古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第792話

 正気を失ったような無謀な反乱、アヒム侯爵とカルマック伯爵が主体となり、クロイツエンの街で反旗を翻した。つまりエムデン王国に逆らうと言う暴挙、だが声明は何も無い。

 反乱するに足る理由も無く一方的に武装蜂起した。噂では侯爵七家筆頭の地位が揺らぐ事への不満、リーンハルト卿への醜い嫉妬と色々有るみたいだが……

 愚か過ぎる。タイミングも最悪、聖戦に勝利し旧ウルム王国領の平定に入った途端に足元で騒ぎを起こした。確かに戦力不足のタイミングでの反乱、勝機が有ると錯覚したか?

「馬鹿共め。聖戦で戦力が少ない時期だから勝てると思ったのか?」

 クロイツエンの街から300m程離れた平原に陣地を構えた。即席の指令所として設えた天幕に集まるのは今回の反乱を鎮圧する為に配置されていた周辺の領主本人達。

 俺が兵士八百人、ビルゲイム子爵が七百人、それとメンテス男爵が五百人。総勢二千人が直接的な戦力、予備軍と補給部隊は別に居る。補給部隊は、リーンハルト卿が手配してくれた。

 クロイツエン領の平定で何度か小競り合い程度の戦闘は有ったが死者は八人、重傷者もモア教の全面協力により治癒される。つまり即死じゃなければ命は助かる。

 この数字は異常だ。反乱軍の死傷者は三百人以上、それも徴兵された平民でなく金で雇われた傭兵共だ。戦闘を生業とする連中と戦って死者が八人だけだ。

 少数だからと増長もしないし油断もしない。モア教の僧侶達の他に、魔術師ギルド支部から二十人の攻撃魔法の使い手の魔術師も参加してくれた。

 冒険者ギルド支部の構成員達は包囲網には参加したが、クロイツエンの街の攻略には参加させない。予備戦力扱い、彼等を活躍させると少し面倒だからだ。

「カルマックは最初から問題を起こすと睨まれていた。故に我等三人が奴の領地を取り囲み、有事の際に直ぐに対応出来る算段だった」

「その通り。我等はもしもの場合に備えて聖戦への参戦を息子達に任せて待機していた。武人として戦場に行けない悔しさ、だが予想通りにカルマックの馬鹿が行動を起こした。奴等に鉄槌を下すのは我等だっ!」

 王都で留守居役を任された、リーンハルト卿から逐次裏切りの報告を貰っていた為に警戒していたが、その通りに馬鹿共が暴発しやがった。アヒム侯爵め、大人しくしていれば歴史有る侯爵家として繁栄が続いたのにな。

 何故、反乱と言う極端で愚かな真似をした?エムデン王国に勝てると増長したのか?貴様の事は最初から気に入らなかった。金の亡者、隣接する領主として迷惑しかしていない。

 漸く俺達の手で貴様を切り刻む事が出来る。暴飲暴食を重ね弛んだ貴様の豚みたいな身体はだな、さぞかし切り刻み甲斐が有るだろう。脂肪で我が愛剣の切れ味が鈍くなるかもしれぬがな。

「ハミルトン子爵よ、少しは落ち着け」

「そうだ。既に隣接する境界は封鎖、クロイツエンの街以外は解放した。これも、リーンハルト卿が生の情報をリアルタイムで我等に伝えてくれたお陰だな」

「戦場で最も大切なのは正確な情報の入手と迅速な命令の伝達か……今迄は軽視しがちだったが、考えさせられた。流石は現代の英雄、歴戦の勇者だな」

 本人は単独行動を好み常に単独か少数で大規模な敵を蹂躙する理不尽な強さを持つ魔術師だと思っていたが、用意周到で油断も慢心も無い。武力、いや魔力一辺倒の単純な男じゃない。

 認めよう。未成年ながら既に過酷な実戦を何度も生き抜いた英雄殿は、この反乱も予測し準備し完勝する手筈を整えていた。王都に居ながら準備を終える手練手管は、我等も参考にするべきだ。

 少し悔しいのは、近衛騎士団六十四家の増援についてだ。我等三家の総戦力は約二千人、それだけでは広いクロイツエン領全てを抑えるのは無理だった。増援の五百人は全て精鋭、非常に助かりはする。

「残りはクロイツエンの街だけだ。カルマックの奴は居るらしいが、アヒムと娘は確認出来ていない。リーンハルト卿は、元凶たる洗脳ギフト持ちの娘が居た場合、確実に殺せと厳命してきた」

「ああ、甘さが微塵も無いな。あの年頃ならば青臭い正義感で女子供は助けろとか言うのに、国家に害なす元凶は確実に殺せと冷酷に判断し命令を下した」

「悪名は自分が被るからとな。そんな汚名を英雄殿に被せる訳にはいかない。我等とて元凶たる、モンテローザを殺すしかないと理解している」

 清廉潔白で慈悲深く優しい、そんな噂の持ち主は国家の為ならば汚れ役も厭わない男だった。是非とも我が娘を娶って欲しい、親子関係になりたいのだが……

「増援の六十四家の連中だが、奴等もモンテローザを殺る気満々だな。リーンハルト卿の側室候補として送り込んだ娘達を通して、今回の詳細を聞かされているからだな」

「本妻予定殿の下部組織、側室予備軍の才媛達か。リーンハルト卿はエムデン王国の軍事の要、近衛騎士団が取り込みに……いや連携強化に動いた訳だ」

 悔しい、王都に常駐している連中だからこそ、リーンハルト卿に接触する機会も多い。我等地方領主は、どうしても遅れを取ってしまう。

 だが今回の件で何度も親書の遣り取りをしているし、結果は我等三人が直接報告に伺う事になる。数少ないチャンス、これを活かすしかない。

 反乱から五日目で奴等をクロイツエンの街に追い込んだ。後は……

「伝令!盗賊ギルド支部より、クロイツエンの街に居るのはアヒム侯爵とカルマック伯爵のみ。モンテローザ嬢は確認出来ず!繰り返します、モンテローザ嬢は確認出来ず。

反乱軍及び商人ギルド支部に雇われた傭兵達の配置も、此方の地図に記載されています。敵の残存兵力は約一千人、魔術師八人を確認。魔術師は全て領主の館に居ます」

 ヨシッ!必要な情報は全て集まった。敵軍の配置情報まで調べてくれたのなら、我等も陣替えして対応出来る。魔術師を全て手元に置くとは、戦の理(ことわり)を知らぬ守銭奴め。

 ビルゲイム子爵とメンテス男爵を見れば強く頷いた。元々勝ち戦だったが、更に被害が激減するだろう。情報の必要性を痛感するが、普通は敵陣地の情報など入手困難だぞ。

 我等も諜報部隊の育成を考えねばならぬが、今は戦いに集中せねばならない。今回の戦い、我等当主が最前線にて戦う。戦の先鋒、一番槍は俺達だっ!

「殆ど陣替えの必要は無い。増援の割り振りを少し変えるだけだ。奴等も我等の陣地を見て、兵力を割り振っていたのだろう」

「だが防衛戦力の三割も、自分の護衛として領主の館に配置するとはな。予備戦力のつもりか?いや臆病者は手元に戦力を残したがる、愚か者だな」

「まぁ良いではないか。この愛剣『雷光』にて、カルマックを切り捨ててやる。肥った奴の脂で愛剣が汚れるのが嫌なのだが、リーンハルト卿から託された愛剣で奴を討つ!」

 三人で雷光を抜いて天に掲げる。輝く刀身に見惚れる、素晴らしい名刀だ。リーンハルト卿は我等三人に『過去の因縁を晴らす為に活用して欲しい』と雷光を贈ってくれた。

 カルマックの奴に散々迷惑を掛けられた我等の気持ちを汲んでくれたのだ。増援の連中に討たせる訳にはいかぬ、その手柄を立てる為の助力に雷光をくれるとは……

 普通ならば当主は後方に待機し指示に徹しろとか言う筈だ。当たり前だが、我が家臣や家族迄もが声を揃えて反対した。後継者は聖戦に参加し、現当主が討伐戦に参加するなど有り得ない。

 貴族として家の存続を考えれば、我等当主は参戦しても後方で指示を出す事に徹するのが最良で正解だろう。だが、リーンハルト卿は反乱鎮圧を確実なモノにする為に武闘派の我等も最前線で戦えと暗に命じた。

 雷光を貰って、それを他人に託して俺達が後方待機?この反乱鎮圧は早急に行う必要が有る。国家の威信の為に、周辺諸国への示威行為の為に、簡単に勝たねばならない。勝っても時間が掛かったり被害が多くては駄目なのだ。

 俺達に死ぬ確率が高い最前線に行けと暗に命じた本人は『常にエムデン王国に害する者達と最前線で戦う』と言って実行している。その英雄に頼まれた事を命大事に断れと?

「死ぬなよ。我等を信じて死地に行けと命じた、リーンハルト卿に迷惑など掛けられない。死んで家族が逆恨みとか、泣くに泣けないからな」

「当たり前だ。未成年に戦場の最前線で何度も戦わせておいて、年長者の我等が後方で指示に徹する?有り得ない、そもそもカルマックの討伐は最初から我等の任務だぞ」

「此処まで段取りをして貰ったならば、後は我等が直接達成する。誰が最初に領主の館に突撃し、カルマックの首を刎ねても恨みっこ無しだぞ」

 三人で大声で笑い合う。久し振りに気分爽快だ!カルマックをぶっ殺して王宮に報告に行く、手柄を立てさせて貰ったのだ。恩は返さねばならぬな。

◇◇◇◇◇◇

 最近は周囲が僕を宰相みたいに扱うのにも慣れた。嫌な慣れだ、僕は宮廷魔術師であり国家の最強戦力。軍属の要だと思っていた時期も有りました。

 宮廷魔術師として用意された執務室が手狭になり、会議室と連結した臨時執務室に強制引っ越しさせられた。前の執務室の応接室では狭くて対応出来ないかららしい。

 自分の執務机の前に官僚や官吏達の机が十席ほど並び、それと連結する二つの会議室。おかしい、変だな。此処ってエムデン王国には不在で使われていない、宰相の仕事部屋じゃないのか?

「リーンハルト様。決裁待ちの書類をお持ちしました」

「此方の決裁済みの書類は、関係各所に戻しておきます」

「各国大使の面会希望リストです。優先順位別に分けておりますので、御確認をお願いします」

「申請書類の質疑事項について、各担当部署より回答が来ております。僭越ながら補足の説明を別紙に纏めておりますので、御確認下さい」

 なんだろう、この状況は。テキパキと働いてくれるのは良いのだけれど、効率的な意味では大助かりだけれど、違うよね?僕は此処に居ては駄目だよね?

 この異常な状況にも、リゼルさんは直ぐに馴染んでテキパキと指示を出している。出来る女感がバリバリ出てる、アインも普通に仕事を仕分けている。

 僕は君に事務処理機能は組み込んでないのに、普通に官吏達に指示を出してやがる。それを疑いもせずに受ける連中、変だよな?相手はゴーレムだぞ。それとも僕が変なのかな?

 それに各国大使との面談や折衝まで仕事の範囲に組み込まれた。確か外交を担当する部署が有った筈だが、クルーゾ男爵絡みで人員の二割の首を切って入れ替えたんだった。

 つまり外交部署は僕に隔意を持っている。いや恐れているので適度な距離を置きたい?実はニーレンス公爵からも口添えが有った、外交にも力を貸して欲しいと……

 今の外交部署は人事異動で入れ替えが激しく正しく機能していないらしい。その皺寄せが僕に来たが、原因の一部も僕だから断り辛いときたもんだ。嫌だと駄々を捏ねても無駄なんだよな。

「あらあら、大変ね」

「異常事態だと認識して下さい」

 僕の執務机の真横に豪華なソファーだけが鎮座しており、ザスキア公爵が優雅に横座りして寛いでいる。専属侍女達は壁際に整列しているが、彼女達も困惑している。

 執務机を引っくり返して窓から外に飛び出したいのだが、この部屋への臨時引っ越しは、アウレール王からの指示によるものだ。ニーレンス公爵も一枚噛んでいる。

 何でも現状の方が国政が順調に進んでいるから、更なる効率化を図る為に空き部屋を使用しろって事らしい。違う、僕は留守居役だが宰相じゃない!既成事実?知らない言葉ですね。

「似合うわよ、リーンハルト様って武官なのに文官でも違和感なさすぎて怖いわね」

「違和感しか無い筈です。皆さん僕が未成年って事を忘れてないですかね?もっと幼気な僕を労ってくれても間違いじゃないと思うんですよ」

 渾身の捨て身陳情がクスクス笑いで終わりやがった。和気あいあいの楽しい職場ですってか?見目麗しい未婚の令嬢が揃っていて華やかで良い職場環境ですってか?

 この部屋に配属されると出世コース間違い無し!とかは違うぞ。仕事に対する適正な評価をしているだけで、妙な優遇などしていない。そもそも彼等は能力は有れども上司に搾取されてた連中だった。

 環境さえ整えて余計な口出しをさせずに適正に評価すれば、直ぐに中堅以上の働きをしてくれる。仕事の割り振りは上司の役目、要らぬ連中は纏めて閑職に送った。実権など無いから邪魔など出来ない。

「リーンハルト様。ハミルトン子爵より、クロイツエン領の平定完了の報告書が届きました」

「ん、有り難う。早かったな」

「では答え合わせをしましょうか」

 待望の報告書を受け取れば、ザスキア公爵から答え合わせをしようと言われた。つまりこの最新の報告書が届く前に、ザスキア公爵の諜報部隊から報告書が届いている。

 そして補足の説明も出来る程、準備万端なんだな。頷いて先に報告書の中身を確認する。ザスキア公爵は僕の向かい側に移動して、ニコニコと見詰めてくる。

 微妙に恥ずかしい。彼女は二十代半ばまで若返っているのだが、年上の怪しい魅力に磨きが掛かっていて文官達の挙動が不審だよ。魅了されてるよ!

 先日、ローラン公爵夫人のメラニウス様も見掛けたけどさ。ザスキア公爵よりも更に若返ってたよ、二十代前半って言うか下手したら十代後半だよ!ヤバいって、リズリット王妃の危機感マックスだよ。

 ニーレンス公爵夫人もそうだが、定期的にザスキア公爵の執務室を訪ねているみたいなんだよ。間違い無く『新しき世界』の会合だな。公爵三家は裏と表でがっちり手を組んだ。

 エムデン王国の治世は長期に渡り安定するが、淑女達の戦いはこれからだろう。ザスキア公爵は厳しい選別を行っている、それが仕えし国の王女達でも……まぁ僕は不干渉という逃げに徹する。

「ふむ、殆ど人的被害も無いとは……味方の戦死者は十一人、敵側は最終的に戦死者六百八十五人に重傷者が三百四十四人。約千百人って殆ど敵の総戦力ですよね?傭兵共は殆ど全滅、八つの傭兵団が雇われていたとはね」

「負け戦なのに最後まで戦って全滅、傭兵団としては良い方でしょう。普通は逃げ出すか裏切るかしますし、野蛮な連中を後腐れ無く全滅出来たのは良かったわね」

「籠城戦でしたし逃げ場なんて無かった。降伏勧告も無視したならば、残された道は玉砕のみ。素行の悪い連中が居なくなるのは良いのですが、護衛等で真面目に働いていた場合も有りました。傭兵団の減少により、今後は冒険者ギルドに負担が掛かるのかな?」

 中規模な街がモンスター等の外敵から街を守る為に、傭兵団を雇う場合も多いらしい。冒険者だと複数パーティを雇うから指示伝達や連携に難が有るが、傭兵団は指揮系統が決まっている。

 そして傭兵団は国を跨いで活動しているから、周辺諸国にも影響を及ぼす。今回は資金の有る商人ギルドに雇われていた連中だから、それなりに名の有る連中だった。

 周辺諸国から嫌み位は言われるだろう。だが暴利を貪っていた商人ギルドに荷担した連中として扱うから、全滅させた事自体に文句は言えないだろう。その辺は、ザスキア公爵と相談か……

「悪事に荷担した連中ですからね。全滅されても文句は言えないわ。今回の聖戦とクロイツエン領の平定で武器や防具の破損が多いわね。鍛冶ギルド本部と協議かしら?」

「そうですね。徴兵した兵士に支給した武器や防具の補充と修理、鍛冶ギルド本部と協議が必要ですね」

 ニタリと笑ったのは、錬金絡みで王都の鍛冶ギルド本部の上客を纏めて奪った僕に隔意が有るだろう、鍛冶ギルド本部への牽制か?ずるずると後に延ばしたが、そろそろ対応しろって事だろう。

 補充と修理で相応の金額を鍛冶ギルド本部に回せる。その権限を僕が持っている内になんとかしろって意味だろう。気が重いけど、資料を揃えて鍛冶ギルド本部と交渉するか。


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