古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第776話

 アヒム侯爵とモンテローザ嬢の対応で慌ただしく事態は動いたが、出来る手配は全て終えた。アウレール王にも親書を送り指示を仰いだ。今は焦らず待てば良い。独断専行は現状では悪手、今は準備を怠らなければ良い。

 アヒム侯爵は王都の屋敷には既に居なかったので、クロイツエンの街に使者を立てて王都に呼び出したが素直には来ないだろう。周辺の領主達にも現状と緊急時の対策も指示したので、急に攻め込まれても対処出来る筈だ。

 問題は当主と主要な親族が参戦して不在の為に留守居役の者達が、何処まで此方の指示に従えるかが問題だ。相当数の戦力を引き抜いたから、通常の治安維持ギリギリとかが多い。

 流石と言うか、ザスキア公爵にニーレンス公爵、ローラン公爵達は予備兵力の二割以上を残しているので問題は無い。その他の連中に不安が有り、陽動で数少ない兵力を分散されたら危険なんだ。

 僕の領地は兵力が全く減ってないので、直ぐに派兵出来る準備はさせている。まぁ自分の私兵を他の貴族の領地に派兵するリスクも馬鹿に出来ないから、基本的には自分達で何とかして欲しい。

 反乱軍を倒す為になら、僕の私兵をクロイツエンの街に送り込む事は問題無く他の貴族の領地内の移動も可能だろう。一番楽なのは、僕の単独侵攻なのだが……

 英雄は自国の民や兵士に剣を向けてはならないそうだ。

◇◇◇◇◇◇

 王宮に出仕しているが休日も貰えるし最近は定時で上がれる。戦時下故に派手、いや華美な催しや行動は自粛ムードだが僕の日常生活は地味な方だから問題は無い。

 そんなモア教の信徒として誇れる生活を送っているのに、厄介事は構わずにやってくるんだな。自分の屋敷の執務室に親書を持って訪ねて来たのは、ゼロリックスの森のエルフだった。

 彼女はエムデン王国の王都に有る『エルフの里』の、ディース殿だった。彼女には、バイカルリーズ殿に絡まれた時に仲裁して貰った事が有り、一応の恩義を感じている。

 ドワーフとの確執を教えてくれた、比較的人族にも柔らかい対応をしてくれたんだ。当時の僕は未だレベル30前後の、人間の魔術師としても中堅程度の実力の頃だった。

 執務室に招いて親書を受け取った時の、彼女の驚き方は相当なものだった。断りなく探査魔法を掛けるのは仕方無いとしても、二度見する程驚く事なのか?

 何度か確認して何かを思い立ったのか、ニヤリと笑って何度も頷いた。因みにだが、ジゼル嬢が隠れてギフトを使おうとしたので止めた。エルフ族には絶対バレるから。

 彼等のプライドを考えたら人族に心を読まれそうになったとか激怒ものだろう。だが防ぐ事は力量を示す意味でギリギリセーフだ。僕も最初は受け入れたが、読み終わった頃にレジストした。これはこれで驚かれたが、敵意の無い証だよ。

「これは驚いたな、二度驚いたな。こんなに驚いたのは百五十年振り位だぞ。あの時の少年魔術師が、こうも変貌するとは……レティシアやファティの言っていた事が漸く理解出来たな」

 腕を組みウンウン頷いているが、ディース殿は300歳の未婚の乙女であり、レティシアやファティ殿と同世代らしい。バイカルリーズ殿は200歳で、エルフ族の中では比較的若い世代だ。

 人間からすれば、若い世代と言っても遥かに年上だけどね。種族の寿命や能力の差は如実だ、エルフ族は長寿で魔法特化種族。人間では勝てない遥かなる壁が存在するが、全体的に数が少なく繁殖力も凄く低い。

 緩やかに絶滅に向かう種族だが、現状では大陸最強の種族でもある。彼等が滅ぶのには未だ何百年単位の時間が必要だろう……自らの特性により、緩やかに滅びに向かう最強種族だな。

「人間はエルフの方々に比べれば短命ですから、生き急ぐ生き物なのです」

「生き急ぐ?いや、そう言うレベルの変貌ではないのだが……ふむ、レティシアが入れ込むのも理解した。まぁ親書を読まれよ、返事は今頂きたい。しかし、レティシアもそうだが、ファティ迄がな」

 不穏な台詞をわざと聞かせるように呟いている。返事を今欲しいとは、口頭でも大丈夫な内容なのだろう。後は時間的余裕が無い?永遠に近い寿命を持つ連中が?まさかな。

 親書は蝋封でなく、魔力による封印だ。魔力を輝く紋章に軽く流せば、封印が解ける。僕の魔力だけに反応するようにした特別製、つまりレティシアが封印を施したのか。

 中の便箋は一枚、繊細で綺麗な筆跡しかもエルフ語で書かれている。レティシアめ、僕がエルフ語を理解しているのを分かって書いたな。他の連中に見られても解らないように、だから返事は口頭なのか……

「えっと、バイカルリーズ殿が僕を貶すのが我慢ならないからブッ飛ばせ!そう書かれているのですが?これ果たし状じゃないですよね?」

「バイカルリーズの奴は、お前を貶す事で、レティシアに警告しているのだ。自分達より遥かに劣る人間などと関わるな、どうせ直ぐ死ぬ不完全な種だとな。

それに、ファティが噛み付いた。彼女は模擬戦を通じて、お前を認め再戦を約束したと公言した。それは、エルフ族として大変珍しいのだが彼女は他の人間と、お前を一緒にするなと激昂した。

感情的になる事が禁忌だと思っている我々が、人間の子供の為に感情を高めて仲間を非難した。バイカルリーズは古参の二人が認めた事が大いに不満なのだ」

 話している内容は種族差別なのだが、ディース殿は凄く珍しいのだが優しい表情をしている。こう慈愛に満ちたと言うか、愛しい子供を見る母親みたいな……

 僕の知るエルフ族ならば、バイカルリーズ殿の態度が普通だ。レティシアは350歳で、エルフ族でも古参の重鎮。そんな彼女が人間に固執する、確かに不満も募るだろう。

 バイカルリーズ殿は弱かった時の僕しか知らない。当時の強さを基準にしたならば、レティシアやファティ殿の話は僕に騙されていると思うだろうな。一概に彼を責める事は出来ない、僕が異常なんだ。

「バイカルリーズは我が王に懇願し、お前を試してやると息巻いた。レティシアが鼻で笑い、ファティは身の程を知れと諫めた」

 あ、コレ駄目なパターンだ。人間とは言え大国の重鎮に、エルフ族が腕試しをけしかけるとか種族間の紛争になる一大事だ。ファティ殿は模擬戦の時に、僕には200歳以下のエルフでは勝てないと評した。

 つまり、バイカルリーズ殿は200歳、実力的には今の僕の方が上回っていると確信している。だが、バイカルリーズ殿は実力差を知らない。この温度差が事態をややこしくしている。

 そして、ディース殿も先程の探査魔法で僕の実力を知った。それなのに僕と、バイカルリーズ殿を戦わせるのに優しく微笑むって何だ?普通なら止めさせるんじゃないか?彼が人間に負けたら、エルフ族のプライドが……

「もう少し先を読むのだ。レティシアの、お前に対する気持ちが書かれている」

 くすぐったい程の優しい視線を手紙に向ける。ディース殿の態度は何だろう?我が子に向ける親の感じがするが、遥かに年下でも僕は貴女の子供ではないのですが?

「先ですか?えっと、コレは……」

手紙の続きを読めば『我等エルフは他種族を見下す。それは魔牛族のように慕ってくる相手にも同様に、全種族で最上位は自分達だと驕り自惚れているからだ。だがエルフ族は緩やかに衰退し滅びに向かっている。

ゼロリックスの森の最年少は60歳、つまり60年も新しい生命は生まれてこない。幾ら500年以上の寿命を持つ我等でも種族が滅びる危機なのだが、自分達が最上種であるから滅びる事など有り得ない。

そう言う愚かな考えに凝り固まった連中に、例え最弱の人間であろうとも我等に迫る能力を持つ者も居る。驕り高ぶる事など出来ないのだと知らしめたい。リーンハルトは私とファティが認めた男。

バイカルリーズは若い世代のリーダー的な存在だが、自惚れが酷く他種族を見下す。それを他の若い連中が見習ってしまっている危険な状況なのだ。だから奴をブッ飛ばせ!

私が認めた、お前なら必ず出来る。我等エルフの為にも、全力でブッ飛ばせ!私は、リーンハルトを馬鹿にするバイカルリーズが大嫌いなのだ。だから最初から全力全開でブッ飛ばすのだ』って文字で残しちゃ駄目な内容じゃないかコレ?

 しかし……エルフ族の未来の為の意識改革として増長した若手の鼻を叩き折れって事だと思ったが、最後に私情が挟まって大変な事になっているよ。

 レティシアには世話になっているし、ファティ殿が僕を認めてくれたのも嬉しい。だが若手とは言え、人間の僕がエルフ族の彼をブッ飛ばしても大丈夫なのだろうか?

 流石に300歳前後の連中には勝てない。そんな奴等が人間に負けたとか受け入れ違い大問題、最悪の場合は報復で僕は殺されるだろう。僕だけなら良いが、エムデン王国にまで矛先が向けば……もう種族間戦争だ。

「不安か?レティシアとファティが、若手連中に内緒で我が王に直談判している。今回の腕比べは、我が王も重鎮連中も認めているのだ。私も先程、お前の能力を確認して確信したよ。

エルフ族の未来を人間の子供に託すなど、何が最強種族だ!反省、いや猛省が必要だと実感した。だが切欠が無いと動けないのが、無駄に長生きな長寿種の悪癖なのだ。お前、いやリーンハルト。我等の為に、力を貸してくれ」

 そう言って頭を下げられたが、いやもう本当に止めて下さい。妙齢の美女に頭を下げられるって、態度の暴力ですよ。他に誰も居ないから良いけれど、大問題ですから!

「エルフ族の王の公認と言う事ですが仮に僕が勝った場合、僕や人間……エムデン王国に危害を加えない保証は有りますか?見下している人間に負けた事を受け入れられますか?

バイカルリーズ殿よりも年上の方が出れば、僕はあっさり負けるでしょう。それで溜飲を下げられますか?僕はエムデン王国の宮廷魔術師第二席として、国家に不利益な事は出来かねます」

 この言葉を聞いても、ディース殿は怒り出さすに落ち着いている。だが『コレが僕の全力全開!』とかはしゃいで彼をブッ飛ばし、他のエルフにブッ飛ばされたら目も当てられない。

 それに今は戦時下で、アヒム侯爵とモンテローザ嬢の動向にも細心の注意が必要な時期だ。ニーレンス公爵と協議し、ゼロリックスの森に行って腕比べする時間的余裕は無い。

 しかもニーレンス公爵本人は参戦して不在、親書の遣り取りをしたら時間も掛かる。何より親書が他の誰かに奪われたら大問題、戦地に向かう伝令兵など狙ってくれって言ってるものだよ。

「ふふふっ、未成年でも流石は爵位も役職も持っているだけあり、色々と考えているのだな。王都にあるエルフの里の樹を使えば、ゼロリックスの森に移動出来る。

腕比べは一時間も掛からないだろうし、今から向かっても夕方には戻れるだろう。マジックアイテムの買い出しに向かった事にすれば、問題は有るまい?

我が王と私の名に賭けて、リーンハルトとエムデン王国に不利な事はしないと約束しよう。既に準備は整っていて、後はリーンハルトが来るだけだ」

 いやだからさ、本当に気遣ってくれてる割には僕の事情とかは二の次だよな。魔牛族もそうだったが、もう少し僕に配慮してよ!出来れば、ユエ殿に会って女神ルナの御神託を確認したかった。

 女神ルナの御神託に、妖狼族に対する僕の行動が有れば無事に腕比べは終わるのだろう。女神の神託とは未来予知に等しいから。だが現状は流されるしかない、此処までされては断れない。

 日帰り半日で200歳のエルフ族と腕比べとか笑えない、全く笑えない珍事だぞ。レティシアの僕に対する信頼が重すぎる、重すぎるんだよ!

 はんきょうせいれんこうにより、ぼくはゼロリックスのもりのひろばにいます。むかいがわにバイカルリーズどのがいて、ぼくをにらんでいます。

◇◇◇◇◇◇

「人間、我等エルフ族に挑むなど愚の骨頂だな。手加減して貰えるとか、甘く考えるなよ。私は貴様が大嫌いなのだ!」

 ゼロリックスの森の象徴たる大木の前の広場で、バイカルリーズ殿と向かい合っている。彼はイメチェンしたのか髪型が変わって、長い髪をポニーテールにしている。

 先祖から受け継ぐ民族衣装というか戦装束に身を包み、蔦が絡んだ身長と同じ位の木の杖を僕に向けている。溢れる敵意を隠そうともせずに、僕を睨んでいる。

 まぁ彼からしたらそうだろうな。前に会った時はレベル30程度の遥かに格下な相手だったのに、自分の里の重鎮連中が持ち上げるのだから。反発するのは分かる、だが簡単には負けないぞ。

「この腕比べは、貴方が申し込んできたのですよ。僕から挑むような誤解を招く事は言わないで下さい、迷惑です。それに手加減は期待するなとか、見下している人間に対して随分な言いようですね?」

 挑発はしたくない。だが見届け人の中に、どう見ても豪華な衣装に身を包んだ気品有る男性がいて左右に、レティシアとファティ殿が控えている。多分だがエルフ族の王だ。

 転生前と同じなのか判断がつかない、記憶が曖昧なんだ。あと名乗らないのは人間を見下しているから、対等だと思ってないから。だから直ぐに此処に案内された、自己紹介や挨拶とかは関係無いのだろう。

 そんな雰囲気の中で、レティシアとファティ殿がバイカルリーズ殿に対して怒りだしそうだったから。それは僕等を取り囲む、他のエルフ達の前では非常に不味いから。

 だから挑発的な言葉を吐いた。レティシアに迷惑はかけられない、遥かに年上な相手だが男としての面子も有る。

「きっ貴様っ!人間の分際で、我等エルフに舐めた口をきいたな。手加減など……」

「勿論ですが、手加減など不要。お互い全力全開で……逝きましょう!」

 エルフとの模擬戦は三人目だが、今回は最初から全力全開だっ!

 


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