古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第807話

 朝から改装された新しい執務室に来ている。居場所が無い訳じゃないが、今更二度寝も出来ないし時間を潰せる場所も無い。何より仕事が溜まっている。若くして仕事漬けとは嫌になる。

 リゼルとミズーリが既に居たのは早出番らしく、朝一番で運び込まれた書類の仕分けをドライと一緒にしていた。ゴーレムクィーン五姉妹の内、アインとツヴァイ、それとドライは特殊な進化をしている。

 残りの二体とゼクス五姉妹は屋敷の防衛に回している。我が屋敷の警備・防衛体制は完璧に近付いた。例え王都が陥落しても敵に屋敷を囲まれても、生き延びる事が出来る。まぁそんな事はさせないけどね。

 八時丁度に、ラビエル子爵とロイス殿が部下を従えてやってきた。遅れた事を詫びられたが、本来仕事は九時開始だから。君達遅れてないから、普通よりも一時間も早いから!

「おはよう。予定よりも早い出仕だが、仕事のスケジュールが厳しいのか?無理な予定は組んでないつもりだが、何か原因が有るなら教えてくれ」

 全員が配置に付いて普通に仕事を始めたが、予定よりも早いとなれば仕事量が多いかキツいからだ。つまり適正なスケジュールじゃなかった。休日出仕はしてないから、平日の早出残業で対処か?

 彼等の能力を理解し割り振ったが、過剰だったか?多少の余裕は見たつもりだったが、他にも仕事を与え過ぎたかも知れない。そう言えば追加で幾つか指示を出していたから……

 ラビエル子爵やロイス殿の申し訳無さそうな顔を見れば、上司に仕事が多いと文句は言えなかったのだろう。反省しよう、此処はブラックではない。ホワイトな職場なのだ。

「いえ、違います。皆、仕事に対してヤル気に溢れているのです。もう漲る仕事愛を何とか抑える為に、早出で我慢しています」

 いや仕事には誠実に向き合って欲しいが、愛は要らないと思うんだ。

「そうです!前は残業当たり前、日付の変わる前に帰れたら幸運だった。休日?半日寝れたら御の字でした。でも今は違います。こんなに優遇されたのは生まれて初めてです!」

 うん。閑職に追い込んで辞めさせた奴等が、君達に膨大な仕事を押し付けた時の事だね。あと優遇してない、これが普通なの。

「今は週休二日も貰えるので、余暇に何をしたら良いのか分からない位です」

 うん、それは同意するよ。僕も錬金を取り上げられたら、余暇に何をして良いか分からなかったから。お互いに新しい趣味でも見付けような。

「取り敢えず身嗜みを整え、栄養バランスを考えた食事をして、屋敷の片付けとかで時間を潰しています」

 イヤァ、もう身体が楽で最近徹夜残業にも耐えられる体力を付ける為に運動も始めました。とか食事に拘れる時間が取れたので、身体に良いメニューを考えてます。とか、それ病気だから仕事病だからっ!

 駄目だ、コイツ等全然駄目だ。確かに前は劣悪な仕事環境だったが、ソレが普通だと思ってやがる。急に楽になったは違う、異常から普通になったの意識改革が甘かった。

 しかも健康面に余暇の時間を使うようになったのは素晴らしいが、最後に仕事の為に健康維持と体力を向上させていますって……ニーレンス公爵にも現状の職場環境の確認をさせないと駄目なのか?

「うん。言葉だけ聞けば健全で健康で素晴らしい。だが敢えて言わせて貰えば激しく間違っている。ラビエル子爵は、分かりますよね?」

 凄い笑顔で頷いている、僕の政務派閥トップの腹心に話を振る。何か感じる事が有る筈だ。僕は仕事環境の改善もしたが、悪い意味で外面だけ良くなった。

 中身は前と変わっていない。意識改革は押し付けだけじゃ変わらないって言われたが、漸く理解した。コレ、駄目なパターンだ。善意の空回りってヤツだ。

 折角の余暇を上手く仕事をこなす為に使っている。違う、身体を休めて自分の趣味が家族との団欒に使って欲しいんだ。誰がキツい仕事も可能なタフネスさを求めた?

「勿論です。与えられた仕事だけでなく、自分から仕事を探す姿勢の大切さ。リーンハルト卿を見ていて痛く感じ入りました」

 は?君もか?

「軍事に政務、外交と次々と困難な仕事を探して達成していく我が主の姿勢。感嘆しました、物凄く感動しました。私達も負けない位、頑張ります!」

 ロイスよ……親子で勘違いが酷い。

「「「「「我々も、リーンハルト卿を見習い仕事に邁進して行きます!」」」」」

 いや、僕は内心は嫌々だったよ。王命だから完璧にこなす為に頑張ったけど、嬉々として困難な仕事なんか探して無いから誤解だから。与えられた仕事の範囲が広いだけだから、仕事に対する義務感だからね。

 宮廷魔術師として軍属なのに、畑違いの内政もする事に違和感しか抱いてないから。だが目を逸らしては多方面に迷惑を掛けるから、官位を持つ者の義務感で行ってるだけだ。

 この連中、酷使され使い捨てられていたからか自分の評価が低い。前の過酷な状況も、自分達の力不足とか運が無かったとか考えてないかな?確かに貴族だから爵位や序列で力関係は明確だ。

 上位者は下位者に対して、理不尽な命令を与えても問題無いと思う土壌は有る。僕も恩恵に浸かる一人だが、自分の周囲位は意識を変えて欲しい。少なくとも与えられた仕事を終えたら余裕を持って欲しい。

 仕事をしていないと落ち着かないとか、僕自身も感じているヤバい思考だ。遊びや色事に傾倒するよりはマシだと思うが、少しずつ変えていかないと人として駄目になる。有る意味、労働階級に対する支配者側の洗脳だよ。

「うん。少しずつ変えていこう。週末は早上がりして、皆で飲みに行くから全員参加だから。あと余暇に行う仕事以外の趣味について、レポートに纏めて提出してくれ。それと妻帯者は手を挙げてくれ」

 ロイス殿を抜いて十人中四人が妻帯者、未婚者はロイス殿を含めて七人か。彼等は子爵以下の家の三男以降、実家の思惑も含めて嫁取りは自力で行う必要が有るんだっけ?

 同じような立場の淑女を探して自らアプローチして結婚まで辿り着かねばならない。幸い給料はそれなりに貰える筈だが、実家住まいだと半分位取られてるのかな?

 皆二十代で官吏としては有能、今迄は立場が弱かったから成果を上司に掠め取られていた。だがこれから中級官吏へと昇格し、徐々にだが力を蓄えていける。

 嫁や側室を娶るだけの財を蓄えるのも可能になるだろう。極論を言えば養える財産が有れば、本妻に側室複数も可能だから。逆に甲斐性無しは生涯独身、下手をすれば問題児を押し付けられる。

「うーん、未婚者が半数以上か。ロイス殿もだが、君達も好みの淑女の条件を書いて提出してくれ。これから見合いの話も持ち上がるだろうが、一応僕に相談してくれると助かる。変な女性に引っ掛かるなよ」

 臨時じゃなく正式に配下に組み込んだのだから、これからは僕の派閥構成貴族だと明確に知られるだろう。当然、悪意有るハニートラップも多くなる。バーリンゲン王国じゃないが、男には有効な策略だから。

 お見合い女性に対して興味の薄い、ロイス殿と違い彼等は与し易いと思われるだろう。早めに僕に敵対していない家の好みの淑女と見合いさせるのも良いし、早く子供を作り次代の文官として育てるのも良い。

 譜代の家臣が居ないから、子供や孫迄も取り込む位じゃないと集まらない。家の歴史って馬鹿にならない。長い目で見れば能力が低い当主でも次代に期待出来るから我慢して離反が少ない。

 新興貴族の僕だと一代で出世しても、失敗したら即終わりだからな。家の存続を第一に考える事は、貴族としてそれ程悪い事じゃない。だが今回は歴史有る名家の裏切りからの家の取り潰しが多い。ままならないものだな……

「リーンハルト様、私も旦那様が居ません。好みの殿方を名指しで提出した方が宜しいでしょうか?」

 名指しって何だよ?詳細入ってない、特定の個人指名じゃないか。ロイス殿達も僕を見るな、違うから勘違いだから。

「却下。リゼルの旦那は厳選しないと駄目だから、悪いが指名も報告書も必要無い。さて、同僚に会いに行くので同行してくれ」

 君を娶れる相手など、アウレール王が認めない限り無理だぞ。有る意味、王女の結婚相手よりも選定基準が厳しいんだ。悪いが暫くは浮いた噂も無い聖女扱いだよ。

 それと病み女の心情を確認する為にも同行して貰うからな。危険な感じがするので密室的な意味で、双方の執務室は無し。密会を警戒して中庭の池の畔を会談場所に指定した。

 周囲からの目も有るから対外的に潔白を示せるし、リゼルを同席させるから更に良い。フローラ殿も侍女の同席させる様に伝えてある。これで密会疑惑は無し、健全な相談だ。

「はい、分かりましたわ。独占欲の強い主様なのですわね」

「違う誤解だ。主様も止めてくれ!勘違いを招きかねない妄言は、本当に止めて下さいね」

 ロイス殿達の、嗚呼そうだった!的な再確認的な勘違いも止めて下さい。僕の側室候補で順番待ちとかは誤解ですからね!

◇◇◇◇◇◇

「リーンハルト様にしては随分と迂闊な言葉でしたわ。アレでは私の旦那様は自分以外は認めないと言ったも同然ですわよ」

 ドヤ顔をする信頼する腹心の顔を横目で見る。あの場合は拒否一択、好みの希望を聞いても応えられるか分からないのだから。君が僕の側室候補って、本人以外の噂の出所は?

 怖くて調べられないんだけど?ザスキア公爵も一枚噛んでるみたいで、公然の秘密で腫れ物みたいな扱いなんだけど?全く、王宮内で蠢く魑魅魍魎よりも怖いんだけど?

 リゼルの待遇は悪くは無いが良くもない。女性の幸せは結婚と子育てです!とか言われたら反論出来ない。金銭的な裕福よりも家庭の暖かさとか言われたら、叶える事は無理だから……

「酷い誤解だな。だが自分でも少し迂闊だったとは思う。あとで誤解を解いておく必要が有るかな」

 フローラ殿との話し合いの場所に向かう途中で歩きながらの会話だが、リゼルはギフトで僕の思考を読みながら受け答えするから含み無い会話が出来る。

 言葉の擦れ違いがおきない事は嬉しいが、隠し事が出来ないから交渉にならない。結果有りきの直球勝負しかない、つまり不利な状況です。

 まぁ交渉事で僕が勝てる要素なんて無いのだが、頑張って学んではいるが……百戦錬磨の彼女に勝てる奇跡はおこせないかな。頼れる仲間って良いな、安心感が桁違いだから。

「誤解?いえ認められないだけでは?若さ故の過ち的な?本当に過ちを犯して責任を取る流れでも、私は一向に構いませんが?」

「僕は構う。だからこの話は終わりにして、病み女の心情を調べて欲しいんだ。病み女など、オルフェイス王女だけで十分だよ。二人も要らない、同僚にも配下にも要らない」

 国の為に政略結婚を強要され、国の都合で新婚初日に未亡人となった悲劇の王女。オルフェイス王女は今は姉達の事にしか拘らない、貴族や国民など姉達の幸せの為なら要らないと思っている。

 あの病んで澱んだ目は一生忘れられないだろう。姉達の幸せの為ならば、自分の命さえ要らないんだよ。バーリンゲン王国の今の状況は最悪、モンテローザ嬢も逃げ込み更に最悪になる。

 彼女は姉達の幸せの為に、どう動くかが全く分からなくて怖い。周囲が被害甚大でも、姉達さえ無事なら全く無関心を貫くと思う。貴族や国民が何人死んでも全く関係無いって感じだから……

「オルフェイス王女ですか……前は国を憂いて我が身を捧げる程の慈愛と責任感に溢れた方でしたが、今の思考は別モノ。私も恐ろしく感じましたわ」

 両手で自分を抱き締めて身体を震わせた。常人と違う思考を読むのは恐怖だろう。理解出来ない事は、それだけで恐怖の対象だから。

 それが未成年の幼い王女ならば見た目のギャップも含めて恐怖は割り増し。あの姉達以外は死んでも構わない、自分も死んでも構わない的な考え方は特にね。

 生まれた頃から知ってる相手だから尚更だし、その変貌の理由も知ってるから余計にやるせない。だが優遇は出来ない、突き放すしかない。エムデン王国に不利益しか与えないから……

「そうだな。未成年なのに、思考の辿り着いた先が姉達以外は破滅しても構わないは危険だ。いや、自分達に不利益を及ぼす連中は積極的に始末する位になってるよね。

これからモンテローザ嬢が彼の国を引っ掻き回す予定だろうし、彼女がどう動くか全く分からない。バーリンゲン王国の担当を外された僕には、干渉する資格は無いのだが……」

 僕の言葉に、リゼルが頷いた。アウレール王が正式に通達したからには、勝手にバーリンゲン王国に絡む訳にはいかない。戦勝祝い関連は一ヶ月は掛かる。

 その後は旧ウルム王国領の復興支援で三ヶ月程度は王都を離れる。僕が動けるのは最低四ヶ月後、その時に状況がどうなっているか?女神ルナの予言によれば、最悪に近いだろう。

 グーデリアル殿下とロンメール殿下には通達済みだから、対応に失敗は無いと思うが……あの愚かな連中の行動は読めない。最悪に舵を切るのが普通だから、本物の馬鹿だから!

 最初から全員籠絡されて裏切るが正解っぽいのだが、流石にその前提だと支配階級全て粛清になるからな。有り得ない、有り得ないか?本当に有り得ないかな?

「アウレール王も次期国王と腹心の為の試金石と考えていますから、手出しは不利益しか生みませんわ。最悪、両殿下が無事ならば、彼の国を灰燼に帰すのも構わない。国王の覚悟は決まっています」

 僕の心を読んだ上で全員裏切りの可能性も有りだと、アウレール王が覚悟を決めている事を教えてくれた。アウレール王は公言してないが、既に愚者の国に見切りを付けているのか。

 重たい話を聞かされた。後継者達の試金石と言いながら、失敗する方に重きを置いて既に対策を考えている。自国の裏庭を騒がす連中には慈悲は無いって事か……つまり武力介入有り?

 両殿下には王家直轄軍が守りを固めている。仮に一斉に反乱が起こっても、王都で守りを固めて増援を待てば負けないかな?国境の警備軍に梃入れするか。後は諜報員を増やして情報収集だな。

 だが現状は、提案だけして担当者任せになるか……

「それは確かに手出し無用だね。不安は拭えないが、今は目の前の危機を何とかしようか」

 中庭に入り池の畔に設置されたテーブルの前に、フローラ殿と見慣れぬ侍女が並んで立ち此方を見ているのだが、目がグルグルで澱んでいる。

 隣に立つ侍女の方は涙目で、若干フローラ殿から身体を捩り離れている。つまり彼女は被害者、僕が余計な事を言ったから不幸が舞い降りたのだな。

 ん?この腕に掛かる抵抗は、リゼルが僕の服の袖を掴んで引っ張ったのか?横目で見た彼女の額から流れる汗を見て驚いた。未だ距離が有るのに緊張感が凄い。

「リーンハルト様、あの方の思考は少し前のカームさんよりも欲望を煮詰めて更に腐らせた感じがします。つまり同性幼女愛好家の変態、本人は姉を気取ってますが心の底では性的にも狙っています。

何故か私も同郷の仲間意識から獲物として性的に狙われているみたいです。酷い妄想ですわ、これ程とは……フレイナル様やインゴ様よりも数倍は酷いです。駄目です、手遅れです」

 袖を掴んだ手が上に伸びて腕を抱き締める様にして、崩れ落ちる身体を何とか抑えているのだろう。それを見た、フローラ殿から何か怨念みたいなドス黒い靄(もや)が……

 リゼルさん?自らの安全の為に、僕と良い関係なんです的に抱き付いたな。確かに身の安全は保証する約束だが、敵意が目に見えて跳ね上がったぞ。更に抱き付く力を込めるなよ……

 嗚呼、向こうの侍女は一礼して紅茶の用意という名目で逃げ出した。早足で遠ざかるが、彼女は戻って来るのだろうか?去り際に深く頭を下げたのは、戻って来ないから?

「完全に敵を見る目ですわ。我が天使を誑かしながら、私まで毒牙に掛けた怨敵。絶対許すまじ、心の絶許(ぜっきょ)リストの最上位に書き込むとか。リーンハルト様、私帰りたいです」

 嗚呼、僕もだよ。宮廷魔術師第二席と第七席の戦いか、有り得ないと思ったが割と高確率で有り得たか。拳を握り締めて前に出る。先ずは話し合い、その後で肉体言語で話し合い。それでも駄目なら説教だっ!

 


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