古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第814話

 舞踏会二日目の朝、ベッドの中で思考に耽る。クリスは昨夜のうちに屋敷に帰した。聖母イルメラさんの情操教育は順調と思っていたが、貞操関連の一部が残念な結果を残しているので今後に期待だ。

 王宮警備の穴と言うか、クリスの技量が単純に隔絶していたでは済まない。敵国にクリスレベルが居た場合、王宮に侵入し放題。要人は暗殺や重要機密が盗み放題って事だからだ。

 過去には前王を僕の錬金したクリエイトクリーチャーである『スカラベ・サクレ』が暗殺した。手の平サイズの5cm程度の錬金虫を警戒する事は不可能、古代の英知の結晶である自立行動型暗殺虫だから……

 

 僕にも他国の要人を高確率で暗殺する手立ては有るが、余程の事が無ければしない。例え敵対し戦争している相手国でも、要人を暗殺するような国に負けた場合に支配者として受け入れられるか?

 テロやゲリラ活動に走る連中もいるだろう。卑怯な手段に負けたとなれば支配される貴族連中も簡単には靡かない。失敗すれば暗殺される恐怖を抱えていれば服従など受け入れない。

 恐怖による統治も有りっていうか手段としては在り来たりで前例は幾らでも有るけど、モア教の存在が問題になる。圧政はモア教を刺激する。友愛を教義とするモア教を国教に掲げるエムデン王国は、非情な真似は出来ないんだ。

 

「そう言えば、教皇の調査はどうなっているのかな?依頼した無意識の調査報告書って未だだっけ?」

 

 ゴロリと寝返りを打つ。窓から差し込む淡い日の光、漸く朝日が昇った頃、つまり未だ一時間位は寝ていられる。無駄に豪華になった新しい執務室に備えた寝室に用意されたベッドが、何故か大きいんだ。キングサイズ以上有る特注っぽい。

 無駄にデカい寝室の中央に鎮座する異様な存在感。三人寝ても余裕の広さ、用心の為に天蓋カーテンは開けている。本来は虫や埃除けだが、異様に清掃が徹底した王宮に虫や埃?ないない、掃除は行き届いているし虫除けの魔法も付加されている。

 昼寝用に光を遮る効果も有るが、僕は真っ暗じゃなくても寝れる。戦争経験者なら何時何処でもどんな状況でも、寝ないと体力が回復出来ないから寝れる。経験により身に着けた特技か?追い込まれて身に着けた防衛本能か?

 

「そう言えば、レスティナ様用に贈った天蓋付き子供用ベッドにも静音とか安眠とかの色々な効果の有る魔力を付加をしたんだった。他の御子様の保護者の方々からも製作依頼が来てるんだった」

 

 嫌な記憶が蘇る。忙しさにかまけて生産系ギルドとの調整をしていなかった。武器関連の鍛冶ギルド本部に、ベッドは家具ギルド本部?木工ギルド本部?どれだ?

 王族御用達の商人経由か王都ギルド本部から直接納品されるが、製作はギルド所属の職人だしな。そろそろ対応しないと彼等の利権を犯しているし、関連する部署と貴族絡みの調整も必要か。前例や利権、しきたりとか色々絡むから面倒なんだ。

 ラビエル子爵とロイス殿に踏査と調整を頼むか。特に利権絡みが一番問題だから、下調べをして関係各所に下話を通して……ニーレンス公爵にも事前説明が必要だな。生産ギルドは政務にも無関係じゃない。

 

「旧ウルム王国領の復興支援だが、参謀連中が妙に下手にでるのが気持ち悪いんだよな。僕の出した草案はアウレール王が待ったをかけた。参謀連中に任せるから様子を見ろと……利権絡みの調整が酷くて板挟み状態なのだろう」

 

 妖狼族の『女神ルナ』からの御神託で裏切者の、モンテローザ嬢の討伐の為にバーリンゲン王国に行けと言われている。悪の華が咲くのが四ヶ月後、早めの鎮圧は駄目らしい。女神の助言だし厳守だよな、破る事は神に喧嘩を挑む様な無謀さだ。

 だが復興支援も上限三ヶ月としているが、アウレール王から一ヶ月間はゆっくりしろって配慮して貰ってる。その期限の調整が難しい。上手く復興を終えて四ヶ月後にバーリンゲン王国に行く理由をどうするか?復興支援も蔑ろには出来ず、とは言え勝手にスケジュールも組めない。

 他種族の女神の御神託ですっ!とか言っても無駄だよな。幾ら他宗教に寛容なモア教絡みでも、他種族の信仰する神様を引き合いに出すのも駄目だ。つまり自分で何とかするしかない。復興支援の速度を上げるとか?緩い計画じゃないし下手したらガチガチに日程を組まれてないか?

 

 参謀連中と調整したいが、彼等も王命で仕事をしているので口出しは揉める。自分達の考えた計画通りに動いて欲しいから、下手に出ているんだよな。口を出せば猛反発する、予定が詰まるなら他の予定も入れたいだろうし。

 旧ウルム王国領を報酬として賜った貴族は多い。当然だが有力な貴族も多く、彼等は自分の拝領した領地の復興の為に参謀連中に圧力を掛けているだろう。それを王命として調整するのが困難なんだよ。僕は誰の領地になるかは考えずに被害の多い場所と、農地に適した場所に重点を置いた。

 つまり貴族間の力関係は無視した効率重視、復興優先の草案だった。だからアウレール王は自分預かりにして保留にしたのかな?だが参謀連中も、僕の草案の内容は知っている筈だ。それを上回る内容と貴族間の調整を盛り込んだ案を出さねばならないのか……それは大変だな。

 

「ロジスト様の件は有耶無耶になってよかった。ヴェーラ王女との養子縁組は条件付きで許可したそうだが、僕への絡みは無くなった。アウレール王が配慮してくれたお陰でだが、僕は国王に幾つ配慮して貰っているのだろうか?」

 

 ロジスト様もモンテローザ嬢の洗脳の被害者だが、彼も若い時にヤンチャして浮気した事にも原因が有る。王族相手に不敬だとも思うが、男女間の事は当事者同士は良い思い出かもしれないが他人にとっては迷惑でしかない。

 幼い王女は血の繋がった祖父の手で幸せに過ごす事が出来る。謀反人の孫として罰を受けるより遥かにマシだから、僕も秘密は墓場まで持って行く。この件はこれで御終い、一件落着だな。もう蒸し返さないし触れる事も無い、それが最上の対応だろう。

 留守居役の任を与えて貰い本当に良かった。王族に対処出来る権限なんて、おいそれと臣下が持てる訳もない。ヴェーラ王女とは距離を置いて、そのまま疎遠になる、彼女は幼い、伴侶を迎えるのは未だずっと未来でだよ。そして僕は対象外、無理だから。

 

「ハミルトン子爵とビルゲイム子爵、それにメンテス男爵とは今日の午後に面会する予定だったな」

 

 近衛騎士団六十四家には依頼達成通知書と魔力を付加したブレスレットを一緒に送ってある。三連続舞踏会の後で、近衛騎士団員達とは纏めて飲み会を行う予定だから、彼等の成果を称えるにはその時で良い。会場については、未だひと悶着あるのだが……

 予約を入れる筈なのに?いや、この問題は後回しにしよう。今は順番に必要な事から済ませていくのが正解だよな?もう少し時間があるから大丈夫、大丈夫だよな。大丈夫かな?…

 ハミルトン子爵達は最終日の舞踏会に参加して翌日には領地に戻るので、ゆっくり会えるのは今日だけだ。依頼達成通知書と感状、それと魔力を付加したブレスレットは既に送ってあるからな。

 

 口頭で感謝を述べて多少の懇親をして終わり。未だ近衛騎士団員達と違い側室話とか無いから気楽だ。純粋に活躍を称えて感謝して終わり。うん、マジックアイテムを大量にばら撒いていると言われても反論出来ないかな?魔術師ギルド本部と懇意で良かった。

 

「ん?魔術師ギルド本部?そうだ、王立錬金術研究所の方も落ち着いたら行かないと駄目だった」

 

 能力向上の魔力付加ブレスレットの廉価版の増産を頼んでいるが、そろそろ生産数を抑えないと値崩れするし希少性が無くなる。彼等の生産する低級品でもエルフ謹製のマジックアイテムに近い能力が有る。

 他国の魔術師ギルド本部と冒険者ギルド本部からも問い合わせが多い。戦略物資扱いだから他国への流出には制限を掛けないと駄目なんだよな。つまり生産量を抑えるから新しい課題が必要になる。

 久し振りのセラス王女との謁見も、リズリット王妃のネクタル絡みの入手ルートの調査っていうか……殆ど取り調べみたいな会話で終わったんだ。恐ろしきは若さと美貌を渇望する女性の執念だな。

 

 セラス王女はネクタルへの興味は未だ薄いから、言質を取られずに済んだけどね。だが状況的にはザスキア公爵の周囲でネクタルを大量入手出来る存在で一番怪しいのは僕であり、僕以外に入手は不可能だろうって事もある。

 だから誤魔化しても無駄なのだが、言質を取られるよりは疑わしいの方が未だマシだろう。リズリット王妃はアウレール王が間に入り、ザスキア公爵率いる『淑女連合』と裏取引を成立させた。

 つまりネクタル入手先は僕だって知ってる筈だと思うのだが、セラス王女に確認させる意味って何だ?僕が彼女には甘いから、ザスキア公爵とは別ルートでネクタルを入手する為の準備とか?うーん、ネクタル絡みはザスキア公爵に丸投げしよう!

 

「新しい錬金の課題か……何が良いかな?レジストストーンに能力UPのブレスレット、セラス王女が欲しがりそうなマジックアイテムだと何だろう?」

 

 魔力は保有するが魔法が使える程じゃなかった。その反動がマジックアイテム収集ならば、特定の魔法が使えるようになるマジックアイテムかな?低級の魔法を封じ込めたマジックアイテムは有る。ロッド・オブ・ファイアボールとか。

 転移系の帰還の札や魔法障壁の護符、でもそれらは自由に魔法が使える事とは近いが違う。あくまでも消費アイテムだから、セラス王女の魔法行使への憧れを満たすモノじゃない。

 例えば指輪に魔力を貯めて、数種類のワードを決めて魔法を発動させる。これなら魔法行使の欲求は満たされないか?いや、魔力の無い者も複数の魔法が使える事が問題になる。禁制品扱いだし、魔術師の存在自体が危ぶまれる。

 

「危険だから無し!錬金するにしても、僕だけで他人に量産などさせられない。ライトの魔法だけを指輪に仕込むとか?王女が照明の不自由な場所に行くか?行かないな。攻撃系の魔法?危なくて、レジスラル女官長が激怒するよな」

 

 悩ましい、本当に悩ましい。本人に希望を聞くのも良いが、リズリット王妃の思惑が絡みそうなんだよな。ネクタル入手が厳しいならば、治癒の指輪を研究して効能を向上させろとかさ……

 リズリット王妃の若さに固執する強い意気込みは理解している。だが安易に僕からの提供は駄目、ザスキア公爵に許可を得る必要が有るが心情的には優遇したくない。一度裏切られているから。

 意趣返しじゃないが、彼女と王族の女性陣との関係性とか複雑過ぎて分からない。だから、ザスキア公爵の判断に委ねるのが正解。余計な事をして場を引っ掻き回す愚は犯さない。

 

「主体性が無いとか言われそうだが……これが僕の処世術さ」

 

 枕を抱えて俯せになる。良く天日干しされているのだろう、お日様の匂いがする。嗚呼、匂い。匂いだよ。イルメラ成分が抜け掛けている。補充するにしても、彼女達のインナー(下着)を取り出して嗅ぐのは危険過ぎる。

 どうにも僕の寝室は偶に監視されてるみたいなんだよな。良いタイミングで侍女達が差し入れしてくれたりと、前例が有り過ぎる。もし、もしもだ。僕が女性用のインナー(下着)に顔を埋めて深呼吸している所を見られたら?

 匂いフェチってバレる。だからどうした?いやいやいや性的な嗜好は強みにも弱みにも発展するが『未成年なのにディープな性癖をお持ちですね!』とか知り合いの女性に言われたら、死ねるぞ?

 

「だが僕の鋼の自制心も、イルメラ成分の不足にはエラーを起こしかねない。つまりインナーを嗅ぐ事は諸々の失敗を犯す前の予防措置、そう予防措置なんだ!」

 

 良し、嗅ごう。空間創造から密閉容器に保管したイルメラのインナーを取り出そうと……

 

「リーンハルト様。起床の時間ですわ」

 

 思わず声が出そうになるのをグッと堪える。数回のノックの後に、イーリンの声が聞こえた。もしかして独り言を聞かれたりしたか?やはり寝室は監視されてないか?

 

「あっ、ああ。起きてるから、入ってくれ」

 

 不味い。動揺してるのがバレバレじゃないか。落ち着け、深呼吸をして気持ちを落ち着けるんだ。イーリンに性癖を知られたら一大事だぞ。

 朝から緊張してしまった。だが未だ休憩時間が有る。昼寝すると言って寝室に引き籠り、防諜対策を何重にも施した上で……

 

「リーンハルト様?朝から腹黒い笑みを浮かべていますが、また何か悪巧みですか?」

 

「失礼だな。悪巧みとは全く関係無いぞ」

 

 ヤレヤレ的な仕草に呆れた口調、駄目な弟を見るような視線は止めてくれ。あと五分来るのが遅ければ、満ち足りた笑顔で迎えたんだぞ!

 

 


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