古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第817話

 親の愛、子に伝わらず……とは悲しいものだ。

 

 あの後それとなく、セラス王女にアウレール王の気持ちを伝えたのだが全く意に介していなかった。長年積み重ねた不信感だろうか?

 セラス王女の性格からして、クドクドと言い続けるのは逆効果なのでタイミングを見計らい伝えていこう。あと父親にも愛娘の活躍の場を奪うなと伝えたが……

 此方も全く思い当たる節が無い!みたいな顔をされた。父と娘が真に分かり合える日は果てしなく遠いかもしれない。所詮は子供の居ない僕には分からない心の機微だろうか?

 

 聖戦の祝勝会の準備も恙無く進んでいる。

 

 ポーションの品質向上だが体力回復のパーセンテージの向上は短期の研究では難しいので、運用方法を考えてみた。体力回復ポーションについては300年で質は変わらずとも量は減った。

 150ccから50ccまで減ったが液体である事には変わりなく容器もフラスコからビーカーに変わったがガラス製なのは変わらない。容器を密閉していないと経年劣化する。

 僧侶の神の奇跡である神聖魔法や水属性魔術師の回復魔法と違い、壊れ易い容器に入った液体の薬品を飲むのだ。僕は接近戦はしないので余り考えなかったが、前線で戦う戦士職の連中は大変だ。

 

 戦う相手の隙をついて薬品を飲む。数秒だが時間を作る事の難しさ、相手だって敵の回復を見逃す訳が無い。5%でも20%でも体力がゼロにならない限りは命が助かる。

 今回の聖戦で多数のモア教の僧侶達が参戦し『遠距離から傷ついた味方を神聖魔法で回復した』んだ。リズリット王妃は単純にネクタル絡みでポーション類の本質向上を課題とした。

 だが実際は短期間での品質向上は難しいし割ける時間も無い。だが王妃の依頼を時間が無いからやらないという選択肢は僕でも無い。だから運用を変える事で達成とみなされる事にしよう。

 

「リーンハルト様、お呼びとの事でしたが……」

 

「うん。先ずは向かい側に座ってくれ」

 

 妙に嬉しそうだな。いそいそと向かい側に座ってくれる。ん?僕はオリビアだけを呼んだのだが、イーリンにセシリアにロッテ、リゼルまで壁際に並んで此方の様子を伺っているな。

 別に彼女に何かする訳でもないのだが、イーリンとセシリアの不機嫌そうな表情は何だろう?リゼルは僕の心を読んだから何となくこの先の流れが分かると思うが、イーリン達には教えないのか?

 この難題を達成させる為の協力者である、オリビアを呼んだ。彼女は魔術師でも錬金術師でもない普通の侍女だが、類まれな才能が有る。僕にはそれが必要なんだ。

 

「先ずはコレを手に取って見てくれ」

 

「その机の上の無色透明な塊と試験管に入った同じく無色透明な液体の事でしょうか?」

 

 不思議そうに無色透明な塊を手に取り、擦ったり押したり匂いを嗅いでみたりしている。

 

「ダイヤモンドや水晶とは違いますわね。ホワイトトパーズ?アクロアイト?ジルコン?いえ、鉱物ほど固くなさそうですし宝石としては輝きが少ないですわ」

 

 困惑気味に小首を傾げる。無色透明な宝石類を色々と知っているみたいだな。流石は年頃の淑女だが、宝石類みたいな輝きは無い。力を入れれば砕けてしまう強度しかない。 

 次に試験管を持ち上げ軽く振って中身を見る。だが見ただけではコレ等が何なんか分からないだろう。蓋を開けて匂いを嗅いだが、ソレも無味無臭なんだ。

 おずおずと机の上に塊と試験管を置く。物凄く申し訳なさそうな顔をされたが、僕は分からなくても叱責などしないから誤解だから。

 

「申し訳有りません。この塊についても試験管に入った液体についても何も分かりませんわ。コレは何なのでしょうか?」

 

 訳も分からず何だか分からない物を見せられても困るよな。イーリン達も困惑気味だな、何をやらせているのですか?みたいに微妙に僕を非難している?

 

「まぁ見た事ないよね。コレは王立錬金術研究所に対して、リズリット王妃から与えられた新しい課題だよ」

 

「セラス王女様でなくリズリット王妃様からでしょうか?お力になれずに申し訳御座いません」

 

 物凄く恐縮したみたいに身体が縮こまってしまった。王妃の課題とか一介の侍女には大き過ぎる問題だった、申し訳ない御免なさい。

 

「いや、責めてないから謝らなくて良いから!力になれずとか逆だから、オリビアの協力が無いと課題の達成が無理だから!君の力が必要なんだ」

 

「私の力?でしょうか?」

 うっすらと目に涙とか浮かべないで!泣かせるつもりなんて無いから。リゼル、心を読んでるのに私怒りましたみたいに腰に手を当てるな!

 

「そう、これはね。体力回復ポーションを無味無臭で無色透明にしたものさ。塊の方が本命で液体の方は実験に必要かと思って作ったんだ」

 

 そう言って空間創造から用意した塊と試験管に入った液体を取り出す。実験用に数が必要だから300セット用意した。机の上に積まれた物を見て放心していたが、気持ちを切り替えたのか?

 自分に出来る事、自分にしか出来ない事がなにか思い当たったのだろう。オリビアも急成長している。その成長には、レジスラル女官長も驚く程にだ。

 彼女は王宮の厨房関連に対して物凄い影響力を持ち始めているし、王族の方々からも美味しい料理やお菓子を提供した事により一目も二目を置かれている

 

「こんなに?リーンハルト様は私に何をさせたいのでしょうか?勿論ですが、私に出来る事ならば全力で協力致しますわ」

 

「最初から説明するけど、他言無用だよ。イーリン達も頼む、王妃絡みだから話が拡散するのは都合が悪いんだ」

 

 この言葉に話し合いに参加出来ると判断したのだろう。全員が僕の向かい側に座り……いや、リゼルさんだけが僕の隣に座ったよ。この有能腹黒侍女め!

 だが彼女達の連携力は馬鹿に出来ないし、リズリット王妃とザスキア公爵は対立してるから下手な隠し事は誤解を招くから専属侍女達には話す必要は有ったんだ。

 そう言えば、ニーレンス公爵とローラン公爵から『男同士の腹を割った話し合いがしたい』と申し込みが有った。でも男同士って何だろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 建前を用意した、リズリット王妃の課題と裏の思惑も想像では有るが全てを説明した。既存のポーションの品質向上、だが最終的な目的はネクタルの解析と複製だろうと。

 段階を踏んではいるが、ポーション作成は錬金術の範疇だが僕の得意分野ではない。時間を掛けても努力してもネクタルの解析や複製は無理、デッドコピーですら難しい。

 そもそも本物の入手方法を確立しているのに劣化版の複製を作ってどうするの?まぁその本物が入手困難な状況だから代案で複製を作らせたいのだろうけど……

 

「え、え、ネクタル?若返りの妙薬、神の雫ですか?ザスキア公爵様やメラニウス公爵夫人様が若返ったのは、リーンハルト様がネクタルを提供したからなのですね」

 

「うん、オリビアには教えてなかったけどさ。こんな状況だから秘密は共有して他言無用でお願いします」

 

 ポーションの品質向上を協力させるのに原因について知らせないのは不義理だから、オリビアにもネクタルの秘密を教えた。彼女は何故か、ザスキア公爵のお気に入りだから。

 身の回りの安全に対しても問題が無いだろう。セシリアはネクタルの詳細までは教えて貰って無かったらしく、イーリンの脇腹を突いている。イーリンはザスキア公爵の腹心だから当然事細かく知っている。

 勿論だが、リゼルも知っていた。彼女はイーリンよりも更に細かく詳しく知っている。配布先の淑女の方々の事までもね。そして専属侍女達の中で唯一ネクタルを使用している。

 

 その事を知らされた時の、ロッテの顔は凄かった。彼女は既婚者で最年長、喉から手が出る位にネクタルが欲しい年頃だった。公爵夫人や高貴な淑女達しか使えないと思っていたら身近に使用者が居た。

 しかも自分よりも年下で未だ必要じゃないのに、我慢出来ずに使ってしまった。許されざる蛮行、万死に値する!位の視線だよ。リゼルの目が泳いだのは心を読んだら想像以上に凄かったって事か?

 自分が仕えしニーレンス公爵の夫人が見た目十代に若返ったからな。だが夫である、モンベルマン子爵の権力と財力ではネクタルの入手は不可能。うーん、専属侍女達の不和は困るんだよ。

 

「僕の専属侍女達にはネクタル配布の特別枠が有る。だがタイミングを計る必要が有るから、今若返ったらリズリット王妃から集中攻撃に合うからね?」

 

「「「「はい!リーンハルト様」」」」

 

 声が揃ったよ。年長組のロッテだけでなく、年少組のオリビア達もネクタルに興味津々か。リズリット王妃の焦りも分かるけどね。

 実際に僕が確保しているネクタルも三桁を超えているし、環境さえ整えば関係者に配る事は問題無い。そう、イルメラが加齢を気にする前迄に普通にネクタルを使える環境にする。

 僕は彼女が老いて悲しむ姿など見たくないんだ。その為に王妃だろうが何だろうが使えるモノは何でも使う覚悟が有るんだ。

 

「それで私は無色透明で無味無臭の塊に色と匂いと味を付ければ良いのですね?」

 

「そう。今の回復ポーションは薄いピンク色だが味は薄い薬草の苦みがする。匂いも良いとは言えない。良薬口に苦しとも言うが、飲み易さの追求も有りだろう?」

 

「無色透明で無味無臭でも運用としては既に高い成果は有ります。口に入れて置けば必要な時に噛み砕いて飲み込めば体力が回復するのです。画期的な使用方法です」

 

「それと舐めていれば徐々に体力が回復する、リジェネの効果も馬鹿に出来ません。少量ですが継続的に一定の量の体力が回復するのですよ」

 

「もはや味など無くても良い位では?不味いなら問題ですが無味無臭なら関係無いですし、毒々しい色より無色透明な方が安心して口に入れられます」

 

 イーリンとセシリアは効能を口にして、ロッテは既に完成してるので付加価値的な味や匂い、色などは不要だと言った。無味無臭・無色透明は秘匿性の高い毒を作れる僕には問題無く作れた。

 だが味付や色付、匂いとなると不得手な部類だったんだ。薬品だからと割り切る事も出来るが、拘りたい気持ちも有る。女性や子供が使用するならば、口にし易い方が良くない?

 それと、オリビアの功績を高めておきたい。僕と近しい関係者の中で一番狙われ易いのが彼女だから。他の侍女達みたいに公爵家の後ろ盾が無く派閥も中立、王宮の厨房関連には影響力が有るが未だ弱い。

 

 最近、彼女に対して結婚の申し入れが多いと聞くが相手を調べると色々と問題が多い。だから魔術師ギルド本部と接点を持たせたい。このポーション関連の流通責任者は、オリビアにしたいんだ。

 

「基本的に弱っている人が服用するものですから、色にも意味を持たせる方が良いと思います。色彩心理といって……」

 

 ん?オリビアが何か語り出した。色彩心理?赤は警告、白は純潔とかか?

 

「例えば薬としての回復への希望ならばオレンジ、消化や新陳代謝を良くする作用が有ります。グリーンは安心感の増加や情緒の安定と身体を癒す色です。ブルーは爽快感や鎮静作用、痛みの緩和などですわね」

 

 オレンジにグリーン、それとブルーか。確かに色にも力が有るのは何となく分かる。視覚作用もそうだが口に入れるんだよな。オレンジは果物、グリーンは葉野菜、ブルーの食べ物って何だろう?

 アオダイと言う青い魚は知っているが皮が青くて身は白い、海老の卵は青色だな。ブルーベリーにハスカップも皮は青いし、ブルーチーズは黴の部分は青だな。

 うん。青色は無いな。ならばオレンジかグリーンだが野菜よりも果物の方が良い。オレンジ色、柑橘類のオレンジが分かり易くて良くないかな?

 

「オレンジ色でどうかな?そのまま柑橘類のオレンジで!」

 

 リゼルさん?お子様ですねって呟かなかった?僕にしか聞こえない声量で言いましたよね?

 

「オレンジ色ですか?確かに暖色系の色は食欲を増進させますし甘さを連想させる色でも有ります。ですが興奮色でも有りますので、病人に対しては……」

 

「死にかけの大怪我を負っているならば気落ちするより興奮した方が良いだろ?色はオレンジで味は柑橘系でお願い。でも加える甘味料や着色料は複数用意して欲しい」

 

 実際に混ぜた時に色や味がどう変わるか?効能に変化が出るか?それは試してみないと分からないから。トライ&エラーだね。

 リズリット王妃の課題も何とか先が見えた。次はセラス王女用の『魔法補助器具』の製作に取り掛かろう。込める魔法は『ヒール』『ライト』『シールド』の三種類。

 セラス王女には他の人達に反対されたが、アウレール王が自分が責任を持つからと強行して許可してくれたと言おう。少しでも父王に対して気持ちを軟化して欲しいから……

 

 




12月に入りました。今年も後僅かですね。
職場と生活環境の激変により執筆時間が少なくなりました。誤字脱字確認も儘ならない状況ですが、書く事が好きなので時間を見つけてコツコツと書いています。
もしかしたら週一回の投稿ペースが崩れるかも知れません。

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