古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第789話

 病んだグルグルした目を持つ新任宮廷魔術師第七席、フローラ様の執務室に呼ばれた。少し前から相手が私の事を態度を隠さずに観察していた事は知っていたわ。

 私と仲良くなりたい?怪しい、病んだ女が少女の私と仲良くしたい?必ず裏が有る、素直に仲良くなりたいと信じる程、私は子供じゃない。 最近になり自分の置かれた立場を考え始めたわ。

 現役宮廷魔術師筆頭の愛弟子にして第四席の愛娘、そして第二席の妹弟子。多分ですが、リーンハルト兄様との繋がりの切欠作りに利用したいと思うのよね。リーンハルト兄様は誰でも縁を結びたがる。

 でもそれは普通に難しい。伝手は少なく繋がりは上級貴族が多い、誰もおいそれと話せない方々ばかり。私は爵位は賜ったけれど最下級の新貴族男爵だし年下だから、気負う必要は少ない。

 手頃な相手だと自分でも思う。実際に何人かから接触も有ったけれど、御父様が対処してくれた。でも今回の相手(病み女)は御父様でも対処に困る、御父様の同僚だし同性だから性的な悪さも無いから。

 まぁ話を聞いて来い、対応はそれからだ。そんなノープランで挑まなければならない、因みにだがサリアリス様には相談していない。私に対して過保護だから、フローラ様でも噛み付くから。

 つらつらと考えていたら、フローラ様の執務室に到着。普通にソファーを勧められて、向かい合って座っています。病んだグルグルな目で微笑まれても困ります。早くも帰りたい気持ちが溢れています。誰か助けて……

◇◇◇◇◇◇

 ウルム王国の王都と王宮攻略で活躍した、若き魔術師を執務室に招いた。どうしても聞きたい事が有ったから。私は祖国が密約を交わしていたウルム王国を裏切り、エムデン王国の属国になった時に……

 ペチェット達同僚を捕らえて処刑した。彼等は国益を損ねる行いをしたから、パゥルム女王からの勅命は捕縛だったが後に、ミッテルト王女から処刑しろと命じられた。恨みつらみを言われながら、私は彼等を殺したわ。

 理由は有る。王族の命令、祖国が滅亡する程の愚行を犯した。厳罰も生温い愚か者だから処刑もやむなし、たまたま執行者が私だっただけ。だから彼等は命乞いじゃなく、私を罵倒したわ。

 バーリンゲン王国の貴族とは自分の家の繁栄を一番に考える。他者を蹴落とし足を引っ張り、少しでも自分が有利になるように動く。汚職に賄賂は当たり前、仕事もサボるし他人に押し付ける。

 自己犠牲など有り得ず無償の善意など相手を騙す手段でしかない。上には弱く下には強い、悪どくなければ出世など出来ない。それを嫌がる私でさえ、最低限の賄賂は払うし貰う事も有ったわ。

 それが出来なければ貴族にあらず、没落一直線だったから。上級貴族である、ラビエル伯爵家も賄賂を拒み没落した。まぁミズーリさんをザスキア公爵が気に入り引き抜いて、エムデン王国の貴族になれた希有な例だけれど……

 私の前で決まりが悪そうに足を組み替える、ウェラーさんは未だ少女なのに軍属でもないのに、宮廷魔術師である屑男の助力をした。何故、他人の為に命まで懸けられるの?家族や恋人でもないのに。

 あの時、ライル団長やバーナム伯爵達も近くに待機していたわ。屑男が失敗しても王都攻略に綻びはなかった、他人の為に危険に身を曝す必要など無かった。でも、ウェラーさんは身体を張って屑男を助けた。

 何故なの?私の知る貴族達とは違う行動、失敗すれば命は無かったのよ。あんな屑男の為に命懸け?有り得ない、常識外れの行動。でも見ていて胸がワクワクしていた、貴女の行動に興奮したの。

「そんなに緊張しないでね。ウェラーさんは焼き菓子が好きって聞いていたから、城下街で有名な店から取り寄せたのよ」

「有り難う御座います。リーンハルト兄様の影響で甘党なんです」

 ぎこちない笑顔だけれども、バタークッキーに手を伸ばし食べ始めたわ。両手で持ってカリカリと食べる姿に、心が熱を持つわ。何かこうモヤモヤとした理解出来ない感情が……

 家族愛?友愛?違う。何かこう、もっと心の底からジワジワと来る不思議な感情、悶え焦がれる感情と言うのかしら?良く殿方に向ける恋心とか言われるモノに近い。

 でも違うわ。ウェラーさんは同性だし未成年、恋愛の対象にはならない。私も家の存続の為に、何時かは伴侶を迎える必要が有る。本当に嫌、男なんて屑ばかり。

 リーンハルト殿はマシだけれど年下だから論外、やはり頼りがいの有る年上の殿方が良い。そして魔術師として血を継ぐ為には、相手は魔術師が好ましい。でもペチェット達みたいな屑男ばかり、不幸よね薄幸よね私は可哀想な女……

「あの、じっと見詰められても困ります」

「ごめんなさいね。ウェラーさんの仕草が可愛くて、つい見詰めてしまったわ」

 優しく微笑んだのに、ウェラーさんは微妙な顔をしたわ。淑女がしてはいけない系の微妙な顔。私の微笑みが予想外だったのかしら?または子供扱いかと思ったとか?

 魔術師は早熟、女の子も早熟、未だ十二歳なのに一人前の淑女なのね。お姉さん悪い事をしてしまったわ。反省するから許してね。

 半分食べかけのバタークッキーを持って口元に食べカスを付けているのに、真剣な目で私を見詰めている。嗚呼、不思議な感覚が下半身からジワジワと……

「あの、そろそろ用件をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「用件?えっと、あのね。何故貴女は命懸けでフレイナル殿を助けたの?私と同じく戦場の雰囲気を掴む為に本陣にて待機命令が出ていたわよね。

なのに、ウェラーさんは軍属でもない未成年なのに最前線に出て戦った。その様な危険に身を曝す意味が知りたかったの。国の為?大義の為?悪いけれど、そんな感じもしなかったし」

 自己犠牲にしても、何故そこに考えが至ったのかが分からない。屑男の為じゃない、でも国家への忠義でもない。本人は国王の前で父親や師、兄弟子の為にと言ったけど今でも信じられない。

 自分の利益になるとしてもリスクが高過ぎだし、その後も苦労に見合う要求もしていない。結果的には爵位と勲章を賜ったけれど、本人からは要求していない。

 下手をすれば処罰も有り得た越権行為だったわ。失敗すれば、フレイナル殿と共に死ぬ可能性すら有った。その行動原理が知りたいの。

「それは貴族の義務だからです。あの場で、フレイナル兄様が失敗する事はエムデン王国にとって大いなる失策。負けはせずとも戦の流れを変える程の愚行、ライル団長が割り込みをした時点で最悪の汚点を残す所でした。

フレイナル兄様は、戦後の政略結婚の駒になる事を望みました。本妻と側室複数をアウレール王が選別し与える事を望みました。それは祖国では嫁のなり手が居ない……いえ、複雑な大人の事情により求婚が全滅だからです。

戦争で活躍する事が前提の嫁取り、期待出来うる人物だからこそ娘を差し出しても構わないと思わせる理由作り。それと評価を下げた火属性宮廷魔術師団員達の地位向上の為に、活躍しなければ駄目な状況だったのです。

本来なら、リーンハルト兄様から貰った『魔法障壁の護符』により守りを固めた状態でサンアローを撃ち込むだけの仕事、それで戦後の統治をやりやすくする事。火属性宮廷魔術師団員達の禊(みそぎ)を済ませる事が出来る筈でした」

 それは知っていたわ。占領政策で有効なのは有力な貴族を抱き込む事、相手も戦勝国の重鎮と親戚関係になる事で身の安全の保障と家の安泰を得られる。

 出来れば戦争で活躍した人物に嫁がせたい。理由は分かる、それが恩賞にもなるから。フレイナル殿が期待通りの活躍をすれば、確かに占領政策はスムーズだっただろう。

 火属性宮廷魔術師団員達の活躍は、特権意識を持つ連中の矯正の意味では理解が出来る。今の彼等は確かに心を入れ替えた、信用出来る連中になったわね。

 ただ少女である、ウェラーさんに熱烈な忠誠と言うか何か背徳的な信仰心を捧げているみたいで気持ち悪いのよ。幼女愛好家とも違う何かが……

「理由と結果は分かったけれど、最初の質問の答えではないわよ。誰かがやらねばならぬ事、でも少女の貴女が率先してやる理由にはならないわ」

 私の責めるような言い方にも動じずに、食べかけのバタークッキーを口の中に放り込んで紅茶で流し込んだわね。淑女のマナー的には微妙よ、ソレは。

「それが我が国の貴族の義務だからです。フローラ様がエムデン王国に来られた経緯は聞いています。裏切り者の同僚達を捕縛し処刑した事、宮廷魔術師筆頭殿が職務を放棄し引き籠もった事、まさかの筆頭殿が責任を全うしない異常事態。

引き継ぎもなく政務を放り出すなど、エムデン王国では考えられない愚行です。貴族とは特権に対して義務が有り、それを成し得ずに貴族たり得ない。簡単な事ですが、バーリンゲン王国では違っていたと、リーンハルト兄様から聞いています。

その元祖国を貶める発言かも知れませんが、あの国の貴族は貴族の義務を全うしない愚者の巣窟なのが私達の共通認識なのです。彼等からすれば、私の行動は理解不能かも知れません。ですがエムデン王国では普通、誇る事では有りません」

 その愚者の中でもラビエル伯爵一族と貴女は違うと、リーンハルト兄様に聞いていました。そう真面目な顔で答えてくれました……バーリンゲン王国とエムデン王国の貴族の性質の違い。

 ドヤ顔で薄い胸を張られましたけれど、少女でも貴族の責務を重くみて責任を果たしたって事かしら?確かにマドックス様の無責任さには腹立たしかったし、ペチェット達にも同様に腹が立っていたわ。

 貴族の在り方についての国の違い。バーリンゲン王国の貴族達の非常識さは、私も思う所は多々有った。成る程、言われてみれば一応は納得したわ。建て前の綺麗事だけれど、それを実行出来るかは別問題だから。

「まぁ建て前です。貴族なら腹芸くらいは出来なければ駄目ですからね」

 茶目っ気たっぷりな笑顔で言われてしまいましたわ。嗚呼、この胸の高鳴りは何と表現すれば良いのでしょうか?母性?姉性?出来の良い妹を愛でる姉の心。これが一番しっくりくるわ。

「あら?建て前なの?」

「理由の四割を占めますが残りの六割は、リーンハルト兄様の思い描いた事を乱されたくなかった事。それと、リーンハルト兄様に認められたかった事です。妹弟子として指導を受けていますが、私は早く手伝いをしたい。

その為の最短距離は宮廷魔術師になる事。当初、リーンハルト兄様は私の参戦に反対されました。それは敵を殺すという軍属ならば当たり前の事を行う事による、私の心の弱さを心配してくれたからです。

嬉しくもあり悲しくも有りました。私は未だ保護対象でしかなく、頼られても頼る相手ではない。当然でしょう、殺人など未だ十二歳の少女に寄せる期待ではないのですから……」

 一旦話を止めて紅茶を飲もうとして、カップが空だと気付いて慌てている姿がとても可愛いです。私自ら紅茶を注ぐと、申し訳なさそうに頭を下げてくれました。

 リーンハルト殿の為と連呼されるのは、何故かムカムカしてきます。正直、模擬戦を挑んでも100%勝てない相手です。でも無性に戦いたい挑みたい。

 今の私は、リーンハルト殿を一発殴りたい。実力的には不可能な夢物語、多分大陸中の魔術師を探しても彼に勝てる者など居ないでしょうけどね。

「えっと、それでもですね。私が参戦する事が決まったら、この過剰な程の高性能な装備と幾つかの魔法を教えてくれたのです。無理はしないで欲しい、でも必要な時は躊躇しないでくれ。

リーンハルト兄様の期待は凄く凄く凄く嬉しかった。もしもの時、必要な時、私に危険が迫った時。それらに対応出来る術(すべ)を教えてくれたのです。その期待を裏切る?

有り得ないのです。フレイナル兄様は、その有り得ない事を仕出かしそうになりました。だから私が何とか助力して、リーンハルト兄様の描いた策に近付けたのです。

勿論ですが、私の宮廷魔術師になりたいと言う野望も有りました。ですがあくまでも今回は、フレイナル兄様と火属性宮廷魔術師団員達の活躍がメイン。それは弁えていますから……」

 言い切った事に対してドヤ顔を浮かべて、その後に糖分補給だからとバタークッキーを貪り食べている姿が可愛いですね。漸く理解出来ました、つまりフレイナル殿は糞。

 屑男で糞、この評価で固定です。妹に助力されての成果?笑わせてくれる、それが自国では相手が居ないから他国で嫁取りの為?糞オブ糞、最低の屑男め。

 リーンハルト殿の為にとは言え、こんなにも頑張ったのね。お姉さん、貴女を甘やかしたいわ。ドロドロに甘やかしたい、そして私の事をお姉様と呼んで……

「宮廷魔術師になってから漸く、私とリーンハルト兄様の男女交際が始まるんです。話しちゃったけど、他の人には内緒ですよ」

 あ゙何ですって? 両手を頬に当てて左右に首を振っていますが、十二歳で男女交際?許しません、お姉さん許しませんよ。絶対に駄目、駄目駄目ですよ!

 帰国後に直ぐに、リーンハルト殿とは話し合いの場を設ける必要が有ります。ウェラーさんの情操教育について懇切丁寧にみっちりと、お互いが納得する迄です。

 正気に戻った、ウェラーさんに私も魔法を教えてあげると言ったら懇切丁寧に謝られてから断られました。既に教育プランが有るので、余計な事はしたくないからと真顔で頭を下げられました。

「おのれ、リーンハルト殿。この妬みと怨み、晴らさずにはいられぬからなっ!」

 


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