古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第763話

 アウレール王が、ロジスト様とアンジェリカ様宛で親書を認めてくれた。簡単に書かれた内容は知っている、僕等の希望通りなので安心している。

 アンジェリカ様は後宮の一室に軟禁……いや避難しているので、レジスラル女官長が届ける。ロジスト様には僕が届ける事になったが、王族対応など他に任せられる人も居ないので仕方無い。

 ロジスト様は王族の居住区の一角に部屋を与えられている。既に伺いは立てているので、近衛騎士団員二人に先導して貰い向かっている。警備が厳重なのは、彼が襲撃の可能性を示唆したから分かり易く対応した。

 襲撃など全く無いと思うのだが、王族の指摘を無下にも出来ず少なくない人員を割いて警戒に当たらせている。本人は姪っ子を引き取る為の方便で何の証拠も根拠も無く言ったにしてもだ。

 まぁ王族と臣下には越えられない壁が有るから、言われたら対応するしかない。この親書を読めば、アウレール王が凱旋帰国する迄は大人しくなる筈だ。後はアウレール王との話し合いで決めて貰えば良い。

 甥の実子を養子に貰う、貴族間では前例は多い。女性の場合は、養子縁組みして嫁に出す。男性の場合は、跡継ぎとして有能な者や血縁者を引き抜く。家の存続の為でも全くの他人よりは血縁者だろう。

 ロジスト様の部屋の隣には既に、ベルメル殿とリゼルが控えている。親書の内容に納得するかしないかの確認は必要、リゼルのギフトは素晴らしく有効だよな。秘めた心の声が聞こえる、隠し事が出来ないのだから……

 二度目の訪問の為に、案内役は近衛騎士団だけだ。前回の訪問よりは気持ちに余裕が有る、親書を渡し国王の意に添う行動をして下さいと言うだけだから。その言葉に対しての真意は、リゼルが調べてくれる。

 モンテローザ嬢のギフトの効果が何処まで高いのか?今回の訪問で確かめて見る。態度が変になると報告は有るが、少しで収まるのか凄く変になるのか?なまじ権力が有るだけに自重して欲しいんだよな……

◇◇◇◇◇◇

 貴族的な挨拶を行い少し近状報告を交えた雑談の後、問題の親書を渡したが特に興奮したり挙動不審だったり感情の起伏が激しいと言う事は無い。案内役の近衛騎士団を労る程の余裕も有った。

 ゆっくりと読んでいる時に、失礼にならない程度に観察したが表情が変わったり等の変化もなく穏やかだ。やはり帰国後の話し合いの条件が効いているのだろうか?途中で苦笑したり、アイツは心配性だからとか呟いている。

 有る意味希望が残っていて、交渉次第では養子縁組みの可能性も有る。二人の関係は悪くはないし、今騒いで御破算にしないだけの思考力は残っているのだろう。良かった、一安心だな。

「ふむふむ、なる程な。戦時中故に帰国する迄は保留にするそうだ。まぁ今は国難の、いや聖戦の真っ最中だから納得はするよ。半年もせずに戦争は終わる、もう少しの辛抱だ。待てない訳じゃないよ」

「そうですね。確かにウルム王国と聖戦の真っ最中ですから、保留は至極真っ当ですね。アウレール王の見立てでは、後半年でウルム王国の王都を攻略出来るのですか?既にジュラル城塞都市を攻略中らしいですし、攻略出来れば王都までの道が開けます」

 親書を丁寧にしまう仕草には、精神的な高ぶりや動揺は感じられない。落ち着いている、これなら余計な心配は不要かな?優雅に足を組み紅茶を飲む、流石は王族だけあり気品が有る。

 元々温和な性格らしいし、ギフトによる精神操作も最低限に抑えられている。これなら大丈夫かな?モンテローザ嬢の動向も、ザスキア公爵達が抑えるから問題無い。

 何かしら行動したら、直ぐに潰すだろう。アヒム侯爵は、ドラゴン(をも上回る女傑)の尾を踏んだんだ。反撃が緩いなんて事はなく間違い無く苛烈だよ。

「ふむ、だが我が姪が寂しがるのを何とかしたい。私が行って気を紛らわす為にも遊んであげたいのだが……いや私も寂しいので、姪と遊びたいのだ」

 何だろう?ニヤリと悪巧みを企む感じの笑い方だが、悪意と言うよりは悪戯的な?ロジスト様は既に、ヴェーラ王女と会っているから今更だよな。

 レジスラル女官長の情報によれば、一日おき位の頻度で部屋を訪ねているらしい。毎回何らかの玩具やお菓子を持って行くので、ヴェーラ王女はロジスト様に懐いている。

 孫をドロドロに甘やかすのは祖父母の特権らしい。表向きは姪だが、ロジスト様の中では孫だし実子にしたい位だし……因みに養子縁組みの件は、アンジェリカ様も未だ知らない。

「それは……そうですね。ですが後宮に立ち入りは出来ませんので、ヴェーラ王女を此処に呼ぶか場所を設定するかですが……レジスラル女官長に相談する必要が有ります」

 既に何度も会ってますよね?とかは言えない。知らない事にして条件を付ける為の方便だったのだが、ロジスト様の笑みが深くなってきたぞ。雲行きが怪しくなって来たが、年の離れた甥と姪だから男女間の不祥事になどならない。

 建て前も揃えられるし、何より僕には止める権限が無い。養子縁組みは待たされるが、孫娘とは触れ合いたい遊びたいって事だからな。止めろとも言えないが、条件は付けられる。未だ想定内だ、問題は少ない。

 止めなかったからか、レジスラル女官長への相談も笑顔で受け入れてくれた。まぁ既に相談済みなのかも知れないな。ロジスト様でも後宮には入れないから仕方無いのだが、アンジェリカ様には特に会う必要は無いそうだ。

 実子には興味が無く、孫娘にだけギフトによる強制家族愛が芽生えている。端から見れば、やはり歪(いびつ)な愛情だよ。だが本人は疑問にすら思っていないから始末におえない。

「ふむ、心配性だな。では、ヴェーラに会う時には、リーンハルト卿も同席したまえ。彼女も君を気に入ってるらしいから、丁度良いだろう?」

 はっはっは!って笑っているが、僕が同席する必要なんて有るのか?いや、不要だろ。王宮内の警備に抜かりなど無い、立ち会う必要など無いのだが?

 悪戯が成功したような笑い方だ。何故、僕を同席させる?その意味は?いや、リゼルが心を読んでいるから後で分かるけど。

 前は僕が、ヴェーラ王女の結婚相手には反対で他に候補者が居た筈だ。何故、急にヴェーラ王女と近付けようとする?先ずはやんわりと断って様子見か?

「は?いや、それは畏れ多いと言うか何と言うか……」

「よいよい、構わぬよ。では、レジスラル女官長との調整も頼むよ」

 そう言って退席を促されては留まる事は出来ない。貴族的礼節に則り礼をしてから退室する。早く、リゼルに聞かなければ駄目だ。本当に頼り切りになりそうで怖い。

 バーリンゲン王国が蝙蝠外交を続けられた理由は、彼女の存在だと改めて実感した。もう彼女は手放せないが、対価を渡さないと一方的に利益だけ貰う関係だぞ。

 リゼルの為にも護衛のゴーレムを錬金しよう。ゼクスタイプかエルフタイプか、それとも今考えている新しい目立たないタイプのゴーレムにするか……

◇◇◇◇◇◇

 ロジスト様との問題を含んだ話し合いを終えた。何故、ヴェーラ王女と僕を引き合わせる方向に舵を切った?急な方向転換は何故だ?未だ幼い王女だから、生々しい話にはならない筈だ。

 その点は安心出来る。もう直ぐ成人し、アウレール王公認のジゼル嬢を本妻に迎える。ヴェーラ王女と婚約など有り得ない。後見人の一人にしたいのか?養子縁組みをすれば最大の庇護者は自分なのに警戒していた僕を巻き込むのか?

 分からない、この疑問を解決するには信頼している腹心のギフト頼りとは情けないが仕方無い。早めに彼の心情を知る必要が有る、早く自分の執務室に戻りたい。早足になるのを何とか我慢する。

 此処は王宮の最奥、王族の方々の居住区だ。先導者も無く慌てて小走りなど有り得ない、逸る気持ちを抑えてゆっくりと歩く。女官や侍女達が嬉しそうに挨拶をしてくれるので、軽く手を上げて応える。

 リゼルは僕とタイミングをズラして部屋から出る手筈になっている。隣室に控えている事は内緒だから、一緒に執務室に戻る訳にはいかない。暫く時間を置いてからだろうな。

「あっ!リーンハルト様」

「む、ラナリアータか。壺を持ってる時は周囲に気を付けるんだぞ」

「ははは、はい!大丈夫です」

 曲がり角で大きな壺を持つ、ラナリアータとぶつかりそうになるが何とか堪える。両手で重たい壺を持っていたが、ゆっくりと歩いていたので最悪の被害にはならなかった。

 最近見なかったのだが、やはり壺を持っていたか。鋳銅製の重たい壺に水が満たされているが、誰が何の為に持って来させるのだろうか?彼女が持っているのは陶器製の絵壺だったり食料を保存する硝子製の壺だったりと多岐多様だよな。

 流石に重たいので身体がふらついている。小柄な女性が抱えなければ持てない大きさだ、重量はかなりのものだろう。細い腕がプルプルと震えているし、限界が近そうだ。足にでも落とせば怪我をするぞ。

「全く重たい物を一人で運ぶとか無理はするな。同僚に頼むなり、男手は……無理か、近衛騎士団や王宮警備隊に雑務は頼めないよな。かといって下働きの男に頼むのも無理、彼等をこの区画に立ち入らせるのは……」

 外れだが王族の居住区だし、信用の置ける者しか立ち入りは許可されない。重量物も本来なら、女官か侍女達が数人で運ぶんだ。どうやら彼女に壺を頼んだのは王族の誰かか?

「あああ、あの。困ります、それは私が頼まれたのです」

 限界に近かったので取っ手の部分を持って奪う。やはり重い、8キロ位有るぞ。まさか虐めか?ラナリアータは誰かから虐めを受けているのか?

 あぅあぅと慌てている彼女には虐めを受けているような悲壮感は無いが、小柄な少女に持って来させる物じゃない。慌てん坊のオッチョコチョイだから、誰かの反感を買ったとか?

 普通の水を入れた鋳銅製の壺だ。何の用途に使うのか分からない、美術品でもないから花を生けるにしても合わないだろうし。ジッと彼女を見詰めると、真っ赤になり目を逸らした。

「何処に運ぶのかな?王宮で使うには合わないと思うけどな」

「それは、その……返して頂けると助かります」

 目的と用途、頼まれた相手も言えないのか?廊下で壺を持って向かい合う不思議な状況なのだが、心配で壺を返す気にならない。もし不当な扱いを受けているなら、レジスラル女官長に伝えねば……

「あらあらあら、ラナリアータ?遅いと思えば愛しい殿方と逢瀬をしていたのかしら?あらあらあら、噂のリーンハルト卿ね」

「ち、違います。ペリーヌ様!違うんです、これは……あのあの、違うんです!」

 随分とおっとりした声の主は、ペリーヌ様と呼ばれてた。名前は思い当たらないが、この居住区で様付けならば王族だな。王位継承権三十位迄は頭に叩き込んだが、それ以降は分からない。

 ゆっくりと振り返り姿を確認する。四十代後半位のふくよかな女性、身に纏うドレスも装飾品も一級品だから王族に間違い無い。痩せていた頃は美人だったと思わせる、第一印象は天然さん?

 彼女は僕の後ろ姿だけで誰なのか当てたのだが、間違い無く面識は無い。まぁ王族の居住区に立ち入れる魔術師のローブを羽織った小柄な未成年とヒントは多い。いや、他に対象者など居ない。

「ペリーヌ様、お初にお目にかかります。リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイと申します」

 壺を小脇に抱え正式な長ったらしい名前にて挨拶を行う。目を細めて僕とラナリアータを交互に見ているが、愛しい殿方とか誤解が酷い。年上でも女性、色恋い沙汰は好きな話題か?

 周囲に他に人はいない。つまりペリーヌ様は付き人も無く一人で王宮内を移動している?王族がか?いや、近くの扉が開いているし、あの部屋の主だろうか?ラナリアータの目的地は近かったのか。

 壺を抱え直す。この水を満たした鋳銅製の壺を持って来させた意味って何だろう?罰的な意味じゃなさそうだし、彼女がラナリアータを虐めているとも思えない。

「丁寧な挨拶、有り難う御座いますわ。私はペリーヌ、この王宮の一角に住まわせて頂いているの。それよりも、ラナリアータ」

「はっはい、ペリーヌ様」

「貴女は何故壺をリーンハルト卿に持たせているの?私は銅製の器に水を入れて持って来てって頼んだのに、大きな壺を持って来て……」

 あれ?鋳銅製の壺じゃなくて銅製の器?それを敢えて大きな壺を選んだって事は、もしかしなくても彼女は壺好き?彼女が壺を愛しているのか?

 だから僕が壺を奪ったら動揺したのだろうか?ペリーヌ様が重たい大きな壺を要求していないのなら、そう言う事なのだろう。

 ラナリアータと壺との因果関係とは、単純にラナリアータが壺好きだった?衝撃の結果を姉であるカルミィ殿に教えて良いか迷う。まさか本人が壺好きだったとか!

 予想の範囲内だが結構酷い結果だな……

「立ち話も何ですし、リーンハルト卿も私の部屋に寄って下さいな。お茶位は用意しますから……ほら、ラナリアータも惚けてないで用意なさい」

「はっはい!リーンハルト様、どうぞいらして下さいませ!」

 いや、僕はですね。年上とはいえ王族の女性の私室に入るのは遠慮したいのですが、駄目でしょうか?いや本当に勘弁して下さい。ラナリアータ、ぐぃぐぃと背中を押さないで下さいって!

 


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