古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第769話

 ジュラル城塞都市を攻略する布石として、バーナム伯爵率いる遊撃隊にウルム王国の増援部隊の迎撃と殲滅を指示した。ジウ大将軍率いる補給部隊を含めて三千人規模の大部隊だ。

 遊撃隊は三百人前後、数の上での戦力差は十倍。野戦という障害物の無い開けた大地での戦いでは圧倒的に不利、だが狂化された野獣が二匹居る。雑兵など数が多くても問題は無い。

 ジウ大将軍の副官には、バーサーカーとして悪名名高いモーデス卿が居るし配下の兵士も歴戦の強者が多い。聖堂騎士団が壊滅した今、彼等がウルム王国最強の軍団だろう。

 だが結果は野獣が二人だけで、ジウ大将軍の率いる軍団に突撃。兵達を蹂躙した後、ジウ大将軍と副官モーデス卿に各々が一騎打ちを挑み討ち取った。

 その一騎打ちは伝説に残る戦いだったそうだ。周囲を敵兵に囲まれた状態、味方は居ない。天候が急に荒れ狂い強風に大雨、雷鳴まで轟いたそうだ。

 周囲に雷が落ちる中、渾身の一撃で宿敵ジウ大将軍を倒した。周囲の敵兵は敗残兵となり、一斉に戦意を喪失し降伏。僅か二人で三千人の軍団に勝ちやがった!

「ふざけるな!何故、俺の活躍の場が全く無いんだ?おかしいだろう?俺は主力を率いる聖騎士団の団長だぞ。本来なら一番の激戦区を戦い抜く立場の男なのに、ただジュラル城塞都市を包囲しているだけなのか?」

 バーナム伯爵にデオドラ男爵め!遊撃隊など自由度の高い部隊を率いて好き勝手に戦い手柄を立て続けにあげやがって、羨ましい妬ましい。

 少数部隊だから自由度が段違い、俺の部隊運用の苦労を少しは労れよな。数が多いのは管理が大変なんだぞ、普通に凄い苦労をするんだぞ。

 ギリギリと力一杯握り締めれば、ガントレットが悲鳴を上げている。落ち着け、冷静になれ我慢しろ。防具に当たってどうする?俺には俺の立場が有る、自分勝手な行動は駄目だ。

「遊撃隊の戦果を認めた書簡を大量に、ジュラル城塞都市の内部に放り込みました。無用な戦火を避ける為にですが、何ともモヤモヤします」

 副団長の一人、バーレイ男爵の言葉に頷く。戦意を喪失した籠城部隊の攻略など、それ程難しくはない。手順を間違えねば、敵味方共に被害は最小限に抑えられるだろう。

 勿論だが、敵側からの無条件降伏による無血開城だ。平民達の被害も殆ど無く、アウレール王の意向にも添える最優の結果だろう。だが武人としては、大いに思う所が有る。

 簡単に言えば戦って戦果をあげられない不満、手柄をたてられない不満。我等は小規模な戦いしか行っていない、逃亡兵達との遭遇戦位だ。ストレスも溜まる一方、何処かで発散しないと不味い。

 あと貴様の鎧兜だが、リーンハルトの特注品だな?雷光も腰に吊しているし、見た目こそ聖騎士団の正式鎧兜だが中身は別物だな。他の連中から羨ましがられて、恨まれているから気を付けろよ。

「嗚呼、お前の出来過ぎる息子の所為でだな。バーナム伯爵達の異様な強化が、軍団に個人で挑む蛮勇を可能にしてしまった。今回の聖戦は、従来の戦争の仕組みを根底からブチ壊した。個人が戦場を支配し動かす事になってる」

 驚くべき事だが、バーリンゲン王国の平定で幾つもの城塞都市を単独ないし少数で攻略した事。平地での三千人からの軍団を単独で撃破した事、二千人が籠もる砦を単独で攻略した事。

 全てが考えられない非常識な戦果であり、リーンハルトのみが達成した偉業だったのだが……ザスキア公爵の思惑により、バーナム伯爵やデオドラ男爵も達成しやがった。

 正直、武人として羨ましい妬ましい。同じ派閥で残るは俺だけだが、攻略軍の軍団長であり騎士団の団長の立場が有り単騎突撃など不可能だ。いや、本当に不可能か?抜け道が無いか?

「武人の本懐、此処に極まれり!でしょう。自分も憧れます、敵陣に単騎で突撃し討ち破る。言うは簡単ですが、実行するのは現実では不可能と最近迄は言われてました。我が子ながら、リーンハルトの事を誇りに思います。ですが無用な戦乱は控えねば駄目だと具申します」

 滅茶苦茶嬉しそうだな。我が子の栄達極まれり、軍事部門の実質的な要に位置するのだ。魔術師だが、武門の誉れだと言っても誰も文句が言えない。一軍、いや一国にも単騎で挑めるのだからな。

 文句を言うなら同じ事をしてみろ!だが、そんな事は無理だ。俺達三人が協力すれば近い事は出来る。だが補給や拠点の構築とか無理、それこそ千人単位の補助部隊が必須だ。俺達だって飯を食わねば戦えぬし、大荷物など運べない。

 空間創造のレアギフト、土属性魔術師の汎用性、本人の才能と資質と努力。どれか一つ欠けても不可能、奇跡的な組合せが可能にした異端児(戦争の申し子)め。奴が味方で本当に良かった、敵だったらどうなるか……

「そんな馬鹿な事はしないぞ。いくら俺でも、団長としての立場は弁えている。我等聖騎士団は連携し敵を屠る、抜け駆けなどしないしさせない。我慢出来る筈だ……」

 聖騎士団は重装備を以て敵軍に突撃する。連携を重んじ、集団戦闘を得意とし又磨いて来た。一人抜け駆けで突出など出来ない。直ぐに敵に囲まれて倒されるだろう。

 今回は騎馬は後方に下げて歩兵としての行動、攻城戦に騎馬は無用の長物。重装歩兵が正しい運用だろう。だが今回は敵の戦意もガタ落ちだし、あっさり降伏するかもな。

 ウルム王国の王都防衛ラインの要の城塞都市を見上げる。もう直ぐ日が暮れるからだろう、遠目でも篝火を準備している所が見える。戦意は落ちても、未だ耐えられそうだな。

 もう暫く様子を見るか、北側の一部は包囲網を緩くしている。今夜も逃げ出す奴等が居るだろうから、城塞都市から見えない所で捕縛し内部の情報を抜き出す。

 割と良い地位の文官とかが態と包囲網を敷いていない部分から、全財産を持ち出して逃げ出すんだよな。多分だが精神的に耐えられない、だから内緒で自分だけ逃げ出すのだろう。

我等はそんなに甘くは無いぞ……嗚呼、でも俺も単騎突撃したい。したくて堪らない、我慢出来ないしたくない。だが立場が許さない、理由さえ有れば可能性は有る。

◇◇◇◇◇◇

 ジュラル城塞都市を包囲して半月、下級から中級まで六十人以上の貴族とその家族達を捕らえた。城塞都市の内部は、降伏派と徹底抗戦派に分かれているが六対四で降伏派が有利らしい。

 降伏派は主に文官連中が、徹底抗戦派は武官連中が中心となっている。領民達は殆ど降伏派らしい、既に我等を受け入れる準備も始めて揉めているらしい。今は小競り合いだが、直ぐに武力鎮圧になるな。

 徹底抗戦派も増援部隊が壊滅した事を知って自棄になっているらしく、巻き込まれて自滅したくない文官連中が更に逃げ出す悪循環。文官が少ないから、既に通常の政務にも支障が出ている。

 つまり食料等の物資の管理が疎かになり、配給が滞っている。領民達も殺気立っていて、何時爆発するか解らない一触即発の状況だ。不味い、武官連中が領民に剣を向けるのも時間の問題だぞ。

「ライル団長、これ以上時間を掛けるのは状況的に危険ではないでしょうか?」

 臨時の司令室代わりの天幕に、副団長達が駆け込んで来た。ノックも無しに扉を開けるな、驚くだろうが!俺は不慣れな書類仕事で苛ついているのだが?思ったよりも食料の消費が多い。つまりお前達が食べ過ぎなんだぞ。

 見積もりを誤ったか?殆ど人的被害が無いし、敵と睨み合うストレスの緩和は食事という楽しみだけだからな。体力勝負の兵士の食事を減らすのは愚策、士気の低下を招くんだよ。

 食料の追加申請には理由と当初見積もりとの比較、正当な理由を付けねば軍事物資の横領疑惑が掛かるんだ。バーナム伯爵達は申請し支給された金で賄うが、聖騎士団は計画された予算から引き出すんだ。

 怒鳴りつけたいのをグッと我慢する。間違ってもノック無く入った事に驚いて、書き掛けの書類を書き損じた訳じゃない。俺はそんなに度量が低くは無い、無いったら無い。

「昨日も内部から黒煙が幾つか立ち上るのを確認しています。つまり暴動か、それに類する行動が有り焼き討ちに合った可能性が高いでしょう」

「ジュラル城塞都市に籠もる連中は、我等敵よりも自国民に刃を向け始めている。これは聖戦、これ以上平民達への被害は抑えるべきです」

 そうだ、煮炊きの煙じゃない建物が燃える黒煙。つまり火災だな。城壁の付近だから平民達の住居区画、暴動し兵士達に鎮圧されたか?物資を求めて焼き討ちしたか?

 勝てない籠城のストレスも限界を突破し、短絡的な行動を取り始めたのだろう。これは早めに攻略しなければ、占領政策にも支障を来す。ジュラル城塞都市は、王都攻略の最前線基地だ。

 被害は最小限に、平民達は味方に引き入れる。我が主力部隊が安全に休める拠点となり、攻略物資の集積場所の予定なのだ。野営も続けば士気が下がり体力の回復も効果が落ちる。

「つまり領民達に被害が出始めている、危険な状況です。多少の犠牲には目を瞑り力ずくで攻略する必要が有ります」

 バーレイ男爵の言葉を聞いてニヤリと笑ってしまった。理由が有れば仕方無い、俺が直々に動く条件が整ってしまった訳だ。握っていたペンが砕けた、力を入れ過ぎてしまった。

 それは単騎突撃の理由が出来て嬉しいのではなく、平民達に非道な事をするウルム王国の軍属に対しての激しい怒りだ!アウレール王の命令を守る為にも、平民達への被害は最小限に抑える必要が有る。

 そう、これは王命。臣下として命を懸けても守らねばならぬ絶対的な命令なのだ。そこに私情を挟む余地など無い。俺は聖騎士団の団長として、平民達を害する奴等に怒りの拳を叩き付けなければならない。

「そうか?そうだな。確かに、これ以上時間を掛けるのは愚策、時が過ぎれば状況は悪化するだけだ。良し、作戦を練るぞ。部隊長達を集めて作戦会議だ!」

 そう、必要に迫られての強攻策だ。仕方無いが、この俺が先頭となり城門を粉砕。騎士団が中心となり城塞都市内部に侵攻するしかないな。

 うん、残念ながら事態が逼迫し打破するには軍団長自らが、態度で示さなければならない。つまり自身を危険に曝す覚悟を示す為に……俺は城門をブチ壊し内部に突入する。

 後は隊列を組ませた聖騎士団員達を投入、橋頭堡を確保し残りの兵力を投入。平民達は義息子のお陰で、我等を解放軍として受け入れてくれるだろう。

 つまり城門をブッ壊し、籠城する兵士達をブッ殺し、指揮官か司令官をブッた斬る。これが最も単純で分かり易い作戦だな、うん。

◇◇◇◇◇◇

 作戦会議は順調に終わった。殆どが脳筋部隊だから同じ様に戦えないストレスを溜めていたんだ。反対と言うか消極的だったのが、配属されていた宮廷魔術師の二人。

 火属性魔術師のアンドレアル殿と風属性魔術師のリッパー殿だ。中遠距離攻撃魔法が主体の彼等に、城塞都市に突撃する作戦は受け入れ難いのだろう。一般的な魔術師は接近されれば負ける。

 だが宮廷魔術師のプライドが、突撃作戦に全面的反対は出来なかったのだろうな。宮廷魔術師第二席リーンハルトは接近戦を厭わない、いや積極的に単騎突撃する異常者だ。奴が出来て同じ宮廷魔術師の自分は無理とか言えないわな……

 故に作戦は単純、先ずは俺が城門に単騎で突撃する。それを後から突撃する聖騎士団本隊に守られた二人が、俺を迎撃する為に城塞上部から顔を出す弓兵や魔術師達を魔法で攻撃する。

 城門をブッ壊したら聖騎士団本隊が突撃、アンドレアル殿とリッパー殿、他の魔術師達は後方に避難する。どの道乱戦になれば攻撃魔法など誤爆の危険が高いから使えない。

 フレンドリーファイアなど御免だぞ。配下の宮廷魔術師団員達も同じ、固定砲台としてしか運用は難しい。だが破壊力が有るので、要所では必要になる。アンドレアル殿のサンアローで城門を破壊するのが、本来の運用だろうな。

 だが頼まぬ、譲らぬ、任せられぬ。俺が一番槍を務める、そう最初だけだが城塞都市攻略に単独で挑むんだ!後は領民達に俺達は解放軍だと宣言、彼等の協力を得て反抗する者達を倒す。

 穴だらけの拙い作戦だが、成功率はそれなりに高いだろう。これ以上時間を無駄にすれば、暴走した兵士達による住民達の虐殺を見逃す事になる。建て前としては十分だろう。

「嗚呼、この高揚感。心が躍るとは、この事なのだろう。俺が城門を破壊し、宮廷魔術師殿達が弓兵と魔術師を黙らす迄は待機だぞ。俺は単騎突入し、平民達に解放に来たと伝える。

情報によれば平民達の殆どが我等解放軍を受け入れてくれる。都市攻略戦で住民達の協力は必須、これで敵対する兵士達が浮き足立って倒し易くなる。成る程、リーンハルトも使った戦法だが有効だな」

「ライル団長?もしかしなくても、バーナム伯爵達に対抗心を燃やしてないですか?無謀と迄は言いませんが、最良の策でも有りませんよ」

「そんな事は無いぞ。時間が限られた中では最良に近い、それにマジックアイテムで基礎能力は底上げされている。マジックウェポンも有る、負けない根拠にはなるだろう」

 ジュラル城塞都市に籠もる連中の動きが慌ただしくなってきたな。整然と隊列を組んだ俺達を見て、今から攻めて来ると理解したのだろう。

 それで良い、出来るだけ多くの戦力をこちら側に集める為に時間を掛けているんだ。整列して一時間か、そろそろ頃合いだな。迎撃の準備も万全だろう。

 さて、気合いを入れるぞ。両手で左右の頬を思いっ切り叩く、痛いが気合いが入ったぜ。今日俺も伝説の仲間入りを果たす。バーナム伯爵の派閥上位者は、人外の化け物だってな!

「行くぜ。武人として心躍るシチュエーション、多対一の馬鹿げた戦いだがな。俺は真面目に勝つつもりだぜ」

 




本日で連続投稿は終了です。次回は1/9(木)から通常投稿に戻ります。

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