古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第812話

 胃の痛い話を愛娘から聞かされた。我が一族の汚点『惰眠を貪る者』エモア。今は亡き我が弟の娘にして異常な迄の収集癖の有る狂人、その対象は何度か変わり今は稀覯本を収集していた筈だ。

 弟の領地の一部を引継ぎ、何の不自由も無く暮らしている筈だ。問題は自分の欲しい物を手に入れる為には、どんな事でも実行する事。善悪の見境などない、それこそ持ち主を追い込み殺してでも必ず手に入れる狂人。

 だが証拠を残さない狡猾さと、自分の使える資産を増やす為になら領地を発展させる能力を持っている。基本的に自分の領地に籠り趣味に没頭するだけだから厳重な監視を置いて放置していたのだが……

 

 処分するにはリスクが高く、引き際も弁えていたので半ば放置していた。色恋沙汰に興味が無く素材は良いが着飾る事もぜず、収集癖という悪癖さえ我慢すれば地方の領主としては優秀だったし領民からの支持も高かった。

 何より弟は我がニーレンス公爵家の為に亡くなったも同然、その遺児を処分など心情的に避けていた。それが今になって内緒で勝手に王都に来るとは何が有ったのだ?

 

「メディアよ。エモアが王都に居るという情報だが、どこから手に入れたのだ?俺が知らないとなれば我が家の諜報員からではあるまい?」

 

 俺が手配した監視からは報告が無く家の者達からも無い。となれば他からの情報だが、最悪の場合はザスキアの手の者か?だが舞踏会で直接会っていた俺に伝える機会は有ったのに先にメディアに教える意味は何だ?

 ザスキアはメディアとは距離を置いていた筈だ。同じくエムデン王国の淑女達に影響力が有るからか、直接の接触は無かった筈だ。メディアが若い未婚の淑女達を纏めていて、自分は既婚の淑女を纏めているので住み分けが……

 いや、我が妻は若返った。見た目は十代後半の美少女、俺は外見だけなら幼女愛好家の汚名を被せられた訳だが、実年齢は同世代と言っても無意味か。つまり我が愛妻殿は、メディアの率いる若い淑女達に交じっても?

 

「御母様のお友達からですわ。他の家の方々の『惰眠を貪る者』達も動きが有り、連携する気配も有ったそうなので……此方も連携して対処しましたわ」

 

 対処しました……過去形か。メディアめ、企みばかり上手くなりおって。俺にも内緒で動いたのだな。後継者としては頼もしいが、親としては微妙だぞ。つまりだ。お前も『淑女連合』の一員なのか?

 

「淑女連合の連中がか?他家の問題児達が連携?悪夢でしかないが、それをも抑えるのが淑女連合か。やはりネクタル絡みなのか?」

 

「うふふ、そうですわ」

 

 思わず胃がシクシクと痛くなり腹を押さえる。ネクタルなど劇薬、いや薬災だな。他家の問題児達が手を組んでも『淑女連合』には敵わないか。当然だ、腹黒王妃が率いる王族の女性陣連合にも勝った化け物連合だ。

 俺もローランも愛妻には心情的に勝てない。家の没落を招く程の愚かな行動をおこす位の事をしなければ笑って済ますのが夫として紳士としての度量だ。しかし永遠の若さと美貌の為の絆で結ばれた連中に、エモアは挑んだのか。

 身嗜みに気を遣わなかった奴も自分の老いは我慢出来なかったのだな。訳の分からない理解不能な狂人かと思っていたが、一般女性的な感性も備えていたと思えば少しは安心した。全く理解出来ない相手とは相容れられない。

 

「あの方はネクタルなど望んでいませんでしたが、共犯者の方々が望んだのです。見返りは稀覯本、ブレない方ですわね。私がネクタルの現物を所持していると情報を流しましたのは、御母様が教祖様に迷惑を掛けたくないからと。

それにエルフを従える私が一番安全で適任だからと。勿論ですが、私も見返りにネクタルを所望しましたわ。十年後位には必要になりますし、何よりジゼルより老いるなど有り得ない事ですから……」

 

「あーうん、そうだな。エルフにパンターとレオパルトの守りを抜くのは不可能に近いな。だがお前は我がニーレンス公爵家の大事な後継者なのだから、自身を危険に晒す行為は避けてくれ。それで、エモアをどうした?」

 

 今の話の流れで、エモアが無事とは思えない。アレは自分の趣味の為ならば、メディアに危害を加える事も厭わない。そう言う類の女だ。勿論だがバレない工作はするだろうが、ネクタルの強奪に失敗したのだろう?無事で済んではいまいよな。

 ニタリと笑う、我が愛娘を見て思う。嗚呼、お前もザスキアの毒婦に感化されてないか?エムデン王国の淑女達は派閥を超えて結束したのだろう、今後の派閥争いは今迄とは違う形になる。鍵は間違い無く、リーンハルト殿だ。

 ザスキアは最終的には、リーンハルト殿と結ばれる事を画策している。ならば助力をしつつ、我が親族の淑女を側室に送りこむのが上策。ローランとも連携し公爵三家で親族関係を結ばせるしかないが、今はその話ではない。

 

「今は我が屋敷に滞在して貰っていますわ」

 

「は?なんだそれは?俺は知らぬぞ」

 

 我が屋敷に居るだと?当主の俺が聞かされてない蚊帳の外だと?あまりにも当主を無視した行いに、愛娘で後継者であるメディアに対してソファーから立上り手を振り上げて怒鳴ってしまう。流石に看過出来ない所業だぞ!

 あ?エルフよ、俺はメディアに危害を加えようとしていないからな。自然に近付いて取り押さえようとしないでくれ。パンターもレオパルトもな、襲い掛かるのに最適な位置取りをするな。確かにお前達が居れば、メディアは安全は保証されるな。

 ネクタルの保管に最適とか、何とも無駄使いというか勿体無いというか。もう少し他に無かったのか?我が家の金庫室では不満なのか?

 

「申し訳有りませんでした。ですが私も、捕縛当時は御母様にキツく口止めをされていました。御母様とザスキア公爵が尋問……いえ、説得に成功し今は屋敷の一室で監禁……いえ軟禁?しています」

 

 おぃおぃ、あの毒婦が非公式で我が屋敷に来たというのか?なんという事を仕出かしてくれたのだ、我が本妻殿は!目の前が真っ暗になり身体の力が抜けてソファーに深々と倒れ込む様に座る。

 駄目だ、取り返しが付かない事態に追い込まれている。エモアの事など、どうでも良い。適切な距離を置いていた危険人物が知らない内に身内とズブズブな関係になっていた。ネクタルの件で警戒はしていたが最低限の距離は置いていると思っていた。

 実際は『淑女連合』の重鎮として密に協力する関係だった。誤魔化されていた、適度な距離を置いていると言いながら俺の一族の者を俺の屋敷で内緒で一緒に尋問する位に親密だったのだ。ヤバい、ローランと直ぐに情報を共有し対策しないと不味い。

 

 それこそ俺達は俺達で、『紳士連合』を組まないと駄目な位だ。

 

「そ、そうか。まぁお前が無事なら文句は言うまい。それで、エモアの件は解決したのだな?我が一族の汚名となる事にはならぬな?表沙汰にはならないな?」

 

「はい。有力な家の『怠惰を貪る者達』も、これを機に纏めて改心させましたわ。今後は一族の為に身を粉にして働いてくれるでしょう」

 

 達?複数か。エモア達も連携してネクタル奪取に動いたが、全てはザスキア達の掌の上。有力貴族が持て余す連中を纏めて改心?ははは、笑えないジョークだ。

 

「そうか、ならば細かくは聞くまい。好きにすれば良い」

 

 妖しく微笑む、メディアをみればアレがどうなったかなど分かる。君子危うきに近付かず、好奇心は猫をも殺す。今は放置で良い、藪蛇など御免だ。

 ネクタル、想像以上に危険な劇薬だった。だが入手ルートの確定が出来たのが良かった。被った災害はネクタルの流出元にも責任を負って貰わねばならぬ。リーンハルト殿よ、ローランと同盟を組んだ後で相応の責任を負って貰うぞ。

 ザスキアの抑えの為にもアレを押し付けてやる。本妻側室論争?王命?俺は知らぬし、俺の親族の娘も側室に娶って貰うぞ。嫌でも何でもだ。危険な奴等が居るならば最も影響力の有る者を取り入れれば良い、それが最適解だ。

 

「御父様?真っ黒い笑みですわね」

 

「嗚呼、そうだな。ヤル事が出来た、早急にな。メディアよ、我が一族で見目麗しく才能有り若い未婚の淑女は居たかな?」

 

「あら?そうですわね。んー誰が適任かしら?」

 

 お前は側室に送り込めないが、一族の者を養子として奴に送り込むのは可能だ。いや嫌でも娶って貰うぞ!

 ザスキアへの牽制にもなるが、ザスキアに取り込まれない様に教育して送り込まねば……エムデン王国も公爵三家と次期宮廷魔術師筆頭と連携すれば、五十年は万全な支配体制になるだろうよ。 

 根回しは大変だが、我が身の安全の為にも頑張るしかない。ローランと連携し、アウレール王を巻き込みザスキアと交渉する。なんて難解なミッションだろうか。だがやり遂げるしかないのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 舞踏会会場へと戻る。リーンハルト殿が気を使い、メディアをワルツに誘ってくれた。これで俺から注目が逸れる。似合いの二人だと?友愛は有れども情愛は無いな。メディアもライバルの旦那に懸想などせぬよ。

 さり気無さを装い、ローランに近付く。丁度、メラニウス殿が息子のヘリウス殿を伴い派閥の淑女達と会話に花を咲かせている。親子だが姉弟にしか見えない。ヘリウス殿の本妻殿は派閥の淑女から選ぶのか?

 ヘリウス殿は誰かの影響で政略結婚を嫌いそうだから、母親も気にしていそうだな。メガエラへの対応も貴族の紳士としては落第点だったし、今から矯正しないと後々で問題になりそうだし……

 

「何だ?ニーレンス公爵。メディア嬢の機嫌は回復したみたいだが、バニシードへの対応の相談か?」

 

「いや、もはやバニシードなどどうでも良い些末な事だ。我が一族の『惰眠を貪る者』が『淑女連合』に喧嘩を売った。ネクタルを強奪しようとしやがった!」

 

 これだけで、ローランも事の重大さが分かったみたいだ。周囲に気を配りながら、人目につかないベランダに移動する。完全な密談だな。だが今下話をしないと、後手後手に回るのは危険なのだ。

 

「おぃ馬鹿ヤメロ!お前の一族は何て事を仕出かしやがったんだ。飛び火は嫌だぞ、メラニウスの機嫌が悪くなるだろうが!」

 

 開口一番、罵倒された。ローランは御家騒動の時に、一族の不安要素を全て処理したので『惰眠を貪る者』は居ない。正直羨ましいが、毒殺されかけたのだから呑気に様子見とか出来なかったのだろう。

 サリアリス殿の助力も得られたみたいだし、最悪対象者を毒殺したか?まぁそれは良い、要らぬ指摘をして、ローランからの協力が得られない方が問題だ。俺とお前は一蓮托生、呉越同舟。悪いが巻き込ませて貰うからな。

 他の連中が此方に注意を向けてないか念入りに確認する。特に女官や侍女達が危険なのだ。女は全て敵と疑った方が良い状況なのだよ。

 

「ウチの一族の暴発は正直悪かったと思う。だが問題が浮上した、大きな問題だ」

 

 俺の真剣な表情と声色に、ローランが真面目な顔をした。中年になっても武闘派、状況のヤバさを正確に読み取ったな。

 

「俺の知らない内に全てが解決していた。惰眠を貪る者達が派閥や家の垣根を越えて協力し、ネクタルを強奪しようとして暗躍したのに全てが未然に防がれた。しかも今後は家の為に尽くすと改心させられた」

 

「何を言っている?処分せずに改心だと?言ってる意味が分からないのだが?そもそも『惰眠を貪る者』とは手に負えない有能な問題児の筈だが、それを複数人を簡単に改心させたなど、信じられないのだが?」

 

 物凄く猜疑心を含んだ目で見るな。俺だって愛娘から聞かされた時に疑ったし動揺したから気持ちは分かるが、今はそう言う事をしている場合ではないのだ。

 

「落ち着いて聞いてくれ。俺の本妻殿と愛娘がな、ザスキア率いる淑女連合にズブズブに嵌った。多分だが、メラニウス殿もだぞ」

 

 そして今夜知った事実を説明する。メディアがエルフ頼りで囮となり、ネクタルを強奪しようとしたエモアを捕縛し共犯者達を根こそぎ捕まえた事。改心という洗脳を行い自分達の手駒として教育した事。

 思った以上に危険な、ザスキアと淑女連合の構成員達の事。彼女達に対抗する為の組織を立ち上げないと危険な事と、アウレール王を巻き込みリーンハルト殿に責任を取って貰う事。

 もはや最年少侯爵も有りだ。ザスキアの薄汚れた少年愛好趣味を助力する代わりに、公爵三家で親戚関係になり身を守る算段を用意する事。

 

「なんてこったい、モアの神よ!」

 

「俺とお前は一蓮托生、呉越同舟だ。惚れた妻の為にも、この紳士連合を発足し足場を固めねばならない。バニシード?知らぬわ、勝手に滅びろ!」

 

 中年二人、人気の無いベランダで硬い握手を交わす。端から見ればどんな状況だと邪推されるだろうな?

 

 


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