古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第761話

 モンテローザ嬢の情報が集まりつつある。最初は難敵かと思ったが、色々と脇が甘く付け入る隙が多いのが分かった。勿論だが多数の洗脳された信者達が居るから油断は出来ない。

 一番心配した王族のギフトによる洗脳疑惑だが、ロジスト様を味方に引き込む事は失敗。警戒されただけだ。アンジェリカ様やマリオン様の後宮の寵姫達は、レジスラル女官長の力で接触は断てる。

 後宮に立ち入る事を許可しない事で、洗脳を防ぐ事は可能だ。同格の伯爵以下の連中ならば何とかなる。だが防ぐだけでは意味が無く、此方から圧力を掛ける必要が有る。刃向かうなら潰す!とか言えたら楽だが、流石に無体過ぎて嫌だ。

 情報は集め終わったので、後は女傑三人衆にリゼル+αで対応するから僕は手を出すなと言われた。どうやら前に直接対決をするって言った事と、最悪側室に迎えて軟禁するって言った事が非常に駄目だったらしい。

 ザスキア公爵は他にもニーレンス公爵夫人とローラン公爵夫人、それにモリエスティ侯爵夫人にも協力を要請するらしい。だがモリエスティ侯爵夫人は、モンテローザ嬢の上位互換。

 稀有なギフト『神の御言葉』を使用したら一発で解決だが、彼女はモンテローザ嬢の事を気に入っていたから一抹の不安が有る。僕からも親書で一連の流れを説明し、ザスキア公爵から応援要請が行くと知らせておいた。

 これでモンテローザ嬢に関しては一安心で任せられるが、ロジスト様の件は対応しなければならない。王族絡みは留守居役で国王から権限を持たされた、僕が対応するのが筋だから。

 そして待望の、アウレール王からの指示書が届いた。これで色々と対策が取れるぞ!

◇◇◇◇◇◇

 ハイゼルン砦の執務室に集まるのは、第三陣を率いる公爵二人。第二陣がジュラル城塞都市の攻略に挑んでいるので進軍速度を調整している。ウルム王国の王都攻略に使う為に、今は第二陣が攻略した砦や街の整備をさせている。

 サハラル高原のビヨンド砦群は今後は不要になる。兵士の詰めない廃砦など、野盗共に屯(たむろ)させない為に使用不能にする必要が有る。もっとも四つの内二つは、バーナム伯爵とデオドラ男爵が完膚無きまでに破壊しやがった。

 ザスキアが、リーンハルトに向かう畏怖や悪感情を緩和する為に同じように単独で守備兵千人単位が籠もる砦を派手に攻略しろとけしかけた。それに乗った二人は『戦鬼』と『悪鬼』の異名で呼ばれ敵兵から恐れられている。

 周辺の街や村の安全管理は、同行しているモア教の僧侶達が問題無く纏めている。非常に協力的で問題など全く無い……いや違う問題が発生したのだが、リーンハルトの報告によれば沈静化するそうだ。

 他にも色々と提案してきたが、全てが結構前から準備していたみたいなんだよな。戦後の新しい領地の農業改革、それを行う事による占領に対する融和政策。奴の提案には殆ど修正する必要が無い、もう相談役じゃなくて宰相とか任せても平気なんじゃないか?

 百人の土属性魔術師達を囲い込んで農地改良に従事させていた。採算が合わないが領地の改革と領民達の生活向上の為かと思っていたが、戦後の占領政策に使う為に仕込んでいたのかと勘ぐってしまう。

 戦功の高い者に与えた領地には自らが行って短期間で農地改良を行う。派遣期間は三ヶ月、リストは俺任せだが王家の直轄領は後回しにした方が良いと具申している。戦闘で最も輝くカリスマを持ちながら、戦後の占領政策でも活躍出来るか……

「リーンハルト卿ですが、留守居役として問題無く務めているみたいですな。何をやらせても一定以上の成果を出す、出来過ぎと言うか何と言うか……」

 内政系のニーレンス公爵としても、リーンハルトの行動は合格点なのだな。実際に旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業を共に行ったのだ。

 能力の一端は知っているが、奴は未だ底を見せていない。行動には余裕が有る、切羽詰まって慌てた所など知らないからな。

 どんな無理難題でも問題無くこなす。普通なら警戒から排除コースだが、俺は奴の本心を知っているから疑心暗鬼にはならない。奴を失う事は、エムデン王国の衰退と同じ事だ。

「王都全体の治安維持の他に、貴族街と新貴族街のゴタゴタも問題無く抑えて通常業務もこなしている。心配していた、モア教徒の暴走も沈静化しましたな。まさか、リーンハルト卿を困らせるつもりか?だけで奴等が大人しくなるとは驚きですぞ」

「まさにその通りだ。あっさりと手の平を返すように大人しくなりおったが、凄く協力的なのは変わらない。正直、手が掛からず楽が出来ている。俺達は他国に戦争しに来ているのだが、この余裕は何だろうな?」

 二人共に最後は苦笑混じりだな。確かに未成年らしくない安定感には驚く、本来は単一最強戦力たる宮廷魔術師なのに普通に中堅の官僚並みの能力と活躍だな。バーナム伯爵もデオドラ男爵も異常な程の戦闘力、今後の戦争は集団より個の力が重要視されるかもしれぬ。

 人外の戦闘力を持つ者が四人、奴等は単独でも軍隊に挑める。これだけの戦力を使えば大陸制覇も可能か?いや無理だ、広大な領土の健全な維持など不可能。途轍もない甘い誘惑、だが俺は惑わされぬ。

 ウルム王国を併呑し領土が安定し税が徴収出来て戦力である兵士を引き抜ける迄には二年は掛かる。無駄に戦を仕掛けるのは愚策、俺は馬鹿な野望に取り付かれた暗君にはならぬ。無理な領土拡張など国が荒れる原因だ。

 リーンハルトの絶対の忠誠心はエムデン王国の繁栄による、奴の大切な者達が安全に安心して暮らせる事に有る。戦争を繰り返す事は、奴の忠誠心を失うと同義。

 旦那が頻繁に戦争に駆り出されるとなれば、奴の大事な女達は悲しむ。其処に奴の求める幸せは無い、故に忠誠心が目減りして何時かは離反する。だが分かり易いから対応も簡単、それは健全な国家運営だ。

「ジュラル城塞都市付近の街や村は全てエムデン王国側に付いた。遊撃部隊が、ジウ大将軍率いる応援部隊を壊滅させた。ジウ大将軍を討ち取った事は高く評価する。ジュラル城塞都市の攻略は、第二陣のライル団長に任せているが……」

「無血開城か無条件降伏か?ライル団長の武人としての活躍の場は無いかも知れませんな。詰めている敵の兵力は予測では約二千人、自国の英雄と三千人の増援部隊が壊滅してしまってはな。反抗心など叩き折れてるだろうよ」

「ジュラル城塞都市内部に居る平民達を煽動すれば、内側から城門を開かせる事も可能かと思うが……ライル団長は謀略を使わずに、正々堂々と戦いたいでしょうな。これは聖戦なのですから、小細工は厳しい評価をされる」

 む、モア教の教皇対策で極力平民達への被害は抑えろと命令しているのだが、確かに聖戦に小細工は周辺諸国から余計な口出しをさせる事にもなり得るのか?

 周辺諸国には、グーデリアルが外交で圧力を掛けてはいるが完全ではない。我が国が強大化するのを阻止したい連中が結託し文句を言う事も可能性として低くはないか?

 外交戦とは武力を使わず言葉を使った戦争だし、折角の聖戦にケチが付くのは拙い。モア教絡みの聖戦に、卑怯な手段は使えない。だが平民達の被害も最小限に抑える必要が有る。

 籠城戦は兵士以上に共に籠もる平民達にも負担を強いる。勝ち目の薄い状況に追い込まれた兵士達の鬱憤の矛先は、常に弱い立場の者達だ。

 だが兵士にも敬虔なモア教徒は居る、極端に追い込まなければ無体な事はしないだろう。勿論だが、匙加減さえ間違わなければだが……

「ライル団長の策に期待ですかな」

「聖騎士団の実力を国内外に見せ付ける、良い舞台となるでしょう。しくじれば我等が出張って尻拭いをするだけ、問題など無い。お手並み拝見ですかな」

 嬉しそうに笑いおって、狸共がっ!

 ライルがしくじったら政治的に追い込むつもりだな。ザスキアに飼い慣らされた野獣二人の件も有り、ザスキアの派閥の力を削ぐ意味も気持ちも分かるがな。アレにはリーンハルトが姉と慕い懐いている。

 ジュラル城塞都市の攻略は百パーセント成功するが、その敵味方の被害状況を問題にするつもりだろう。だが俺はライルを司令官として任命した。司令官の判断は絶対、第二陣の戦術的な判断を下す責務が有る。

 故に俺は攻略方針に口出しはしない。あとはライルの頑張り次第、王命の達成に全力を尽くせ。それはお前達の義理の息子の姿を見ていれば理解出来るだろ?苦しみ悩み努力しろ、結果は公平に評価してやるからな……

◇◇◇◇◇◇

 公爵二人の悪巧みを聞き流しタイミングを見計らい、サリアリス達を呼んだ。今回は宮廷魔術師筆頭サリアリスにラミュール、ユリエルに娘のウェラー。それとアンドレアルの息子のフレイナルを従軍させている。

 あとバーリンゲン王国から引き抜いた、フローラだが大分病んでるな。目がヤバい、ドロドロに濁ってやがる。初めての国王同席の会議で緊張しているのだろう。ウェラーとフレイナルの二人がガチガチに緊張しているが、普通はこうだろうな。

 特に年上である筈の、フレイナルの緊張具合が酷い。目が泳ぎ額に汗を浮かべ手が小刻みに震えている。年下のウェラーは表情こそ固いが、周囲を観察する程度の余裕が有る。リーンハルトの言葉を借りれば『魔術師は常に冷静たれ!』だろう?

 新人のフレイナルは、これからに期待か?伸びしろが多いと考えるべきか?我が国の宮廷魔術師達は世代交代の時期だが不安も多い。若手がリーンハルトとフレイナルの二人しか居ないのは問題なのだが……

「そう緊張するな。何も取って食う訳じゃないぞ。特にフレイナルは、妹分のウェラーより緊張してどうする?序列最下位とは言え栄光有る宮廷魔術師なのだぞ。落ち着いて恥じぬ行動をしろ」

「も、申し訳御座いません」

「駄目兄様、本当に駄目兄様なんだから少しは落ち着いて下さい。魔術師は常に冷静でなければ駄目なんです。無闇に動揺するなど恥と知りなさい!」

「駄目兄様と何度も言うな!同期に差を付けられて気にしてるんだぞ。嗚呼、妬みが力になるなら俺は大陸制覇だって出来るのに……」

 ふむ?ウェラーめ、リーンハルトに感化されているな。リーンハルトの妹弟子として、サリアリスに鍛えられているからな。技量だけなら既に宮廷魔術師レベルらしい。

 サリアリスの報告によれば、魔術師の壁と言われる二種類同時魔法の行使が出来るとか。リーンハルトが同僚候補に推すだけの事は有るが、精神的な未熟を気にしている。

 敵兵を理性的に殺せるか?こればかりは自分で経験し飲み込むしかなく教える事は出来ない。幾ら魔法に関しては優秀でも、敵兵を殺せなければ現場では怖くて使えない。

 覚悟が有ると言っても実際に経験する迄は誰も、いや本人さえも分からないものだ。性格的なモノだし、禁忌感が強ければ性格も変わり最悪は病んで自らの命を絶つ。

 殺人は禁忌、道徳的な意味で言えば正解だが国家運営の立場で言わせて貰えば偽善で間違いだ。自国を守る、または発展させる意味での殺人行為は建て前を用意し正当化されねばならない。

 勿論だが無闇やたらと殺人行為は許容しないが、戦争と言う行為は敵兵を如何に効率的に短時間で被害無く殺すかが全てだ。大量殺人を犯しても病まない強固な精神力が必要とされる。

 真面目な事を考えていたのに、紅茶を配膳している女官の美貌に見とれ鼻の穴を広げて興奮する、フレイナルを見て萎えた。思わず目の間を親指と人差し指で挟んで揉む。国王を前に発情とか馬鹿か?馬鹿なのか?

 お前、同期に偉い差を付けられているぞ。淑女が選ぶ今年の結婚したくない若手貴族ランキングの上位に食い込んでいるらしい。原因は未婚の淑女達に向ける嫌らしい目と言動と差別的な態度、発情期の気弱な駄犬と同じだとさ。

 最大の理由は若い貴族令嬢達の纏め役的な立ち位置にいる、ニーレンス公爵の愛娘メディアに嫌われているからだ。お前、国内で嫁を探すのは不可能に近い絶望的な状況なんだぞ。

 深く深く溜め息を吐く。お前をハイゼルン砦に配属したのは英断だった、王都に残していたら没落連中の仕掛けるハニートラップに直ぐに引っ掛かっただろう。色事絡みの愚行は始末に負えない。

「フレイナル、落ち着け!女官相手に発情するな。お前はウルム王国の重鎮の娘を側室として与えるから、今から心しておけよ」

「はっはい!若くて美人で胸が大きい従順な令嬢をお願い致します!」

 はぁ?政略結婚だぞ。敗戦国の融和政策の一環として、エムデン王国の有力貴族と婚姻関係を結ばせるんだぞ。選定基準は家柄であって容姿など選定項目に入ってなどいない。

 リーンハルトと養子縁組する才媛三人が大本命なんだ。有力な爵位と領地を持つ男性貴族を取り込む妙手、戦勝国の重鎮と親族関係になれる破格の条件を断る奴など敗戦国には居ない。

 既に有力貴族の何人かに打診し、自分の領地で大人しくさせている。参戦させないだけでもメリットが高い、国を守る戦力を無傷で温存させられるのだから……

「馬鹿兄様!政略結婚に条件など付けられる訳がないじゃない!年増でも子供でも不細工でも肥満でも有り難く娶るのよ。分かった?駄目兄様?」

「そんな殺生な……嫌だぞ、年増や不細工や子供なんて嫌だ。俺だって幸せな結婚生活を送りたい、イチャイチャラブラブ……」

「馬鹿駄目兄!黙って、これ以上は何も喋らないで!」

「痛い、止めろ!この暴力女がっ!」

 ウェラーが問答無用で頭を叩いて黙らせたが、全く懲りていない。フレイナルめ、童貞を拗らせたな。お前は有力貴族の嫡子であり宮廷魔術師なのに年頃の令嬢達から全く人気が無い。

 それは立場を考えたら異常な事なのだが、分かり切った理由も有る。同期と比較されて低い評価になっているんじゃない。日頃の態度と、メディアを怒らせたままだからだ。

 女の怒りはだな、時間じゃ解決しない。長引けば長引く程くすぶり時に燃え上がる、自然に鎮火などしない。ラミュールとフローラを見てみろ、ゴミを見るような冷たい目で見ているぞ。

 余りの哀れさに、国王の前での頓珍漢な言動は多目に見てやる。だがこれ以上馬鹿な事を言うならば、宮廷魔術師の資格を剥奪するぞ。宮廷魔術師とは国家の力の象徴、愚か者はエムデン王国自体の評価を下げるんだ。

「フレイナル?もう黙れ。お前には王都の城門を破壊する重要任務を与える予定だが、馬鹿な行動をするなら父親に変えるぞ。評価の下がった火属性魔術師の地位向上の為に、お前に活躍する機会を与えて欲しいと、リーンハルトから献策されている。

分かるか?お前の評価を上げる為でも有るんだぞ。貴重な『魔法障壁の護符』も託されているのに、俺の前で盛るとは何事だ?お前はウルム王国の王都攻略の要なのだが、その大役を任せても本当に大丈夫なのか?」

 瞬間的火力は火属性魔術師が圧倒的に有利、ラミュールやユリエルでも問題は無いがアンドレアルかフレイナルに任せたい。それは火属性魔術師達の地位向上もそうだが、属性による魔術師達の反発を緩和する為だ。

 宮廷魔術師団員の中でも、火属性魔術師達は微妙な立場に立たされている。リーンハルトが鼻っ柱を叩き折ったのは、属性による驕りもそうだが自分は最強属性だからと周囲と協調しなかった事への戒めでもあった。

 性根を正す効果は有ったが、そろそろ回復させたい。エムデン王国内で英雄に逆らい纏めて倒された宮廷魔術師団員や勝負を挑まれ瞬殺された、マグネグロの不様さを帳消しにする用意された活躍だな。

「お前が活躍し、評価が地に落ちた火属性魔術師達の立場を向上させるんだ。王命だ、命懸けで必ず達成しろ!」

「俺にも遂に王命が?分かりました。お任せ下さい。我が勇姿を見せ付け、必ずや火属性魔術師達の希望となってみせます。何れは俺の活躍に一目惚れした美女が……」

 違う。お前の嫁取りの為じゃなくてだな、ギリギリ追い込まれた火属性魔術師達の救済が目的なんだよ。反省するなら改めて使ってやるが、今度は増長せずに真面目にヤレって事だぞ。

 ウェラーのフォローが痛々しい。少女に構われる宮廷魔術師?笑い話にすらならないが、これが俺の国の現実だと?宮廷魔術師の充実、急がなければならないのを実感した。

 少し早いが、ユリエルに話して早めにウェラーの適性を確認するか。適性が有れば、宮廷魔術師に任命しサリアリスとリーンハルトに育てさせれば良い。

 フローラの病みも改善して十全に力を振るえるようにしたいが、奴の闇は深くて澱みも凄い。改善するには……誰に押し付け、いや頼むかだな。これは難問だぞ。

 


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