古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第759話

 ラーナ嬢からの親書かと思えば、バセット公爵夫人からの派閥の弱い淑女達を保護したいという提案だった。我が身可愛さに娘達を差し出す輩が多いのが原因、淑女以外に子供達も含まれる。

 権力の有る相手に差し出し保護を求める、珍しくもない話だ。だが今は公爵家当主も参戦している、派閥の移籍や引き抜きは控えねばならない。留守居役としては見過ごせない。

 本音はモア教対策で弱き者を救済する為にだ。偽善と言われようが弱い立場の淑女や子供達の危機を見過ごす訳にはいかない。貴族であっても女子供は弱い立場であり、その身を弄ばれそうならば救いの手を差し伸べる必要が有る。

 重い枷だ……だが見逃せば、モア教の教皇がどう動くかが分からない。不確定要素は潰す必要が有り、怠ければ今の僕の立場でも危ういんだ。だが提案自体は双方に利が有るのが救いだが、コレを描いた者の見極めは必要だろう。

 バセット公爵夫人の提案を受け入れるにあたり、当然だが協力者達に事前説明を行った。魔法馬鹿な僕が一応の成功を納めている理由が、ザスキア公爵とジゼル嬢とリゼルのお陰だ。

 彼女達に相談無く中立とは言え敵対寄りの、バセット公爵夫人や派閥関係者と接触するなど有り得ない裏切り行為。幸い彼女達も提案には、ハンナの件も絡めて基本的には賛成。

 彼女の穏便な引き抜きを条件に加えるが、僕が強く望んでいる事が分からないようにするそうだ。そして彼女は旦那と離縁し、身を軽くして僕に雇用される。

 旦那であるヤザル男爵は、彼女達にとっては及第点以下らしい。まぁ実家の危機とは言え、保身の為に本来守るべき妻を離縁する事も辞さないとなれば評価も低いだろう。

 しかも内緒で娼婦を二人も身請けして、家まで与えて囲っている。本妻は家の為に、旦那の側室や妾の管理も行う。相続時に知らない相続人が出て来ないように、余計なトラブルを無くす為に。

 ザスキア公爵の予想だと、公爵家の縁者である妻に配慮した。立場的に弱いから、新しい女が出来たと言えなかった。つまり言えば怒られるから黙っていた、情け無いって言うか……

◇◇◇◇◇◇

 役職と身分の関係で、王宮に呼ぶ事になる。僕から先方に出向く事は出来ない、旦那が失脚しなければ公爵夫人に対して配慮が必要だったが、今は元公爵夫人。

 貴族位は剥奪されていないが、アウレール王からの沙汰が下れば分からない。特に彼女は当事者の妻だから、無罪放免は無いだろう。だが関与はしてないから、悪くても爵位剥奪と資産の一部没収かな?

 名君たる、アウレール王が無体な判決は下さない。常識の範囲内だと思うが、公爵家は取り潰しだろう。悲しむべき事だが、エムデン王国を支えた歴史有る公爵家が一つ潰える。

 呼び寄せたが事前に誰が来るかの連絡は貰っている。親書を出した、ラーナ嬢にバセット公爵夫人だ。厳密には元だが、沙汰が下される迄は公式には公爵夫人として扱う。

 バセット公爵は夫婦の間でも上でありたい性格だったが、押さえられていた彼女も有能だったんだな。ザスキア公爵の調べでは、旦那が居なくなった後に色々な事を差配していたらしい。

 上位貴族の正妻とは、皆さん有能なのは間違い無い。その能力を十全に使いこなせるかは、旦那の力量次第。バセット公爵は夫人が動く事を嫌っていたらしいのは、有能だからこそ仕事をさせたくなかった。

 自分よりも優れた伴侶など不要、嫉妬の対象になる位なら役立たなくても篭の鳥でも構わない。そんな気持ちだったのか?僕は、ジゼル嬢達には全力で助力を願うけどね。魔法馬鹿の僕じゃ、分からない事の方が多い。

 自分だけで何でも出来るとか、そんな根拠の無い馬鹿な事など出来ない。だが少なくない貴族が、自分は高貴なる貴種であり他より優れていると無条件で信じている。信じられない、何を根拠に増長した?

 僕の執務室には既に、ザスキア公爵が来て寛いでいる。リゼルは僕の後ろに立つのが定位置らしいが、彼女のギフトを活かす為には同席が望ましい。後は壁際に、イーリンとセシリアが控える何時もの万全な配置だ。

「リーンハルト様。バセット公爵夫人とラーナ様がいらっしゃいました」

 王宮警備隊の隊員二名に案内されて来たみたいだ。彼女達は無官だから、王宮には殆ど来た事が無いだろう。旦那も夫人を自分の執務室に招いた事は無かったそうだ。

 ローラン公爵やニーレンス公爵と違い、夫婦仲は円満ではなかったのかもしれない。仮面夫婦でも貴族の間では珍しくもないし、今は別に過去に不仲でも問題ではない。

 余計なお世話だろうし、同情する要因でもない。ザスキア公爵もソファーに横座りしていたが姿勢を正した。迎え入れる為に敬意を示したのか……

「ん、通してくれ」

 オリビアとロッテが対応してくれている。ハンナは王宮内に与えられた私室で待機中、実家にも自宅にも帰り辛いらしいので専属侍女は辞めたが王宮の滞在は許可した。

 彼女は、旦那に僕の提案を伝えていない。ヤザル男爵は、ハンナの実家と話し合いを行っている最中だが……離縁の方向らしい。嫌な予想が当たった訳だが、僕には有利に進んでいる。

 余計な紐は要らないのだが、ハンナが王宮に滞在出来る理由位は察して欲しい。顔を会わせるのが嫌だとか辛いとかの、感情論だけじゃないんだぞ。王宮に滞在など、誰かが許可しないと不可能なのだが……

「失礼致します。リーンハルト様、ザスキア公爵様」

 む、様付けか。未だ公爵夫人なのだが、ザスキア公爵は分かるが侯爵待遇の伯爵の僕にまで下手に出られるとはな。無駄なプライドなど無く、名より実を取るタイプか。

 二人共に喪服を着て最低限の装飾品しか身に付けていない。死んだ旦那と父親の喪に服す、貞淑な妻と娘を演じているのだろう。まぁ高慢な態度を取るなら話は終了、即お帰り下さいだからな。

 向かい側に座る様に勧める。初めて見た、バセット公爵夫人だが年齢は四十代後半かな?若い頃は美人には間違いないが、化粧で目の下の隈を隠しているが隠し切れてない。当たり前だが相当苦労している。

「今回の私達のお願いについて、一考して頂きました事に感謝が尽きません。本当に有り難う御座います」

 ラーナ嬢と共に深々と頭を下げてくれたが、一考して頂きと言った。未だ採用じゃないから、今日呼び出されたのは条件についての協議だと思っているのだろう。

 此方を観察する様な感じはしないのだが、無表情さが何を考えているのか全く分からない。完璧なポーカーフェイス、疲労している位しか分からない。彼女は僕に有利な条件を飲ませたいが、対価が無いからな。

 逆に、ラーナ嬢は不安を隠そうともしていない……いや出来ないのだろう。短いが会話もしたし親書の遣り取りもしているから、人となりは何となく分かる。腹芸は無理、謀略とかも無縁だったろう。

 彼女は普通の優しい令嬢で、特別に何かの才能が有る訳じゃない。深窓の公爵令嬢だったが、今は不名誉を刻んだ男の娘でしかない。立場は暴落、持参金なり用意しないと嫁ぎ先を探す事は困難だろう。

「貴女方の派閥関係者だが、少々派手に動き過ぎている。指令書は渡しましたが、水面下では更に激しく動いてる。王都の治安を乱す事は許容出来ない。

貴族間の婚姻は、今は控えるべき行為。だが少なくない令嬢達が親族の保身の為に、その身を危険に晒されている。そう言う事ですね?」

「はい。古来から殿方への願い事に美女は付き物でしょう。己の保身の為に、姉妹や娘を差し出す。側室ならマシで妾や奉公に出される場合もあり、彼女達に幸せな未来は無いでしょう」

 あーうん、そうだね。そういう連中は少なからず居る、僕だってローラン公爵から御家騒動の解決の報酬として、ニールを身請けした。

 否定は出来ないが、ラーナ嬢の僕を見る目が微妙なのは……ニールの件を知ってるな。だが非難は出来ない、双方が合意してるし没落した彼女が伯爵夫人になれるのだから。

 ニールがローラン公爵を後見人として、僕に側室として嫁ぐ事は公表されている。ニールも望んだから当人は幸せになる、今回とは条件が全然違う。

「派閥当主が軍紀を乱し処刑、その責任を負うかもしれないと戦々恐々し無駄に足掻く親族や派閥の連中が多い。アウレール王からの沙汰を待たずに動く事は禁じましょう。勿論ですが、貴族院に根回ししても無駄ですから」

 留守居役として、それなりの権限は持っているが今回の件で貴族を処罰する事は権限の範囲を超える。故に伺いを立てていて結果待ちだが、最低限の維持の為の指示は出来る。

 この言葉にも、バセット公爵夫人の表情に僅かな変化も無い。ラーナ嬢は色々と表情が変わるが、彼女が僕に意見や提案は立場的に無理。黙って聞いているしかない。

 親書の送り主だから同席しただけだと思うが、バセット公爵夫人位の有能さが有れば何かしらの交渉の駒かネタにはしそうだな。本人が望むかは別として……

「ですが、それだけでは彼女達の身を守る事は出来ません。恐ろしい事に、家族や親類縁者が彼女達の私室に招かれざる客を迎え入れてしまうのです」

 強制的に関係を持たせるとか、娼婦じゃないんだぞ。殆ど身売りと同じ扱いだが、我が身可愛さならば実行する連中も要るだろうな。残念な貴族は、エムデン王国にも一定数は居る。

 だが女性を差し出したからといって、家の取り潰しを止める事など無理だ。王命に逆らうなど不可能、抜け道は新しく騎士として雇い入れ貴族のままで居られる事だ。

 つまりは引き抜きだな。家付き騎士も最下級だが貴族には変わりなく、平民に落とされるよりは万倍マシだ。親族間で武力が一番高い者が取り立てられれば、親族は貴族と名乗れる。

 遠縁は無理だが、三親等位なら平気かな。当主の小間使いとして雑務をこなす程度ならば、どんなに人材不足でも誰かしら該当する奴も居るだろうし……

「それは忌むべき行為ですね。夜這いの斡旋など、我等貴族のする事ではない」

 強制的に既成事実を作らされる訳だ。手っ取り早い方法だし、公にならないだけで結果は同じ。傷物にされた令嬢達の末路など、碌な事にはならない。妾より酷い扱い、最悪は一回だけとかも有り得る。

 か弱き淑女達を見捨てる行為、モア教も許容しないだろう。女子供の保護に身分は関係無い、つまり僕には対処する理由と必要性が有る。だが、バセット公爵夫人はそれを知らない。

 だからこそメリットの有る条件を出してくる。この話はそこからが本番だが、今の彼女達に僕が損得勘定で納得させる事が出来るか?同情とかの感情論じゃ動かせないと理解してるよね?

「それで私の屋敷に危険な状況に置かれている者達を集めたいのです。父親が不在で親類縁者が押し掛けている家も有りますので、彼女達の財産も一緒に守りたい。勿論ですが、アウレール王が財産の没収を決めたのならば守ります」

 ん?条件の提示だけで、此方への配慮は?横目で見た、ザスキア公爵は微笑んでいるだけで何も言わないのは……コレも僕への試練ですか?泣き縋るか弱き乙女達からも、利を吐き出させろですか?

 まぁ敵対寄りの中立の相手だったから、本来なら無償で優遇する意味も理由も無いんだよね。笑顔を浮かべて、バセット公爵夫人を見る。催促を言葉にはしない、言質を取られるから。

 僕へのメリットを提示しろと言われたとか、貴族の紳士としてはか弱き乙女達を守らずに何を言うんだ!とか非難されそうだ。まぁ非難だけで対処しろとは言わないだろう。

 だが社交界での僕の評価は下がる。大したダメージじゃないけれど、気持ちの良いものでもない。只それだけの話でしかないから、意味は薄いな。

 なら貴方が助ければ良いと言われても、彼等は何もしないのだから……

「予想と同じく甘いだけの殿方ではないのですわね。清廉潔白、慈悲深く平民にも優しい殿方だという噂は嘘だったのですわね」

 初めて少しだけ非難するような表情をした。隣のラーナ嬢が驚いているのは、僕の態度の冷たさと立場が弱くお願いする側なのに僕を非難したからだ。

 僕の機嫌を損ねたら自分達が追い込まれて不利になる。しかも、ザスキア公爵の方を向いて固まったのは怖い表情だったのかな?

 交渉術としては微妙だが、こんなお粗末な訳がない。つまり隠し玉が有るのか、此方の態度を見てから切り出すのか?腹の探り合いは嫌だが、腹芸が出来て漸く一人前の貴族だよってね。

「時と場合によります。大切な人達ならば、無条件で助けます。中立や敵対の場合、状況によって対応が変わるのは普通でしょう。感情論に頼るのは甘えであり、何かしらの気概を見せて貰わねば動きませんよ。

仮に淑女達を呼び寄せるにしても運搬の人員や護衛は?親族連中を黙らせて連れて来る手立ては?財産を運び込むと言われるが管理はどうされます?不用意に資産を動かし集めても、ちゃんとした管理が出来るのですか?」

 メリットでなく気概、あと実際に行動する場合の手順だ。一切合財金庫にしまって管理していたが、何時の間にか無くなりましたとか減りましたとか誰がどれだけ入れたか分かりませんとか。

 賊が出始めているらしいのに、財貨を動かすとかも危険だ。途中で襲われたり、バセット公爵の屋敷に押し入ったりも考えられる。最悪は自作自演で、財貨は全て奪われましたとか?

 財貨の移動は両親や親族共を黙らせる力が必要で、移動するにも護衛と運搬の人員が必要なんだ。僕なら用意出来るし強行も出来るが、その対価が何も示されない。

「私からの対価は、王族のスキャンダルの秘匿ですわ。ロジスト様絡みの件ですが、此処で秘密を話しても宜しいでしょうか?」

「お黙りなさい、不要です」

 ロジスト様絡みのスキャンダルなんて不倫だろ!ヴェーラ王女の件で裏取りしたから分かっていたので、動揺せずに直ぐに止められた。

 ロジスト様の不倫相手は……バセット公爵夫人か。予想通りの本命だったが、王族のスキャンダルを脅しのネタにしてきたか。臣下として最低だが、形振り構っていられないってか!

 ラーナ嬢も含めて口封じの対象だぞ。普通なら王族のスキャンダルなど、しかも王弟であるロジスト様に聞ける訳がない。強制的に配慮が必要な状況に持って行ったつもりなのだろうが……

「私の口を封じても無駄ですわ。他国にも拡散する手立ては講じています」

 睨んだら反論されたが、まぁそうだな。身の安全を考えるなら、保険位はかけるだろう。だが甘い、噂話など証拠が無ければ上書き出来るんだよ。

 王族のスキャンダルは大問題だが、ウルム王国や旧コトプス帝国の謀略だ。バセット公爵は軍紀を乱しただけでなく、王宮内でも利敵行為を繰り返していた!

 それで終わり、沈静化する。バセット公爵夫人や派閥構成貴族達は余計な罪状が足されて終わり、馬鹿な脅迫には手痛い処罰をすれば良い。リーマ卿を押さえているから、何とか捏造出来る。

 む、思わず真っ黒な笑みを浮かべてしまったみたいだな。今迄は完璧なポーカーフェイスだったのに、僕を見て驚愕の表情を浮かべたぞ。

「バセット公爵夫人は、旧コトプス帝国の謀臣リーマ卿に唆されて、有りもしない捏造話を広めた事になりますよ。諜報戦ならば、此方には大陸一の専門家が居ますから無駄な足掻きです。疑問なのですが、ロジスト様は情を交わした貴女よりも孫娘に御執心な訳ですが……」

 リゼルのギフトの為に、彼女に考えさせる為に敢えて話題を振った。もしも、ロジスト様がバセット公爵夫人と連携していたら厄介な事になるから。

 王族の過去のスキャンダルなど潰すしかないが、当事者達の愛情が再び盛り上がったとか厄介以外の何物でもない。バセット公爵家は取り潰し、これは確定事項だ。

 後は関係者の処遇だが、アウレール王にお伺いを立てている最中なのに余計な横槍は迷惑なんだ。ロジスト様の意向は無視出来ないから……

「ふふふ、御存知だったとは……リーンハルト様もお人が悪いですわ。私はロジスト様をお慕い申し上げていましたが、家の事情でバセット公爵家に嫁いだのです。

主人は私が、ロジスト様の御子を身ごもっている事を承知で結婚しました。公爵五家の順位争いの助力を受ける為に、私はロジスト様と引き裂かれて嫁がされたのです」

 嗚呼、失敗した。過去の秘する熱愛の詳細など知りたくもない。だが、ロジスト様がバセット公爵夫人をどう思っているか?接触は有ったのか?それが分かるならば我慢して聞くしかないのかな?

 


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