古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第794話

 エデンバラ砦の攻略は早朝から開始する。攻略が長引き夜間になれば視界が悪くなるので、逃げ出す連中が居た場合に発見がしづらい。闇に乗じて逃げるのは常套手段だ。もう勝ち目が無い連中だから死に物狂いで行動する。

 包囲網を敷いているとはいえ軍事施設だから、抜け穴や抜け道に隠れる場所が無いとも限らない。前に攻略したパルラ砦は馬小屋の下に隠し小部屋が有り、我等の軍馬を盗み逃げ出そうとした奴等も居た。

 十年以上も他国に潜伏し暗躍していた連中だから、何を仕出かすか分からない怖さが有る。後は前大戦の経験者達の、奴等を殺す気満々の態度が怖い。騙し討ちされて家族や友人を殺された恨みだな。

 理解は出来るが、行き過ぎた殺意はどうかと思う。まぁ俺も家族や未だ見ぬ嫁達を殺されたら、相手を絶対殺すマンになる自信が有る。復讐からは何も得ないとか生み出さないは偽善の嘘だ。

 達成感や満足感が有るのだろう。故人への思いを一段落させる為の儀式みたいなものかな。だから復讐は止めない、止めた者にも敵意を持つから危険なんだよ。八つ当たり?静観するから止めてくれ。

 流石に降参した者への攻撃はしないが、前も既に敵意は無さそうだったのに武器を手放さなかったからと攻撃していた連中を止めたら睨まれた。『武器を持つ相手を信じるな、奴等は騙し討ちが得意なんだ!』だとさ。

「降伏勧告はしたのか?」

「三回したが無回答、つまり徹底抗戦だな。敗残兵共め、散々逃げ回って漸く腹を括ったみたいだ」

 聖騎士団員達の鼻息が荒い。手順は踏んだ、降伏はしなかった。つまり徹底抗戦、相手が望んだ結末か。やるせないが、四度目の降伏勧告は無い。

 エデンバラ砦を睨み付ける。矢倉に弓兵が待機しているが、矢倉自体が四ヶ所しかない。二人ずつ計八人、残りは城門の内側で待機か?

 犠牲を減らす為にも先に矢倉の連中を潰すか。距離は150mと弓の有効射程外だが、俺のファイアボールは十分届く。さて、未だ見ぬ嫁達よ。俺様の活躍を見ていろ!

「先に矢倉を潰す。その後で城門を破壊するので突撃してくれ。援護は任せてくれて問題無い」

 連戦で補修が間に合わなかったのだろう。手入れはされているが傷だらけの甲冑を着込み頬が痩けて血走った目をしているが、髭は剃っていた。最低限の身嗜みは整えているか……

 だが淑女が見たら卒倒しそうな顔を面当てを下ろして隠した。戦争は怖い、人間性がガリガリと削られていく。例えそれが聖戦でも、正義が有っても同じ事。

 そして俺は嫁取りの為に聖戦に参加し活躍しなければならない。割り切ってはいるが、やるせない気持ちで一杯だ。つまり未だ甘いって事、聖騎士団員達に言わせれば『坊主だからさ』らしいな。

「分かった。では城門が破壊されたら突撃し、砦内部に居る残党共を切り捨てる。フレイナル殿は乱戦を避けて外で待機していてくれ」

「うむ、だが外周は回って確認しておく。逃げ出す奴等も居るだろう」

「頼んだぞ。これが最後の残党狩り、逃げられて未だ続くのは御免だ。まぁ安全には気を付けてくれ。間違っても近付かずに遠距離から攻撃して倒してくれ」

 嗚呼、そうさせて貰う。魔術師の俺に白兵戦は無理、接近戦など自殺行為だ。リーンハルト殿は魔力刃を展開して敵陣に突撃し無双するらしいが、そんな魔術師など他には居ない。居てたまるか、魔術師は後衛職なんだぞ。

 深呼吸を繰り返し精神を落ち着かせる。今なら無様な真似は曝さない度胸はついた。もう屑男とは呼ばせない、言わせない。俺は宮廷魔術師第十二席、白熱線のフレイナルだっ!

「ファイアボール!弾け飛べ、残党共よ。もう一度ファイアボール!更にファイアボール、止めのファイアボール!」

 四ヶ所の矢倉に順次ファイアボールを撃ち込む。盾で防いだが、ファイアボールは当たると爆発する。その威力は矢倉の上層部分を火達磨にして吹き飛ばすには十分、弓兵達が吹き飛ばされて下に落ちる。

 レベルアップの効果は破壊力の向上という形で分かり易く示してくれる。新しい弓兵が矢倉に登るが、ファイアボールを連発し矢倉自体を完膚無きまでに破壊する。城壁の上に登った連中も撃ち落とす。

 少なくなった魔力を上級魔力石を使い補給する。最近良質な上級魔力石が多く出回るようになり、それなりの数を確保出来た。自分で溜めるには効率が悪いから、つい買ってしまう。まぁ俺は高給取りだからな、それも有りだろう。

「良し、反撃は封じた。後は城門の破壊だ……全てを穿け、サンアロー!」

 杖を前に突き出し、先端から真っ白で極太な破壊光線を城門目掛けて撃ち込む。狙い通りに両開きの扉の中心部分に当たった。多分だが閂(かんぬき)を圧力でへし折ったのだろう。

 城門が内側に向かい左右に開いた。中には予測通りに完全武装した歩兵共がひしめいている。騎兵は居ない、つまり砦内部での白兵戦か……

 魔力も半分消耗した、もう一度サンアローを撃ち込もうとしたら左肩を強く掴まれた。見れば聖騎士団員のオッサンが前を睨み付けている。冗談じゃなく痛い、早く離せ。

「見事なり、フレイナル殿よ。後は我等に任せて貰おうか」

 嗚呼、もう手出しは無用って事だな。サンアローを撃ち込めば、正面に見える建物群も破壊し燃やしてしまう。一応建物内は調べる必要が有るからな、放火して面倒を増やすなってか?

「分かった。突入せずに待機しているから、早く突撃しろって!」

「任された。全軍突撃!一兵たりとも討ち逃す事を禁じる。敵は殲滅、油断も手加減もするなっ!」

 俺は肉体言語は分からない、理解したくない、そもそも要らない。聖騎士団員共は満足そうに頷くと奇声を上げて、真っ直ぐ突撃していった。

「我は聖騎士団副団長のジョシーなり。旧コトプス帝国の残党共よ、我等エムデン王国の怒りを知れ。全軍突撃、皆殺しだぁ!」

 うわぁい!名乗りで皆殺しとか言いやがった。二回も全軍突撃って言いやがった。しかもコイツ、副団長だったのかよ。長い禊(みそぎ)も終わり、漸く帰れる。帰って嫁達に会えるんだ。

 残党討伐も問題無さそうだな。被害は敵側しか無さそうだし、敗残兵って言うか文官みたいな奴まで剣を持って戦って……一刀で斬り伏せられてるよ。本当の意味で逃げ込んだ最後の場所かよ。

 武官文官で総力戦か。仇敵とは言え哀れだが、同情はしない。だが殺戮現場が見易い此処から移動する、見ていて気持ちの良いものじゃないしな。

◇◇◇◇◇◇

 エデンバラ砦の周囲を警戒しながら歩く。城門付近は逃げ出す奴等を警戒して兵を配置しているが、城壁沿いに歩いていると見張りの兵は居ない。

 前は城壁に隠し扉が有って城壁を包囲していた味方の横腹に食い付かれたな。まさか丸太が倒れて騎兵が突撃してくるとか慌てさせられた。だが隠し扉に味方が突入し、結果的には早く攻略出来た。

 この城壁は石と木の組合せだから、隠し扉も容易に作れると思う。だが砦の周囲は開けた平地だから、逃げ出しても待機している騎兵の餌食だな。同じ失敗はしない対策を施しているから。

「俺ならば、あの少し離れた林まで秘密の抜け穴を掘る。林の先は平地で、その先は森だ。砦からは林が目隠しとなり、森に逃げ込む姿は見え辛い」

 少し気になって林に近付く。そして林が人工的に植えられたものだと感じる。妙に均等で一種類の木しかない。それに微妙に中心部分が土手として盛り上がり砦側からの視界を塞いでいるんだ。

 ヤバい、当たりか?応援を呼んで徹底的に調べるべきか?いや勘でしかない、もし何も無ければ、ジョシー副団長に嫌みを言われてしまうな。俺は臆病でも屑男でもないんだ。

 警戒し杖を構えて落ち葉を踏みしめながら林の中に分け入る。木に葉が生い茂っているので中は薄暗いし妙に土臭い、腐葉土って奴だな。踏んだ感触もフワフワしてるし湿ってもいる。

「む、誰だ?」

 腐葉土がフワフワで足音を殺していたが、ガサガサした音と何かが擦れるような音がした。杖を引き抜き音のする方を見れば、若い女数人が身体を寄せ合っていた。

 侍女らしき服装の若い女三人に子供か?十歳にも満たない男の子が女に囲まれて、怯えた顔で俺を見ている。そして震えながらも気丈に護身刀のナイフを構える女、もしかしなくても残党だ。それも血筋の良い……

 彼女達の後ろの盛り上がった土手には隠蔽されていた隠し通路の扉が見える。普段は枯れ草に埋もれていたのだろう、50㎝四方の小さな扉だ。これが開いた音だったのか、しかも俺の真後ろに出るとか不幸というか何というか。

「若様、逃げて下さい。此処は私達が時間を稼ぎますから早く」

「こんな所にまで魔術師?私達は旧コトプス帝国などと無関係なのに、エムデン王国は鬼です悪魔です!」

「貴方はエムデン王国の魔術師ですよね?私達の敵ですよね?若様は害させません。私達が命懸けで、お守りします」

 鬼か悪魔か、屑男よりも万倍マシだな。落ち着いて三人の女を観察する、魔術師でもなければ武術を修めた護衛でもないな。見目良い容姿の普通の侍女、特別なものは何も感じない。

 若様と呼ばれたガキの方は、成長すればイケメン確定の顔面偏差値が高い事が分かる。つまり敵な訳だ。着ている服も派手で高価、何故逃げ出すのに目立たない服に着替えなかった?見栄か面子か?

 睨み合っているが俺には余裕が有る。女達も護衛刀は構えてはいるが、切っ先が震えている。戦った事など無いのは分かる。普通に制圧出来るが、他の連中に見付かれば武器を構えている時点で問答無用で斬り伏せるの一択だな。

 余裕は有るが考えが纏まらず行動を起こせない。普通に制圧し捕縛、聖騎士団員共に引き渡せば完了。手柄になるだろうが、胸の中がモヤモヤする。彼女達への同情か?それとも騎士団員共への反発か?

 暫く睨み合うとプレッシャーに負けたのか、侍女の一人が倒れた。慌てた二人が支えるが、もうこの時点で君達の負けは確定だろう。やはり普通の侍女だ、良く耐えた方だよな。

 餓鬼が侍女達の前に出て両手を広げたのは、子供ながらに女達を守るってか?ガタガタ震えて半泣きなのに、俺に立ち向かうのか?やるじゃないか、餓鬼の癖に生意気だぞ。イケメン死ぬべし、だが男気は認めてやる。

「お前はウルム王国を復活させたいのか?打倒エムデン王国を掲げるのか?逃げ出した先でどうしたいんだ?」

 上級貴族の息子か最悪は王族、だが侍女達は王族に仕えるレベルじゃない。只の貴族の子供で、エムデン王国に刃向かわなければ見逃しても構わない。大した問題にもならないと思う。

 だが復讐を誓いウルム王国の復活を望むならば、俺は女子供でも倒さねばならない。反乱の御旗を見逃すのは駄目だ。出来れば俺に手を出させないでくれ。女子供殺しなどしたくないぞ。

 気を失った侍女も意識を取り戻したみたいだ。必死に餓鬼を守ろうとし、餓鬼も侍女達を守ろうとしている。良い主従なのだろう……イケメンなのは気に入らないがな。二度言うがイケメンは気に入らない。

「逃げる先の、あては有るのか?」

「き、貴君に言う必要は無い」

 貴君?また大層な呼び方だな。やはり上級貴族の御曹司か、逃げ出す先の貴族に売られないようにしろよ。奴等も家の存続に必死だから、見返り無く後ろ盾の無い奴など簡単に売るぞ。

 まぁ良いか。最後に隠れた善行をしても、エムデン王国の支配体制は盤石で揺るがない。餓鬼一人逃がしたからって、何も変わらないな。それに逃げ切れるかすら怪しいし、安全を確保してやる程、俺は優しくない。

 それに時間を掛ければ他の者に気付かれる危険性も有る、今日は見逃してやるから上手く生き延びろ。そして侍女達の良き主になれ、イケメンは嫌いだが俺は慈悲深いんだ。

「ウルム王国は滅んだ。もう祖国奪還は無理、拾った命を大切にしな。侍女達を泣かせるなよ、じゃな!」

 早く林から離れよう。俺が此処に居て、餓鬼共が逃げ出した事がバレれば関連性を疑われる。抜け穴に気付いて追って来る奴等も居るかも知れないしな。

「見逃すのか?同情なら要らない」

 侍女から奪った護衛刀を構えたが、糞みたいな見栄や面子で助かるチャンスを棒に振る馬鹿なのか?上級貴族に有りがちな肥大した自尊心かよ。

 侍女達を見てみろ。僅かに生き延びるチャンスが舞い降りたのに、それを不意にするなんてっ!みたいな顔をしているぞ。

 最初は命懸けで守ろうと思ったが助かる手立てを示されたのに、それを棒にする愚行をしている主に疑問を持った顔だぞ。

 まぁ子供だしな。我が儘一杯に育てられた弊害か、我が子の教育は間違えないようにしなければな。誇り高く生きるのと我を張る見栄や面子は別物だぞ。

「お前、糞みたいな見栄や面子の為に大事な侍女達を危険な目に曝すのか?もう俺達の勝利は動かない、逃げ出した先で上手く動けよ。面と向かって刃向かえば、今度は殺すしかなくなる。戦争って理不尽だが、そう言うモノらしいぞ」

 侍女達が信じられない顔をした後で、見直したみたいな顔に変わった。俺に惚れるなよ、火属性魔術師だけに火傷じゃ済まないぜ。餓鬼を捨てて俺を主と仰いでも良いぜ。

 餓鬼が何かを言い出す前に背中を向ける。お前を助けた偉大な俺の背中を見て憧れろ。大きな男の背中をな。侍女達は惚れて貰って構わない。落ち着いたら俺を訪ねて……は駄目だ、名乗ってないし万が一バレるのも危険だ。

 だが何時か偶然に会う時も有るかも知れない。その時はイケメンの餓鬼を捨てて、命の恩人たる俺の妾になれ。大切に守ってやる事が出来る、何故なら俺様は宮廷魔術師だからな。言わないがな!

「恩に着ておきます魔術師殿。私はウルム王国王位継承権第八位、ベルヌーイ・フォン・ウルム!何時か貴方を配下に迎え入れて差し上げますから期待していて下さい」

 え?王族?王国王位継承権第八位?何ソレ、お前は上級貴族の息子じゃないのかよ?待てよ、少し待てよ!

「おい、お前。少し待てって!」

 振り向けば全力で走る侍女に手を引かれている餓鬼が見えた。それなりの距離だが、今から追えば間に合うか?それにお前、俺に嘘を言ったな!

 何が配下にしてやるだ。ウルム王国の復興を全然諦めてないじゃないか、嘘を言ったな。餓鬼の癖に俺を騙したな!

 振り向いた侍女が頭を下げるのを見て、もう良いやって思い直す。俺は名乗ってないから、今の事は知らないから。知らぬ存ぜぬで押し通すから。

「早く移動するか。バレれば大問題だが、エデンバラ砦に王族の生き残りが居るなんて知らない知らされてない。だから大丈夫、大丈夫だから……」

 背を低くして林を抜ける。適当な場所を回って城門に戻れば良い、付近を見て回ったが不審者は居なかった。それが真実であり、聞かれなければ報告もしない。

 やはり餓鬼であろうとも、イケメン死ぬべし慈悲は無い精神で行動するべきだったか?国境付近で王族を取り逃がしたのは不味かったか?隣国に逃げ込まれて臨時亡命政府でも立ち上げられたら……

 それは無い。つまりエムデン王国に真正面から敵対する事になるし、聖戦としてモア教の敵認定されたウルム王国の味方をする?無いな、無い無い大丈夫だ。

 全く、変な餓鬼に会ってしまったな。忘れよう、俺は嫁達とラブラブチュッチュな排他的で淫靡な性活をするんだ。やっと夢が叶うんだっ!

 


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