古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第809話

 三夜連続の舞踏会初日、最初の方舞は国王夫妻と公爵三家。両騎士団団長と各国大使のパートナーを同行させた者達が踊る事になった。独身王女?知りません。パートナー不在の方は方舞には参加出来ません。

 自分で用意し送った招待状の条件欄にも明確に記載しました。現地調達?知りません僕は今回は裏方の責任者なので、当然ですが方舞どころかダンス全般不参加です。参加者じゃなく主催者側なのですから。

 ベアトリクス王女やミッテルト王女から書面にて事前にお誘いが有りましたが、上記理由で断固拒否……いえ、やんわりと辞退の返事をしました。当日に断られるのは恥だから先に書面でって事、配慮は大切です。

「おかしいな。事前通達を徹底した筈なのに、パートナー不在の淑女が多過ぎるのは何故だ?今夜は聖戦でも上位の評価者だけ参加の筈なのに……」

 厳かな舞踏会開始の合図を僕が行い、国王夫妻を筆頭に参加者達が軽やかに踊り始めた。上級貴族や外交官を務める程の連中だから、見事なダンスを披露している。ライル団長とエルムント団長も普段の野獣振りを抑えて上品に踊っているが違和感が酷い。

 壁際には所謂壁の華と言われるパートナー不在の淑女が一列に並び、全員が方舞を見ずに僕を凝視しているのは何故だ?いや誤魔化しは不要、理由は分かるよ。理解はしたくないし納得もしない。

 政治的とか好意や悪意とか思惑の坩堝だろう連中が、僕を凝視しながら左右の淑女を牽制する高度な駆け引きが行われているのだろう。ホストの僕は、誰かと踊る必要は……

「今夜は無いな。無いったら無い。公平性を期する為に誰とも踊らない誘わない、ミッテルト王女やベアトリクス王女まで並んで居るが僕は知らない見なかった!」

 初日は裏方に徹する。二日目は、ザスキア公爵やウェラー嬢とは踊る。三日目は両騎士団の親睦の深い方々の令嬢達とは踊る必要が有る。派閥の結束、友好的な方々との関係強化は必須だから。

 理由はアレだが貴族として生きるならば必要な事で、馬鹿な理由で我を通したりはしない。王宮内の地位は盤石に近いが、油断をすれば簡単に蹴落とされる。慢心は愚かな行為だよ。

 クロイツエン領の反乱鎮圧に参加させた近衛騎士団六十四家の方々や、ハミルトン子爵とビルゲイム子爵。それとメンテス男爵も舞踏会に参加するし、娘達を同行させていたら踊る必要が有る。状況次第だが……はぁ、溜め息しか出ない。

「あらあら、人気者ね。でも誰とも踊らない訳にはいかないわよ。貴方は裏方とは言え留守居役の大任を果たした後方支援の立役者、舞踏会への不参加は駄目なのよ」

 留守居役補佐として活躍した、ザスキア公爵にも申し込みが殺到してダンスは不参加を決めた筈では?僕等がパートナーとして共に踊るのも不可能、なのに僕の不参加は駄目だと?

 ザスキア公爵には独身男性貴族の方々から熱い視線が集まっているが、僕の隣に居るのに誘える勇者は居るかな?居れば大した者だよ、遠慮せずに申し込みに来れば良い。僕が見極めるからな。

 しかしネクタル効果で若返った、いや若返り過ぎた御姉様方が多いな。実際に本人と確認出来ずに細かいトラブルが多いらしい。特にメラニウス様とか凄いよ、見た目十代の美少女が五十代の公爵と踊るのは犯罪的でもある。

「三日間全て踊らないとは言いませんよ。初日は各国大使達も参加するけど二日目以降は参加しませんし、今夜は聖戦の主役級の方々の参加です。花を持たせる意味でも不参加ですね」

「あらあら。でもメディアさんやラミュールさんもパートナー不在で参加よ。ホストとして誘わないのは……どうなのかしら?」

 凄い笑顔だな。周囲の連中が男女を問わず見惚れている、配膳の女官達も手を止めて見惚れる程だ。永遠の美の体現者はエムデン王国内で一大勢力を築き上げた。彼女の伴侶は莫大な富と権力が与えられる。

 しかし彼女が反目はしていないが適度な距離を置いていた、メディア嬢を勧めるのは何故だ?ラミュール殿は僕は好みとは真逆らしいから遠慮しないと駄目だと思うのだが、違うのか?

 ラミュール殿は同僚だしお互い好みから外れるから間違いは起こらないが、メディア嬢は不味くないかな?騒ぎ出す連中が多いだろう。それが善意か悪意かは微妙だけどね。

 次のワルツの時の状況次第かな。間奏の間に強引なお誘いが無ければ、様子見で良いだろう。まぁ公爵令嬢や伯爵待遇の宮廷魔術師に無理強いする不埒者など、今夜は参加していないけどね。

「強引に迫る不埒者が居ない限りは見守ってます。あの二人に無理強い出来る相手など今夜は居ませんよ」

 王族の方々は今回の聖戦には殆ど参加していないから、聖戦に貢献した方々が主役の三夜連続舞踏会には参加しない。王族以外だと親族や親戚位しか、彼女達に迫れないだろう。普通は睨まれて拒否されて終わりだから。

 特にメディア嬢の旦那は、ニーレンス公爵家の跡目争いの参加権を有するのだから父親が目を光らせている。問題は無い筈だが、敢えてザスキア公爵が話を振る意味は何だ?もしかして僕の知らない問題児が参加している?

 ザスキア公爵の意味有りげな視線の先に一組のカップルが居る。美男美女、お似合いな二人だな。男性の方は二十代半ば、女性の方は十代半ばかな?所作も見事だし上級貴族の子弟だろうか?

「あの二人が何か?見ない顔ですが、立ち振る舞いから上級貴族の子弟の方々でしょうか?んー距離感からして夫婦や恋人関係じゃなくて兄妹か親戚関係かな?でも余り似ていないような……」

 一寸した動きにも厳しい作法を叩き込まれた感じがする。上級貴族、特に男性の方は伯爵家級の教育を施されている感じがするし、女性の方は嫌みにならない程度に男性から好かれる所作をしている。

 要は異性を取り込む手練手管を磨いた政略結婚用の淑女、つまりハニートラップ要員。まぁ上級貴族ならば必要な駒なのだろう。僕に迫って来なければ、目くじら立てて排除する程じゃない。

 この場に参加出来る貴族ならば、悪辣なハニートラップなど仕掛けて来ない。今夜は顔見せ程度で、明日以降に『先日の舞踏会でお会いしました……』とか切欠作りに来たのだろう。実際に良く有る手段だよ。

 または本当にカップルで、婚約か結婚前の顔見せって事も有る。王家主催の戦勝祝いの舞踏会に揃って参加したとなれば、結構な箔が付くし嬉しい事だろう。でも好き合った男女の感じがしないが……いや、恋愛初心者の僕の受け取り方じゃ信憑性など無いよな。

「兄の方がワーグナルス、妹の方がメガエラ。血の繋がりが無い養女、そして義父はバニシード公爵よ。兄の方は最近になって後継者として公の場に出始めているわ。まぁ割と優秀な方ですが、父親と違い堅実派。因みに側室を六人迎えている多情な殿方だわ。

最近養女に迎えた妹の方は……想像の通りにハニートラップ要員ね。親族の中では見目良く異性を引き込む術も仕込まれているみたいよ。父親が劣勢だから有能な貴族を引き込みたい、その為の駒ね。

彼女自身も上昇志向が高いらしいわ。多分ですが伯爵家の後継者狙いかしら?子爵以下だと目に見えた派閥の強化にはならないしね。誰を狙うか、お手並み拝見かしら?」

 バニシード公爵の連れじゃ知らなくても仕方無いか。同行者にまで規制は掛けられないし、そもそも舞踏会って異性との出会いの場の意味も有るから参加は拒めない。

 公爵四家の中でハブられて勢力は最下位、派閥構成貴族達も移籍者がチラホラ現れたらしい。つまり有能な者達の引き抜き合戦が始まっている。繋ぎ止めるより新規開拓にしたのか?

 それなりの大物じゃないと一人や二人程度を仲間に引き込んでも意味は薄い、劣勢を跳ね返すのは厳しいと思う。そんな事も分からない程に焦っているのか?む、ワーグナルス殿と目が合った。つまり向こうも此方を見ていた訳か……

 後継者とは言え既に側室を六人も迎えているとは驚きだが、次期公爵なら有り得るのか?美男子だし物腰も柔らかそうだし、社交界受けはしそうだな。その辺の噂は、モリエスティ侯爵夫人に聞けば良いか。

 あのハーフエルフの御姉様だが戦時中の自粛で鬱憤が溜まっていたらしく、定期的に僕を呼びつけて延々と愚痴を聞かすんだよ。だが愚痴以外に貴族間の噂話も教えてくれるから助かるのだが……

 ザスキア公爵でさえ知らない秘密の話も多い。ギフトで洗脳した諜報員が多数居るから可能なんだ。彼等彼女等は、モリエスティ侯爵夫人の為に知らない内に情報を送っている。買収とかじゃないから、裏切りとも違う。

 故に情報を疑われずに集められる、秘密を話しても安全と思われている相手が洗脳され罪の意識も無く特定の人物にだけバラすんだ。怖い話だよ、幾ら防諜対策を整えて守秘義務を叩き込んでも洗脳されたら関係無いのだから……

「政敵の僕と目を逸らさずに好意的に見えるように笑えるのか。確かに有能っぽいけど、何故か危機感が全く無い。妹の方は目を逸らされた、つまり僕は敵であり狙う獲物の対象外なんだな。不思議だな、全く危機感が無い。政敵であり、今まさに政争中なのに?これが慢心か?」

 兄は目を逸らさずに見た目は好意的に笑い掛けられ、妹からは目を逸らされて距離を取られた。この機会に、兄の方は僕に接触して来そうだな。政敵を知るには直接対峙は効果的だから。

 そして似ていないのは血の繋がりが無いからか。親戚筋だろうが政略結婚の相手側の親族とかかな?バニシード公爵も戦争が終わったから本腰を据えて勢力強化に動き出した訳だな。

 手遅れ感は有るが、当主が失脚した連中なら引き込むチャンスは有るのか?でも粗方ニーレンス公爵達が引き抜いて、残りは微妙な者達しか残ってないぞ。

 何故ならバセット公爵夫人の提案を飲んで、彼等の派閥の令嬢を纏めて守った見返りに有能な者達の引き抜きの橋渡しをして貰ったから。残りは引き抜いても数合わせ程度じゃないか?

「ああ、方舞が終わりますね。暫く歓談してからワルツのお誘いの時に様子見かな」

 方舞が終わり盛大な拍手をする。この後は三十分程歓談の時間を取り、楽団には静かな曲を奏でさせる。その後でダンスのパートナー選びの時間を五分程取ってから、お楽しみのワルツに流れる。

 今夜は招待者の同行者にパートナーが居ない者達が多い。舞踏会は有る意味では婚活会場、自分に課せられた条件に合った好みの異性を探す場所でもある。特に王家主催の舞踏会だから格式も高い。

 馴れ初めの場所としても好条件、この場に居るのは聖戦で最も活躍した者達が居る。結婚相手としては申し分ないが、若い皆さんのギラギラした目が怖いな。アレは肉食獣の目だぞ……

◇◇◇◇◇◇

 歓談の時間でも統括責任者の仕事は有る。女官や侍女達の担当責任者から逐一報告を貰い、適切な指示を出さねばならない。皆さん優秀だから大した問題は無いが、偶に飲み物や料理を零したりする。

 その場合、清掃は勿論だが零したモノが付着した相手が居た場合は速やかに着替えさせたりする必要が有る。あと零された相手が零した相手と争う場合は、仲裁もしなければならない。

 まぁ大抵は爵位と役職の関係で大事にはならないが、同格の場合……ましてや政敵として争ってる場合は面倒臭い。零した方が相手に謝罪しただけじゃ済まない。そもそも弱味を見せたがらないから謝らない。

 下手をすれば周囲に居た自分より下の誰かに罪を擦り付ける位はする。厄介事に巻き込まれたくないのか、人の輪がポッカリ出来た。両方公爵絡みだから、僕位しか仲裁出来ないじゃないか。

「申し訳有りません。妹の不注意で、お召し物に汚れは有りませんか?」

 ん?深々と頭を下げただと?

「私の不注意で、本当に申し訳有りませんでしたわ」

 妹の方も?普通は謝らないのだが、この公爵家の後継者と令嬢は普通に頭を下げて謝ったよ。礼儀正しいとか善意とか悪い事は悪いと認める度量とか、理由は幾つか有ると思うが最初から関係を下と認める行動は怪しい。

 敵対派閥の当主の愛娘に最初から頭を下げる。爵位は同じ立場も実子で同じ、没落中とは言え張り合えない程勢力は離れて……いや巻き返しは不可能な位に離れていたよ。でも最初から二人して謝るかな?

「あらあら、少し濡れてしまったかしら?どうしましょう?」

 メディア嬢も困惑気味だな。彼女に正面からぶつかり手に持っていたグラスの中身をぶちまける。お互い政敵として距離を置いていた筈なのに、何故近付いてぶつかった?何故直ぐに謝った?

 いや僕も見ていたが当たった時の不自然さは無かったし、状況的にはメディア嬢が急に振り返ったので悪かった。振り返り様にタイミングが悪く正面からぶつかった感じだったんだよな。でも距離の詰め寄り方が不自然だった。

 しかも両親が離れた時に狙い澄ましたように接近して接触した?不自然にならない速度で近付く。ニーレンス公爵も焦りながら近付いているが、バニシード公爵は……居ない?公爵家同士の諍いになりかねない問題なのに?

「失礼します……おおっと!いえ、悪さをするつもりは無いのです」

 有り得ない事だが、女官や侍女達などの同性の使用人に任せずに自らハンカチを取り出して拭こうとした。それを危険と感じて、護衛として影のように控えていたエルフが素早く手を掴んだ。

 流石にパンターとレオパルトは舞踏会会場には入れなかったが、エルフは付き添いとして共に入場させた。事前に申告が有り、僕が許可したから大丈夫だ。エルフは手加減をするという良い仕事をしたな。

 未婚の年頃の淑女の衣服に、汚れを拭き取る為とはいえ触ろうとするのは謝罪にしても遣り過ぎだ。メディア嬢は数歩距離を取ってキッと睨んだが、まさか妹じゃなくて兄の方がハニートラップ要員だった?

「ワーグナルス様。不用意に触れようとするのは、お止め下さいませ。エルフ、手を離してさしあげなさい」

 エルフは触ろうとしていた手を絶妙な力加減で掴んでいた。全力ならば彼の手首は粉砕骨折だった筈だ。エルフは主たる、メディア嬢に危険が迫る場合は全力で阻止する。

 手を掴んで拘束する程度なら危険性は低いと判断したんだな。害意が強ければ握り潰す位はする。それ位の力は与えているのだが、判断力が上達しているみたいで嬉しい。

 やんわりと手を放し一礼して後ろに下がる。主の右後ろに控えるが警戒は解いていない。思わず注目を集めてしまったが、エルフシリーズはメディア嬢以外に譲渡はしない。

 だから聞こえる様に私も欲しいとか言わないで下さいね。近くの女官に指示して、メディア嬢の衣服に付いた汚れを拭き取らせる。そしてニーレンス公爵が僕の隣に来た、困惑気味ですが僕もです。

「重ね重ね失礼致しました。妹も故意ではないので許して下さい」

「本当に申し訳有りませんでしたわ」

 ニーレンス公爵と僕にも同時に頭を下げて来たよ。どうしよう?どうしたらよいんだ?チラリと横目で見た、ニーレンス公爵は苦虫を纏めて噛み潰した顔をしている。

 これ以上の追求は、貴族としての品位にも関係してくるから追求が難しい。謝罪した相手に更に文句を言うのは度量が足りないと思われるからな……

 リゼルが近くに控えていた。つまり、ワーグナルス殿とメガエラ嬢の思惑は後で教えて貰える訳だな。有能な淑女で本当に助かる。む、ワーグナルス殿のリゼルを見る目が……

「めでたい戦勝祝いの舞踏会だ。つまらぬ諍いで場を悪くする必要も有るまい。今後は注意してくれ」

「はい」

 親であり公爵である、ニーレンス公爵が詫びを受け入れて終わりにする流れか。幸いメディア嬢の服に付いた汚れは大した事は無いが、拭いて終わりは有り得ない。

 着替えるか着替えが無ければ帰るかだな。一部でも汚れたままでの参加は公爵令嬢として有り得ない。一旦、ニーレンス公爵の執務室に向かうみたいだ。

 つまり着替えて参加し直しだな。ワーグナルス殿とメガエラ嬢か……早々に問題を起こしたのか、巻き込まれての被害者なのか。分からないが、バニシード公爵の動向には今後も注意が必要だな。

 さて、問題は解消。もう少ししたらワルツの開始、恋の駆け引きの始まり。あの二人の動き次第によっては、公爵三家と連携して対応する必要が有るぞ。

 


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