古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第770話

 前方300m先に整然と並び始めた、エムデン王国の聖騎士団を矢倉から見下ろす。城門正面に陣形を組んだならば、配置が完了すれば馬鹿正直(正々堂々)に正面から突撃して来るのだろう。

 籠城しているが、万が一にも勝つ事は無い。ジウ大将軍が討たれ期待していた援軍が壊滅したならば、このジュラル城塞都市は陥落する。物資に余裕は有るが陥落は、早いか遅いかの違いだけだな。

 既に住民達は敵国である奴等を受け入れると狂った事を言い出し、各所で警備兵達と小競り合いをしている。今は何とか鎮圧しているが、そう長くは保たない。

 奴等が攻めて来る迄の猶予は、もう殆ど無いかもな。

「聖戦か、我等は手を組む相手を間違えた。バーリンゲン王国め、国家間の盟約も護らず保身に走りおって!本当に屑国家だな、状況が許されるならば俺が攻め滅ぼしたい」

「ザンビア将軍、気持ちは分かりますが今は目の前の敵を倒す算段を考えるべきです」

「ふん!貴様も奴等に勝てるなど、毛ほども思っておるまい。我等は負ける、その負け方の問題だ」

 副官のベーブルの嫌味満載な言葉に反発する。勝つ算段?そんな物は無い、俺達でも投降すれば殺されはしないが敗戦国の将軍の末路など決まっている。

 既に本来の守備兵達の半数以上は裏切った。静観してくれるだけ、ウルム王国への忠誠心が残っている程度の事だ。増援として連れて来た二千人の兵士だけしか信用出来ない。

 冒険者ギルドに魔術師ギルド、盗賊ギルドにモア教関係者も軒並み静観だな。潜在的には既にエムデン王国側に乗り換えている。負け戦に手を貸す義理も無いのだろう。

「ザンビア将軍が弱気では困ります。一戦交えて簡単には降伏しないと思わせ、財貨を掻き集めて逃げますか?逃げ場など有りませんけどね」

「まぁそうだな。王都に家族を残している、無様な態度は家族を危険に晒す。悪いが俺は死ぬ気満々だ。問題は誰を巻き込むかだな」

 ニヤリと笑ってやれば、掌を額に当てて上を向きやがった。ヤレヤレじゃねぇ、バンチェッタ王なら無抵抗で降参すれば残して来た家族は全員処刑だぞ。あの臆病者め、報復だけは執念深いからな。

 俺達はな、エムデン王国を極端に刺激せずにウルム王国に義理を果たす程度の戦果をあげる必要が有るんだ。下手に奴等にも住民共にも被害を与えては駄目なんだ。

 モア教が認めた聖戦、我等は神敵に認定されている。覆す事は難しいが、家族に迄は累が及ばないようにする。出来れば王都が攻略される迄、籠城出来れば良いのだが……此処は王都防衛の最終拠点、奴等も放置などしない。

「私の家族は財産の二割を隠し八割を寄付する形で、モア教の教会に保護を求めさせました。私が死んでも家族は生き残るし、ほとぼりが冷めたら隠した財産で幸せに暮らす事でしょう」

「聖戦だからな。モア教の庇護下に居れば安全、俺もそうするように頼んであるが……妻と娘は良いが、息子は納得してないのが悩みの種だ。敵討ちなど望んでないが、貴族として武門としてモア教に助けを求めるのは逃げだと思っているのだろうな」

 貴族が責務を放棄し宗教に助けを求める。血気盛んな十五歳の息子には我慢ならないだろう。将軍の息子と言う面子も有る、妻や娘をモア教の教会に託したら王都防衛部隊に志願するだろう。

 我が家も当主と跡取り息子を亡くせば終わり、敗戦国の貴族など危険だから平民になった方が安全だ。妻に任せれば娘は大丈夫だろう。隠し財産も有る、戦争に負けても酷い扱いはされない。

 聖戦だから、それだけが救いだ。ベーブルも同じ考えだったか。バーリンゲン王国との婚姻外交は最初から反対だったのに、旧コトプス帝国の残党共が余計な事を国王に吹き込みやがって!

「実はですね。ザンビア将軍に内緒で行った、嫌がらせ作戦が有ります」

「ほぅ?軍師として秘策が有った訳か?別に事前報告が無くても怒らないぞ。被害の少ない嫌がらせか、大変結構な事だな。下手に大量に殺せば、その八つ当たりが他の連中に行くが嫌がらせなら俺達に向かうだろうよ」

 ニタリと粘着質な笑いは止めろ。こんな男が一回りも年下の美人を娶ったのだから驚いたものだ。社交界の華と讃えられた人形めいた美貌を持つ、ムーラム嬢か。俺も恋文は送ったが、素気なく振られたんだ。

 コイツは抱けば折れそうな華奢な彼女に四人も子供を生ませた鬼畜、皆女の子で母親似の美少女・美幼女だ。確かにモア教に保護を求めたのは正解、勝利者の権限とかで強引にモノにする奴も居るだろう。

 ウチの妻と娘だって贔屓目を抜いても美人と美少女だ!息子は俺似で少年としては厳ついが、武門の子だから良かったのだ。だが無理だけはするな、一時の恥を忍んでも家族を守るのも大切な事なんだぞ。

「先ず備蓄された食料の殆どを住民達に配りました。配給制で不満が溜まってましたから、我等に対する悪感情は多少は緩和したでしょう」

「まぁ残しても戦いに負ければ接収されて全て奪われる。だが解放軍を名乗る奴等は、住民達から食料を供出させる事は出来ない。まぁ住民達の感情を考えれば、配られた半数以上は供出するだろう」

 聖戦として解放軍を迎える準備をするとか公言してるんだ。大量の食料を配っても余剰品は供出するだろうし、閉鎖が解ければ外からの流通も再開するから不足する心配は少ない。

 エムデン王国側から大量の物資が運び込まれるだろう。奴等はバーリンゲン王国から搾取しているから財政は豊かだし、占領政策として民の心を掴むのには必要だ。

 だが倉庫に備蓄していても手間無く全てを奪われるならば、後から回収する手間分だけ時間が掛かる。人気取りとは言えヤルだけマシで、俺達にデメリットなど無い。民衆に配慮したと記録には残るし、確かに嫌がらせの範疇だな。

「それと金貨ですが、百枚一袋として皮袋に詰めて城内に五十、都市の内部に四百五十ほど隠しました。暫くは宝探しで一攫千金を求める連中で、お祭り騒ぎとなるでしょう。残りは敵が城内に侵入した時に、上から派手にバラ撒きます」

「ははは、それは凄い嫌がらせだな。食料と違い金貨を手放す事は躊躇する連中は必ず居る。住民達と解放軍とで争う様に宝探しに没頭するな、流石は鬼畜の天才軍師だ」

「城内はメイド達の控え室、馬小屋に女子トイレ。ゴミ置き場に地下牢と、普段行き難い所に重点的に隠しました。都市の内部は廃屋の竈の中、井戸の底に排水溝の中。公園の噴水、街路樹の枝の上。

公共施設全般、兎に角誰でも立ち入れて探せる場所に隠しましたから。我等が負けて解放軍が城内に入った後で、噂話として広めます。争奪戦は熾烈を極めるでしょう。書庫の資料は焼却処分します。地図や納税記録、戸籍とか調べるに手間が掛かる物は全て燃やしてしまいましょう」

 嗚呼、コイツは死ぬ事を怖れてはいないが八つ当たりの嫌がらせは念入りに計画しやがったな。聖戦として戦いに勝って解放軍として城内に入ったらば、先ずは住民達の慰撫をするだろう。

 だが配るべき食料も金貨も無い。自分達の備蓄から捻出するしかないが、有ると思った物が無い事はショックだろう。財務担当は頭を掻き毟りたい絶望だが、何とか手持ちから捻出するしかない。まぁ絵画や美術品は残す、アレ等は壊したり燃したりすると別の問題が発生するからな。

 そして隠し財宝の噂話が広まれば、解放軍の兵士も住民達もこぞって宝探しを始める。分かり易い場所に隠しているから衝突は必至、金貨に惑わされた下級兵士共の行動は……強奪だ。

 城内だと解放軍の中での争いになる。聖騎士団の副団長クラスなら精々が子爵以下、騎士として働いているなら領地など無いだろう。金貨百枚は喉から手が出る程に欲しいだろうな。

 これは不和を煽る毒の悪金貨だ。略奪を禁止されて実入りが悪く不満を抱えた状態で、宝探しと言う建て前をぶら下げられたら欲望に狂うだろう。平民なら尚更だ、金貨百枚は人生を変える大金、それが幾つも隠されている。

 しかも占領政策に必要な資料は全て焼却処分だ。負け確定、死ぬのも確定の我等だから思い切って判断出来る事だ。普通は敵を追い返したら、統治に必要な資料だから無くせないよな。

「ふふふ、ふははははぁ!俺達が死んだ後の事で直接は見れないが、楽しい楽しい祭りには違いないな。燃え上がれ不満よ、炎上しろ!」

「多分ですが、この戦争で奴等に一番被害を与えたのは我等でしょう。思い残す事は多々有れど、後悔はしないであの世に旅立てます」

 お互い笑い合い拳を合わせる。エムデン王国側の準備は整ったみたいだが、一人だけ先頭に居る。いや、ゆっくりと此方に歩き始めたぞ。

 嗚呼、もしかしなくても戦鬼や悪鬼と同じように単独で攻め入るつもりか。ウルム王国軍も舐められたモノだな。リーンハルト卿やバーナム伯爵、デオドラ男爵もやりやがったし……

「聖騎士団のライル団長は、バーナム伯爵の派閥構成貴族。奴等、全員が単騎で敵に挑むのか。この聖戦と言う名の侵略戦争は、今迄の戦争の常識を根本からブチ壊しやがったな」

「精々持て成してあげましょう。我等は決死隊、全軍から命を惜しむ奴等は外して結成した五百十八人。命の捨て場は、この一戦に有り。ザンビア将軍に最後まで従いますよ」

「そうか、悪いな。最後の最後で負け戦か……良し、残りの奴等は遠距離攻撃に徹しろ。俺達決死隊は、奴が近付いたら城門を開けて斬り込むぞ」

 お前達と共に逝くならば、悪くない人生だな。心残りは孫の顔を見れない、いや愛娘の花嫁姿が見れない、いや愛娘を奪う男の顔が見れない殴れない……ああ、困ったな。心残りが有り捲りだぞ。

◇◇◇◇◇◇

 む、お出迎えの準備は万端みたいだな。矢倉や城塞上部に多数の魔術師と弓兵が見えるし、投石器も有るみたいだぞ。未だ100mは離れているが、敵兵からの覇気を感じる。

 ヤケクソでも自暴自棄でもない。統率された兵士の圧力を感じる、敵の司令官は中々の人物らしい。負け確定で、此処まで兵士の戦意を維持出来たのか。

 数千人の視線が俺だけに突き刺さる。気持ちの良い殺気、心が高揚する。これだ、これを求めていたんだ。戦場の慣れ親しんだ殺伐とした空気、忘れちゃいないぜ。

「ほぅ?最初は投石器による質量攻撃か。悪くない命中精度だな、初撃から命中する軌道を描いているが……ふんっ!」

 弧を描いて50㎝程の石が飛んでくる。だがリーンハルトは1m程の巨岩を正確無比に連続で投げつけてくるんだ。それに比べれば温いぞ。片手を振って弾き飛ばす。

 歩みを止めなければ移動する相手に、投石器の微妙な照準調整は不可能だ。予め攻撃ポイントを決めていたから、初撃は当たる軌道を描いた。移動すれば当たらない。

 敵も承知だったのだろう。次弾は木の樽が飛んで来た、つまり中身は油で火炙りにするつもりだな。定石だが周囲に油を撒き散らさなければ火炙りは成立しない、つまり迎撃だ。

「斬撃!」

 ロンクソードを数回振り衝撃波を飛ばす。樽に当たると爆散し中身の油をブチ撒けるって……

「おぃ!真っ赤な粉とか毒々しい液体とかって、アレか?毒を撒き散らしたのか?手段を選ぶ余裕は無いってか?ならば走るか。サッサと城門を壊して侵入してやるぞ!」

 距離を詰めれば第三撃が飛んで来る。これも予測通りか?有る程度近くに落ちる軌道だが、今度は何だ?既に煙が出ているが?斬撃で衝撃波を飛ばして……煙幕か?

 空中で爆散し白や黒、灰色の煙を撒き散らす。小麦粉に後は何だ?視界を塞げば困るのは、お前達だろう?俺は移動出来るんだぞ。

 目の前に煌びやかな何が多数飛んで来る、ファイアボールか?予測進路に飽和攻撃とはやってくれるなっ!ロンクソードを振り抜き風圧でファイアボールの軌道を逸らす。

「コイツ等、多対一の攻撃方法を考えてやがる。リーンハルトやバーナム伯爵達の戦いを知って対処方法を考えていたのか。ふふふ、ヤルじゃねぇか。ならば突撃だっ!」

 一気に加速し弾幕地帯から抜け出す。煙幕で視界を塞いだのは攻撃する奴等を視認させない為、ならば接近して潰すだけだ。マジックアイテムにより底上げされた身体は、信じられないスピードで走れる。

 全身鎧兜を着込んでも100m五秒位か?もう城門が見えた、アレを粉砕して乱戦に持ち込めば同士討ちを怖れて遠距離攻撃は止む。味方諸共は戦場での禁忌だからな。

 斬撃波疾走を打ち込む為にロンクソードを上段に構える。一撃で粉砕する為に立ち止まり力を込めて、振り下ろそうとした時に城門が開きやがった。

「討って出るか。いやはや予想と全く違うが、良い意味での裏切りだな。ウルム王国にも骨のある強者が居たとは嬉しくなってきたぜ」

 重装備の一団がゆっくりと歩いて来る。魔術師と弓兵からの攻撃も止んだ、最後の決戦の邪魔はしないってか?深呼吸をして息を整える。

 改めて近付く一団を見れば、先頭に居るのはザンビア将軍だな。そして五百人前後の兵士達、決死隊か。良いじゃねぇか!

 好きだぜ。そう言う馬鹿は大好きだぜ。お互いの距離が15mを切った、これから口上を述べて決戦だな。舌で唇を舐める、らしくなく緊張しているのか乾いていた。

 


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