古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第797話

 王都から一番離れた領地、スピノの警備兵として鍛え直す事にした愛すべき弟の近状報告書を読んでいる。完全休養日の就寝前に、明日の仕事の確認として一人で執務室に籠もった。

 同じ内容が、バーレイ男爵家にも届いている。父上とエルナ嬢が頭を抱えているのが目に浮かぶ、微妙に更正中なのか反抗しているのかが分からない。インゴの女好きは病気のレベルだな。

 報告書を執務机の上に放り投げてコメカミを揉む。頭痛が痛いとか馬鹿な事を考えてしまう程、報告書の内容が微妙に酷いから。どうしてこうなった?女人禁制の修行で禊(みそぎ)の筈だが?

「仕事は真面目にこなし鍛錬も文句や泣き言を言いながらも日々のメニューを消化している。レベルも十五になったが、未だ一人前とは言い難い。モンスターを倒さずに鍛錬だけだから、経験値も少ないから仕方無いのは分かる」

 朝六時起床、朝食まで肉体鍛錬と木剣を振るい剣術の修行を行い身嗜みを整える。九時から五時迄、警備隊としての任務だが女人禁制の為に事務処理の仕事が主となっている。

 修業後は模擬戦を主とした実践的な修行を行い、夕食後は身を清めてから就寝迄は自由時間。修行の詰め込み過ぎは精神を病むから、適度なストレス発散は必要。

 週五日間は警備隊として働き六日目は一日中鍛錬を行い、七日目は休養日。これが、インゴの一週間のサイクルだ。未だ半人前の見習い以下だが、修行の成果は確実に実ってはいる。

 年の近い仕事仲間との友好関係は良好、少ない給金で休養日には監視付きながら街に繰り出し買い食いや菓子類を買い込んでいる。まぁ食べる事が好きだったから、有る意味で予想通りだ。

 領主の異母兄弟だが王都で不祥事を行い地方に飛ばされた事は周知されている。恥ずかしいが女性関係の悪さを行ったので、女人禁制の禊(みそぎ)だと情報を公にした。そうすれば、インゴに近付く女性は減るから……

 だが何故か、インゴは友人達の中で一目置かれた存在となっている。若くして側室を娶り淫靡な性活を過ごし、更に女性関係で火遊びをして処罰された。若い連中には、インゴは大人に見られているらしい。

 馬鹿な、貴族として紳士として異性にしてはならぬ事をして王都を追放されたんだぞ。何故、そんな評価になる?普通に処分される所を僕の功績と相殺で助けたんだぞ。崇められる要素など皆無だと思うのだが?

「非経験者は経験者に一目置くのは何となく分かる。己の未知なる世界を先に体験している者に向ける憧憬か?」

 僕とも年が近い連中が、インゴを性の英雄みたいに持て囃す?全く共感出来ない、理解の範疇の外だ。まぁ良い、上手く友好関係を築いているならばな。下ネタで繋がる友情ね。

 ロップスさん達の事を思い出す。僕も彼等と宿舎で猥談した事が有るが、十代って一番性欲が漲るらしい。青き性春?若き素晴らしき日々を満喫か、色情で繋がる絆は嫌に強固らしいな。

 まぁその分拗れると刃傷沙汰まで行ってしまうらしい。殺意を抱く程、殺したい程憎らしい。自分だって、イルメラを奪う奴が居たら有無を言わさずに抹殺するから理解は出来る。

「此処までなら良い。未だ笑える範疇なのだが、仲間に頼んで艶本を手に入れて貰うのは微妙だ。インゴは下(しも)の事情で更正中なのに、所持していた艶本は反省を促す為に全て燃やしたんだ。

それなのに更正先で再び入手するって、本当に反省しているのか?幸いだが、インゴに手渡す前に発見して処分したらしい。頼まれた相手は三ヶ月の減給、インゴは三ヶ月間の休養日に追加修行か……」

 色情に入れ込む気持ちが未だ重すぎる。しかもリクエストした艶本が『メイドと御主人様もの』『貴族が街娘を攫い好き勝手するもの』『幼女を相手にするもの』と最低なラインナップだな。

 弱い立場の相手に対して一方的に性欲をぶつける、貴族として一定以上の需要が有る性的思考ではある。代官からは次に同じ事をすれば、肉体的体罰をするので許可を求められた。代官は王命に近い状態で、インゴの更正を請け負っている。

 実際に『英雄殿の栄光に影を差す肉親の矯正、命懸けで挑みます』って言われた。それが効果無しなど許されない怠慢行為とか、思っているんだろうな。代官に苦労しか押し付けてない、領主として最低だよ。

「肉体的体罰は許可しよう。具体的には傷が残らない程度に尻を棒で叩くそうだ。精神的、肉体的苦痛の恐怖を与える事自体が目的であり、今後は同じ事をしない戒めを刻み込むらしい。痛みと共に刻まないと性欲が抑えられないって凄い、羨ましくも憧れも無いけどね」

 未だ軽く考えているのか?もう更正しないと速やかなる粛正待った無しなのだが、自分は大丈夫とか思ってるのか?

「インゴよ、脅しじゃなく命が懸かっているんだ。少し位は大丈夫とか甘えるな、父上やエルナ嬢を悲しませるなよ」

 因みにだが、彼女が宿した御子だが男子らしい。水属性魔術師が確認したから間違い無い。つまりだな、バーレイ男爵家の直系の跡取りは絶えない。

 インゴが粛正されても大丈夫なんだ。宮廷魔術師第二席の異母兄弟?聖騎士団副団長の次男?今の立場では何の意味も無い、お前を誰も配慮などしてくれないぞ。

 エルナ嬢は妹である、グレース嬢に悪戯していた事を本気で怒っている。お前は既に見切られているかも知れない。貴族の見切りとはな、それ程厳しいんだ。

 僕の栄達、父上の命を脅かした愚行を早く反省し更正しろ。親書に認めて送ってやるが、僕の慈悲にも限度が有るぞ。最近お前の事を相談した時にだな、あの姉妹の冷たい目は……

「お前は既に、見限られているかも知れない」

 リゼルの誘導で、出来の良い兄に愛情を注ぎ込めみたいになっている。家を興しても未だ未成年、父上達は僕に両親の愛は必要だって思っている。今迄、インゴに構い過ぎたと反省しちゃってる。

 端から見れば確かに親孝行な息子、出世して実家への援助も行っている。他人からは羨ましいと思われているらしい、実際に恩恵も目に見えて有るからね。

 エルナ嬢の産む子は、バーレイ男爵家の希望。父上の正当後継者にすると聞いた。つまり、インゴよ。お前は実家を継げない、だが腐らずに反省と努力は怠るな。

 今は更正したと、周囲に分からせる必要が有る。馬鹿な事はしないでくれよ、もう庇えない。三度目は命で償うしかないのだから……

◇◇◇◇◇◇

 異母兄弟のインゴの次は、兄妹弟子のウェラー嬢からの報告書を読む。前回は屑男(フレイナル)関連の報告だったが、アウレール王からの指示で屑男の更正?矯正?宮廷魔術師関連引き締めの再指令が来た。

 王都攻略最前線で国王の前で、漫才みたいな遣り取りを行った事に対して大変御立腹だ。下位者の連中の引き締めは上位者の義務であり、宮廷魔術師及び宮廷魔術師団員の引き締めを始めたのは僕だからな……

 だがフレイナル殿の再教育って言われても、僕も一度鼻っ柱を叩き折っただけなんだ。無駄なプライドや傲慢な態度は収まったけど、少女に依存する性根の部分は難しい。簡単には治らない、インゴの為に僕が方法を教えて欲しい位だよ。

 ウェラー嬢からの報告書だが、身分上位者宛だから親書形式になっている。正式文書だから検閲は無いが、ザスキア公爵は中身を知っているみたいなんだよ。情報収集能力が高過ぎる。

 ウルティマ嬢を雇用して、僕も専属の諜報部隊の抱え込みを始めたが未だ納得出来るレベルじゃない。これからに期待だが、一朝一夕に育つモノじゃない。

 今は予算を投じて育成に専念し、十年後位を目処に独自の諜報網の構築かな?ザスキア公爵に頼り切りだと不味い気がしてならない予感がする。味方だが、不味い気がする。

 裏切りとかじゃなくて……

「ふむ、ん?フローラ殿から過剰な接触有り?何だか彼女を警戒しているみたいだな。病み女が不気味で怖い、何かと構ってくるし魔法も自らが教えるって?丁寧に断ったみたいだが、何を考えているんだ?

フローラ殿の執務室に、ウェラー嬢だけを呼び出す。彼女も警戒し、ユリエル殿にも報告と相談をしたが様子見で濁されたみたいだ。同性だし性的な悪さはしないと思うからって……

ユリエル殿も同僚で同性同士だから過剰な警戒や心配はしなかったのか。または断るだけの材料が無かったか、国王のいらっしゃる場所での不用意な行動は無いと判断したのか?」

 執務机に置かれたトレイの中には、フローラ殿からの模擬戦の要望が来ている。前回は流れたから、改めて行いたいって書いてあったが……文面の節々に、僕への隔意が滲み出ている。

 もしかしなくても、ウェラー嬢が彼女の指導を断った事への恨みか?やっかみか?フローラ殿が、ウェラー嬢に関心を寄せる様な出来事って有ったのかな?彼女が何を望むのか想像がつかない、病み女だし……

 どちらにしても模擬戦は受けよう。戦ってみて分かる事も有る、脳筋の肉体言語みたいで嫌なのだが、フローラ殿が僕に向ける感情が分かるだろう。

「さて、寝るか」

 今夜は久し振りに、アーシャと寝室で子作りだ。最近は皆との添い寝が多くて、浴室での子作りばかりだったからな。それはそれで興奮……いや気分が高揚するが、そう言う行為は普通は寝室でだろう。

◇◇◇◇◇◇

 昼食後の気怠い午後、窓から差し込む日差しが眠気を誘う。だが寝てしまえば同席している、女性陣に何をされるか分からない恐怖が有る。

 ザスキア公爵にリゼル、イーリンとセシリアという気の抜けない才女達しか居ない。欠伸を噛み殺し、遅々として進まない指示書を書き続ける。

 昨夜は頑張り過ぎた、猛省が必要だ。仕事に支障が発生するほど盛るとは、僕もインゴの事を悪くは言えないな。知らぬ間に溜まっていたみたいだ、アーシャが気絶する程攻めるとは……僕は猿か?盛った犬か?

 因みにだが、リゼルのギフト対策で心の中に防壁を築いている。側室に無体な事をしてるの?とか叱られそうだから、内緒にしないとね。まぁ男女間の秘め事だから教えないよ。

「リーンハルト様が書いているのは、地方領主達への指示書かしら?」

「はい。アウレール王の凱旋に伴い、通過する領地の領主達への指示です。今回は聖戦、その輝かしい勝利を讃える為にも必要です」

 ザスキア公爵も何時もみたいにソファーに横座りして、イーリンに爪を磨かせている。もう外見は、イーリン達と同い年位にしか見えない。遂に王族の女性陣から追求されたみたいだが……

 この女傑はニーレンス公爵家とローラン公爵家の本妻の方々と連携して、その追求を突き返した。『新しき世界』に傾倒……いや信奉する者達も連携して対抗したんだ。臣下が王族に抵抗するとは、凄い事なんだよな。

 その詳細は教えて貰ってないが、リズリット王妃が取り纏めた王族の女性陣にも勝てたらしい。そう!王妃と王族に勝ったんだよ。これは凄い事で、アウレール王が激昂するリズリット王妃を手紙で諌めた。

 あわや全面衝突となる所をアウレール王が折衷案を飲ませた。その内容と結果は、僕にも正式な報告書(苦情)として届けられた。ネクタルの流通は僕が望み仕掛けたから、お叱りは甘んじて受けます。申し訳御座いませんでした!

 十年後に、イルメラ達が問題無く使える様に、今必要なザスキア公爵達に話を持ち掛けて煽ったのだから自業自得だな。折衷案は、リズリット王妃達にもネクタルを定期的に提供する事。

 だが個数や対価は、その都度協議する事になっている。圧倒的に不利な状況で、リズリット王妃は毎回交渉しなければならない。アウレール王は、リズリット王妃や後宮の寵姫達に枷を嵌めた。

 それなりに気を使う者達に強制的に意見を聞かせる手段、ネクタルと言う若返り薬をネタに後宮の面倒事を回避したいのだろう。ハーレムの主って大変だ。僕はもう増やさない、お腹一杯だから。

 ストレス解消と経験値獲得、イルメラ達との触れ合いの大切な時間。ネクタル集めは美味しいのだが、リズリット王妃達用にも月に数個は渡すのでノルマが増えた。

 ザスキア公爵が課す、リズリット王妃への要求は彼女が暗躍している策略への牽制。それは、アウレール王にも利益の有る事だ。王妃が自分に内緒で悪巧みとか笑えない、それが自分には影響が少なくても……

 自分の祖国の利益が、エムデン王国の利益とは限らない。海軍増強計画、それに僕が携わる事は限り無く低くなった。そう言う事なんだ。

「そう。でも準備万端というか過剰な位じゃないかしら?」

「いえ、国王の凱旋ですから未だ足りない位ですよ」

 書き掛けの指示書をトントンと指で軽く叩く。国王の凱旋には一万人単位の兵が動く、それを全て領主達が捌ける訳がない。国家が支援しないと無理なんだ。

 此方の要求をリストに纏めて、領主達が無理だと思う事には援助する必要が有る。主に安全管理に滞在場所、細かい事なら食事のメニューに部屋の家具のグレード等。国王を招いても問題無いレベルの連中は、上級貴族でも限られる。

 護衛の兵士達の陣地だって此方が用意しておかないと駄目だし、彼等の食事だって膨大だ。勝手に野営しろとは言えない。本来は派閥の当主が差配するのだが、元バセット公爵の派閥構成貴族とか衰退してる。バニシード公爵の派閥構成貴族とかも……無理!無理なんだ、金が無い伝手が無い協力する連中が居ない。

 敵対派閥の連中の失態、それは本来ならば喜ばしい事なのだろう。大なり小なり他の公爵達も行っているし、配下の連中も当主の意を汲み動く。そう言う小細工をする連中を先制し問題無く事を進めるのが、今の僕の立場なのだ。

「胃が痛い。留守居役を辞したら政務はしない、もう無理。一杯一杯です。僕は宮廷魔術師、これ違う仕事だよ。政務は苦手なんだ、皆の勘違いが甚だしいんだよ」

 書き終えた指示書を纏めて棚に入れて未決済の棚から書類を手に取り内容を確認する。問題無いので承認欄に印を押し決済済みの棚に入れる。大分効率的に出来る様になったな。

「リーンハルト様、そう言うところですわ」

「そうですね。そう言うところですね」

「全くです。勘違いが勘違いですわ」

「結局は本人のみが気付いていない。悲しいけれど、これが現実ですわ」

 おぃ!酷い言われようだぞ。もう泣いても良い位だ。

 


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