過去の王族とのスキャンダルの当事者と対面している。バセット公爵も知っていたのは意外だが、本妻が別の男の子供を身ごもっていたとか……プライドの高い男だから、他人に言い触らしたりはしなかったのだろう。
力有る王族とコネが出来るならば仕方無いと思ったのか？貴族間の婚姻では有りがちな話であり、驚きはしたが納得もした。だがバセット公爵には本妻に生ませたとなっている、他の年上の実子も居る筈だが？
順番が合わないが、内緒で養子を迎えたとか色々と裏工作をしたのだろう。ロジスト様と関係を持ったのが、バセット公爵夫人。その娘がアンジェリカ様で、孫娘がヴェーラ王女か。ロジスト様は、ヴェーラ王女にのみ関心が有る。
まぁロジスト様も、モンテローザ嬢の怪しいギフトの力で強制的に孫娘が愛おしくなったんだ。過去の愛情が再燃したとかじゃなく外的要因で強制的に発動しただけだが、色々と配慮は必要だな。
バセット公爵夫人の隠し玉は、王族のスキャンダルを公（おおやけ）にするという脅迫。だが多大な危険を孕んでいる悪手であり、ロジスト様の協力が無ければ闇から闇に葬り去られる危険な行為だ。
そして脅迫は失敗し、話を聞いてしまったラーナ嬢共々口封じされる事態に陥った。馬鹿だな、この場合は脅迫じゃなくて対価を用意し協力を頼むだぞ。さて、どうする？どうしたら良い？
「我等への脅迫、しかも王族をネタにした事は許せる事ではない。公には出来ないが、処分が重くなるとは思わなかったのですか？」
これだけの失態を犯したのに最初だけ驚いたが、今は平然としている。ラーナ嬢など失神寸前で真っ青になりガタガタ震えているぞ。国家の闇、人知れず処分されると考えているのかな？
嗚呼、膝の上に揃えた両手の震えが酷い。そして隣に座る、バセット公爵夫人をキッと睨んだ。何を馬鹿な事を言って私を巻き込むな！かな？だが彼女の一族の女性を助ける思いは嘘だったのか？
有り得ない脅迫で言う事を聞かせられるとか、正気なら流石に考えないだろう。嫉妬に狂うにしても相手が違う、旦那は死んで過去の恋人からは関心が無くなって、いや薄れている。
「ふふふ、最期位は愛した殿方の事を思い死にたい。私には、その思いしか残っておりません。私が提示する対価は、ハンナさんの実家と嫁ぎ先の家を黙らせる事。ヤザル男爵は愚かにも離縁を迫っていますが、実情を知れば粘着するでしょう」
嗚呼、没落し貴族社会から消されるならば、最期は過去の美しい思い出に縋りたい系か？だが無理だ、ロジスト様はバセット公爵夫人の事は過去の出来事位に割り切ってるぞ。男って、そういう所が有る。年を重ねた過去の恋人とかさ、愛が冷めるらしい。
ギフトによる孫娘への執着が強制的に芽生えただけだが、ヴェーラ王女の扱いは国王の沙汰待ち。ロジスト様の意向も尊重したいレベルで強制力は無い。間違っても、バセット公爵夫人やアンジェリカ様は絡めない。
つまり、ロジスト様への伝手にはならない。既に関係も希薄となり、親書の遣り取りすらしていない筈だが……何を以て、ロジスト様への伝手作りと考えた？過去の愛に縋るって具体的には何だ？いや思いだけだから、会えなくても良かった？
「なる程、ハンナの柵（しがらみ）の清算が対価ですか。良く調べているが、ヤザル男爵も縁切りに注力せずに状況を調べれば分かる事なのに愚か者ですね」
「私が他にリーンハルト様に提示出来る事は、我が派閥構成貴族の中でも有能で裏切る可能性が低い者達の情報。彼等の娘達を保護すれば、派閥への引き抜きも容易であり恩も売れますわ」
「あら？それは私にも教えて貰いたいわ。文官はリーンハルト様、武官は私。それぞれが必要としているから、適材適所で好待遇を約束するわよ」
む？此処で、ザスキア公爵が話に加わってきた。確かに彼女の派閥は武官が少ないから、補充するには最適か。抜け駆けするなら、ニーレンス公爵とローラン公爵には何かしらの説明と対価が必要か？
今回の交渉の試験だが、残念ながら及第点は貰えずだな。だが引き抜きの手立てが出来た、ハンナ以外に有能な文官達が引き抜けるなら手を貸すのも悪くはない。内政系の家臣の充実が、今の僕の最大の課題だから……
バセット公爵夫人も交渉の肝をザスキア公爵と定めた。実年齢は近いかも知れない美女二人だが、ネクタルの効果により二十代半ばの若さを手に入れた事によりビジュアルのギャップが凄い。まるで母親と娘みたいだ。
「武官達は親族からも戦力を掻き集めて参戦していますから、男手が不在な家が多いのですわ。直ぐに手を差し伸べて助ける必要が有るでしょう」
「残されたのは武官寄りでない者達、悪巧みが好きそうな連中なのね。なる程、確かに急ぐ必要が有るわ。彼等が帰ってくる前に手を打つのが重要ね」
つまりコソコソと悪事を企む小者が多いって事だな。全く嫌になるが、放置は危険だ。女性の警護ならば、ニールが適任だな。護衛は女性の方が守られる淑女達も安心するだろう。
もう直ぐ先行する第一陣の騎馬隊の連中が王都に戻って来る筈だ。彼等よりも早く、救いの手を差し伸べる必要が出てきたぞ。恩を売るなら今でしょ！
「護衛の人員は僕の私兵を回します。誰が誰の庇護下に入ったのか、分かり易く示す必要が有る。女騎士ニールに任せれば、令嬢達の不安も緩和するでしょう」
「サポートに私の方からは、ミケランジェロを隊長とした部隊を派遣します。私物や財貨の移動用の装甲馬車も貸し出すから、安全に運べるわよ」
ザスキア公爵の具体的な条件の提示の時に、少しだけ顔を曇らせた。嫌ってよりは困るみたいな？何かしら他に腹案が有ったが、身分上位者の提示した条件に口は挟めない？
だが元々の状況が彼女達の派閥の人手不足から来ている。人員の派遣は希望通りじゃないか？後は、ミケランジェロ殿が嫌だったとか？僕と同じく生意気な少年だが、能力的には信頼出来る筈だぞ。
特に悪評も聞かないし、ザスキア公爵が指導する『新しい世界』の対象者だろう。本人も年上の御姉様属性だし、正にwinwinの関係？それとも他に何かしらの理由が……
「私としましては、リーンハルト様に陣頭指揮を執って貰いたかったのですが……腹心二人を派遣して頂けるのならば諦めますわ。女騎士ニールさんは、貴族街に突如として現れた上級モンスターを単独で討伐した手練れの者。
ですがリーンハルト様の側室となる事が決まっている、王都でも幸福な淑女ですから。派閥構成貴族の淑女達も安心でしょう……いえ、妬むかしら？淑女が選ぶ今年の結婚したい殿方No.1である、リーンハルト様と結ばれるのですから……おほほほほっ」
嫌みか？嫌みなのか？まぁ側室に迎える事は事実だから嫉妬は許容するけどさ。この後、実務的な打合せを行い僕から正式に指示書を関係各所に通達。
親族連中の口出しを封じた後、淑女達をバセット公爵の屋敷に移動する事にする。本日中に通達し、明日の早朝から順次移動させる。ニールの他に、コレットとメルカッツ殿にも頼もう。
コレットは見た目は女性だから淑女達に威圧感は無いし、本人もゴーレム使いとして一流の域に居る。メルカッツ殿と元カルナック神槍術の連中は、悪いが裏方に徹して貰う。
本来ならちゃんとした戦場で戦働きをさせたいが、中々条件が整わなくて心苦しい。何かしらの舞台を用意してあげたいのだが、最近だと王都周辺に潜んだ、傭兵団の残党狩りだけか……
◇◇◇◇◇◇
バセット公爵夫人との話し合いは終わった。引き抜きについては抜け駆け無しと思っていたが、王都の治安絡みであり先方からの要望による対処だから仕方無いと割り切る。
勿論だが、ニーレンス公爵とローラン公爵には親書にて詳細の報告を行う。バニシード公爵達が送った騎兵部隊の到着前に、全てを終わらせる必要が有る。
もっともバセット公爵が送った騎兵部隊は、王都に到着したら武装を解除して別命有るまで待機。貴族街の巡回に使えるかは微妙、沙汰待ちだから無理はしない。
彼等を頼り、最悪処罰の対象となり謹慎した場合に人手不足で巡回網に穴が開くとか笑えない。無いと思って考えるしかない。多分だが乱心前に帰されたから、処罰の対象にはならないとは思う。
そして、バセット公爵夫人には聞かなければならない事が有る。モンテローザ嬢をどう思っているか？接触は既に有ったか？これから有るのか？ヤバいギフト持ちだから、接触は潰したい。
「バセット公爵夫人に聞きたい事が有ります」
この問い掛けに反応したのは、バセット公爵夫人じゃなくてラーナ嬢だった。ピクリと肩を震わせたのだが、そんなにヤバい質問だと思ったのか？
それは僕に言えない秘密を抱えているって疑われるぞ。勿論だが、リゼルのギフトで丸分かりだ。リゼルに視線を送れば、軽く微笑んだだけ。つまり問題じゃないか、問題にもならないか……
ふむ、後者だな。もしも何かしら企んでいたならば、リゼルはラーナ嬢を睨み付けた筈だが笑っているのは罪は無いって事だ。まぁ彼女が何か企むとか性格的にも能力的にも無理だよな。
リゼルはギフトで読んだ内容を言葉で伝えられない時は、色々な方法で僕に伝えてくる。視線や表情、ボディタッチとか多岐に渡る。今回は表情だな、穏やかな笑顔は悪くないだろう。
「リーンハルト様、何でしょうか？」
「モンテローザ嬢が色々と動いているみたいですが、何かしらの接触は有りましたか？」
この問い掛けに、バセット公爵夫人は物凄い嫌な顔をしたぞ。それは大嫌いなのか、既に嫌になる事をされているのか？
ギフトによる洗脳は無さそうだが、何かしらの接触は有ったのだろう。極力表情を抑えていた彼女が嫌な顔をしたならば、相当な事を仕出かした筈だな。
何とも使い勝手が悪いギフトだな。迂闊に使用して、対象者の悪感情を増幅させたのだろう。敵陣に引き込まれてないだけでも助かるから良いか……
「小賢しい娘。恩を売るような態度で接して来たけれど、本質は私達を踏み台にしたいだけ。確かにウルム王国から多数の淑女達を救った功績は認めますが、助けた者達は洗脳されています。
味方を増やしたつもりでしょうが、出戻りの娘達の待遇を考えれば大した助力にはならない。ですが大切な家族を救ったとは言え洗脳されたのです。我が一族にも数名居ますが軟禁しています。余りにも、モンテローザ嬢を贔屓にしますので……」
吐き捨てるように言ったが、モンテローザ嬢は助け出した者達にもギフトを使用したのか。確かに恩人だから好感度は高い、ギフト使用で更に上がったのか。
だが異様な好感度の高さに、バセット公爵夫人は洗脳されたと感じた。実際はギフトの効果だが、ギフトや魔法を使わなくても技術的に洗脳は出来る。
大切な家族が帰って来ても変だった。同じ派閥なら理解も出来るが、違う派閥に属する者達まで彼女を優遇すれば怪しむよな。例えそれが命の恩人でも……
モンテローザ嬢は詰めが甘い。同系統のギフト『神の御言葉』を持つ、モリエスティ公爵夫人は上手く隠しているのにバレバレだよ。確証が持てない事と、侯爵令嬢だから見逃されているだけか？
「なる程、確かに小賢しい事を僕に対してもしています。その被害に有ってないか心配だったのですが、杞憂みたいですね。彼女は実家の利益の為に動いている。
具体的には僕との縁を深めるか、弱点を探す事。侯爵七家筆頭アヒム侯爵の焦りは分からなくもないが、戦時下に己の利益優先で和を乱す事は許容出来ないのです。接触が有った場合は教えて下さい」
「分かりましたわ。私以外の者達にも通達し厳守させます。本当に嫌な女、失脚すれば良いのですわ」
この様子なら大丈夫そうだな。洗脳系ギフトは証拠を掴まないと厄介だし、解除の方法が分からないから余計に困る。多分だが解除の方法は無い、モリエスティ侯爵夫人も言っていたし。
彼女の下位互換のギフトっぽいからな、重ね掛けは出来るが無かった事には出来ない。重ね掛けするから、性格や態度が変になっていくんだ。狂信者と変わらないから……
モリエスティ侯爵を見ていれば分かる。正直気持ち悪いし何を考えているのかも分からないが、日常生活的には普通らしい。だが周囲から怪しまれてはいないのが不思議だ。
元々少し変だったとか？有り得そうで少し怖い。芸術に傾倒してるし、芸術家の彼等って普通と少し違うし。有り得る、サロンも隠れ蓑だったのか？
「アンジェリカ様やヴェーラ王女にも接近しています。十分に気を付けて下さい」
「娘や孫娘にまで、ですか？ですが娘は、アンジェリカは……」
言葉を濁したのは後宮の最奥に軟禁されているのを知ってるからだな。実母でも接触は不可能だが、それをネタとして接触するのを防止したい。
娘や孫娘の事だから警戒を促しても、もしかしたら何とか出来るかも？って薄い希望に縋る場合も多い、肉親の愛情は理屈や損得勘定じゃない。
だが危険と思い警戒を強めていた、モンテローザ嬢だが攻略方法も何となくだが考えを纏められそうだ。予想よりも脇が甘い、付け入る隙は多そうだ。