさせる。流石だが、これで動かなければ千日手で双方打つ手無しの引き分けか?と思ったが、五列目の連中が更なる詠唱を終えた。

「「「「「ファイアランス!乱れ撃ち」」」」」

 全長150㎝直径15㎝程の灼熱の炎槍が、連続して撃ち込まれる。コレって模擬戦の範疇を超えた殺し合いになってないか?しかもファイアボールじゃなく、貫通性を高めたファイアランスだぞ!

 乱れ撃ちの如く連射しているが、二巡目の途中で『儚き護りの盾』が澄んだ音を立てて砕け散る。これ以上はオーバーキルで、模擬戦の範疇を超える。

 止めようと思った時に、ライリーヌ副隊長達が火中に飛び込む。隙を突いたつもりかもしれないが、チェナーゼ隊長は甘くない。振り下ろされるロングソードを振り払った……え?

「「「ポイズンミスト!」」」

「「「パラライズミスト!」」」

「味方諸共かよっ!」

 おぃおぃ、ライリーヌ副隊長が再度『儚き護りの盾』の発動を抑える為に飛び出したのは良い。だが最後に味方ごと行動不能にするって、模擬戦だから可能な捨て身の技だぞ!

 躊躇無く何度も打ち込まれる、状態異常系の魔法。麻痺に毒、敵を行動不能にする為には最善に近いが味方の被害も確実に受ける。これをやらせる判断も馬鹿に出来ない。

「ら、らいーぬ?ひきょう、らぞ」

「ふぅん、ちぇなーずぇたいちょうらって、ひどいのはおなじらすよ」

 淑女達が絡み合うように倒れている。全員が麻痺と毒に掛かっているので微動だに出来ない。口汚く罵り合っているが、動けないので口論だけで一応危険は無いか?

 いや、文句の言い合いだけじゃない。僅かに動く手や口を使い、相手の髪の毛を引っ張ったり腕を噛んだり酷い泥仕合だよ。これが栄光の後宮警護隊の隊長と副隊長なの?

 完全にいがみ合ってます。何か普段は出さないドロドロした何かが溢れ出しちゃってるから、二人の中に闇を垣間見たから!内に秘めた感情ダダ漏れだから!

「ちょ、後ろから目を塞がないで!」

「リーンハルト様、見ないであげて下さいませ。二人共、溜め込んだモノが有るのです。具体的に言いますと今回の調整業務の全てを押し付けられた、ライリーヌ副隊長と……」

「ライリーヌ副隊長の美少年旦那様自慢を延々と聞き続け、更に自分が狙っていた美少年に怖いと逃げられた、チェナーゼ隊長の気持ちを汲んで下さいませ」

「勝ち組と負け組、光と陰、栄光と挫折。嫉妬で人が害せるならば、チェナーゼ隊長は稀代の連続殺人者になるでしょう」

 うわぁ!狙っていた年下の美少年に怖いと逃げられるって、淑女の評価としたら最低だぞ。それが武力的な怖いなのか、性的に狙われて怖いなのか?

 チェナーゼ隊長に余裕が無いのは、焦りの他に何だろう?その点で言えば、ライリーヌ副隊長の美少年を捕まえた手腕は素晴らしいの一言だな。

 妹以外には完璧な根回し、誰も不利益を被っていない。しかも新婚生活は甘々で熱々らしい、頼れる姉さん女房だな。嫉妬を集めるのは仕方無いのかな?

「うん、取り敢えず理解はした。だから拘束を解いて下さい。多分だけど、僕も君達全員も説教だよ。レジスラル女官長と、ザスキア公爵からね。でも、その前に総評かな」

 年上の御姉様方に左右から抱き付かれ、後ろから目隠しされている姿を大勢に見られてしまった。チェナーゼ隊長とライリーヌ副隊長の痴態に呆けてしまい警戒を怠ったから。

 こんな馬鹿な姿を見られたら、僕と後宮警護隊の関係を邪推される。それを承知で、この御姉様方は抱き付いている。これも政争、政敵に牽制位にはなるだろう。それに……

「イーリン、何故混じっている?何故後ろから抱き付く?」

 目隠しをしているのは腹黒専属侍女の、イーリンだよ。何故、後宮警護隊に混じって僕に抱き付いている。それと持たざる者が見たら発狂する胸を後頭部に押し付けるな!

「いえ、未成年の殿方が見て良いキャットファイトでは有りませんから。リーンハルト様には、未だ早過ぎます。拗らせた性癖は困りますわ。私はノーマルですから、お間違いなく」

「気が合うな、僕も性癖はノーマルだ。だが異性に後ろから抱き付き目隠しをする、ニッチな性癖も拗らせたらヤバいぞ。だから早く離れてくれ」

 無理矢理引き離す事は可能だが、紳士の度量に関わるとか言い出す似非紳士共が居るからな。自主的に離れて貰いたい、だから早くどいて下さい。

 水属性を持つ隊員が、麻痺し毒を受けた連中の治癒を始めた。これで練兵場から撤収出来る、もう手遅れだと思うが早めに移動した方が良い。

 この後は全員で総評を行い、レジスラル女官長には王宮内を騒がせた詫びを入れに行ってから……僕だけ、ザスキア公爵から説教か?まぁ大口の顧客だから我慢するけどね。

◇◇◇◇◇◇

 全員で打合せしていた会場に戻る。階級章は皇帝ダリアで決定、異論は無い。花の数で階級を示す事にする。隊長が五つに副隊長が四つ。班長が三つに上級隊員が二つ。見習いが一つだ。

 取り澄ましているが、少し前の痴態は忘れないからな!それと、イーリンの他にセシリアとリゼルまで参加してやがる。それを普通に受け入れている後宮警護隊、ヤバい取り込んでいやがる。

 後宮警護隊は、ザスキア公爵が取り込み済みの解釈で間違い無いだろう。既に二十代半ば迄若返った彼女は、貴族の淑女達のカリスマ的存在。ネクタルの入手を増やす必要が有るな。

「おほん!厳正なる模擬戦の結果、皇帝ダリアを採用する。皆も問題は無いな?」

「それでは全ての仕様が決定しましたので、此方のリストにより順次錬金をお願い致します」

 ライリーヌ副隊長から渡された書類には、各班五人ずつのメンバー表とエンブレムのデザイン画が纏められている。マル秘情報として各隊員の色々なサイズも克明に書かれている。

 普通なら家族か旦那しか知らない内容だな。無くさないように空間創造に収納、この情報を漏らす事は全ての淑女から敵視されるのと同じだろう。

 慎み深い彼女等にしたら、数値化し書面に書かれるとか悶死するレベルだろう。だが今後の維持管理やメンテナンスの関係で、必要な資料でも有る。そこは割り切って下さい。

「今回の模擬戦の多角包囲網ですが……」

「嗚呼、あれは今回限りの奇策です。本来は通路などの限定された空間で、足止めに対応する為の布陣です。最初から私諸共行動不能にするしか勝ち目は無かったので、単に足止めとハッタリが目的でしたわ」

 微妙じゃないですか?って聞こうとしたのだが、そういった意味が有ったなら納得だ。狭い通路なら五列の人員が役割を分担し対応するなら最適だろう。

 列になりズラす事により全員が敵を視認出来る。攻撃・防御・回復・支援と多岐に渡る魔法を駆使出来る、後宮警護隊ならではの陣形。

 そして事前に味方となる連中に根回しをしていたのだろう。でなければ即席で組める連携じゃない、副隊長ごと魔法を撃ち込めとか無理じゃね?

「成る程、流石は調整業務に長けた副隊長殿の面目躍如ですね。この表の通りに錬金しますので安心して下さい。それと魔法の発動に短いロッドを使用していますが、片手が塞がるので不便ですね。

左手のガントレットに魔法発動の触媒を組み込みます。これで両手を使えるようになりますが、盾はフロートベイルが有るから邪魔かな?」

 両手持ちの武器?槍とか弓とか?だが厳つい武器を携帯する事は無理だし、基本的に室内戦闘が多いから取り回しの悪い長物は駄目か?

 伸縮する武器は錬金可能だ。片刃の反りの有る短刀の柄を伸ばせば薙刀になるが、扱う本人に魔力が無ければ使えないな。

 だが戦闘でリーチの長い武器は有利、デオドラ男爵達も戦争用にと何本かの槍を希望し渡したんだ。ふむ、後宮警護隊専用の武器か……これは検討の余地が有るぞ。

 


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