古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第815話

 午前中の政務が終わった頃に、ウーノを通してセラス王女から昼食のお誘いが来た。まぁお誘いというが半強制なのだが仕方ない。それに彼女の事は嫌いじゃないし世話にもなっている。

 彼女の誘いには、もれなくリズリット王妃が付いて来る。現状の関係性を考えると、僕への警戒心も不信感も増し増しだろう。一度敵対寸前まで行ってアウレール王に仲裁して貰ったし……

 多分だが、ネクタルの件で絡んで来るだろう。ザスキア公爵との争いも手打ちになったが、満足のいく結果じゃなかっただろうし。今から胃がシクシクと痛くなる。

 

 それともう一件、先延ばしにしていた問題が……

 

「聖戦戦勝祝いの招待状だよな?」

 

 政務机の上に置かれた二通の親書、何故か『夜の帳(とばり)亭』と『淑女の囁(ささや)き亭』のオーナーから来ている。王宮の僕の執務室に贔屓の貴族経由でだ。

 夜の帳亭は、近衛騎士団の部隊長の三人、ダーダナス殿にワルター殿、それにビショット殿と初めて行った夜の酒場だ。

 淑女の囁き亭は、近衛騎士団員達との合同懇親会に参加させて貰った時に呼ばれた酒場だ。両方とも貴族相手の高級酒場だが、普通は幹事が店を決めて予約をして招待状を送る筈だが?

 

「何故、店側から万難を排して御用意していますので、是非とも当酒場にて祝勝会を催して下さい!なんだ?」

 

 万難を排するって、こんな使い方だったっけ?何が何でも障害となるものを退(しりぞ)けて押し退けてって意味だが、障害って?ライバル店って意味?

 そもそも幹事が酒場を選ぶ側なのだが、酒場側に選ばれるとは?しかも無償で御招待って可笑しくない?変だよな?無料で呼ばれるって何だろう?大人数だぞ、無料など有り得ないだろ?

 ダーダナス殿は『夜の帳亭』を推して、ゲルバルド副団長は『淑女の囁き亭』を推している。決定権を僕に委ねるって、僕は招待される側だが、何故選択権を与えられている?

 

 どちらを選んでも角が立つが、両方で二回やるのも問題だろう。酒場側はライバル店と差を付けたいから無料で招待するって言っている筈だ。箔付けにはなると思うが、赤字の方が凄いぞ。

 全員が大酒飲みで最後は轟沈するんだ。店としては最悪の権力と財力を持つ酔っぱらい集団だ。だが近衛騎士団御用達の店として、聖戦の戦勝祝いをしたとなれば王都一の酒場と見られるのかな?

 ライル団長率いる聖騎士団員達との祝勝会は、ライル団長が幹事として贔屓の酒場を手配したから問題無い。『黄金の豊穣亭』という、他の二店に比べると一段落ちるが高級店だ。

 

 只この店は接客の女給さんの接触率が高いので、極力誘われても行かないようにしている。余計な誤解を招くのは嫌なのだが、ネーデさん達を思い出すんだよな。

 懐かしい痛痒い思い出だ。浮気の心配をされてグレー判決を受けたんだ。今の立場では中級店とは言え、あの様な大衆向けの店には行けないだろう。行けば向こうが迷惑を受ける。

 黄昏ていては先に進まない。近衛騎士団員との合同祝勝会は『淑女の囁き亭』、ダーダナス殿達と有志の集まりの祝勝会は『夜の帳亭』。聖騎士団員達との合同祝勝会は『金色の豊穣亭』にする。

 

 『淑女の囁き亭』を優先する事になるが、プライベートは『夜の帳亭』を使うって事で良いだろう。エルムント団長とゲルバルド副団長の顔を立てる意味って事で良い、順当だよ。

 あの酒場は元々は教会だったらしく、重厚な石造りで所々にステンドグラスが嵌め込まれていた。豪華な造りは清貧を尊ぶモア教の教会じゃない、つまり衰退した異教の教会だな。

 オーク材の巨大な一枚板のテーブル、樹齢百年ではきかないだろう。天井から吊り下がっているシャンデリアも年代物で、魔法の灯りが優しく店内を照らす雰囲気の良い店だが……

 

「全員が大酒呑みで最後は轟沈して全滅、今回も生き残りは僕だけだろう。祝勝会の主役は彼等だから仕方無いけど、事前に準備だけはしておくか……」

 

 各員の家令か執事に連絡を回して閉店時間に順次、迎えを寄越す様にしよう。店の外までは僕が付き添って、後は使用人に任せて送り返す。御者に通達すれば横繋がりで順番等も任せられる。

 御者の情報網と連絡網は馬鹿に出来ないんだ。それなりに変わる宮廷順位や派閥移籍や活躍による微妙な優先順位をリアルタイムで把握し共有する技術は凄いの一言だよ。

 さてと……両オーナーに親書を出して、エルムント団長にも店を決めたので日程と時間を参加者に通達する様に頼むか。

 

「やれやれ、根回しばかりが上手くなるな。国家の最強戦力たる宮廷魔術師なのに、やってる事は調整業務ばかりだな」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 セラス王女との謁見の場所だが、ウーノの先導で王宮内の王族の方々の生活区画の廊下を進む。相変わらず擦れ違う女官や侍女が多い。僕がこの区画に来る事は、事前に通達されているから。

 一応、次期宮廷魔術師筆頭として、後宮と宝物庫以外は無許可で立ち入れる事にはなっている。王宮の防衛の要の宮廷魔術師が出入り禁止で対応出来無いとか笑えないから。

 毎回違うルートで何時もの池の畔に設えた茶会の場所へと向かう。僕は王宮内の構造は頭に叩き込んだから迷子にならないが、慣れないと先導無しでは迷子になるな。

 

 昼食後の気怠い午後に日差しの良い野外での茶会、眠くなるよな?既にセラス王女と、予想通りリズリット王妃が居る。セラス王女が不機嫌なのは、本日の謁見の内容は面白くない。

 つまり、リズリット王妃の思惑が大きなウェイトを占めているから面白く無い。彼女は感情を隠すのが苦手だから、間違い無いだろう。

 ネクタルの代替え研究とか、無茶な事を言い出しそうで怖い。流石に治癒の指輪みたいな老化の緩和や、ネクタルみたいな若返り効果は無理だぞ。興味が薄かったから転生前も研究していないから。

 

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト卿」

 

「お招き頂き有難う御座います」

 

 リズリット王妃が先に声を掛けてきたぞ。呼び出したのは娘である、セラス王女なのに?深々と頭を下げる。今の僕とリズリット王妃の関係は微妙、向こうは警戒し僕は隔意が有る。

 コッペリス女男爵を唆し、僕とザスキア公爵の関係に枷を嵌めに来たから。要らぬ女性を側室に押し込まれそうになったから。隠し切れない不信感が滲んでいる。

 今もネクタル絡みで、ザスキア公爵と敵対こそしないが反目はしている。ネクタル確保の為に女性王族を纏めて挑んで負けたから、心中は色々と複雑だろう。

 

「急な呼び出しに応えて貰い感謝していますわ。今の貴方は、私や御母様よりも重要度の高い殿方なのですから……」

 

 セラス王女が拗ねている。彼女の場合は妬むとか恨むとかじゃなく、純粋に拗ねている。その愛らしさが、アウレール王が別格の愛情を注ぐ理由だろう。最近は、セラス王女だけが癒しだと愚痴っていたし。

 国王の愚痴を聞かされる臣下の心情は複雑なのだが、理由は理解している。半分は僕にも原因が有るし、黙って愚痴を聞くのも臣下の務めだ。

 愚痴と言えば、モリエスティ侯爵夫人にもサロンに呼ばれているのだが、忙しくて中々行けてない。そろそろ不満が爆発しそうで怖い。モンテローザ嬢の対応の進捗も報告しないと、彼女も拗ねるんだよ。

 

「いえいえ、セラス王女のお呼びとあれば、何をおいても伺いますよ」

 

「あら?そうなの。うふふ」

 

 ほら、素直だから直ぐに機嫌を直してくれる。ウーノが苦笑いをして、リズリット王妃は微妙な顔をした。自分より娘を優先したからか?

 この辺の女性の心の機微は難しい。優先されないと粗略に扱われたとか思うんだよ。小さな不満は溜まれば大きな不満となり、何時かは爆発する。

 その不満に対抗出来るだけの地位と権力は備えたが、敵対する前の段階で不満を解消させる必要も有る。それが段取りと根回し、利害の調整だよ。貴族なら出来て当たり前なのだが……

 

 暫くは聖戦絡みの話題や時事ネタの話題を振る。最近、少しは本題の前に雑談を楽しめる関係にはなっている。レジスラル女官長からの頼みだが、王族らしい振る舞いを覚えさせたい。

 腹芸が出来て当たり前、感情を律して当たり前。王族とは貴族とは違う責務が有り他国との外交も必須なのだが、セラス王女は免除されてるっぽい。

 アウレール王が甘やかしているというか、性格的に厳しいから無理させてないっていうか?まぁすこしずつ日常会話の中でも学んで下さいって事なのだろう。

 

「リーンハルト卿は新しい執務室を貰ったみたいですが、使い勝手はどうなの?」

 

「豪華で広くて気後れしてしまいますね。前の執務室も広くて持て余していたので、少し困惑しています」

 

 肩を竦めてみせる。セラス王女も苦笑いなのは、僕が欲しくてねだった訳じゃないのを理解しているからか?それとも単に貧乏症なのねって呆れられたのか?

 スペースの限られている王宮内で執務室とは言え、個人で占有出来る広さじゃないよ。執務室に応接室、配下の仕事部屋に複数の会議室。

 専属侍女達の控室に倉庫に書庫、簡易的な厨房まで備えている。流石は元宰相の執務室ですねって言えば良いのか、どうなのか。最年少宰相?止めてください迷惑です。

 

「それで、今回お呼びした件ですが……」

 

 む?珍しくリズリット王妃が、セラス王女との会話に割り込んできたぞ。やはり長い説明の内容は王立錬金術研究所の次の課題で、既存のポーションの改良と品質向上だった。

 リズリット王妃からの説明の最中、セラス王女は髪の毛を弄っている。つまり面白く無い課題な訳だな。マジックアイテム大好き王女としては、ポーションは興味の対象外か。

 だがポーションは300年の時間の中で進化している。特に下級の体力回復ポーションなどは量が減っている。転生前はフラスコサイズで150ccだったのに今の時代のは試験管サイズで50ccだ。

 

 色も違う。前にイルメラが僕の持っている濃い赤色の古代のポーションを毒々しい色合いの御徳用ポーションって評価したっけ?

 この時代では魔力回復ポーションが無くなり、魔力石が主流になっている。確かに回復手段が魔力石を握るのとポーションを飲むのだったら魔力石の方が効果的だ。

 戦闘中に飲み物をポーションを飲むとか時間のロスだから。まぁ回復ポーションは戦闘中だろうが飲まないと回復しない、だから僧侶の神聖魔法が重宝がられる。そのポーションの品質向上か……

 

 

「ポーションの品質向上ですか?」

 

「そうです。モア教の僧侶の絶対数が少ない現状で、体力の回復はポーション頼りと聞きます。上級と下級の二種類しかなく、完全回復のエリクサーは希少品で王族でも使用には条件が課せられます

今回の聖戦で、モア教の僧侶達が多く参戦し実感した事ですが、ポーションの品質向上は多くの命を救えるのです」

 

 最もらしい建前を言ったが、確かに即死級の怪我じゃ無ければ傷は治る。下級ポーションで5%、ハイポーションで20%。体力は回復しないが安静にしていれば死にはしない。

 今回の聖戦では多くのモア教の僧侶が参戦し負傷者の治療に当たり多大な成果を上げている。アウレール王も巨額の寄付をした。それは戦死すれば見舞金等の費用が発生するが治れば賃金のみ払うだけだから。

 国家としては国民の数が大きな力となるし、手厚いケアを行ってくれる為政者は国民受けする。怪我が治るだけで病気には効果が無いから医療関係者との協議も簡単だろう。この依頼は断れないな。

 

「確かに即死でない限りポーションで命を繋ぐ事は可能でしょう。ですが魔術師ギルド本部でも一部でしか研究していないですね。どうするかな?」

 

 現代の魔術師にとって、ポーション関連の研究って興味が薄い……いや殆ど無いと言っても良いかも知れない。魔力回復ポーションの製法ですら失われている。多分だが秘匿されて失伝したのだろう。

 攻撃魔法とかの研究や魔力の付加とかは人気だが、薬品の調合って錬金術が得意な連中でも一部しか研究してないよな。種類も少ないし、転生前ですら一部の高位魔術師しか研究してなかった。

 僕だって毒の研究の為に研鑽を積んだが、他の魔術師からは変わり者扱いだった。魔法によるド派手な演出や効果を求める者が多いから、火属性魔術師とか馬鹿みたいに熱量か爆発力だけに拘るし……

 

 地味な研究って自己主張の激しい連中からは避けられる傾向が高いし。

 

「成る程、分かりました。次の研究は既存のポーション類の品質向上、完成品が出来れば魔術師ギルド本部で量産する。で宜しいでしょうか?」

 

 満足そうに頷く、リズリット王妃。私は不満です!を隠さない、セラス王女。今回の課題はお気に召さないだろうから、少しフォローが必要だろう。

 

 


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