古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第782話

 駄目兄様の尻を何度も蹴っ飛ばして、漸く当初の目的である城門の破壊に成功したわ。宮廷魔術師が主導で宮廷魔術師団員達が牽制しての目標達成。

 後はライル団長と兵隊さん達に任せれば良いと思って油断してしまった。敵は城門が破壊される事も予想していて、内側に突撃騎兵隊を用意していたわ。時間稼ぎの攪乱かしら?

 破壊された両扉がゆっくりと内側に倒れて土煙が舞い上がった。その僅かな隙間に煌めく甲冑が見えたのよ。私達は100mまで突出している、後方の味方は150m。

 50mを完全武装した兵隊さん達が走るのと100mを馬に乗った騎兵隊が走るのではどちらが早い?私は走るのは得意じゃないし、フレイナル兄様は疲労困憊で座り込んでいる。

 私が逃げたら馬鹿兄様は為すすべもなく殺されるわ。もう『魔法障壁の護符』の効果時間は殆ど無い、自分で魔法障壁を張っても囲まれたら時間の問題で破られるから。

「突撃だぁ!あの魔術師共をブッ殺せっ!」

「急げ急げぇ!接近さえしてしまえば、惰弱な魔術師など怖くはない」

「簡単に死ねると思うなよっ!八つ裂きにしてくれるわ」

 騎兵隊が奇声を上げながら突っ込んでくる。フレイナル兄様は腰が抜けて私の足にしがみ付いたけれど、未婚の淑女に抱き付くとか止めて下さい。いや本当に止めて、私の貞操が疑われるから!

 宮廷魔術師団員達は冷静に呪文を唱え始めたけれど、一撃を加えてから全滅でしょう。悲壮感が漂っているけれど、誰も逃げ出さない。宮廷魔術師の馬鹿兄様よりも余程覚悟が決まっているわ。

 あと、ライル団長が物凄いスピードで走り込んで来ます。えっともう追い付きますね、でも私も見せ場が欲しい。活躍して宮廷魔術師に推薦させるだけの資格が欲しい。もう守られるだけなんて嫌なんです。

「だから、リーンハルト兄様直伝の、最初に私達を繋いだ魔法で貴方達を屠ります。私の我が儘だから恨んで貰って構いません。大地より生えろ断罪の刃、敵を穿て……山嵐!」

 バラバラと走り込んで来る騎兵隊の直下の地中に魔力の塊を生成し、そこから五十本の鋼鉄の刃を生やし、馬ごと貫き通し敵兵を倒す。刺された馬や人が浮き上がり血だらけになる。

 私が唱えた魔法で敵とは言え人が何十人も死んでいく。凄惨な殺人、胃から込み上げるものを抑えようと手で口を塞ぐけれど隙間から吐き出してしまう。胃が痙攣しているみたいにキリキリと痛い。

 嗚呼、これが良心の呵責なのね。頭では考えていて幾つもの建て前も用意したのに、身体が禁忌を犯したと反応してしまうのね。吐いたのは少食だったのが幸いして殆ど胃液だったわ。

「げぇ、ごほっごほっ。うぐっ、げほっげほっ」

 止まらない、呼吸を落ち着けたいけれど気管に入ったみたいで苦しい。鼻水まで出ている、恥ずかしい。でも早く回復しないと駄目よ、しっかりしなさい!

「ウェラーよ、大丈夫か?後は俺に任せて安全圏まで下がれ。立派だったぞ、お前は一人前の魔術師だ。誰が何と言おうと俺が認める、誰にも違うなど言わせない」

 何とか立ち上がりローブの袖で鼻と口を拭う。今にも押し潰されそうな重たい気持ちを奮い立たせる。私は宮廷魔術師第四席、台風のユリエルの娘。何て無様なの?最初から分かって覚悟していたでしょ。

 ライル団長が頭を乱暴に撫でてくれる。でもガントレットの隙間に髪の毛が挟まって痛い、そんな普通の感情に思わず笑ってしまう。いえ、笑えたわ。私はリーンハルト兄様の同僚になり力になると決めた。

 この大量殺人は通過儀礼でしかなく、今後もこれからも何度となく体験する事。弱音を吐くな、前を見ろ!宮廷魔術師とは敵を倒す為に存在する単一最強戦力、だから下を向いては駄目、甘えても駄目。

「未だ生き残りが何人か居ます。盾で防いだか山嵐の制御が拙く見逃したのかしら?ライル団長、申し訳有りませんが最後まで私の我が儘を見逃して下さい」

 今にも飛び出しそうな、ライル団長を呼び止める。物凄い威圧感を感じます、敵側に殺気を送っているのね。エムデン王国最狂の武人、単独で軍隊に挑める超人。

 隣に居ても息苦しい、馬鹿兄様も喘いでいるわ。でも、もう少しだけ威圧感を抑えて下さい。下半身に力を入れないと、出てはいけないモノが出そうです。上からも下からも出しちゃったとかだと、お嫁さんに迎えてくれる方が居なくなってしまいます。

 年頃の女の子なんですよ。今だって吐くは鼻水は垂らすわ、前を向いているから敵にしか見られてないけれど、年頃の淑女にしてみたら恥ずかしくて死にそうです。でも軍属になるのだから、今はこの痴態も置いておきます。

「む、分かった。だが危険なら手を出すぞ。ウェラーを見殺しにしたとか言われたら、リーンハルトが切れて襲ってくるからな。アイツの愛情を考えれば、俺もウルム王国も無事じゃ済まないだろうよ。皆殺しで済めば御の字だろうな」

 え?リーンハルト兄様は貴方達みたいな狂人ではないので皆殺しとか止めて下さい。それは脳が筋肉で犯された方々の思考、私達魔術師は違います。理性が有るの、本能で動く獣じゃないのよ。

 ふらりと立ち上がる。身体は怠いけれど、頭は冴え渡っている。次に何をすれば良いか、何通りもシミュレーションが思い浮かぶわ。杖を前に突き出す。私は一人前の魔術師を目指す、人殺しは罪?

 うふふふ、大変結構な事ね。これがリーンハルト兄様が生きている世界、軍属と言う他国との戦争の最前線に立つ者達の仕事。なら私だって大丈夫だと証明してみせるわ。

「餓鬼がぁ!舐めるなよ、接近さえすれば魔術師など敵じゃねぇんだ。俺は魔術師を殺す、お前達は騎士を殺せ」

「分かった、時間を掛けるなよ。速やかに殺して後は突撃して派手に散ろう」

 生き残りは五人、殆ど無傷。傷付いた盾を放り投げてロングソードを両手で構えたわ。でも後ろから大軍が迫ってるのに逃げずに私を殺すと言うのは、向こうも決死の覚悟なのね。やはり城門を塞ぐ時間を稼ぐ死兵なのかしら?

 言葉使いは悪いけれど脅しとしては効果が有る。駄目兄様は完全に硬直し、宮廷魔術師団員達も動揺している。接近されると直線で進むファイアボールも避けられる事が有る。

 もう相手との距離は10mも無い。一直線に向かって来るから、城壁の上からの攻撃も無い。今攻撃すれば味方にも当たる、流石に味方を巻き込む誤射は駄目よね。

「私はエムデン王国宮廷魔術師第四席ユリエルの娘、ウェラーよ。我が師と兄弟子に認められる為に、貴方達を倒します。リーンハルト兄様直伝、黒縄よ敵を切り裂け!」

 両手に一本ずつ、先端に魔力刃を纏わせた黒縄を真横に振り抜く。相手は子供が鞭を振り回したと思い甘く見た、腕を顔の脇で曲げて受けてから攻撃するつもりね。

 でも先端部分の1m位が淡く光ったのを見た時に顔が歪んだわ。何かしらの魔力が付加されていると気付いた、でも左右から迫る黒縄は避けられない。己の身体が鎧兜ごと切断された事に驚愕の表情になる。

 しゃがんだり飛び上がったりと片方の黒縄を避ける者も居るけれど、黒縄は私の腕の動きに連動しているから、追撃は可能なの。だから避けても無駄なのです!

「なぁ?馬鹿な、鎧兜を切り裂く鞭だと、子供に負けるとは……無念だ」

「私の黒縄の先端部分には、魔力刃を纏わせているのよ。リーンハルト兄様の直伝、古代魔法を復活させたのよ。だから負ける訳にはいかないの、リーンハルト兄様は最強なのだから!」

 人間を目の前で二分割三分割にしてしまった、大地に血と臓物が撒かれる。自分が引き起こした惨劇、これをリーンハルト兄様は何千人に同じ事をしたわ。

 エムデン王国の為に、国民の為に、愛する人達の為に、そして私の為に。こんなに心が苦しいのに、耐えて行ったのよ。私だって耐えてみせる、魔術師は早熟、女の子も早熟なのよ。

 喉元までせり上がる嫌な物を頑張って飲み込む。もう吐くとか無様な真似は見せられない。私は最高の魔術師、リーンハルト兄様の妹弟子、ウェラーなのだからっ!

 右腕を天に向かって突き出す。後は後ろの方々を鼓舞すれば完璧、フレイナル兄様の偽りの活躍も言葉にすれば尚完璧。

「ウルム王国の王都の城門はエムデン王国宮廷魔術師第十二席、白熱線のフレイナルと火属性宮廷魔術師団員達で破壊したわ!エムデン王国の勇敢なる兵士達よ、彼等に続いて勝利を掴み取って!」

 最後の我が儘は私だけの事、でも城門を破壊したのは誰だか知らしめなければならないの。駄目兄様と見直した火属性魔術師達の成果だと、分かり易くね。

 気配で分かる。もう直ぐ後ろに兵隊さん達が居る。これからは彼等の仕事、私達の仕事はお終い。嗚呼、そろそろ意識を保つのがヤバいかしら?緊張が解けたら疲れが……

「「「「ウォー!守護天使ウェラー嬢の勇気に負けるな。全軍突撃、勝利を我等が守護天使に捧げるんだ!」」」」

「少女一人に戦わせて恥ずかしくないのか?俺達も続くぞ。食らえ斬撃、砕け散れ!」

 謎の雄叫びの後でライル団長がロングソードを振り回すと、幾つもの斬撃が飛んで行って城壁や城門の残りを破壊する。当たると爆発するって何なの?本当は私達、要らない子だったんじゃないの?

「この屑がっ!守護天使様から離れろ」

「お前、本当に男か?我等が守護天使様に甘えるなクソがっ!」

「見ていて下さい守護天使様。勝利を貴女様に捧げます」

「ウォー!守護天使様万歳。あと屑男は死ね!」

「駄目男、我が天使から離れろ。殺すぞ、クソ男がっ!我が天使、我等の活躍を見ていて下さい。絶対に勝ってみせますから」

 えっと、守護天使って私の事?屑男ってフレイナル兄様の事?皆さん私達に声を掛けて突撃して行きますけど、フレイナル兄様が活躍した体にしないと駄目なのですが……

 ライル団長が切り崩した城壁に、エムデン王国側の兵隊さん達が群がっています。この戦いは間違い無く勝ちます。でも当初の予定が狂ったかも知れません。だって、噂話じゃ回復出来るか分からないもん。

 隣でうずくまって気落ちしている、本当ならば皆さんから賞賛と激励の言葉を貰う筈の、頑張った筈の駄目兄様の活躍した事にするのは無理かしら?いえ、ザスキア公爵様に頼めば何とかワンチャン位は……

「なぁ、ウェラー。俺、頑張ったよな?役目は果たしたよな?何故、見も知らぬ連中から屑男呼ばわりなんだ?アイツ等一般兵の癖に、宮廷魔術師の俺に蹴りを入れていくんだぜ」

 うん、確かに何人かに蹴られていましたね。本気じゃない力加減でしたが身分差を考えずに行動する程、フレイナル兄様の態度に怒っていたのでしょう。

 今考えたら余計に分かる、少女に手を引いて貰い前線に行って攻撃されたら少女に守って貰う。怯えたら少女に抱き付く、紳士を目指す貴族男性からすれば最低かしら。

 何千人もの人達に見られてしまったわ。敵にも味方にも、つまりウルム王国の淑女達にも馬鹿兄様の真実の姿は広まってしまうのね。生涯独身貴族、有り得るかしら?

「大変男らしくなかったからでしょう。少女の腰や足に抱き付くとか情け無いですわ。後はザスキア公爵様に頼んで偽りの英雄として創作話を広めて貰いますから、多分だけど大丈夫だと思います思いたいです思えるかな?」

「ど畜生がっ!創作って何だよ?俺の活躍に淑女達が群がって来るんじゃないのか?それが屑男だぞ?何故だ、何故なんだよ!お前も守護天使様ってなんだ?二つ名か?お前は『土石流』じゃないか!」

 えっと私、やり過ぎちゃったのかしら?

 


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