古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

774 / 996
第768話

 モリエスティ侯爵夫人の愚痴を聞く序でに、モンテローザ嬢への警戒と対立するザスキア公爵との仲を取り持つ予定が大幅にズレた。

 軌道修正が可能なレベルなのか、情報を聞き出すしかない。だが聞き出す当の本人は、無茶な飲酒が祟り既にフラフラして眠そうだ。

 彼女は僕に愚痴を聞かせている所を使用人達には見せたくない為だろう、完璧に人払いをしている。呼び出すには、卓上の硝子製の鈴を鳴らす。

 だが今の状況で使用人達を呼べば、そのまま愚痴大会はお開き。情報を聞き出す事が先延ばしになり、致命的な齟齬が発生するだろう。

 モリエスティ侯爵夫人は、モンテローザ嬢に『神の御言葉』を使い何かしらの命令をした。それは彼女が破滅に向かう為の何かだ。

 モリエスティ侯爵夫人は自身の保身の為には妥協などしない。僕は秘密を知っても洗脳されない、数少ない例外だ。まぁ魔法抵抗力が高いから、ギフトが効き難いのもある。

「モリエスティ侯爵夫人、起きて下さい。モンテローザ嬢に何を命令したのですか?」

 テーブルに突っ伏して何やらゴニョゴニョ言っているけど殆ど聞き取れない。僅かに聞き取れる単語は『謀反』『破滅』『共犯者』『はらいせ』だ。

 これって単語を繋いで連想すれば、『はらいせに共犯者を募りエムデン王国に反旗を翻し殲滅されて破滅しろ』だよね?モンテローザ嬢どころじゃないぞ!

 下手をすればアヒム侯爵家や派閥構成貴族まで巻き込んでの壮大な謀反だ。つまりモリエスティ侯爵夫人ははらいせに、逆賊として実家諸共の破滅を仕掛けたのか?突っ伏す彼女の肩を揺する。

「モリエスティ侯爵夫人、起きて下さい。謀反って彼女の実家諸共、消し去るつもりですか?でも謀反ならばそれなりの人数で起こすから、鎮圧に動くのは僕なんですよ!詳細を教えて下さい」

「うーん、大した事じゃないわよ。父親と無能な親族、派閥構成貴族を唆して謀反を起こしなさいって命令したの。エムデン王国に不要な無能で害悪な者達を纏めて処分させるのよ。

ギフトで聞き出した内容だとね、謀反ではないけれど既に権力争いの準備と根回しをしている最中なんだって。貴方の失脚を企んでいたの、国が傾く愚行よね。だから全員滅ぼすの、私達には不要な連中だから……」

 うん、知ってる。王族のロジスト様をけしかけて、ヴェーラ王女絡みで圧力を掛けて来たんだ。使い勝手の難しいギフトだから、予定と違う結果だけどね。

 既に裏を取り、先程対処を味方の女傑達に丸投げしてきたんだ。でも実家や構成貴族達を巻き込んでの、壮大な自爆とか止めて下さい!謀反の対処って、今は僕の管轄だぞ。

 国王不在の今、討伐部隊を率いて鎮圧するとか物凄い迷惑なんですけど!他の貴族を巻き込んで命令を下す手間暇を考えたら、僕が乗り込むのが効率重視なら最善だよな。その後の対処には人手が居るけど……

 だけど相応の反対勢力は居るだろう。これ以上手柄を立てさせたくないとか、反乱鎮圧が延びれば留守居役の僕の責任だとか。正論や耳障りの良い言葉を並べて妨害するだろう。

 謀反なら領地で起こすよな、戦力的な意味でも。アヒム侯爵の領地は、確か王都から馬車で七日間程度の距離。派閥構成貴族の領地も大体近くに纏まっている。そう言う貴族を取り込んだから。

 飛び地は結束や連携に不利だからね。アヒム侯爵と派閥構成貴族が集まれば、ウルム王国攻略に兵力を取られてはいるが二千人から三千人程度は集まる。いや、もっと少ないか?

 治安維持用の守備兵がメインだし戦闘力は二線級、僕と妖狼族だけでも十分だが……ペリーヌ様の占いが気になる。銀髪の女性、ユエ殿の危機。この事に関連しているのだろうか?

 ユエ殿の件は女神ルナが神託で彼女に対策を伝えるから有る意味安心だが、妖狼族メインの神託だから何処かに皺寄せが来るんだよ。それが僕や関係者、味方の誰かに来るならば対処しなくてはならない。

 現状の妖狼族の生活環境は向上しているから、女神ルナも僕や僕の親しい人達には配慮してくれるとは思う。だが女神の行いを只の人間にどうこうする事など不可能、諦めて何とかするしかないか。

「モリエスティ侯爵夫人、もう少しだけ教えて下さい」

「もう飲めないし眠いわ。今日はお開き、解散よ。また今度来なさいな……」

 いやいやいや、呼び鈴鳴らして使用人達を呼ばないで!未だ話し足りない事が沢山有りますよね?ムニャムニャ眠いのよ、またね!じゃないですから。

 寝室に連れて行くメイド達は洗脳済みだから、彼女の耳が見られて素性がバレる心配は無いらしい。身の回りの世話をする連中だから抜かりは無いのか。

 しかし困ったな。明日親書を送って直ぐに日程調整をして訪ねて、詳細を確認した後じゃないとザスキア公爵達に相談出来ない。いま話したら何故知ってるの?って聞かれてしまうが答えられない。

 モリエスティ侯爵夫人のギフトは危険過ぎる秘密だからだ。同じ洗脳系の使い勝手が悪いギフトを持つ、モンテローザ嬢を危険と判断し排除するのに上位スキル所持者のモリエスティ侯爵夫人を放置とかしないだろう。

 だから彼女のギフトは秘密にして、疑われないようにモンテローザ嬢達の反乱を鎮圧する必要が有る。事前に反乱を知ってた事には出来ないから、受け身の出た所勝負になるのか?

 モリエスティ侯爵夫人のギフト『神の御言葉』を仲間に秘密にするのは裏切り行為なのだが打ち明けても聞き入れてくれないだろうし、最悪モリエスティ侯爵夫人が暴走したら……エムデン王国は滅びる。

 そう言う意味では排除したがる連中の気持ちは分かる、理性では理解するが感情が否定する。僕はあのハーフエルフの御姉様の事を嫌いではないのだろうな……

◇◇◇◇◇◇

 ユエ殿に占いの件について相談したいと親書を送ったが、返事が来るのには暫くかかる。返事を寄越すか本人が来るか……多分後者だな。ユエ殿は何かにつけて王都に来たがる、貴女は妖狼族の巫女だから出来る限り里に居て下さい。

 前回は酔い潰れて相談出来なかったが、今回は素面でいるようにお願い(厳命)してある。早く相談しないと、ザスキア公爵達がモンテローザ嬢を追い込む。変に暴発されたら困る、時間的余裕は少ない。

 謀反前提でギフトで命令されているから、最悪王都で政権強奪だぁ!とか行動されたら初期被害は甚大。鎮圧は可能だが、他国からエムデン王国の政治基盤体制に疑問を持たれる。国王が不在になったら直ぐに謀反とか、治世の良し悪しを問われる。

 今回は旧コトプス帝国の謀略で上級貴族が何人も罠に掛かり裏切り行為を仕出かし、没落や取り潰しになっている。極めつけが王都で反乱とか笑えない、全く笑えない。

 前回と同様に顔パスで正門を通過、馬車を玄関に横付けし使用人一同が出迎えてくれる。三日と開けずに訪問したが、特に不審には思われてないのかな?

 因みに今回の訪問は、ザスキア公爵やジゼル嬢達には伝えて有る。前回の訪問時に、モンテローザ嬢の件を伝え切れなかった為の再訪だと苦しい言い訳(事実)をした。

 まさかの、モリエスティ侯爵夫人が酒に酔ってベロベロで話を聞いてくれなかったとか言われてもね。中々信じられないよな、彼女は高名なサロンの女主人。

 そんなデオドラ男爵達みたいに、来客の前で酒をがぶ飲みして轟沈。もう寝たいから客に帰れとか、サロンの趣旨から言っても信じられない馬鹿な戯れ言だよね。

 その当の本人は澄まし顔をしてサロンで待っていた。今回はシャンパンやワインでなく紅茶が用意されている。ばつの悪そうな顔をして出迎えてくれたのは、前回の対応の悪さが原因だろう。

「前は悪かったわね。少し我慢出来なくて、自制出来ずに深酒しちゃったわ」

 舌をだして謝ってくれたが、侯爵夫人がテヘペロ?公爵令嬢のメディア嬢もしたが、上流階級の淑女達の中で流行ってるの?テヘペロが?そんな馬鹿な!

「まぁ内容がアレですから、理解はします。今日は彼女の対応と言うか対処と言うか……お互い連携を取らないと、不味いと思い相談したいのです」

 あら、そう?とか軽く流された。この気楽さも共犯者ならではだろうか。彼女の秘密を知っているのは僕だけで、秘密を抱える者は心の何処かで共有出来る相手を欲している。

 僕にとってはイルメラだが、彼女にとっては旦那じゃなくて僕なんだ。まぁ魔法抵抗力の高さと『疾風の腕輪』のお陰で、『神の御言葉』に耐えられるから。

 侯爵家の権力にも真っ向から逆らえる立場に居るから、闇雲に排除に走らず共犯者としての関係に落ち着いた。僕は人種差別主義者じゃないから、ハーフエルフでも関係無い。

「で?貴方のお仲間さん達と協力して、モンテローザさんを排除するの?でも一応は開戦前にウルム王国に嫁いだ淑女達を救出した立役者よ。簡単には排除出来ないわよ。それこそ国に反逆でもしない限りは、ヤリ過ぎだと周囲が五月蝿いわよね」

「だからエムデン王国に不要な者達を率いての反乱ですか?でもそれじゃ動機は弱いですよ。アヒム侯爵が急いで僕を排除する理由はないし、ましてや仕えし国を裏切るなんて疑う要素が多い。鎮圧したら捕縛せずに討ち取るしかない。変な自供とかは危険でしょう。乱心したで済ますしかないのかな?」

 何処かの馬鹿みたいに、ハニートラップに引っ掛かったり、狙っていた淑女を取られた逆恨みだったり、領地経営に失敗し財政難から馬鹿な事を仕出かしたり。戦場の空気に飲まれて手柄を欲して無理難題を押し付けたり……

 没落したり取り潰しになった連中は、それなりに理由が有ったんだ。アヒム侯爵は勢力争いを仕掛けてきたが、水面下で嫌らしく蠢いていただけだ。僕等は憎くても、エムデン王国を裏切るのは……

 まぁ洗脳効果で実際に謀反を起こすから現行犯だから疑う余地は無い。再発を防ぐ為にも、何故に彼等が裏切ったかの調査はするだろう。侯爵七家筆頭の乱心は疑問が多過ぎるからな。

 つまり討伐隊の先陣として突っ込み確実に首謀者を殺すしかない。僕とクリスなら確実に殺せる、他にも参加者は募るが確実に殺すように持って行く必要が有る。

 最悪の悪党だな。自分達の為に他人を確実に殺す方法を平然と考えている。建て前は用意しているが、保身の為にでしかない。反乱には平民達も巻き込まれるから、何とか被害は最小限にしないと……

 モリエスティ侯爵夫人も勢いでギフトを使い反逆者になれと命令した事を反省しているが、もっと安全確実にすべきだったと反省する方向性が微妙だぞ。

「動機の捏造?普通に権力欲に捕らわれた!で良いんじゃない。アヒム侯爵が侯爵七家筆頭から引きずり落とされると、貴方を危険視していたのは公然の秘密。

嫉妬に狂った馬鹿の行動が摩訶不思議でも誰も疑わないわ。馬鹿な者達は身分不相応な願いを抱いて溺れて沈むの。素敵じゃない?」

「素敵に詩的な表現ですね。動機はそれで良いと割り切りますが、一族からエムデン王国に対して不利益か無能を集めて領地で反乱を起こす。つまりアヒム侯爵の領地で王都に近く規模の大きな街を考えれば……」

 表向きの反乱の理由としては良いだろう。だが裏を知るザスキア公爵達は疑うだろうな。モンテローザ嬢が父親や派閥構成貴族達を洗脳したと思うが、彼女の思惑が分からないから。

 父親であるアヒム侯爵の意向を受けて動いた可能性は高い、なのに父親を洗脳して反乱を起こす?有り得ない、自殺志願者でもなければ勝てない反乱を起こす意味が無い。

 ザスキア公爵ならば必ず原因を調べる。反乱を鎮圧して終わりじゃなくて、その原因を調べて排除する迄は止まらないだろう。つまりモンテローザ嬢の異常な行動の原因を調べる筈だ。

 そしてその秘密を知れば、モンテローザ嬢以上に危険なギフト所持者の存在を知ってしまえば排除に動くか取り込むか?僕は排除の方が濃厚だと思う。下手をすれば味方する僕も洗脳されてると疑うだろうな。

 誰しも未知な恐怖は排除したいと動くから……

「クロイツエンね。領主は腹黒く守銭奴で問題の多い、カルマック伯爵はアヒム侯爵の派閥構成貴族の中でも上位だしね。洗脳の条件である、エムデン王国にとって不要な貴族の代表みたいなものよ」

「クロイツエン、王都に近く商業で栄えている。守銭奴のカルマック伯爵が治める、圧政とは言わないが税率が高い。だがそれ以上に商業人は儲けられる。搾取される側の一般の平民達は厳しい生活を強いられているか……」

 ライラック商会からの情報では良くない商売人が多いらしいな。利益重視で鎬(しのぎ)を削る悪徳の街、一獲千金を求めて商売人が集まるが巨万の富を得るか全てを失うかの二択。

 ライラックさんは極力関わりを持たないようにしていて、あの領地に関わりの有る商人が接触してきたら警戒するようにと教えてくれた。エムデン王国の闇の部分を占める悪徳の街か……

 アヒム侯爵の財源の元なのだが直接統治は危険なので足切り出来るように、カルマック伯爵に治めさせているらしい。何か有れば彼に全ての責任を押し付けて処分する。

 だがカルマック伯爵も只切り捨てられる程は甘くない。資金を持つ者は選択肢が多い、何か有っても複数の逃走ルートは持っているだろうな。それこそ他国の貴族とも婚姻関係を結んでいる。

「アヒム侯爵謀反の件は発覚する迄は動けない。下手に動けば、ザスキア公爵達に疑われる。それは、モリエスティ侯爵夫人もですよ。追い込む相手の予想外の動き、唆した者が居ると予測される。貴女のギフトは絶対に秘密だから、疑われる行動は控えて下さいね」

 モリエスティ侯爵夫人に、モンテローザ嬢が危険な事を教えた。彼女との接触は極力断つと約束させた事で満足にしよう。元凶です、とかは言えない。

 言える訳がない。その事は僕の胸の中だけに秘めておけば良いのだが、ジゼル嬢とリゼルにはバレないように頑張る。それが一番の難問だが、後ろ暗い謀略だから秘密にしても問題無いだろう。

 僕も真っ黒だな。ドロドロの謀略戦の真ん中にドップリ浸かった屑とか今更思っても意味は無い。目的は自分と大切な人との幸せだけで、他は優先度が低い。

 今回はモリエスティ侯爵夫人の秘密を守る。それだけで良いんだ、他に気を取られる位な簡単な事だよ。

「忌々しい女狐め!急に若返るなんて、ネクタルを入手したのよ。しかも複数本、継続的に入手出来る伝手が出来たのよ」

 テーブルをバンバン叩いて力説しているのは、やはり若返りの秘密だな。侯爵夫人ならば、ネクタルのオークションにも参加した筈だ。つまり彼女も若返りを望んでいる。

 長寿種のエルフ族とのハーフでも寿命に関しては引き継ぐ事は出来なかったみたいだな。エルフとのハーフは人間の三倍程度の寿命が有るとか、そんな噂話も聞いたんだけどね。

 ネタをバラして、ザスキア公爵との歩み寄りを提案するか。モリエスティ侯爵夫人に僕の所持するネクタルを渡す事は、対価次第では構わない。

「それ僕です。魔法迷宮バンクの最下層から低確率でドロップするんです。頑張れば一日で複数個は入手可能なんです」

 はぁ?って感じで口を開けたまま固まった、淑女がして良い表情じゃないぞ。やはりネクタルが欲しいみたいだから、それをネタにザスキア公爵と関係修復は可能だろう。

 物で釣るのはアレだが、今迄の敵対関係の改善には十分に妥協出来る品物だろう。自分だけ老いて取り残される不安、その解消の為なら手を組むのも受け入れるだろう。

 モリエスティ侯爵夫人を味方に引き込み、ザスキア公爵達と連携して貰えば盤石の体制になる。先ずは焦らずに、説得しよう。紅茶を一口飲んで口を湿らせる、気分は詐欺師だろうか?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。