古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第813話

 問題が発生し対応に追われた舞踏会も問題無く終わりそうだ。メディア嬢とのワルツも終えて一息吐く為にテーブルに向かう。

 アルコールを飲みたい所だがグッと堪えて、側に居た侍女に果実水を頼む。三夜連続舞踏会の初日にして問題発生とはな。

 持ってきてくれた果実水を一気に呷ってお替りを頼む。疲れた、早く休みたいが今夜の件も報告書に纏めて明日の朝に関係者に提出か……

 

 結局、問題を起こした者達の監督者である、バニシード公爵は子供達を連れて早々に帰ってしまった。親同士の話し合いは無く子供達だけで終わり。

 メディア嬢もワーグナスル殿も無冠・無職だが成人しているので、和解が成立すれば親が出てくる必要も厳密には無いが、両家の和解を目的として仕掛けたならば腑に落ちない。

 余計に悪化させただけだ。バニシード公爵の謝りたくないという悪い癖が出たのか?お粗末過ぎて笑えない。最初にワーグナルス殿とメガエラ嬢を見た時も脅威を感じなかったが……

 

 これが驕りか?

 

 まぁバニシード公爵は直接的な謝罪はしなかったが、詫びを綴った親書は僕もニーレンス公爵も貰ったから最低限の礼節は守った事になるのか?

 一応直筆だったし短い時間で認めたのなら丁寧なほうかな?臣下の頂点である公爵家の当主としては落ち目でも面子が有るのか何なのか?僕には理解できないが、ニーレンス公爵の顔を見れば不足なのだろう。

 気になったのは不満爆発だったニーレンス公爵とローラン公爵が並んで笑顔で僕を見ていた事だが……早々に対バニシード公爵の相談をしたのだろう。仕事が早いのは流石だな。

 

 だが何故か、僕を見る笑顔が胡散臭いというか微妙と言うか……害意は感じられなかったのだがモヤモヤする。何かを企む時の笑顔なのだが、残念ながら、リゼルは近くに居なかったので思惑は分からない。

 その後は問題も無く定刻となり舞踏会は終了した。絡んで来るかと思った、ベアトリクス王女もミッテルト王女も特に動きも無く、僕に断りを入れた後で舞踏会の中盤で引き揚げていったし。

 会場の片付けの進捗と明日の段取りの確認を終えて報告書を書き終わり寝室に戻ったのは日付が変わる時間の直前だった。今夜も無事に乗り切った、肺の奥から安堵の息を吐く。

 

「ふぅ、今夜も疲れた。残り二日、絶対宮廷魔術師の仕事じゃないが留守居役としては最後の仕事なんだよな。聖戦参加者を称える締めの行事なのだから問題無く終わらせる必要が有るんだ」

 

 ドサッとベットに倒れ込む。小腹が空いているが少し横になり休みたい。瞼が鉛のように重い、明日は七時に起きて身嗜みを整えて八時から朝食会に参加だっけ?

 外交要員の真似事もしているな。自覚はあるが、このままズルズルと宰相職を押し付けられないよな?嫌々なれる役職じゃないよな?有る意味では出世だし、本来なら喜ばしき事なのだろうが全く嬉しくない。

 ニーレンス公爵に相談したけど、笑って済まされた。そもそも宰相とは内政派の、ニーレンス公爵の派閥構成貴族の誰かがなるべき役職じゃね?それを宮廷魔術師の僕が兼任みたいな形で……

 

「む?誰だっ!」

 

 魔法で構築された感知網に何かが引っ掛かった。部屋の中に誰かが居る?馬鹿な、扉も窓も開かなかったし、最初から居たとしても無断で出入りすれば最初に分かった筈だ。そういう監視網は構築している。

 瞬時にそんな事を考えながらもフワフワと不安定なベットから飛び下りて身構える。こんなに近くまで感知出来なかった相手だと?油断し過ぎた、旧コトプス帝国かウルム帝国の残党の報復か?

 空間創造からカッカラを取り出して構えて、魔法障壁に魔力を込めて強化を……

 

「ご主人様、夜食をお持ちしました」

 

 見慣れた隙の全く無い姿、落ち着いて抑揚の無い声、僕の信頼する元暗殺者にして戦友である、クリスが居た。君は僕を驚かせる登場方法しかしないのか?緊張を解す為に何度か深呼吸をする。

 久し振りに身の危険を感じた。カッカラを握る手に汗をかいた。油断も慢心もしていないつもりだったが、自国の王宮の最奥で襲撃にあったと感じたんだ。実際は身内だったけど。

 カッカラを空間創造に収納し、早鐘の様に鼓動が荒い心臓を落ち着かせる。手汗を服で拭いて焦っていた事を気付かれない様にする。クリス、君に襲撃されるのは何度目だろうか?

 

「そうだね、クリス位だよな。僕の感知網に引っ掛からずに近付ける者はさ」

 

 女官服を着た、クリスが何事も無かった様にサイドテーブルに料理を並べている。ドッと疲れが襲う。本日最後の驚きと緊張は身内の無断侵入だったよ。

 魔法の収納袋から出来立ての温かい料理を取り出し並べている。トウモロコシのガレットにトマトの肉詰めファルシ、羊肉のフリカデレか。ガッツリした摘みだな。小腹は空いているが食べきれるだろうか?

 このメニューは最近、イルメラとウィンディアが色々と研究していたやつだ。詰め物料理で色々とアレンジが可能で、トマトやピーマンとか試していたな。ペーストや細切れにした食材を詰める。

 

 カブやカボチャを刳り貫いたり、魚や米も使ったり味付けもだが自由度の高い料理だ。出来の不揃いさから、多分だが、聖母イルメラの発案でクリスが作ったのだろう。彼女はクリスの情操教育の為に色々な事をやっている。

 だが幾ら情操教育の為とは言え、僕の妾容認みたいな事も言ってる。実際に迫られた事も有るが、角が立たない様にお断りをした。イルメラにもそれとなく止める様に言ったが、輝く笑顔で無言だったんだ。 

 そんな事を考えて見ていたら、ワインまでボトルで取り出したぞ。グラスは二つ、つまり彼女は僕と飲みたい訳か。彼女と飲むのも久し振りだし、暫く相手をしてないから寂しくなったとか?まさかな、それは無いか……

 

「ささ、どうぞ」

 

「うん、ありがとう。美味しそうだね」

 

 相変わらず表情が乏しいが最近は僅かながらに表情を表す事が増えた。聖母イルメラの働きかけにより大分良い方向に向かっていると思う。今回の件も、もしかしたら彼女の入れ知恵かな?

 だが暗殺者が無くした感情を取り戻した結果は誰にも分からない。だから慎重に様子を見る必要が有るのだが、今回みたいに深夜に王宮に侵入する事も有る。流石のイルメラさんも、無断で王宮侵入は指示してないよね?

 警備担当責任者として簡単に侵入を許した事を思う所もあるが、目を瞑る事にする。彼女の技量ならバレる事もないだろうし、最悪見つかっても僕が呼んだ事にすれば何とかなる。それが義務を果たしている権利だ、乱用はしないけど。

 

「ディープブルー・トロッケンの白か。確かレジスラル女官長の領地の特産品だよね?」

 

 彼女を引き抜いた後で色々と背後関係も調べた。確かトロッケン地方はブドウの交配が盛んで多種多様なワインを生産しているが、最近は伝統品種への回帰が進んでいる。ディープブルーもその一つで、結構なプレミアワインの筈だ。

 クリスは引き抜きの条件として、レジスラル女官長とその一族と距離を置かせた筈だが未だ繋がりはあったのか?流石は王宮を裏側から取り仕切る、女官と侍女のトップだけの事はある。味方側で良かった。

 まぁ悪い事でも無いし止める理由も無い、向こうもバレるのは想定しているだろう。僅かに口元に笑みを浮かべながらワインを注いでくれる。分かり辛いが本当に嬉しそうだな。

 

「はい。このワインは私が好きなのです。依頼の達成後に必ず飲んでいました。ライラック商会に頼んで特別に取り寄せました。拙いですが料理も自分で作りました」

 

 あーうん、御免なさい。未だ実家と繋がりが有るのかと邪推したけど、まさか自分が好きで取り寄せたとは思わなかった。良かった、指摘しなくて本当に良かった。そして予想通り摘みは手料理、本当に自分で作ったんだな。

 クリスが厨房に立つ姿を想像すると可笑しくなるが我慢だ。努力を笑うなど紳士として最低だが、微笑ましいと思う。他の連中も驚いたかな?それとも普通に受け入れたかな?今度帰った時に聞いてみよう。

 ワイングラス半分ほど注がれたワインを胸元まで掲げて乾杯をする。ワイングラス越しに見た、クリスが微笑んでいる。無表情系美少女の微笑みは貴重だろう。

 

 ワイングラスを軽く回し匂いを楽しむ。最近は飲み比べで大量に飲まされる事が多くて、味わって飲む事が少なかったな。しかし、クリスの好きなワインか……

 

「乾杯、クリスの手料理と好きなワインに」

 

「乾杯、主様と私の幸せのひと時に」

 

 おお?そういう言い回しも覚えたのか?幸せがひと時とは寂しい気もするが、直接的に言葉に表すまで感情が蘇っているのだろう。前は二人で敵を殲滅するのが楽しい、だったから大した進歩だよ。

 黄金がかった薄い色合い、一口含めば口当たりは滑らかだが適度な酸味も有る。摘みには肉料理が多いので正直白ワインは合わないかと思ったが、適度な酸味がコッテリした肉料理に合いそうだ。

 口内で十分に匂いと味を楽しんで飲み込む。本当にワインを味わいながら飲むのは久し振り、エムデン王国最強の酒豪とか要らない称号なんだよ普通にお酒を味わって楽しみたいんだよ!

 

「クリスのお薦めだけあって美味しいワインだね」

 

「小さい頃に何度か無理を言って仕込んでいる所を見た事が有るのです。ワインの醸造方法は門外不出なのですが、折角のブドウをお酒にする事が勿体無いと我儘を言って見せて貰ったのです」

 

 思わず咽てしまった。当時のクリスがブドウの実を食べれずにワインにするのが勿体無くて我儘を言うなど信じられないな。未だ感情を無くさない前の事、それを今思い出して語ってくれる。

 ゆっくり味わう様に飲んでいる彼女から昔話が聞けるとは、失った感情が徐々にだが戻ってきている。ワインの醸造工程か、僕も当たり障りのない程度しか知らないが、拙い知識をもとに会話を広げていく。

 確か赤ワインはブドウの皮や種も一緒に発酵させるから味に複雑さや深み、奥深さが出る。それに対して白ワインはブドウ自体も皮の色が薄い白ブドウの実を使い、更に発酵させる前に搾り取って果汁のみを発酵させる。

 

 皮を取り除くから色が薄くなり長期熟成しないでも完成する。貴族としてワイン談義は良く有る事なので最低限の知識は押さえているが、産地や銘柄も細かく覚えている所謂『通(つう)』な連中からすれば無知レベルだけどね。

 食通のローラン公爵ならばワイン談義で半日潰せるらしい。僕は相手を飲み潰す事しか出来ない。最初に羊肉のフリカデレを食べる。上手く香草で肉の臭みを消していて、粗く刻んだ事で歯応えも有る。

 見た目の拙さは数を熟せば解決するし、本来料理は味で勝負するものだし、十分に美味しい。何より僕の為に態々料理を作ってくれた事が嬉しいんだ。それに彼女の好きなワインも意外に肉料理に合うな。

 

「料理も美味しいし、このワインにも合うね。有難う、疲れが吹っ飛んだよ」

 

 料理の感想を聞いた時の彼女の表情は……年相応な自然な笑顔だった。暫くは無言で料理とワインを楽しむ。今夜の苦労も何もかも吹っ飛んだ最高の一日の終わり方だな。

 だがこれだけは言っておかねばならない。今回は上手く侵入出来たし、クリスの技量が有れば今後も見付かりはしないと思う。だが万が一の事も有るし過信は駄目だし、バレてクリスが処分とか受け入れられない。

 

「一緒にお酒を飲みたいなら言ってくれ。内緒で王宮に侵入とか、クリスの技量を疑う訳じゃないが危険だからね。叱ってる訳じゃないから、勘違いしないでね」

 

「はい、少し寂しかったので今後は気を付けます」

 

 寂しいだって?彼女が寂しいと言葉にした事に驚く。これは彼女の精神にどんな変化がおこってるのだろうか?

 

「そういえば屋敷の方はどうだい?慣れたかい?」

 

 クリスの情報を集めておいた方が良いな。引き抜いておきながら彼女の変化の確認を怠っていた過去の自分を殴りたい位だ。

 両手でワイングラスを持って此方に注意を向けているが、嫌々な感じはしない。本人の言う通りに最近は構ってなかったので寂しかったのだろう。

 それからポツポツと屋敷での生活の事を教えてくれた。イルメラやウィンディア、エレさん達と普通に魔法迷宮バンクを攻略してるのは聞いていた。それにニールやコレットも交えて変則的なパーティーを組んでいる。

 

 『野に咲く薔薇』のアグリッサさん達や『静寂の鐘』のヒルダさん達とも短期の応援としてパーティーを組んでいるそうだ。自己鍛錬と僕の関係や安全確保らしいが、魔法迷宮の攻略も割と楽しいらしい。

 戦う事がなによりも好きらしいが、暗殺者として対人戦闘よりも冒険者としてモンスター討伐も楽しいらしい。彼女程の腕が有れば、冒険者として大成する事も難しくないし、本業の護衛業務に支障の無い程度に励んでいるそうだ。

 ただ余暇に料理を嗜んだが一人で食べるのが寂しくなり、どうせならと僕と一緒に好きなワインが飲みたいと王宮に侵入したらしい。一応侵入ルートと手順を聞いたが、防ぐのは無理だな。王宮の警備責任者としては何とも言えない結果に終わった。

 

「それで今夜は夜伽の相手もする予定で……」

 

「屋敷に帰りなさい」

 

 それは求めていません。悲しそうな顔をしても、駄目なものは駄目ですからっ!

 


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