古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第790話

 最近は執務室で書類関係の仕事ばかり行っているので身体が鈍る。適度に魔法迷宮バンク攻略で身体を動かしているが、マンネリ気味だな。ネクタルの確保は順調、転売利益は考えたくない。

 自分の屋敷に金庫室が二つ増えた、それだけで分かるだろう。空間創造にも保管したが、万が一僕が死ねば取り出せない。残された者達の遺産的な意味でも、金庫室を設けた。もう転生前の総資産額を超えた、王族時代のだぞ。

 金銭面での苦労は生涯無いだろう、余生を過ごすどころか未だ成人すらしていない。毎日関係各所から報告書が舞い込む。その中から無視出来ない内容の物が有る、ウェラー嬢からのものだ。報告内容の精度を高める為に、同時期に貰った他の親書や報告書を読み比べる。

 サリアリス様にユリエル殿の報告書、ニーレンス公爵にローラン公爵の親書、諜報部隊からの報告書。何より被告本人からの報告書、成る程、ウェラー嬢の報告書に虚偽は無い。ならば兄弟子として出来る限りの事をしよう、つまり処刑いや抹殺……

「殺るか。屑オブ屑め、栄光有る宮廷魔術師の恥曝し。貴族的抹殺か、男としての機能の抹殺か、選ばせるのが最後の慈悲だな」

 隠れ水属性魔術師の壊れ能力を見せてあげよう。男性機能の喪失など機能回復や増強より簡単、痛みは無いから安心して良いよ。犬猫だって去勢すれば大人しくなる、これも慈悲の心だな。

「あの、リーンハルト様?他人に漏らしてはいけない台詞が山盛りでしたが……」

「慈悲深く清廉潔白で優しい、そう最後の判断を相手に委ねるのですから慈悲深くて優しいですよね?」

 嗚呼、取り繕う事すら忘れてしまったか。今日の専属侍女は、ミズーリだけだ。ザスキア公爵とリゼルは、クロイツエン討伐の調整関係で外している。

 中間報告では、クロイツエンの街の包囲が完了。脱出する領民の保護も完了、攻略を始めると書いて有った。つまり今来ている報告書は攻略完了、裏取を含めた打合せ中だな。

 オリビアも王族に饗するデザート関連の件で厨房に呼ばれた。彼女は食べ物関連に強く、何故か僕は食通として意見を求められる。違う、僕じゃない。オリビアが凄いんだよ。

「ウルム王国の王都攻略について、フレイナル殿に必勝の策を授けていました。間違い無く成功させる為に、準備は万端だった。彼の覚悟と度胸さえ有れば、失敗など有り得ない筈だった。

結果的には成功し王都攻略の鍵となる城門は、フレイナル殿のサンアローで破壊した。だが内容が駄目だ、駄目駄目だ。『魔法障壁の護符』を渡したのは、敵の攻撃を自動で防ぐので城門の破壊に専念させる為にだ。

だが彼は敵の攻撃に腰を抜かし助力に来た、ウェラー嬢の腰に抱き付いた。公(おおやけ)の場で未婚の年下の淑女に怖いからと抱き付いた。しかも、ウェラー嬢に自分を守らせながらサンアローを撃った。

絶対防御のマジックアイテムを持たせたのに、怖くなって腰を抜かして年下に庇われて、漸く王命を達成?手柄を独り占め?屑の中の屑、キングオブ屑め」

 ミズーリ嬢も顔をしかめた。最悪だぞ、宮廷魔術師が防げる魔法攻撃に腰を抜かすとか有り得ない。そんな恐怖の克服など、宮廷魔術師になる前に済ませている筈だ。

 万の兵士が見ている中で、未婚の淑女の腰に抱き付く?無い無い有り得ない、恋仲でも婚約者でも夫婦でもないのに抱き付く?幼女愛好家の屑が、適正なる処罰を下してやる。

 残党狩りで旧ウルム王国領を飛び回っているらしいが、僕も復興支援で向かうからな。近くに居たら呼び出す、呼び出して説教だ!サリアリス様とユリエル殿と相談して説教だ!

「その、ウェラー様は爵位と勲章を賜ったのですから適正な評価を頂いた筈です。フレイナル様との仲については、アウレール王が公式に事故だと通達していますから貞操についても大丈夫かと思います。悪い噂話をする事は、アウレール王の命令に反する事ですから……」

 そう、破格の対応だ。ウェラー嬢の功績を正しく評価し、望まぬ異性に抱き付かれたアクシデントのフォローを国王が公式に早急に発表する。

 多分だが、サリアリス様とユリエル殿がアウレール王を動かしたと思う。愛娘と愛弟子の貞操の危機、戦場の真っ只中で異性に抱き付かれるなど恋仲を疑われる。

 好いた仲ならば、シチュエーションとしては当人同士ならば悪くはない。寧ろ嬉しいだろう、戦場の最前線で愛を示すんだ。周囲に与える悪影響さえ飲み込めるならばね。

「まぁね。同行している、サリアリス様とユリエル殿が許す訳はないからね。既に手厳しいお仕置きをされている筈だけどさ。それはそれ、これはこれ。上司として兄弟子として、未来の同僚と妹弟子に不埒な真似をしてくれた屑は断罪する」

「ふふふ、リーンハルト様もお可愛いですわね」

 お可愛い?僕が?どういう感性だ?嬉しそうに笑われたが、僕はフレイナル殿を断罪するって言ったんだけど?割と本気具合で。それがお可愛い?

 アレか?女性特有の猛獣も『その子可愛いわ!』的なアレか?まぁ感性としては理解出来ないが、前例は幾つか知っている。僕の猛獣ゴーレムも、この子扱いされたから。

 暫く笑っていた、ミズーリ嬢を見ていたが途中で気付かれて赤くなって睨まれた。まぁ睨まれても怖くはなくて可愛いだけなのだが……

「そんなに面白かったのかな?」

「面白いと言うか、リーンハルト様にも年相応に子供っぽいと言うか、人間らしいと言うか。完璧超人なので、もっと真面目で固いのかと思っていたのですわ。それを情けない殿方を説教するとか断罪するとか……」

 また思い出し笑いを始めたが、僕は漫才でも何でもなく本気だったんだが。女性から見れば、お笑いだった訳か。気持ちが萎えたよ、フレイナル殿は命拾いしたな。

 だが完璧超人って何だ?僕は不足する部分が多くて、その不足分を他人に任せてギリギリ何とかしているのだが?最近の仕事は特にそうだ、他人任せの調整業務ばかり……

 今も幾つかの仕事の割り振りを考えている。最初に割り振れば後は結果待ちだから、楽と言えば楽に間違いは無いが件数が多くて逆に割り振らないと終わらない。

「さて、そろそろ調整会議の時間か。ミズーリ、後は頼んだよ」

 執務室のドアがノックされた、つまり迎えが来たみたいだ。午後一杯は会議、だが今日も定時で帰れるだろう。事務仕事に充実感を感じるとか、戦闘特化職の宮廷魔術師としてどうなんだ?

「承りました、リーンハルト様」

 深々と頭を下げてくれる、ミズーリ。先導して扉を開けてくれる、アイン。アインは最近は調整会議にまで同行してくれるようになった。僕等は戦闘特化職なのに、今は官僚みたいだな。最年少宰相?止めてくれ、嫌だぞ。

「「「「お迎えにまいりました、リーンハルト卿」」」」

「うん、御苦労様。では行こうか」

 ラビエル子爵と息子の、ロイス殿以下比較的僕に好意的な複数の官僚・官吏達が迎えに来た。僕は彼等を引き連れて会議室に向かう事になる。ニーレンス公爵の派閥の中の、僕の派閥扱いだ。

 ロイス殿には見合いが殺到しているが、相手を逐一報告してくれる。僕に相手を選んでくれって事なのだが、バーリンゲン王国時代に年頃の淑女達から冷たい仕打ちをされた所為か女性に苦手意識が有る。

 打算的な女性ばかりだったからだろうか、結婚に関して妙に一線を引いている。いや嫌悪にも近い感情だろうか?自分の婚姻も、僕の派閥強化に使って欲しいと懇願された。つまり自分で相手を選ぶ事はしない、嫌だって言われたよ。

「リーンハルト様、また何件か見合いを申し込まれていますので、後ほどリストを提出します」

「ロイス殿は気に入った淑女は居ないのですか?僕が確認して問題無い家の令嬢から、気に入った方を選んだ方が良いと思います。本妻ともなれば相性の確認も……」

「いえ、リーンハルト様の派閥強化に必要な家の令嬢でお願いします。夫婦仲については心配なされなくても、私は大丈夫です」

 これだよ。上司の僕が恋愛結婚に拘ったのだから、部下に政略結婚を押し付ける事は出来ればしたくないんだ。ロイス殿は二十七歳、この年まで結婚が決まらなかったのは清貧を貫いたからだ。

 金に汚いバーリンゲン王国の貴族からすれば貧乏伯爵家は、嫁ぎ先の候補にならなかった。彼も最初は貴族の義務として嫁取りに努力したらしいが、貧乏を理由に断られ続けた。女性嫌いになるのも理解出来るが……

 ロイス殿にお見合いを申し込む令嬢達は二十代前半、十代が居ないのは年齢的に合わせているのだろう。あとは自慢にもならないが、十代の令嬢は僕に嫁がせたいのだろうな。嫌な話だが、年の差婚は難しい。

 ザスキア公爵の唱える『新しい世界』?知らない宗教ですね。

「では容姿と性格の好みをレポートに纏めて提出して下さい。選考基準にしますから、誰でも良い何でも良いとか適当は駄目ですよ」

「え?容姿や体型、年齢に拘りは有りません。慎み深く贅沢をしなければ大丈夫ですね。清貧を好むモア教の僧侶みたいな方が良いです」

 あーうん、それには僕も同意するよ。イルメラは渡さないが、確かに理想の嫁だよな。貞淑で清貧を尊び優しい理想の嫁だが、君にモア教の僧侶は立場的に無理だよ。

 彼の本妻候補は何人か居るが貴族令嬢の情報に詳しい、ジゼル嬢に意見を聞く事にしている。男性貴族では分からない淑女達の内部事情は、同性に聞くのが良い。

 実際の候補者達だが、僕としては誰を選んでも問題無さそうな良い方々なんだよな。それこそ各家が親族の中で条件に合う最上の淑女を選んで申し込んでいるんだ。だが、ロイス殿の好みに合わせると清貧は難しい。

 殆どが子爵家の令嬢、それも裕福な家で大切に育てられた淑女達だから金銭感覚は上級貴族基準。無駄に着飾らないとか浪費癖が無いとかでしか判断出来ない。だから候補者達と会わせて性格の相性を知りたいのだが……

「リーンハルト様、何か?」

「いえ、何人か候補者を選ぶので見合いしましょう。僕も最初だけ同席しますから、拒否権は無いですよ」

 嫌な顔をするな!単独で見合いなどさせたら、どんな結果になるか分かる。僕が同席すれば、相手にも配慮するだろう。多分だが、いきなり僕は贅沢は嫌だとか言いそうなんだよな。

 ロイス殿は色々と拗らせているみたいだから、本人に自覚が無くても相手を怒らせそうだ。本妻を選り取り見取りで選べる立場なのに、僕に丸投げだから。

 フレイナル殿が知れば発狂モノだな。彼はエムデン王国の若い淑女達に多大な影響力を持つ、メディア嬢を怒らせたままで謝罪してないから。

「その様なお手間を取らせる訳にはいきません。誰でも結構ですから……」

「家と家の繋がりですからね。派閥の当主としても先方の令嬢と会って見極めたいのです。難しく考えずに、自分の好みも反映させないと夫婦生活が破綻しますよ。仮面夫婦?長い目で見れば悪手だと僕は思います」

「ですが……はい、分かりました」

 此処まで強く言って漸く、ロイス殿も渋々と認めてくれた。だが仮面夫婦なんて互いの実家の利益のみで繋がる関係だから、破綻も早いと思うんだ。

 嫁が隠れて浮気に走った場合、ロイス殿は躊躇無く離縁するだろう。だが原因はお互いに有る、そして先方の実家との関係は悪化。実は極端な例じゃなく割と有る事だ。

 破綻しない場合は、旦那も浮気して割り切った関係の時だろうな。貴族の淑女に必須の教本に、浮気関係の項目が多かった事でも分かる。『浮気は節度を守って慎重に!』今なら理解出来るよ。

 父親と同僚達の生暖かい目に曝されて肩を落としている、ロイス殿に似合う本妻を頑張って探し出しますか。皆さん美人らしいから、後は性格だけだと思うんだよね。

◇◇◇◇◇◇

 防諜対策の整った会議室に関係者を集めた。機密の伴う話し合いの場だから、後ろめたい密談などではない。変に勘ぐる奴等は、情報が分からないから知りたくて騒ぐんだ。

 今回の議題は戦略物資の備蓄の購入についてだ。医療品・食料品・武器や防具・資機材の補充と点検、今回の聖戦とクロイツエン領の鎮圧で大量に消費した分を早急に補充したい。

 単純に商会に命じて購入すれば良いって事じゃない。今回自分で手配した事で、色々な問題も発見した。いや割と有る事を再認識しただけなんだけど、我が国でも同じだった。

「では説明の通り、今回は食料品と医療品の補充の手配を頼む。複数の商会に見積もりを取って比較し一番安い所に発注する」

「入札形式ですか?リーンハルト様の御用商会に任せれば良いのでは?」

 うん、駄目だよ。私用ならライラック商会一択だが、公用だと駄目なんだ。提案してくれた者は善意の提案だと思うが、それは不正行為なんだよ。

 商会を指名して賄賂を貰う典型的な汚職システム、まさかエムデン王国でも行っていたとは驚いた。普通に提案されて直ぐに反対意見がないのは、多かれ少なかれ行われているな。

 王都三大商会、マテリアル商会にマリンフォード商会。そして最近勢力を拡大したライラック商会、この三商会は入札させて他にも幾つか参加させる。だが条件を統一しないと入札の意味が無いんだよ。

 見回して顔をしかめたのは、ラビエル子爵とロイス殿だけか。彼等は新参だから、古参の連中に強く反対意見は言えないな。今回は正当な入札をしてみて、彼等の反応を確かめるしかないかな。

 


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