古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第801話

 今回の聖戦で主だった活躍した者達の中でも爵位・役職が高い連中が謁見室に集まった。公爵四家に両騎士団団長、宮廷魔術師は全員が参加した。直接聖戦に参加した者達は、既に旧ウルム王国の王都で論功行賞を終えている。

 参加者の内で参戦しなかったのは、僕とザスキア公爵だけだ。まぁバーリンゲン王国領内の平定を終えて、留守居役として祖国の守りに就いていたので問題は無い。お陰様で内政系のスキルは上がったから。

 アウレール王がいらっしゃる迄は全員が直立して無言で待っているが、バニシード公爵がチラチラ僕を見るのは何故だ?和解はしない、配慮も協力もしない。僕は他の公爵三家に囲われた身だからね。凱旋関連での協力は別物、お礼も要らない仕事だから。

「アウレール王がいらっしゃいます」

 近衛騎士団員の言葉に、全員が扉に注目する。アウレール王は、リズリット王妃を伴って入室したが少し疲れが滲み出てないかな?リズリット王妃からは焦りを感じる。

 ザスキア公爵のニタリとした笑みを横目で確認して理解した。アウレール王はリズリット王妃に懇願されて疲れ気味、リズリット王妃の焦りは若さへの渇望だな。

 ニーレンス公爵とローラン公爵から妻が世話になったと礼を言われたのは、本妻殿が二十代前半に若返ったから。本人達が最も美しいと思っている年代に意図的に若返ったから。

 現状、永遠に若い妻を娶っているのは二人だけ。国王だって無理な現状で、全ての紳士からの羨望を一身に受けている喜びにだろう。二人共に貴族としては珍しく本気で愛し合っているから、若返って更に愛が深まったのかな?

 だが裏では、ザスキア公爵と本妻殿達がガッチリと手を組んだ。それは旦那達にも強く強く影響を及ぼす、僕はデメリットも有ると思うが目を瞑りました!『新しい世界』の信奉者達はヤバい連中ですから逆らえませんから。

「待たせたな。楽にしてくれ」

 労りの言葉を掛けて貰ったので着席する。アウレール王には若干の疲れは見えるが機嫌は良さそうだ。他の参加者も嬉しそうだが、バニシード公爵だけは微妙だな。活躍はせず失敗もせずだから。

 特に活躍も失敗もしなかったので評価は何も無しだが、其れなりに貢献はした。だがそれなりだから、論功行賞でも特に何も無かった。いや、旧ウルム王国領の一部を貰えたが優良な場所じゃない。

 最初は持ち出し、軌道に乗っても収支はトントンで先行投資分の回収は難しいかも知れない。旧ウルム王国領は比較的に豊かだが、全てがそうじゃない。だが領地持ちは貴族のステイタスだ。

 あれ?フレイナル殿に落ち着きが無いぞ?本妻と側室二人を貰う予定だから喜びの絶頂期じゃないのかな?僕も結婚式の招待状を貰ったし、祝い品の用意もしてあるぞ。上司として高額な祝い品に祝辞もセットです。

 本妻殿は、ナーベラル子爵の長女。側室はクレストレス男爵の次女と、イクステリ男爵の三女で全員が才媛だと言われているし若いし美人らしい。因みに実家は早期にエムデン王国に寝返った連中でもある。

 屑男と言われた彼の尻を叩いて矯正させられる才媛達、既に会っているから色々と言われたのかな?結婚する迄は手も触らせない筈だから、悶々としてるのか?餌をぶら下げないとヤル気が出ないとか?まさかな。

 因みにだが、本妻殿と側室殿達からは本日親書を頂いた。仮執務室から追い出されたので、元の執務室で中身は確認した。まぁエムデン王国に忠誠を誓う事と、旦那を鍛え直しますから宜しくお願いします的な?

 彼女達は魔術師じゃない。魔術師の血筋じゃなくて、旦那の更正の為と寝返った連中だから更なる忠誠を誓わせる為の踏み絵的な婚姻なのだろう。頑張るから正当に評価して下さいかな?彼女達の手腕に期待しよう。

 因みに現状は清い交際らしく、顔見せだけで手も触らせていないらしい。貴族の淑女は婚姻迄は純潔を大切にするのだが、フレイナル殿は初っ端から色事に興味津々で迫って来たので牽制したそうだ。

 だからか、彼の落ち着きの無さは早く結婚して色々したいのだろう。全く落ち着きが無い、今後の彼女達の教育に期待だな。女性は怖いぞ、侮るなよ。

「先ずは改めて良くやってくれた。積年の願いが叶った、過去の大戦で散っていった者達に最高の手向けになっただろう。大陸から旧コトプス帝国の残滓は消えた、旧ウルム王国の王族共も纏めて押さえた。禍根は僅かでも残さずに断つ!皆も心してくれ」

 全員が無言で頭を下げる。旧コトプス帝国の残党共は全て倒したが、旧ウルム王国の王族の一部が未だ逃げ回っているらしい。今後は新しい領主達が入念に領内を探索する事が義務付けられそうだ。

 中でも大物は王位継承権第八位、ベルヌーイ殿下。いち早く王都から脱出したらしいが、途中で護衛の連中の殆どとはぐれたらしい。追跡調査はしているが、既に野盗等に殺されている可能性が高い。

 因みにだが、王位継承権第八位の彼が先に逃がされたのは、優秀だからではない。未だ子供だし再起を図る為の作戦でもない。バンチェッタ王の寵愛を一番受けていただけだ。本人の才覚は未知数、反乱の御旗位にしかならないな。

「フレイナル殿、国王の御前だぞ。落ち着けよ」

「す、すまない。緊張してしまってな」

 隣に座る、リッパー殿から注意された。御前会議で挙動不審とか止めてくれ。大方残党狩りを担当したのに取り逃がした事への叱責を恐れたのかな?ジョシー副団長からの報告書だと問題は無い筈だが……

 ベルヌーイ殿下は仲間に売られたか、人買いに捕まったか。だが報奨金が高額なのに、エムデン王国側に引き渡されてはいない。最悪は他国に売られたか、既に殺されているか。残党狩りを指揮していた、フレイナル殿に責任の追及は行かない。

 故意に逃がしたりしていない限りはね。まぁ嫁獲得の為に残党狩りを頑張ったのにケチが付いた事への恐れかな?案外小心者なんだよな、前は四属性最強の火属性魔術師だからとか言ってイケイケだったのにさ。

「さて今後の方針だが……そうだな、ゴーレムマスターはどう考える?」

 此処で名指しで指名されたが、留守居役として宰相みたいな仕事をしていたから分かるか?って事だろう。リッパー殿とフレイナル殿は心底安心しました的な顔をして息を吐いた。

 表情を出すのは駄目だと思う。魔導の深遠を追い求める事を是とする魔術師なのに、こういう頭脳仕事を嫌がるんだよな。脳を筋肉に犯されたみたいな対応は止めてくれ。

 エルムント団長とライル団長もだが、彼等はまさしく脳筋だから分かり易い。公爵の方々には余裕を感じる、先まで考えれるのが普通なのだろう。まぁ参加者の顔色ばかり伺っても無意味だし真面目に答えるか……

「内政重視、旧ウルム王国領の早期の掌握と平定。それと周辺諸国の動向の確認でしょう」

 質問の回答としては簡単な方だろう。国軍もそうだが、参戦した貴族とその私兵達を領地に戻して休ませる必要が有る。連戦は無理だし、彼等を賄う物資も有限だ。

 報奨金を貰い家に帰り鋭気を養わせる。次に徴兵するには数ヶ月の期間が必要。職業軍人だって他国に遠征したんだし、一ヶ月位は日常に戻す必要が有る。

 此処に居る参戦した方々だって同じ、つまり楽をさせて貰った僕が、その代わりとして働かなければならない訳だな。精神的にはアレだが、肉体的には楽だったから。

「ふむ、内政重視は分かる。だが近隣諸国など既に脅威にはなりえぬだろう?エムデン王国に攻め入る愚行など犯さぬだろうよ」

 うーん、試されているんだろうな。弱気な発言と取られた訳じゃないし、殆どの参加者は僕の意図を汲んでくれている。分からないのは、フレイナル殿くらいか?首を傾げるな。

 まぁ再確認位の感覚で、僕に答えを言わせるだけだろう。このメンバーで大陸制覇を唱える愚か者なんて居ないだろうしね。夢は有るが、現実的には無理じゃなく無駄なんだよ。

 アウレール王は大陸最大最強国家になったが、大陸制覇という甘い幻想は抱いてないみたいで安心した。既に人材面で不足気味だし、もしかしなくても仮執務室の改装って忙しくなるから内政も手伝えって事だな。

「現状、単独で我が国に挑む国は無いでしょう。エムデン王国は盤石、裏庭が少し心許ないですが一国に攻められる程度なら撃退は可能。当然、相手も自分だけでは無理と考えるでしょう。

ですが領土が隣接している国は、エムデン王国を脅威と感じ永遠に圧力を感じる事になります。耐えられなくなった場合、周辺諸国で連合を組む可能性が高い。いえ、それ以外に抵抗する術は無い。

故に近隣諸国の動向を調べ、連合結束を阻止するのが必要でしょう。戦勝祝いで来た外交官達の態度を見れば、相当脅威だと思われてます。連合設立の下話くらいは、既にしてるかも知れませんね」

 百戦錬磨の外交官達が、表情を取り繕うのに苦労していた。普通、戦勝祝いに来たならば内心はどうあれ笑顔を貼り付けるものだ。なのに引きつった顔をしていた。

 つまり相当なストレスを感じていた訳で、周囲には同じ事を感じている者達(同類)が居る。連合設立は確率が高いかもな。如何に邪魔するかが問題だ。

 三国以上が連携して攻めてくれば厳しい。三方向に同時に軍を展開しなければならず、劣勢を強いられる。僕やデオドラ男爵が遊撃として敵陣を荒らせば或いは……

「そうだな。永遠に友好的な隣国など存在せぬ、そんな戯れ言を吐く奴は売国奴だろうよ。国力が負けていても、隙を見せれば食らい付いてくるだろう」

 エムデン王国に隣接していたのは四国、バーリンゲン王国・ウルム王国・バルト王国・デンバー帝国。ウルム王国を併呑した事により、シグ王国とレネント王国と国境を接した。

 属国一国と他に四国、その先に、リズリット王妃の祖国であるマゼンダ王国とルクソール帝国。因みに寵姫マリオン様の祖国はバルト王国だ。周辺四国が連合を組めば、エムデン王国にも対抗出来るだろう。

 だから周辺諸国が連合を組ませないように外交戦をする必要が有る。平等に接しないで差を付けると、足並み揃えて敵対し辛いんだよな。優遇するのは、バルト王国か……

「バーリンゲン王国は属国化しましたが、裏切る不安は有ります。洗脳系ギフト持ちの、モンテローザが逃げ込んだので危険度は上がります。残りの四国は平等に接しずに差を付けると、足並み揃えて敵対し難くなると愚考します」

 ウルム王国を併呑したからと言っても、総兵力が劇的に増えた訳じゃない。旧ウルム王国軍は解体・再編成されたが、治安維持の為に優先して配属される筈だ。仮にも敗戦国の兵士に無条件で武器を持たせたりはしない。暫くは監視する必要が有るから。

 王家直轄軍が常駐するが、全ての領地を守れる訳でもない。新領主が手勢を引き連れて行くのと、現地採用で増やすしかないんだ。そして新兵の教育には時間が掛かる。

 数年は、アウレール王が直接統治するらしく……あれ?国王不在の王都の責任者って誰?ニーレンス公爵?それともザスキア公爵?新しい執務室って、もしかしなくても僕が継続で?いやいやいや、それは無いよな?

「寵姫マリオン様の祖国、バルト王国辺りが良いかと。かの国の姫将軍は、リーンハルト卿に熱いアプローチを送っているとか。上手く動かして取り込めば、裏切りの確率は低いでしょうな」

 バニシード公爵が無用な提案をしてくれた。確かにバルト王国の外交官から、ベアトリクス姫将軍用のドレスアーマーを錬金して欲しいと渇望されている。やんわりと断っても、何度も同じ要求をされる。

 提供し優遇すれば、例え他の国から連合設立の話が来ても即決はしないだろう。確かに上手くすれば情報を貰えて有利にはなるが政治的意味合いで、ベアトリクス王女との婚姻話が湧き上がる。

 普通ならばロンメール殿下の本妻としてだが、彼女は軍属で姫将軍。本人が自分よりも強い男と結ばれたいと言っていて、ロンメール殿下は芸術家肌の謀略系。婚姻外交は纏まらない。

 次の候補はミュレージュ殿下だが、近衛騎士団員であり標準以上の武力を持っているが……ベアトリクス姫将軍には勝てないだろう。下手に模擬戦でもして上下関係が明確になったら拙い。

 ベアトリクス姫将軍に勝てて婚姻外交でも優位に立てる人材なんて、僕が適任だが断固拒否だ!絶対に嫌だ、お断りだって言おうとして睨んだのだが……バニシード公爵が怯えている?

「ほぅ?他国に利する行動を唆すとは大した提案だな。それで、我が国で独占しているマジックアーマーをバルト王国に渡す意味は?真意は何だ?」

「ベアトリクス王女は、デオドラ男爵級の武力が有ります。彼女の強化が、エムデン王国に利すると?国と国との結び付きの強化には婚姻外交が適切ですが、ベアトリクス王女のお相手の適任者は誰でしょうか?」

 うわぁ!アウレール王が厳しい表情で、ザスキア公爵が無表情で聞き返したぞ。その圧力に、バニシード公爵は顔面蒼白だな。馬鹿が、僕を貶めようとしたがリスクを考えなかったのか?

 バルト王国を優遇するのは賛成だが、ベアトリクス姫将軍の強化と婚姻外交は問題が多々有るから触れない言わない実行しないが正解だと思うんだ。だって適任者って僕しか居ないから。

 ニーレンス公爵やローラン公爵はニヤニヤしてるし、リズリット王妃は対立している寵姫の祖国を優遇するのかと不機嫌になったが、口出しは控えている。後宮の勢力図は微妙、マリオン派が勢いづくのは避けたいのだろう。

「バニシードよ、どうした?何故、バルト王国を優遇する?あの国は姫将軍が軍事の要として機能している。その要を強化する意味は?絶対に裏切らない為の方策は何だ?」

「婚姻外交は難しくてよ。王族の適任者は二人、ですが芸術家肌で謀略系のロンメール殿下や武力が一段落ちるミュレージュ殿下では上手く纏まりませんわね。他に妙案が有るのなら、御教授願いたいわ」

 えげつないですよ、ザスキア公爵。ロンメール殿下を謀略系、ミュレージュ殿下を武力が一段落ちるとか僕では言えません。そしてハイそうですね!って同意も出来ません。

 額に汗を滲ませて目が左右に動いてますが、誰も視線を合わせないし助けも出さないみたいだな。一応聖戦を乗り切ったのに、何故馬鹿な事を言ったの?

 袖口で滴る汗を拭いている。だが二人は追及の手を緩める事はしないみたいで、バニシード公爵の言葉を待っている。だが妙案など無いし、僕が適任だと言ったら……

 バニシード公爵と目が合ってしまったので、さりげなく逸らした。飛び火は嫌だし、僕に嫌みを言ったのだから助けを乞わないで下さいね。僕等は政敵、そして和解は僕を取り囲んだ公爵三家が許さないから無理だぞ。

 


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