古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第十章
第798話


 漸く俺の国、エムデン王国に帰ってこれた。馬に乗って揺られていれば、もう少し先に見えるカルメラルの街が今晩の宿泊先だ。順調だな、明日の午後には王都に入れるだろう。強行軍ではないが、馬に乗っても馬車に乗っても疲れは溜まる。

 身体を休めるには美味い食事に熱い風呂、柔らかいベッドが必須。国境から王都まで妙にスムーズだったな。護衛の連中を含めれば一万人もの大移動なのだが、普通なら問題の一つも発生するのに何も無い。

 俺を含めた上位陣の対応は問題無い、いや完璧だ。国王に公爵二家の当主の凱旋帰国だから、通過する領主達も総力を上げて対応するだろう。俺は満足出来るレベルの歓待を受けた。だが同行する連中もと言えば普通は難しい。

 近衛騎士団に聖騎士団だけでも五百人近い、上級貴族の当主や供回りも含めれば千人規模の貴族が居る。彼等からも不満が上がっていない、有り得ない事に末端の一般兵達からもだ。領主の屋敷や上級宿屋の借り上げ、平民でも富豪層の家に分散させての宿泊。

 事前にリストは渡していたみたいだが、こうも完璧に割り振れるとはな。爵位や役職、派閥の力関係で色々と揉めるのだ。今回は、リーンハルトが部屋割りを決めた。これに異を唱える事は難しいが、奴は王都に居ながら部屋割りを決めたのか?

 普通は無理だろ、各部屋の内装のグレードとか分からないだろ?どれだけ事前に情報を集めて準備をしたのだ?しかも一般兵士用の陣地や天幕の整備、煮炊きや世話は住民達を雇い入れて対応している。調理する者もだが、材料の手配とかもだ。誰もが不満を抱かない、これが最年少宰相の力か……

「いやはや、リーンハルト殿の調整能力は素晴らしいですな。まさか没落一直線の元バセット公爵の派閥構成貴族の領地ですら、我等を満足させるだけの準備を整えるとは驚いた」

「確かに。我等の派閥構成貴族の領地の準備については事前に相談が来て助力を願ったが、バセットやバニシードの派閥構成貴族の領地迄も完璧に手配するとは……」

「本人は越権行為だと嫌がっているがな。『自分は軍属であり、単一最強戦力たる宮廷魔術師。留守居役に任命されたならば全力を尽くしますが……』内心は王命とは言え複雑か」

 同じく騎乗している、ニーレンスにローランが感嘆したように話す。本心は敵対派閥の連中が失態を犯す方が得なのだが、リーンハルトは国王の凱旋にケチを付ける事は不敬だと小賢しい真似をする連中を牽制した。

 参謀共も苦悶の表情を浮かべながらも賞賛した。連中でも、此処まで完璧に差配する事は出来ないと認めた。全ての公爵の派閥構成貴族にも影響を及ぼす英雄、参謀共からすれば扱い辛いか。しかも奴の真価は単一最強戦力、大陸最強の魔術師だ。本来なら競う土台が違う。

 だが全ては俺の為に苦労し整えてくれたのだ。聖戦に勝利し凱旋する、過去の偉大なる王達でも成し得なかった快挙。俺は歴史に名を刻む事になった訳だな。大陸最大最強国家の国王は、素直に嬉しいぞ。

「リーンハルト殿は出迎えの準備をする役目の者達を何班にか分けて先行する様に準備を整え、先に先にと向かわせたらしい。直接的に世話をする者達は二班に分けて交互に対応させている」

 そう、不足しがちな調度品とかは使い回しだな。交互に移動しながら補っている。全ての宿泊先に同時に用意させるのは財力的にも無理だから転用するのは普通だ。

 同じ派閥内なら借り貸しは可能かも知れないが、奴は派閥をこえて可能にした。ニーレンス達が最大限協力しろと厳命しても、敵対している連中に協力するのは難しい。

 それをゴリ押しする影響力、私欲の為じゃなく国王の凱旋という建て前でも厳しい。実際に敵対派閥の準備を邪魔した奴が居て、リーンハルトは厳しく対処した。

 その邪魔者を探し出したのが、ザスキアだったのが問題だ。あの魔力を持たない魔女は、リーンハルトの仕事の邪魔をした連中と派閥の当主をどうするのか考えても怖いぞ。

 ニーレンスやローランにも報告し厳罰に処しただろう。だが名目上は、リーンハルトが処罰した事になっている。奴はザスキアの為に嫉妬や悪意を引き受けた訳だが、魔女の心情は如何なるものか?

 あの魔女で毒婦で女狐を心配して身を挺して守れる男が居る。この奇跡の存在を見逃し手放す女じゃない、つまりガチで喰いにいっている。ネクタルの件で、俺にも止められない。

 ゴーレムマスターよ、女絡みの悪さはしないと約束したがな。ネクタル絡みの影響は予測しなかっただろう?これは自業自得だぞ。俺もザスキアは止められぬ、だから諦めて認めてやるよ。お前達の仲をな……

「資金や資機材の不足分は、国家予算から捻出した。我等は自費で賄えるが、領主達全員が豊かとは限らない。見窄らしい対応は、国家の品位に関わるともなれば下手な面子など無いに等しい」

 ふむ、確かに奴には己の裁量で扱える国家予算も与えてある。適正に使っていると報告が有ったが、こうも躊躇なく使えるとは驚いたぞ。金は魔物と同じ、取り憑かれれば国庫の金も自分の物だと錯覚し払いたくなくなる。

 リーンハルトは金銭欲が薄い。ネクタル転売で膨大な利益を得ているといっても、人の欲望に際限など無いのだからな。俺は金で破滅する者達を嫌と言うほど見て来た。金は人格をも変える黄金色の猛毒だぞ。

 地位は次期宮廷魔術師筆頭、名誉は英雄として武門の最上位、財力はネクタル転売で計り知れない。権力は公爵家と連携して全ての貴族に影響を与えられる……もう最年少宰相で良くね?侯爵に叙しても良くね?

 宰相が不在なのは、信用出来ない者を俺に次ぐ権力を持たせる事に躊躇したからだ。俺は大抵の事は出来るから、各部門の大臣達を配して権力の分散を行った。それは一人の臣下が何でも出来る事を嫌ったからだ。

 兄が亡くなり弟の俺が王位を継ぐ事になった時、当時の宰相が兄の意志を継げと煩かった。亡国の危機だったのに、博愛主義者だった兄の意志を継げだと?馬鹿かと言いたい。

 グロイザルの馬鹿め、兄を盲信した偽善者め。最後まで反攻作戦を反対し己の権限をフルに使い邪魔しやがった。宰相とは国王にも反抗出来るのだ。国を失う状況でも、己の信念の為に動いた馬鹿者め。

 奴を失脚させる事は相当骨が折れた。だから宰相の席は空席だったのだが、リーンハルトならば任せても良いか。だが対外的に未成年宰相は拙いか?大人の面子も有るし、暫くは様子見だな。

◇◇◇◇◇◇

 カルメラルの街を発ち昼食予定の陣地に到着、王都より徒歩で一時間ほど手前には大規模野営陣地が構築されていた。リーンハルトが身嗜みを整えて隊列を組み直し王都に凱旋する為だけに用意したものだ。

 此処からは俺と近衛騎士団、聖騎士団及び参戦した貴族のみで構成し隊列を組んで行進する。同行した一般兵達は、此処で休息し暫く後で王都に帰還する事になるだろう。

 その一般兵用の天幕も大量に設置されている。しかも上級貴族専用の湯殿まで作ったのか?錬金術とは何でも有りだな、此処は一寸した街だぞ。鎧兜の清掃用の人員まで手配済みとはな。

「どうやら俺達はピカピカに磨き上げられてから王都に凱旋するみたいだな」

 思わずニヤリと笑ってしまう。此処まで完璧に準備されると感動を通り越して笑ってしまうぞ。お前は俺の予定まで組んで、言う事を聞かせるのか?

「本当にそうですな。感動するべきか、呆れた方が良いのか悩みますぞ」

「全くですな。聖戦に勝利した凱旋帰国、我等も今日だけは英雄の仲間入りでしょう」

 ニーレンスもローランも出迎えに来た、リーンハルトを見て困った顔をしている。我等は奴が手配した連中により拘束され、身体中を磨き上げられる苦行が待っているのだ。

 自分が凱旋する度に散々やられた事を仕返し出来るからだろうか?リーンハルトの奴もニヤリと笑いやがった。未だ俺を褒め称える言葉を貰ってないのだがな?

 最終的な段取りの打合せの後に、奴は先に戻り出迎えるってか?だが遠目で見える王都の正門前に左右に並んだ十数体のゴーレムルークは何だ?威嚇か?10m級の巨大ゴーレムが出迎えなのか?

 各国大使も戦勝祝いに招かれている筈だから、エムデン王国は主力を他国に向かわせても戦力には余裕が有ると示しているのか?無駄に装飾に凝った巨大ゴーレムだな。

 我が王都の城壁をも破壊出来そうな力強さを感じる。事前に計画は知らされているが、実際に目にすると迫力が段違いだぞ。ゴーレムルークが並んで進軍すれば……

 殆どの国は対応出来ないだろう。アレを破壊するイメージが湧かない、多分サンアローやビッグバンでも無理だな。リーンハルトに感知され先に倒されるだろう。

 あからさまな威嚇行動だが、暫くは国力回復を優先するから他国への牽制の為に必要だと提案していた。良く先を読む、そして確かに戦意を挫くのには最高だな。

「凱旋帰国、心よりおめでとう御座います。お帰りを今か今かと、お待ちしておりました」

 陣地の前で待っていた、リーンハルトが頭を下げる。本当に期待以上だったぞ。お前は何でも出来るから頼り切りになりそうで怖いな。

「うむ、留守居役として期待以上の働きだったみたいだな。ゴーレムマスターよ、御苦労だった」

 更に深く頭を下げたか。本当に良く出来た臣下だぞ、お前はな。後顧の憂い無しを体感出来た、お前が居る限りエムデン王国は繁栄するだろう。国が滅ぶイメージが湧かないぞ。

「武門ローラン公爵の名声も高まったでしょう。ニーレンス公爵は政務に長けながらも戦場で勇気を示されたとか。護衛の騎士団員達も驚いておりましたよ」

 ふむ、彼等の協力体制に揺るぎは無いな。お互いがお互いを尊重しているが、普通に公爵本人と気負い無く会話出来る方が驚くぞ。そして参戦した近衛騎士団員や聖騎士団員と手紙の遣り取りをしていたな。

 戦場での情報を多方面から集めて吟味し正確性を高める。ザスキアの薫陶だろうか?自身が強大な力を持ちながら、情報収集に重きを置いている。付け入る隙が無くて、敵からすれば堪らんだろう。

 俺を守る近衛騎士団員達も、リーンハルトと会話したくて堪らんらしいな。自分が留守の時に、国に残した後継者達に手柄を立てさせて貰ったのだ。感謝しきれないだろうよ。

「リーンハルト殿の活躍も聞き及んでいるぞ」

「旧コトプス帝国の残党の捕縛、アヒム侯爵の反乱鎮圧、政務関係も滞りなく王都は普段と変わらぬ平和だった。これはこれで凄い事だぞ」

「いえ、それ程でも有りません。留守を任せて頂けたのですから、周囲の方々にも協力して貰い何とかなった程度です」

 気負いも無く普通に流したな。本来なら苦労を訴えて報酬の割り増しを強請るのに、お前は何時もそうだ。王命だから完遂して普通、失敗は努力が足りないと思っているな。

 論功行賞は期待しろ。留守居役として期待以上の成果を上げたからには、公平に評価してやる。良かったな、最年少宰相は我慢するが最年少侯爵に叙してやるぞ。

 そうだった。後ろで馬車に乗っている、サリアリスとウェラーにも会わせてやるか。彼女等も、リーンハルトに会いたがっていた。まさか王都に入る前に会えるとは考えてなかったろう。

「サリアリスとウェラーにも会ってやれ。後方の馬車に乗っている。流石のサリアリスも年には敵わず馬車で移動している。老骨には長距離移動は堪えるからな」

「はい、有り難う御座います。ですが先に騎士団の方々の鎧兜の修理を行います。戦場で傷付き壊れた事は戦士として誇る事ですが、流石に破損したままでは問題が有ります。彼等も英雄として凱旋するのですから、最低限の身嗜みだけは整えさせて頂きます」

 ちょ、お前!そういうところだぞ。現代の英雄に認められ、更に傷付いた鎧兜まで直してから凱旋しろとかだな。周囲の騎士団員達が男泣きをしてるじゃないかっ!

 お前は武人の心を捕らえる事に長け過ぎるぞ。今回は参戦した騎士団員達に死者は居ない、お前が固定化の魔法を重ね掛けして驚異的な防御力を誇る鎧甲に守られたからだ。

 本来なら死に至る致命傷だったが、強化された鎧兜に助けられた連中も多いのだ。その傷を戦士の誇りとまで讃えたらだな……ほら聞け、雄叫びが上がったじゃないか。

 感極まって騒ぎ出した連中を鎮めるのは苦労したんだぞ。厳つい男達がガチ泣きだぞ、普通に気持ち悪いんだぞ。本当に、そういうところだからな!

 


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