古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第805話

 国王主催の戦勝祝賀晩餐会、限られた者達だけが参加出来る。その他の者達は明日以降、三日間連続で催される祝勝会を兼ねた舞踏会に参加する。ハイゼルン砦を攻略した時よりも盛大に執り行う。まぁ企画し手配した責任者は僕なんだけどね。

 過去の事例に照らし合わせた規模にしている。参加者は国王夫妻に各公爵、宮廷魔術師筆頭と何故か第二席の僕。両騎士団団長の十人がエムデン王国側、それと我が国に隣接する各国一名ずつの大使、バーリンゲン王国はミッテルト王女、バルト王国はベアトリクス王女。

 この二人だが女性大使は二人だけなので席を隣合わせにしたのだが、妙な緊張感を滲ませている。腹黒い謀略系と武人で姫将軍の相性は最悪だろうか?敵意すら感じるが、二人共に被る猫の皮は厚そうだ。後はデンバー帝国にシグ王国とレネント王国。

 国境は接していないが友好国である、マゼンダ王国とルクソール帝国の七人で合計十七人。ルクソール帝国とデンバー帝国は仮想敵国、注意が必要だろう。エムデン王国は大陸の約三割を掌握したが、未だ国交を結んでない国も有る。

 この大陸の南側を征した我が国と北側を制しているユグドル神聖樹帝国との間には七つの国が有ったが、ウルム王国を制圧した事で六つの国に減った。だが途中には広大な砂漠、聳え立つ山脈、魔物が溢れる樹海と障害が多い。

 海路も同じ、遠洋には巨大な海竜が多数生息しているから大陸近くの沿岸部を通るしかない。他国の領地に近付き過ぎると問題も多く、エムデン王国でさえ特定の港に順番に停泊するしかなく移動効率は悪い。

 幸いユグドル神聖樹帝国とは最低限の国交を結び、年に一度互いに贈り物を贈り合っている。あの国と戦端を開く事は、どちらかが大陸制覇に乗り出さないと無理だろう。因みにユグドル神聖樹帝国にも魔法迷宮が有り、ネクタルが産出されている。

「この度の聖戦勝利、誠におめでとうございます。エムデン王国の名は大陸中に響き渡る事でしょう」

「本当に……宗主国の栄達は、私達バーリンゲン王国にとっても喜ばしい事ですわ」

 晩餐会が開始され各国大使が順番にエムデン王国を褒め称える、流石は国家の代表。先程の失態が嘘みたいに笑顔を浮かべて褒め称えてくれるよ。特にバルト王国のベアトリクス王女とバーリンゲン王国のミッテルト王女は連携して持ち上げてくる。

 最初は仲が悪いと思ったけれど流石は王族、国益を考えてか笑顔を貼り付けて連携している。だが国王を褒め称えている時に、何故に視線が僕に向いているの?是非とも協力して下さい的な視線は止めて下さい。

 会話一つにも含みが有り、表と裏の両方を考えて回答を用意して振られたら応える。胃の痛くなる時間も中盤戦に差し掛かった。メインの肉料理が運ばれ、飲み物が赤ワインに変わる。ガバガバ飲めないし酔えない、泥酔でもすれば最悪だ。

「今回は、リーンハルト卿の活躍は無かったみたいですな。流石の英雄殿も、過去に因縁の有る年配者に功を譲りましたかな」

「いや戦力の温存でしょうか?リーンハルト卿も聖戦に参加出来ず、残念に思っているのではないでしょうか?」

 デンバー帝国の大使の言葉に、ルクソール帝国の大使も乗った。エムデン王国包囲作戦は考え直さないと駄目かもしれない。隣接している国だけが連合の参加条件だと誤解していた。

 この二国は野望が強いから反発するかと思ったが、仲良く連携してきた。勘違いじゃない、お互い視線を交わした後に連携したからな。リゼルがメイドに変装し壁際に控えているから、後で何を考えていたか聞こう。

 今は視線を向けられない、気付かれる可能性も有るから。合図の仕草を確認する為に、視線や仕草は必須。だから参加している連中も合図に視線や仕草を多用するから、何かを仕掛ける事はお互いにバレている。

 聖戦に参加したい?馬鹿な、王命に反する事を考えていたと唆すのか?もしも『そうですね』とか言えば、僕は功を焦る為に王命に違反しそうだった!とか思われるのだが、これも離反を促す行為か?

「いや、最前線で剣を振るうだけが戦ではないのですぞ。後顧の憂い無しを成し遂げたのは、リーンハルト卿ですからな。後方支援も重要な仕事なのです」

「情報統括、軍需物資の輸送計画に手配。その全てを統括していた裏方的な仕事が、参戦していないなど有り得ぬよ。本人は即日単独侵攻が出来る武闘派だが、後方支援も異常なレベルで行える内政派でもあるのだぞ」

「王都に居てもウルム王国と旧コトプス帝国の仕掛けた罠を見破り残党共を一網打尽にしたし、馬鹿に唆された奴等の反乱鎮圧手配も速やかに行ったのじゃよ。留守居役としては満点じゃな」

 エルムント団長の言葉に、ライル団長とサリアリス様が乗っかったけど褒め過ぎで辛いです。笑顔が固まり変な顔になりそうになるが、何とか頑張って元に戻す。あと両騎士団団長殿は無理に敬語を使っている為か言葉使いが変ですよ。

 まぁ外交担当とは言え国家の中枢に居る連中が補給を軽視していたら怖くなど無いのだが、流石に軍部は補給を重要視している。その差配を単一最強戦力の僕が出来る事を驚いたのだろう。

 ベアトリクス王女の視線が更に怪しくなったのは、姫将軍として情報や補給が大切なのを誰よりも理解しているからだな。敵対するなら真っ先に殺す対象だろう。だが今は敵対する予定は無いだろ?

 そのギラギラした視線を止めて下さい。来るとは思っていて距離を取るつもりが、ガッチリと狙われた感が凄い。今は未だ直接関わりたくないけど、無理っぽいか?外交大使として正式に会談を申し込まれたら拒否は無理か?

「王命に個人の思想など挟む余地は無いのですが、先の大戦での無念を晴らす為に適役が居れば優先するのは必定。その辺の心理的な機微をアウレール王は理解されています。確かに戦力の温存と言うか、横槍を仕掛けて来た相手が居れば問答無用で殲滅する予定でした」

 アウレール王を持ち上げつつ、事前の根回しに違反する奴等が居たら有無を言わさずに殲滅するって脅した。特にデンバー帝国とルクソール帝国は仮想敵国として圧力を掛けておく必要が有る。

 モア教絡みの聖戦の後だから直ぐに攻めて来る事は無いと思うが、大分警戒しているし色々と手を打ってくるだろう。一番簡単なのが味方を作る事だ。一国で無理なら他国を巻き込む、常套手段だな。

 単独では無理だし国力や戦力は簡単には増えない、増えなければ余所から引っ張ってくれば良い。維持管理費の要らない味方側戦力は美味しい。だが勝った時の分配で必ず揉める。

 簡単に半分て訳にはいかないだろうし……まぁその時の被害状況により力関係が変動するから同盟を組んで条件を決めていても、他国に負担を強いて自国の戦力を温存したい。相手が弱っていたら条件を吊り上げる。そんな事を互いが考える、嫌だね胃が痛くなるよ。

「流石は一騎当千のリーンハルト卿ですわ!是非とも模擬戦を行い戦いの心構えを御教授して頂きたいのです」

 来た!模擬戦の希望を差し込んで来た。反射的な即断は失礼に当たるので、一呼吸おいて考えました的な態度で断る。勿論だが嫌な顔はせずに申し訳無い感じを出すが、謝罪の言葉は言わない。

「お互いの立場上、模擬戦は無理でしょう。饗応役として、一国の王女に杖を向ける事は出来ませんよ」

 危ない危ない、やはり模擬戦をしたいと言ってきたな。拒否じゃなく役柄上仕方無くだが、物凄く残念そうな顔をした。罪悪感を煽る為か、もしかしたら他国とは言え王女の願いを断るとは思わなかったのか?しかも武力じゃなくて心構えと来たのは、勝ち負けじゃないアピールだろう。

 勝敗がつきそうになったら勝負を降りられる配慮、強かだよ。自分が勝ちそうなら『戦の心構えを教えて貰えましたわ』とか言って引き分けか有耶無耶に、自分が負けたら素直に『戦の心構えを教わりました』と言える。模擬戦自体が目的で、勝ち負けには拘らない。

 勝てそうなら所詮は作られた英雄だと確認出来て、負ければ強い男と認定出来る。婿候補?止めてくれ断固拒否だ!それと、ミッテルト王女が物凄い険しい顔でベアトリクス王女を睨んだ。晩餐会には似つかわしくない態度だが、僕にモノを頼むのは私が優先とか考えてない?

「前回のハイゼルン砦攻略の時は祝勝会で模擬戦を行ったではないですか。バーリンゲン王国での結婚式に呼ばれた時もです。今回だけ行わないのには、何かしらの理由でも?」

 む?確かに事ある毎に模擬戦をしているな。フローラ殿と戦ったのは未だ無名に近く他国に実力を知られていなかったからの御披露目、売り出し中だったからだ。そもそも単独で砦を攻略とか何かしらの物証を示さないと、嘘だと思われるからだ。

 バーリンゲン王国の宮廷魔術師達との模擬戦は、属国化への布石だった。最初から喧嘩を売りに行ったから、最高値で買っただけなんだ。圧倒的過ぎて、その日の内に簒奪して属国化を宣言するとは思えなかったけどね。

 どちらも理由は有るが説明はし辛い。今回の断る理由は、ベアトリクス王女と戦うと勝っても負けても面倒臭いから避けたいなんだけど…流石に正直に話すのは駄目だよな。貴女が面倒臭い女だからです!は不味い。困ったな、どうするかな?

「最初の模擬戦は、単独でハイゼルン砦を攻略した事の証明。未だ他国に知られていない、リーンハルト様の力を内外に示す必要が有ったからよ。二回目の模擬戦は国家のエゴで不遇だったフローラさんを助ける為に、男性貴族の矜持を示す為に。今回は理由が無いわ。大陸最強の魔術師に挑む資格を示さねば、模擬戦の安売りは出来ないのよ」

「まぁな。他国の王女との模擬戦を許可する理由が無い、ウチの最強戦力の力を容易く示す訳にもいかぬ。だが式典のゴーレムだけでも、力の証明だけなら十分だろう?」

「そ、それはそうですが……」

 ザスキア公爵とアウレール王がフォローしてくれた。城門前の巨大ゴーレムルークに警備用の大量ゴーレムポーンだけでも、自国の土属性魔術師には不可能だと理解出来た筈だ。

 やり過ぎと思ったが、他国への武力圧力に手加減など無意味。まぁ実際は手加減って言うか実力の半分も出してない。馬鹿正直に、これが僕の全力全開だぁ!などしない。

 ベアトリクス王女も簡単に模擬戦をする理由が考えつかないのか、曖昧に笑った後で黙り込んだ。彼女は脳筋、間違い無い。そして己の欲望を抑える事が出来ない、才媛らしいが分かり易い弱点だな。

 暫しの沈黙の後に、リズリット王妃が違う話題を振り模擬戦の話を更に有耶無耶にした。流石は王妃、さり気なく話の流れを変える話術が巧みだな。ベアトリクス王女は余計に興味を持ちました的な顔をしていたのが気になるんだよな。

 彼女は少しの会話だけで高い知能と優れた能力が有るのが分かった。美人だし王女だし天が幾つもの才能を与えたのだろう、武力だけでなくね。その王族の彼女が、他国の異性に模擬戦とは言え強い興味を示して隠さない意味は?脳筋だけのうっかり?

 普通なら失点、自分の感情優先で他を疎かにするとか評価が酷い事になる。だがそれを承知で自らが動くとなれば警戒は必要だぞ。男尊女卑で女性を甘く見るなどしない、出来る訳が無い。

 胃の痛くなる攻防を重ねた晩餐会が終わる頃には僕の精神力は枯渇寸前、早々に自分の執務室に戻った。早く休みたいが、ベアトリクス王女の目的を確認し報告書に纏めてアウレール王に提出しなければならない。

 仕方無いが残業だな。眠いから明日に回すとか駄目だ、明日も彼女の対応をしなければならない。今夜中に纏めて提出し、関係者に対策を統一させる必要が有る。今夜は此処に泊まり明日に備える。

 まぁ深夜になってから帰る気力も無いとか、僕も未だ未熟って事だな。いや少しでも休む必要が有る、未だ三日間は彼女達は滞在するのだから気が抜けないんだよね。

「ああ、ネクタルの攻防も有ったな。敢えて無関心を装ったが、リズリット王妃とミッテルト王女がパゥルム女王の為にとザスキア公爵に詰め寄っていた。アウレール王が止めなければ大騒ぎだったな。ベアトリクス王女は未だ関心が薄かったのが救いか……」

 美の追求、衰え続ける自分の容姿への恐怖、渇望する希望の具体的な成功例(見た目十代後半か二十歳そこそこのザスキア公爵)を見てしまえば、どんな場所でも状況でも突っ込んてくる。

 国を動かす程の重要性は感じられないが、国王を急かす王妃が身近に居る位だ。何時かは争いの種になりそうだが『新しき世界』の信奉者達が何とかするから大丈夫かな?

 ネクタル絡み、早まったかな?いや、こういう状況を見越して十年の猶予期間を設けてザスキア公爵を巻き込んだんだ。絶頂期の教祖と信者達の頑張りに期待して沢山ネクタルを集める事が、今の僕の出来る事だな。

◇◇◇◇◇◇

 何故か僕の執務室ではなく、ザスキア公爵の執務室にて打合せをする事になった。防諜対策が万全だからって、深夜に淑女の執務室を訪ねて良いのか?いや自分の執務室に招く方が危ういのか?

 イーリンとセシリア、リゼルは既に待機していて、ザスキア公爵待ちになっている。紅茶でなく柑橘類の果汁を絞った冷たい水が用意されている。晩餐会で少なからずワインを飲んだから酔い醒まし用だな。

 リゼルがメイド服なのは分かるが、何故にイーリンとセシリアもお揃いのメイド服を着ているのだろう?似合ってはいるが、君達も侍女であり貴族令嬢だろ?メイド服、気に入ってるの?

 果汁水をチビチビと飲む。リゼルの話を聞いて報告書に纏めて対策案を考えて……今夜は何時に寝れるかな?日付が変わるのは当たり前として、朝日を見る前には眠りたい。

「お待たせして、ごめんなさいね」

「いえ、考えを纏めていましたから……って、なんて格好をしてるのですかっ!」

 この御姉様は、またやらかしやがったぞ。一瞬言葉が詰まった、イーリンとセシリアも珍しく呆けた顔で固まった。リゼルだけは凄い険しい顔で睨み付けたけど、何かしら心の中を読んだ結果か?

「え?話し合いが終わったら直ぐ寝ますから。今夜は屋敷に帰れないから、私も執務室にお泊まりなのよね。久し振りで少し楽しくなってますわ」

 前にバーリンゲン王国からの帰国途中で見たナイトドレスにショールを羽織っただけの姿で現れたよ、この御姉様は……肌の張りや艶、染みや皺とか薄毛や白髪とかの外見上は若返ったけど体型は変わらないみたいだ。

 二十歳そこそこな外見に豊満で妖艶な体型、これって不味いだろ!ショールじゃ隠し切れない切れてない、旦那か家族にしか見せちゃ駄目だよ。いや僕は家族認定だから大丈夫?いやいやいや、駄目だ落ち着け動揺するな!

 空間創造から身体全体を覆い隠せる薄手のローブを取り出して目を背けると、リゼルとイーリンが連携し素早く彼女の魅惑的な我が儘ボディを隠す。あらあら的に驚いて身を任せているから、わざとじゃないのだろうが……うっかりさん?

「もう少し気を使って下さい。深夜に異性も居るのに少し、いえ相当不用心ですよ」

「別に身内だけだし、話し合いの後は寝るだけですから問題は無いのではなくて?」

「大有りですわ、ザスキア公爵様。それでは痴女と言われても仕方無い程の油断ですが、まさか家族認定されているリーンハルト様に対しての色仕掛けではないですよね?」

 リゼルが責めるが特に慌てず問題視すらしていない。本当に身内だけの気軽さで来たのだろう。気安い態度は嬉しいが、他の者に見られたら致命的な勘違いをされるから気を付けないと……

「色仕掛け?まさか家族に対して失礼でしょ。それに私、最近は寝る時は香水だけ身に纏って全裸なのよ」

 はい、そんな秘密情報は要りません。目を閉じて耳を塞ぐ、ザスキア公爵が着替え終わる迄は目を開きません。この御姉様は、家族認定するとトコトン不用心になる。気を付けさせないと駄目なのを再確認しましたっ!

 


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