古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第777話

 レティシアからの依頼って言うか希望って言うか、エルフ族の未来とか種族の意識改革とか謎の状況に流されて追い込まれて今に至る。200歳エルフと腕比べと言うか模擬戦?いや、限りなく実戦に近い模擬戦?

 バイカルリーズ殿は僕を殺る気満々だ、僅かな会話と態度で分かる。何故なら彼は、レティシアに憧憬にも似た思いを寄せている。その彼女が執着している僕が憎らしいのだろう。差別的な思いも有るのだろうか?

 他種族を見下す傲慢な魔法特化種族、思い上がった若手連中の鼻っ柱を叩き折れって言われたのだが、流れに流されて今に至るだな。僕らしくない考え無しの行動だが、何故だか興奮もしている。

「リーンハルト、構わないからブッ飛ばせ!」

「そうだ、リーンハルト。その未熟者を叩き潰せ!」

「やり過ぎは駄目だが、手加減はするな。リーンハルトの力ならば問題無いだろう」

 女性陣の熱い声援が来た。レティシアとファティ殿に加えて、ディース殿まで僕の応援をしてくれたが内容が非常に宜しく無いし、名前で呼ぶとか余計に煽るな。バイカルリーズ殿も既に向かい合っているのだから、探査魔法くらい掛けろよ。

 何を調べずとも関係無い的に凄んでいるんだ?エルフ族は感情が希薄だと思っていたが、ディース殿曰わく感情的になる事を禁忌だと思っているらしい。魔法特化種族は冷静たれ、かな?長生きすると感情が希薄になるかと思ったが違うらしい。

 だがバイカルリーズ殿は感情的になり過ぎている、苛ついて身体を小刻みに揺すっている。手に持つ杖もブルブルと震えている、本当に感情的になり過ぎだぞ。エルフ族の掟っていうか感情制御方針なんて関係無いってか?

「もう我慢ならん!勝負だ、人間。その膨れ上がった傲慢さを潰してやる」

 いやいや、傲慢違うだろ!もう何を言っても無駄かもしれないがエルフの王と、その周辺の重鎮と思われる方々の顔を見たか?

 呆れを含む諦めと言うか、本当にエルフ族の上層部は種族の衰退を憂いているのだろう。普通は、バイカルリーズみたいな対応で排除一択だと思う。

 だが色々と考える事も増えた、先入観だけで対処すると不味い。先ずは、バイカルリーズ殿を負かす。その後の対応は様子見しながらか……

 エルフの王と周辺に集まる重鎮三十人程の連中は僕に対して表面上の嫌悪感は無い、無表情か悲しそうな感じだ。少し離れた場所に集まる十人程の連中は違う。

 明らかな敵意を浮かべている。長寿種だから200歳も300歳も見た目では分かり辛いが、彼等が若手連中か?他にも十人単位で観客達が纏まっているな。

 だが、その区分けに意味が有るのか?エルフは家族や親族が集まり生活し行動するらしいから、アレが一族の集まりなのだろうか?その中で若手だけ抜け出して集まった?

「受けて立ちましょう」

 審判役らしい、ディース殿が前に進み出て軽く手を叩いたのが開始の合図。珍しい方法だが、彼女はそのまま巻き添えを避けて素早く下がった。さて、どうするか?

 最初から全力全開と言っても、流石にアイアンランス乱れ撃ちとか大丈夫だろうか?ファティ殿は様子見してくれたが、バイカルリーズ殿は最初から仕掛けて来るか?

 空間創造からカッカラを取り出し頭上で一回転させて振り下ろす。僕はこの遊環(ゆかん)がシャラシャラ鳴る音が大好きなんだ。バイカルリーズ殿は両手で杖を握り締め何かを呟いている。

 受け手に回るのは不味い、エルフの魔法は凶悪だから。此方から攻める、その後は流れを見て……僕らしくない、行き当たりばったりじゃないか!

「先手必勝、アイアンランス」

 両手を広げ周辺に百本の鋼の刃を浮かべて、様子を見る。相手の防御力が未知数だから刃引きしているが、当たれば怪我じゃ済まない。得意の精霊魔法で防御するか?それとも他に方法が有るのか?

「ほぅ、錬成も早いし数も多い。多少はやるな、人間風情にしては上出来だ。だが私に飛び道具は効かない、深緑の蔦よ我を守れ!」

 まぁそうだな。この程度の攻撃で傷付く位なら苦労などしない。先祖伝来のマジックアイテムは強力だろう。ならば手加減は無用、全力で撃ち込む。だが、ファティ殿の時よりも威力は上がっているからな。

「では行きます。アイアンランス、乱れ撃ち」

「ふふふ、甘いよ人間。そのような攻撃は、私には効かない」

 杖に絡まっていた蔦が急速に伸びて、飛んでくるアイアンランスを絡め取る。植物なのに高速で飛来する鋼の刃に当たっても傷付かないとは大した強度だ。最初に唱えていたのは防御呪文か。

 怒っていても最初は受け身に回る程度の事は考えていた。最初から全力で潰すつもりは無い、見下している相手に対して速攻は大人気ないとか考えたか?捉えたアイアンランスは、そのまま下に落とした。

 ガシャガシャと百本近い鋼の刃が積み上がる。杖を中心に百本近い蔦が蠢く、バイカルリーズ殿が見えない。視界を塞ぐ事で正面からの攻撃は完全に防がれたし、相手の行動も確認出来ない。

 それはバイカルリーズ殿も同じだが、探査魔法で問題無いのか?何て言うか僕の黒縄の植物バージョンだが、自動防御だと思う。ならば黒縄と曲刀乱舞で手数を増やし追撃する。

「絡み付け、敵を拘束しろ。黒縄!そして追撃、曲刀乱舞」

 左右から各三十枚の鋼の刃を放物線上に飛ばす。回転する刃なら切断力も強く、蔦も切り飛ばせるだろう。そして足元から百本の黒縄をうねらせて攻める。

 杖から生まれる蔦に態と絡み付かせ、曲刀乱舞を防御させないように小細工する。力比べなら植物より鋼製の黒縄の方が上、グルグルと巻き付き引き千切る。

 視界が開けると、バイカルリーズ殿が慌てふためき腰に差していた短杖を引き抜いて何やら呪文を唱え始めた。どうやら力比べは黒縄の勝ちだ、植物なんかには負けないぞ。

 此処までは、ファティ殿は余裕の無傷だったな。古代樹の結界防御は物理攻撃は無効、あの後は多重隔壁圧壊の大質量攻撃を仕掛けても無傷だった。だが彼は違う、あの蔦の防御はもう意味をなさない。

 バイカルリーズ殿の防御魔法では、多重隔壁圧壊は防げないかも知れない。ならば麻痺させて戦闘不能にするのが、分かり易い負かせ方だろうか?む、完全に蔦を引き千切ったら杖が砕けた?

 一瞬呆然と砕けた杖を見ていたが、残された柄の部分を此方に投げ捨てて来た。自慢の杖を砕かれた事が、相当御不満らしいな。だが直ぐに短杖を構え、曲刀乱舞の防御に気持ちを切り替えたか。

「咲き誇れ、狂い咲け、その花弁で僕を守れ!風散華防陣(ふうさんかぼうじん)」

「む?花弁が溢れ出て……花弁は物理的に防御してない、防御結界の触媒か?」

 花弁が風に舞い、バイカルリーズ殿の周囲を竜巻状に回る。すると曲刀乱舞の刃が弾かれる、花弁に当たってじゃない。風圧や花弁に弾かれてないのは、防御結界が構築されたからだ。

 当たった時に火花を散らすから大体の形状は分かる。円柱形だが上下の防御はどうだろうか?ふむ、ファティ殿は無傷だったが彼になら物理的な攻撃も多少は通用するか?

 ならば試しに雷撃の前に多重隔壁圧壊を仕掛けてみるか。それで駄目なら、黒縄に雷を纏わせて感電させよう。新しい魔法の御披露目は、少しの間お預けだ。

「石柱よ生えて砕けよ。多重隔壁圧壊、押し潰せ!」

「なぁ?」

 バイカルリーズを囲むように六本の高さ10mの六角形の石柱を生やし上部から壊す。高い部分から落下する塊は前回よりも重く推定7ton、六つで42tonの圧壊攻撃を防げるか?

 凄まじい轟音と地響き、更に土埃が周囲に広がり視界が悪くなる。攻撃の成果が確認出来ない、だが途中で彼が呆然と見上げていたのは分かった。

 不味い、過剰攻撃だったか?チラリとエルフの王を見れば特に表情に変化は無く、レティシアとファティ殿は腕を組み頷いている。レティシアの『余は満足だ!』的な顔が何とも……

 若手と思われる連中が慌てふためいているのは、自分達が食らったら防ぎ切れるか分からないからか?すると、バイカルリーズ殿に怪我を負わせてしまったのか?

 流石は冷静沈着を是とするエルフ族、仲間が攻撃を受けても野次も無く有る意味では粛々と観戦しているが……若手連中は挙動が怪しくなってきた。何かを仲間内で話し合い始めたぞ。

 審判役のファティ殿が、積み上がった瓦礫の山に近付いて何やら呪文を唱えている。多分だが探査魔法で、バイカルリーズ殿の状況を調べているのかな?慌ててないから死んではいないだろう。

 そして、エルフ族の王に向かい首を振った。バイカルリーズ殿が模擬戦を続ける事が不可能だって事かな?エルフ族の王も頷いて前に進み出たぞ。呆気ない終わり方でモヤモヤする。

「此度の模擬戦は、人間の勝ちだ。我等は人間の子供に負けた、それは何故だ?驕りが有るから、最強種族だと慢心したからだ。200歳の同胞が、14歳の人間の子供に負けた。その傲慢さを治さねばならぬ時期に来ている。我等は……」

 何やら御高説が始まった。一応、僕の勝ちで良いと思うが、自分達の種族の都合で戦わせた勝者を労らずに放置とかさ。それが傲慢なんだぞ。まぁそれが分からないから、これから改善するのか。

 ファティ殿が地面から蔦を生やして操り瓦礫をどけているので、瓦礫を魔素に還えす。彼女なら僕の錬金に干渉して書き換える事も可能なので、手間を掛けさせる訳にもいかない。

 バイカルリーズ殿が仰向けに倒れている。パッと見た所、外傷は無さそうだが短杖は砕けている。彼等のマジックアイテムは許容範囲を超えると砕ける仕様なのか?先祖伝来の家宝を二つも壊してしまった。

「バイカルリーズ、一応聞くが無事か?あれだけ大口を叩いて、あっさり負けたな。無様だぞ」

 いや、もう少し言い方が有ると思います。冷たい視線で見下ろすとか、セインなら御褒美だと思うけどさ。思いっ切り傷口に塩を擦り込む態度じゃないかな?

 バイカルリーズ殿も呆然として下を向いた後、身体を小刻みに揺らしている。ファティ殿の言葉が身に染みて意味を否が応でも理解したんだ。

 人間の子供に良い様にやられて負けた。杖も二本も壊された、先祖伝来の家宝が全く効果が無かった。それは屈辱だろう、見下していた人間に完膚無きまでに負けたのだから……

「俺は、いや私は……負けてない、負けてないぞ。油断しただけだ、油断に卑怯にも付け込まれただけだ。人間、卑劣な真似をしやがって!もう手加減などしない、殺してやる」

 マジックアイテムにより無傷みたいだが、精神面では大ダメージを負ったみたいで言葉使いが変だし思考も可笑しい。負けを認めず、僕が不正を働いたみたいになっている。そう思わないと精神の均衡が取れないからか?

 そのまま立ち上がり何かを呟くと、小さな青く光る玉が集まり始めた。ライティングの魔法じゃない、感じからして精霊魔法だと思う。青色の精霊は水に関する者達かな?エルフ族のみ扱える、精霊魔法は凶悪だ。

 他のエルフ達は、王の御高説に聞き入って此方に意識を向けていない。模擬戦に負けたのに、精霊魔法を使いリベンジしようとしてるのに。ファティ殿でさえ、ヤレヤレ的な態度だけだ。いや、止めて下さいって!

 アレ?もしかしなくても、これって僕が対処しなきゃ駄目なの?模擬戦には勝ったのに、負けを認めずリベンジだと精霊魔法を使う奴を何とかしなくちゃならないの?

 不味い、魔法障壁の準備を行う。仕掛けられたら全力で防いで、反撃で意識を刈り取るしかない。重傷を負わせたり殺したりすれば、正当防衛でも話は拗れる。

「死ね、水の精霊達よ。あの餓鬼を貫け!」

「落ち着けって!もう、何なんだよ」

 バイカルリーズ殿の周囲に漂う青い光玉が、羽根の生えた魚に変化して真っ直ぐ飛んで来る。用意していた魔法障壁を直ぐに複数展開し、全力で魔力を注いで強度を増す。

 アイアンランスよりも素早く羽根の生えた魚が襲いかかって来る、まるで光の筋が幾つも向かって来るみたいだ。一瞬後に、魔法障壁に衝撃がおこる。デオドラ男爵級の威力、これが精霊魔法か。

 不味い、凄い威力だ。三重に張った障壁の一枚目に亀裂が走る、これは正面から受けたら障壁が持たない。斜めに傾けて威力を逸らす、大分楽になったがジリ貧に変わりはない。

 え?魔法障壁に当たり下に落ちた魚の形をした水の精霊達だが、バタバタと身を捩らせて苦しんでいる?精霊なのにダメージを負っているのか?

「止めろ、バイカルリーズ殿!精霊達が傷付いているんだ。精霊魔法とは、彼等を傷付ける魔法なのか?違うだろっ!」

「知るかっ!精霊など数多いる存在、使役されて喜ぶ使い捨ての存在だ。我等、エルフの為に死ねるなら本望だろうよ!」

 馬鹿な?そんな使い潰すような存在な訳が無いだろう。魔法障壁を斜めにして弾いているので、彼等のダメージは少ないが、僕の魔法障壁が保たない。

 ふざけるな、万物に宿る精霊だぞ。エルフ族とは、其処まで傲慢な種族なのか?精霊を信仰しているんじゃないのか?違う、レティシアは精霊を使い潰したりしない。

 バイカルリーズ、お前は他種族以外に精霊達まで見下すのか?ファティ殿が止めようと何かを言っているが聞こえない。お前は僕が倒す、馬鹿野郎がっ!

 


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