古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第811話

 バニシード公爵の実子二人の舞踏会での行動、それは怪しんで裏を警戒しない事は無理な異常な行動だった。僕も見ていたがお互いの距離の取り方、位置取りに不自然さは無かった。

 メガエラ嬢が急に振り向いた事で、メディア嬢に腕が当たり持っていたグラスの中身が零れてドレスを汚してしまった。まぁ不注意で済ます程度には良く有る事だ。

 大抵は善悪は別として爵位や貴族的順位で詫びる相手が決まる。それが悪くなくとも……

 

 同格の公爵令嬢の二人、落ち目のバニシード公爵家故に簡単には引けないと思ったが、メガエラ嬢は素直に謝罪した。そのパートナーである兄の、ワーグナルス殿も一緒に謝罪した。

 周囲からは両家の立ち位置が分かった筈だ。公爵四家筆頭と落ち目の最下位、プライドを抑えても謝罪したのは立場を理解しているから。普通なら、そう思っただろう。

 ところが、ワーグナルス殿は自らがメディア嬢のドレスを拭こうと手をだして、護衛のエルフに止められた。良かった、もし未婚の淑女の身体に許可なく触れたならば……エルフは構わずブッ飛ばしたな。

 

「ワーグナルス殿とメガエラさんは、父親であるバニシード公爵から命令されて私に絡んできたと?」

 

「公爵の実子同士の接触、現状で効果が有るとは思えませんが……普段あまり社交界に現れない、ワーグナルス殿が動いた理由は?」

 

 

 ここで言葉を止めると、ニーレンス公爵と、メディア嬢が考え込んだ。いや元々何かしらの理由は考えていた筈だが、常識を外れた行動だったので考えが纏められなかったか保留にしていたか……

 常識的に考えれば偶発的な事故に慌てて謝罪した、だがメディア嬢に触れようとした意図が分からなかった。貴族は謀略好きだから全ての行動に何かしらの意味を持たせたがる。

 それが没落一直線と公爵四家筆頭の実子達の行動ならば、余計に考えてしまう。真実は只の好色の条件反射とは思えないよな。僕だって、リゼルから聞いて嘘だと思いたかったのだから。

 

「私を篭絡出来ると思ったのかしら?それならば馬鹿にされたものね」

 

「我等との関係改善か?無駄だな、今更和解する意味が無い。追い込まれて馬鹿な行動に出たにしても御粗末だぞ」

 

 メディア嬢とニーレンス公爵が吐き捨てる様に関係改善はしないと言った。まぁそうだろう、此処まで追い込んで手を抜くなどしない。それが互いの実子が恋仲になったから手を携える?馬鹿な、有り得ない。

 どこの三文オペラだ?家と家の確執が簡単に無くなる訳が無い。バニシード公爵は僕が他の公爵三家に囲われたのを理解しているから、直接の接触を避けたとか?

 やはり不自然だな。リゼルのお陰で、ワーグナルス殿の本心が好色の為の脊髄反射的な行動だと分かっているが、それを教えるにはリゼルのギフトを教えなければ信用されないだろう。

 

「なのに接触した。ザスキア公爵の手の者に探って貰う必要が有りますね。ですが僕は、ワーグナルス殿は反射的に手が出たみたいに感じました。多情な方らしいので、メディア嬢の色香に手が出てしまったみたいな?」

 

 そう話したら、メディア嬢の表情が無くなった。あれは拒絶、存在すら許さない拒絶だ。フレイナル殿に対する悪感情が可愛く見える程の拒絶、ニーレンス公爵がドン引きする程の悪感情。

 ワーグナルス殿はエムデン王国内の全ての若い淑女達から隔意を持たれるな。メディア嬢は若い淑女に対しての影響力は高い、これは直ぐに淑女のネットワークで拡散するぞ。

 メディア嬢から視線を逸らし紅茶を飲もうとカップを掴もうと思ったら……手が僅かに震えている。彼女の怒気に対して怯えたのか?僕がか?

 

「色欲の本能で、メディアに触りたかっただと?」

 

「おぞましい、それはそれで絶対に嫌ですわ!」

 

 親娘共々否定。いや拒絶か。メディア嬢は両手で自分の身体を抱き締めてイヤイヤしながら嫌悪感を表している。もはや建前上は別として関係改善は不可能、諸々の利権も絡むし和解し仲間に引き込む必要は無いからな。

 アウレール王がバニシード公爵家を不要としないから最終的な追い込みをしないだけだ。暫く胃が痛い沈黙が続く。紅茶ばかり飲めず、かと言って退室するタイミングも掴めない。

 嗚呼、正気を取り戻したメディア嬢の笑みが深く濃く澱んできたよ。最近こんな笑みばかり見ている、病みか闇か……

 早くイルメラに会いたい、会って抱き締められて匂いを嗅ぎたい。僕には癒しが必要だ、早急に癒しが必要なんだ。でも現実は非情、未だ数日は帰れないで王宮に軟禁なんだ。流石に責任者が帰宅して不在は駄目だろう、王宮待機だよね。

 

「ふん、バニシードめ。対外的に我々と敵対せず融和路線に切り替えたアピールだろうな。態度の軟化と変化を知らしめる意味では成功したが、余計に関係に皹を入れただけだがな」

 

「私とヘリウス様に接触を図ったのもそうでしょう。ニーレンス公爵家とローラン公爵家に敵意は無いと周囲に知らしめたかったのでしょうが、両方失敗ですね」

 

「直接対立した僕とは面子の関係で直接的な和解は不可能、自分が折れての和解は負けとも取られるから……ザスキア公爵との接点は難しく様子見。そんな感じでしょうか?」

 

 当人同士は絶対に和解は不可能だと理解しているが、周囲はそうは思わない。バニシード公爵側が和解を求めているのに、我々は意地を張って拒絶しているのかって周囲に思わせたいのかな?理由としては弱いんじゃないかな?

 リゼルの情報でも何か悪意をもって仕掛ける事は無かったし、色欲に負けなくても和解は無理だったので残念でしたって事かな。あの二人からは脅威を感じなかったし、やはり監視だけで十分かな。僕との接点など仕事も私的も全く無いから。

 メディア嬢はもう暫く休んでから舞踏会に戻るそうなので失礼する事にした。会場入りしたら挨拶してダンスの一曲も踊れば良いだろう。さて責任者として、ザスキア公爵に任せ切りは駄目なので舞踏会会場に戻るかな。

 そういえば少し前に、バニシード公爵の七女のルイン嬢とバセット公爵の三女のラーナ嬢が王立オペラ劇場で揉めていた時に仲裁したのだが、彼女はどうしたのかな?

 未婚で適齢期の実子が居るのに、態々メガエラ嬢を養子に迎えるとは何か有ったのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 執務室を出る、リーンハルト殿の背中を見送る。大陸最強の魔術師殿は魔術だけでなく軍事も政務も普通以上に熟せる稀有な存在だ。今でもメディアの婿に欲しいと思うが、王命により本妻はデオドラ男爵の愛娘であるジゼル嬢に決まっている。

 残念だが側室では、メディアは送り込めない。男爵令嬢の下に公爵令嬢が入る訳にはいかない、後々の火種になる。だがメディアはリーンハルト殿と友誼という確かな絆を築いたので焦る必要も無いのも事実、欲をかけばザスキアを刺激する。

 あの女狐め。何処からかネクタルの大量安定供給を可能とし、貴族の淑女達を取り纏めて『淑女連合』と言う一大勢力を興しやがった。俺とローラン公爵が全力で組んでも勝てない、いや最愛の妻からも教祖様とは敵対しないでと懇願されているんだ。

 

「最年少宰相の可能性も笑い話では収まらないな。初めての留守居役と言う重責なのだが、殆ど最上とも言える結果を出している」

 

「はい。政務について、今回彼が配下に引き込んだ方々は我がニーレンス公爵家の派閥構成貴族ではありますが下位の方々。それ程の能力が有る者達とは思っていませんでしたが……」

 

「うむ。有象無象とは言わぬが、こうも豹変されると我等の下に居た時には力を隠していたのかと勘ぐってしまうな」

 

 メディアも言葉を濁したが、身分上位者の言いなりとなり馬車馬の如く働かされていた下級貴族の次男や三男。替えの利く存在であり失っても痛くも痒くもない連中の筈だった。

 バーリンゲン王国から引き抜いた、政務に長けたラビエル子爵や息子のロイス殿の有能さも一因だが……それでも奴等が一線級の官吏として活躍出来る理由には程遠い。それだけであれ程の活躍が出来る訳がない。

 現状彼等だけで政務の一割以上を熟しても余裕すらある。王宮で働く官吏達は六百人以上居るのだが、効率で見れば三倍以上の結果を出している。限界ギリギリに酷使などしていない、未だ余裕が有るのにだ。

 

 謎の女、リゼルの提案を受け入れ内務系の小派閥を作る事を許可したのは、宮廷魔術師として本来武官寄りなリーンハルト殿との接点を増やす為と無能共を一掃して貰った恩を返す為だ。あの柵(しがらみ)の関係で切れなかった屑を追い払えた事は大きい。

 寄生虫のダニ共め!中央から切り離し閑職に押し込み、何れは地方に飛ばし亡き者としてやる。血族だからと言って優遇してやるにはオイタが過ぎたな。一部は敵国と繋がり利敵行為までしていたが、誰にも知られず処分出来た事は大きい。

 しかも人間至上主義とか怪しい信仰に被れていやがった。危ない危ない、エムデン王国の国教はモア教なのだ。人間以外を排斥する危険な選民志向に囚われていたとは、俺も派閥の掌握と引き締めが甘かったのだな。結果的に、リーンハルト殿に二重の意味で借りが出来た。

 

「ですがリーンハルト様を政務側にも引き込めましたわ。軍属側だけでは何時かは立場上で対立してしまう危険もありました。あの方は御自分が宰相モドキの仕事をするのを越権行為と嫌っていて、今回の件が落ち着けば手を引くつもりでしたから」

 

「アウレール王も認めた事により軍事、政務のどちらか寄りでは無くなった事は大きいな。負担が大きいかとも思えるのだが……」

 

 メディアが苦笑したが、リーンハルト殿も馬車馬の如く働き詰めじゃないのだ。週五日仕事を行い残り二日は休んでいる。勿論だが早出残業などしていないし屋敷に仕事を持ち込んでもいない。家族円満であり魔法迷宮バンクに週一で籠りレベルアップにも励んでいる。

 手駒が多くいれば可能だが新興貴族の、リーンハルト殿には譜代の家臣など居ない。新しく配下を集めている最中だが、厳選された有能な者達を集めてはいる。だが未だ少数、人員割り振りと効率化で対応しているに過ぎない。

 自らの護衛役のゴーレムクィーンにまで仕事をさせているのだ。報告を聞いた時は諜報員が狂ったのかと本気で思った。ゴーレムが政務を熟す?馬鹿な、有り得ないと思い馬鹿にされているのかと勘ぐったのだが……

 メディアに与えられた護衛役のエルフが、普通にメイドとして働いているのを見て考えを改めた。信じられないのだが、エルフの淹れる紅茶が美味いのだ。最近は焼き菓子までつくる、そしてそれも美味いのだ。ゴーレムって何なんだろうか?

 

「余裕が有りますわ。近衛騎士団六十四家の選抜側室候補達を使い色々と仕掛ける位に。それに毎週魔法迷宮バンクに挑んでいますが、冒険者ギルド本部に潜ませている協力者によれば順調にレベルを上げてレアドロップ品を集めて稼いでいるとか」

 

 む?メディアの様子が変わったぞ。足を組み替えて妖艶に微笑んだが、実の父親に色仕掛けなど無意味だぞ。何を胸元に手を入れてゴソゴソしている?何を取り出そうとして……

 

「これを御母様から頂きましたわ」

 

「その金色に輝くポーションは!ネクタルか?」

 

「はい、そうです。全ての淑女が求める秘宝、若返りの秘薬ネクタルですわ」

 

 愛妻から報告が有ったネクタルじゃないか?何故、メディアも持っている?お前には未だ必要無いだろう?止めてくれ、そんな諍いの火種となる薬災など見たくもないぞ。

 うっとりした表情でネクタルに頬擦りする愛娘の病んで濁った目を見て背筋に汗が流れるのを感じた。未だ十年は必要の無い若返りの秘薬を今から溺愛してどうする?それに危険物を胸元に入れて持ち歩くな、危険だぞ。

 我が愛妻殿はメディアを引き込んだ訳だな。確か一本金貨十万枚、百本でも千本でも我が公爵家なら購入出来る。そう流通さえしていれば財力で何とでもなるのだ。そしてネクタルの入手ルートは……

 

「魔法迷宮バンクの最下層からのレアドロップ品、手に入れられるのはリーンハルト殿だけか。彼を害する事は、ネクタルの入手が出来なくなる事と同義。そう言う事だな?」

 

「御母様が私にネクタルを託したのは、エルフの体内に保管しているからですわ。彼女の身体の中が世界で一番安全ですから。それと我が一族の『惰眠を貪る者』が動いたのです」

 

 我が一族の『惰眠を貪る者』だと?そんな危険人物は一人しか居ない、厳重に監視を付けていた筈だし何かしら動けば直ぐに報告が来る手配の筈だぞ。アレが動いたなど疫災でしかない。

 

「エモアが動いたなど聞いてないぞ!領地に隔離して厳重な監視を何重にも施していた筈だし、良く分からない稀覯本の収集にしか興味が無かった筈だぞ」

 

「御父様が配した監視者の目を掻い潜るなど、あの方からすれば容易かったのでしょう。内緒で王都にいらしてますわ」

 

 王都に居るだと?勘弁してくれ、アレの相手は疲れるのだ。しかし何故今なのだ?ネクタル絡みなのか?己が着飾る事に興味など無く、良く分からない古書を買い集めて悦に浸る、あの女が……

 

 


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