古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第796話

 妖狼族の危機については、知らない内に解決していたらしい。エムデン王国では少数かと思っていた人間至上主義者だが、国家の中枢の官僚・官吏達の中に潜んでいた。

 その中でも無能な者達は別の意味で閑職に送り最終的に辞めさせたのだが、有能な連中は残った。生き残りの連中の炙り出しには、リゼルの力に頼るしかないのが歯痒い。外面を取り繕う奴等の内心を知る事が出来る強み、殆ど反則だな。

 残った連中は上手く人間至上と言う主義主張を隠している。それはアウレール王が人間至上主義を認めずに、モア教を国教と定めているからに過ぎない。仮面を被るのは貴族ならば必須技能、不利な本心を晒すのは無能だよ。

 表立っては主張しないが、陰ながら嫌らしく行動しているのだろう。彼等からすれば妖狼族を取り込み勲功を稼がせる、僕は間違いなく敵認定だろう。何故、他種族を優遇する?馬鹿なの?みたいにね。

 僕は彼等からすれば人間を裏切っている事になるのか?現実的には妖狼族や魔牛族みたいな少数種族ならば、敵対しても勝てるかも知れない。だが彼等を庇護しているのは、隔絶した魔法力を持つエルフ族だ。

 多分だが人間族を纏め上げて総力戦を挑めば、良くて善戦して負ける。人間に関心の薄いエルフ族ならば、特に考えずに我等を滅亡に追い込むだろう。それ程の力量差が有るのに、彼等を否定し敵意を向ける。

 一部の愚か者の暴走で、人間族の崩壊とか止めて欲しい。だから彼等は見つけ次第潰す、我が儘な僕の安全と幸せの為にだ……

◇◇◇◇◇◇

 今日は安息日、魔法迷宮探索も政務もしない完全な休みだ。最近は留守居役として色々と働き過ぎだと思うので、今日は一切の仕事をしない。だが何となく落ち着かずソワソワする。

 仕事漬けの者が陥る病じゃないよな?ワーカホリックだっけ?仕事をしていないと精神が乱れるアレじゃないよな?深呼吸をして精神を安定させる、僕は仕事に負けないし病まない。

 今もする事が無くて庭に設えた東屋で庭師達が育てている花々を見ている。生憎の曇り空、頬に当たる風には湿り気を感じる。つまり雨雲が近付いているのだろう。

 戦場では天気の予測は必須なので何となく感覚で分かる。まぁ曇り空で更に湿った空気が流れてくれば、普通に雨が近いと思うよな。何故か休日だからと紅茶を頼んだのにワインと簡単な摘みが用意された。

 僕を意地でも働かせたくないのだろう、酔えば仕事など出来ないからな。煮詰めた砂糖を絡めたアーモンドを手掴みで口に放り込む。マナーなど糞食らえな下品な仕草、だがそれが良い。

 しかし一人で放置は寂しいのだが、イルメラが一人の時間も必要だからと押し切られた。因みにだが錬金は禁止、アレは半分仕事で半分趣味だから駄目らしい。なので一人でワインを嗜み意味も無く空を見上げている。

「イルメラさん、一人の時間って必要ですか?」

 休日に庭で一人酒を飲みながら物思いに耽る。確かに心を休めるには必要なのか?だが僕は其処まで病んでない、逆に彼女達との触れ合いを求めているのだが……

 む、馬の嘶(いなな)きが聞こえた。馬車が来たんだな。来客?反応は、ジゼル嬢だな。相談したい事が有ると言っていたから、此処で話すか執務室に行くか。防諜対策としては、どちらも問題無い。

 人払いをして直接聞こえる範囲から人を遠ざければ、魔法的な盗聴も不可能だ。遠見で読唇術も有りだが、この外から此処を見通せる場所は無い。屋敷からも東屋の壁で塞いでいる。

 この東屋は、防諜対策と言う意味でも考えられて建てたんだ。三方は壁が無くて解放的だから、来客に敵意無く密室じゃないアピール用。序でに庭園を自慢出来るネタも提供出来る。

 貴族御用達の庭師達ってさ、見栄え良い造園技術だけじゃなく他の事まで考えて設計している。因みにだが、この東屋の地下には隠し部屋も有る。当座の資金に食料に武器も備えた。

 これは庭師達も知らない。僕が内緒で錬金して、イルメラだけが知っている。他にも隠し部屋や隠し通路も有るが教えたのはイルメラだけだ。僕は有事の際に仕切るのは、イルメラが適任だと思っているから。

 魔力球で制御している古い洋館を起点に地下に隠し通路網を構築した。貴族街の外にも通じているが最大の特徴は防衛戦、生き残る為の設備が充実している。地下に籠もれば各種迎撃装置が侵入者に対応、宮廷魔術師が複数でも突破は無理。

 反面、籠もれば外に出る事が難しい。僕が迎えに行かないと基本的に出られないが、五年以上は籠城出来る。まぁ籠城を選んだ時点で何時かは詰む事になるから、負けを引き伸ばすだけだな。

 だが大量の犠牲を強いる事は可能。敵との我慢比べになり、大抵は見張りだけ用意して放置。出て来るのを待つと思う。因みにだが火攻め・水攻めも効果はない、一番可能性が高い攻め方を対策しないでどうするの?

 む、アーシャと共に、ジゼル嬢が此方に向かって来る。アーシャ同伴で話す内容となると、デオドラ男爵家絡みか?二人の表情は微妙だが、微妙な相談事なのか?まぁ出来るだけの事はするけど……

◇◇◇◇◇◇

「お待たせ致しました、リーンハルト様。休日に相談事を持ち込み申し訳有りません」

 開口一番、丁寧な言葉で謝罪され深々と頭も下げられた。身分差って怖い、婚約者相手にコレだぞ。周囲の目も有るから仕方無いとは言え、もう少し何とかならないかな?ならないか……

 笑顔を貼り付けて問題無いアピールをする。向かい側の席を勧めて彼女達を座るのを待つ。背後にイルメラとウィンディアも居るが、何故に嬉しいがメイド服姿なの?

 メイド服姿の時の彼女達の隠密技術は凄い。メイドは空気と思えって言われるけど、本当に気配を消して空気だよ。つまり、イルメラは控えろと言われたメイド服姿になっても話を聞きたいのか。

「いや、気にしないで下さい。休みで暇を持て余しています。僕は錬金を止められると時間潰しも何も出来ない、困った男なのです」

 まぁそれはそれはって姉妹に笑われた。捨て身の自虐ネタに素直に笑うとなれば、それ程重たい話にはならないのか?進退窮まる問題なら笑えないだろうし……

 イルメラ達がワインと摘みを手際良く片付けて、新しく紅茶と焼き菓子が用意してくれた。何だかんだでワインはボトル二本空けてしまったが、酔いは魔法で醒ました。

 フルボトル二本も飲めば普通は泥酔だが、僕は大丈夫。これが酒好きでエムデン王国一番の酒豪って言われる原因なんだよな。自分に問題が有る、だが未成年なのだから配慮はして欲しい。

「その、御母様達が懐妊しました」

「御母様達?複数同時に?」

 性に関わる話だからか、ジゼル嬢は真っ赤になって下を向いてしまった。でも思い当たる節は多い、僕との模擬戦の後で高揚した気持ちを鎮める為に本妻殿と側室達と毎回宜しく纏めてヤってたよ。

 それを避妊せずに何度もヤれば子宝を授かるよな。時期的にも同じ頃に全員を同時に相手にしてだろうし、目出度い事には変わらないが問題も少なくない。後継者候補が増えれば、本妻や側室達の実家も動く。

 ジゼル嬢の相談事とは当主である、デオドラ男爵不在時に本妻や側室達の実家が動く事への牽制かな?モジモジして続きを話さないけど、急かさずに待つ方が良い。後継者は決まってるみたいだが、領地持ちだから領地を分割しての相続でも狙ってるのか?

「懐妊されたのは、マルガレーテ様にローズテリア様。それにキャスリーヌ様とアルテルヌ様です」

「側室殿達が四人同時にですか……」

 羨ましい。僕は数年待って、イルメラが第一子を身ごもってくれるらしいのに同時期に四人?確か一ヶ月に何度も模擬戦を繰り返した時期も有ったから、妊娠のタイミングが合ったのか?全員側室、それと僕とは余り接点が少ない方々だな。

 アーシャが恥ずかしそうに下を向いたのは、父親の派手な女性関係だけでなく自身が中々身ごもらない事も恥じているのだろう。だが女神ルナの結果は話せない。教えられても困るだけだろう。

 他種族の信仰する異教の女神と御神託を授かる巫女を介在して意見交換可能とか、ヤバいネタに間違い無い。精度の高い未来予測、人は逆立ちしたって足掻いたって神様には勝てないんだよ。

「慶事では有りますが、それについて僕に何を相談したいのですか?」

「その今回子供を授かった御母様達は、全員が魔術師の家系から嫁がれたのです」

 あーそうか。前に魔術師を取り込む為に婚姻や養子を取るとかしてるって聞いたな。ボッカ殿も同じような理由で、ウィンディアを側室にと強く望んでいた。拒否して負かせて話を潰したが、最近見ない彼も聖戦に参戦したのかな?

 だが今回の側室殿達は魔術師と名乗れる程の力量は無かったから気にしていなかった。デオドラ男爵は彼女達の血筋と遺伝子を見込んで子供達に魔術師としての希望を託した。

 貴族でも一人前の魔術師だったならば、女性でも職を得て出世する可能性も有る。領地持ちとは言え男爵家に側室として嫁ぐとなれば、魔術師としての自立は無理だったから血筋を期待されたのだろう。

 つまり生まれてくる子供は、それなりの確率で魔力を持っている可能性が有る。大体半数位か?更に一定以上の魔力の保有量を持つ者は少ない。側室殿達の実家は魔術師の家系、そして魔術師ならば縁を繋ぎたがる僕やサリアリス様との接点となる訳だな。

 成る程、ジゼル嬢の相談事が朧気ながら分かったよ。魔術師の素質が有る子供が生まれた場合、僕に弟子入りしたいか最低でも教育して欲しいだな。親族だし多少の無理強いも、デオドラ男爵が望めば可能と考えたか。

 何たって問題児だった、ウェラー嬢をサリアリス様と二人で短期間で一流の域に育て上げた。今回の聖戦でも大活躍だったし、是が非でも縁を深くしたいですってか。

 気が早い気もする、せめて魔術師の素養を持って産まれて属性が合って相応の魔力保有量が有ればの話だろう。流石に生まれた子供を直ぐに品定めなんて出来ない。弟子入りもなにも、物心ついてから改めてだろう。

「魔術師の素養を持って産まれれば、僕に育てて欲しいとかですかね?属性が合えばですし、弟子入りは才能次第です。偶に教える位ならば構いませんよ」

 先延ばしの妥協案を提示する。偶に教える位なら構わないし、それ位しか出来ない。まぁ十年以上先の話だし、今はその程度で十分だろう。魔法を教えるにしても、大体十歳前後からだし。

 間違えれば人を害する程、危険なのが魔法なんだ。自我が確立し安全に配慮出来る年齢が、大体十歳頃だよな。修行を始めるにしても、それより若いと無理だと思う。

 ウェラー嬢は八歳の頃から、ユリエル殿に仕込まれたらしい。だが彼女は天才の部類だから、一般的な話には合わない。下手をすれば、十二歳にして最年少宮廷魔術師の更新だって有り得るんだぞ。

「いえ、親族達からは後見人になって欲しい。言葉は濁しましたが、近い意味の事は話しました。御父様には報告して沙汰待ちですが、一部の親族の方々が勝手に動いています。勿論ですが、御母様達は自粛しています。ですが頻繁に親族達が訪ねて来たり手紙を寄越したりしているのです」

 偶に指導する位ならば妥協するって言おうとしたのに、後見人とは大きく出たな。弟子入りよりも関係は強くなり、援助やもしもの場合の尻拭いまで任される関係だぞ。

 僕は魔術師としての後見人は、バルバドス師の子供以外は約束していない。後見人や弟子入りは特別な意味合いが有り、デオドラ男爵の実子と言えども無条件には受けられない。

 デオドラ男爵は初期の頃からの最大のパトロン、今は爵位や役職は追い抜いたが派閥の順位は下だからな。親族達が夢を見ても仕方無いか……宮廷魔術師団員にもなれれば大出世だから。

「後見人は無理ですね。余程の才能が無ければ無理、弟子をとるのも才能次第。魔術師とは実力主義ですから、才能の乏しい者は優遇出来ない。みっちり育てても限界を突破する事は厳しいでしょう」

 魔術師は才能有りが前提で、後は本人の努力の問題だ。努力家でも才能の壁を覆す事は厳しく二流止まり、僕は一流の連中を待っている。ウェラー嬢は数少ない可能性を秘めた逸材。

 才能ならば転生と言うズルした僕よりも高い。サリアリス様と言う最高の師を得て最高の教育環境を整えたにしても、十二歳で今の実力を得たのだから本当の天才だよ。

 デオドラ男爵との関係を考えても、偶に指導する位だろう。現役宮廷魔術師第二席の個人授業など、伯爵家以上の子弟でも厳しいんだぞ。まぁ拒絶はしないで、適度な関係か……

「もしも勝手に接触をして来ても、完全拒否でお願いします。事前情報も無く、デオドラ男爵家の意思決定も知らぬ情報で勝手に接触されるのが嫌だったのですわ。御父様もアルクレイドも不在の時に、何を乱心したのか……」

 あ、コレ何を言っても駄目なパターンだ。相当ストレスを強いられた感じだし、全て吐き出させて発散させないと駄目だ。極力にこやかにして聞き役に徹するしかない。

 しかしデオドラ男爵の側室殿達は、本妻殿が上手く取り纏めていたと思っていたが親族達迄は抑えられなかったか。当主の意向を無視して親族達が勝手に動くのか?今の友好的な関係を崩してまでか?

 何か釈然としないが、側室殿達は愚かではなかったな。だが女性だから実家の意向を拒絶する程の力は無く、本来諌める筈の旦那が不在。留守を預かる本妻殿や、ジゼル嬢の意見も無視とはね。

 本来、魔術師とは知識を得る事を至上の喜びと感じる知的人種の筈なのだが……余りにも愚か過ぎる、欲望丸出しだな。ジゼル嬢の事だから、変な行動をする親族達の事も調べた筈だ。

 モンテローザ嬢のギフトによる洗脳は受けていない、つまり素で馬鹿な行動をしている訳だ。僕は一代で特別変異した魔術師、実家は魔術師を輩出していない。

 後見人になって貰えれば、僕の権力の恩恵をより多く貰えるとか単純に考えたのか?サリアリス様の親族もそうだが、現代の魔術師って俗物的過ぎない?知識探求はどうした?

「分かりました。何か直接的に言って来ても無視しますから安心して下さい。あと半月もすれば、デオドラ男爵が帰って来ます。当主の沙汰は絶対、直ぐに落ち着きますよ」

「無理を言って申し訳有りません。本当に親族達の不祥事って胃にキますわ」

 ジゼル嬢が胃の辺りを押さえた後で撫で始めた。本当に親族の馬鹿な行動って胃にクる、痛い程分かる。僕も愚弟殿の報告書を読むと胃が爛れて血を吐きそうになる。

 更正の為の修行は順調じゃないみたいなんだ。未だ領主の異母兄弟だからって我が儘が通用すると思っているらしい。鍛錬にも身が入らず、欲求不満で挙動不審らしい。

 身の丈に合わない欲望は身を滅ぼす。今の僕だって危険な事に変わりはないから、彼等を反面教師として身を引き締めるか。インゴの件は、父上にも報告書が回っているんだ。

 このまま改心しないと、本当に見限られるぞ。バーレイ男爵家は今回の聖戦で一定の成果を上げたらしく、上手くすれば小さいが旧ウルム王国領に領地も貰えるらしい。

 後継者選定条件は厳しくなる。インゴは禊(みそぎ)を済ませても家は継げないが、下手をすれば勘当されて放逐だぞ。馬鹿な親族はな、没落の引き金になるから容赦なく粛正されるんだ。

 領地を賜る事は貴族として誇らしい事だ。その領地を守る為ならば、実子でも見限る。貴族の見切りは厳しい、インゴが反省して態度が変わらなければ……

 


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