古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第818話

 リズリット王妃の課題を早々に終えた。回復ポーションの品質向上だが、運用面での使い勝手の良さを追求してみた。

 有る意味ではポーションの錬金過程を熟知しなければ、色味や味は変える事が出来ない。

 後は報告の前の根回し、錬金担当の魔術師ギルド本部と主な使用者である冒険者達を束ねる冒険者ギルド本部に話を通す。

 

 魔術師ギルド本部は生産性を高める為に協議が必要で、冒険者ギルド本部は使用者の意見を纏める為に同じく協議が必要。

 大量生産が可能でも使用者から不人気では駄目だ。試験運用を行い評価が高い事を示してこそ、ポーションの改良に成功したと言える。

 この新型回復薬の責任者は、オリビアとする。彼女は僕の専属侍女の中で唯一、強力な後ろ盾が無い。それを弱点として狙われる可能性が高い。

 

 僕の政敵達の大物は没落したり失脚したが全てが居なくなった訳じゃない。特に近隣諸国やリズリット王妃との関係は微妙になった。

 若返りの妙薬、神の奇跡、命の雫。霊薬ネクタルの運用には色々な問題や障害が有るのは分かった。ザスキア公爵の手腕頼りだが、十年もすれば落ち着くだろう。

 イルメラ達が必要になる時に、問題無く使える環境を整えれば良いので未だ時間が有る。時間が無い方々が問題なだけで……

 

「さて、今夜も舞踏会か……明後日からは騎士団員達との戦勝祝いと言う連続宴会の始まり。身体、大丈夫かな?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二日目の舞踏会、今夜は準主役級の方々や裏方でも活躍した方々が主役だ。参戦した中ではウェラー嬢、裏方ではザスキア公爵が主賓となる。

 正直、ウェラー嬢は初日でも問題無いと思う。だが正式な役職を戴いてないので扱いは一段下がってしまう。当の本人は気にしてないのが救いか……

 嗚呼、フローラ殿も主賓だった。彼女も参戦して、それなりの評価を得て正式に宮廷魔術師に任命された。彼女は僕を睨んでいる、現在進行形でね。

 

「リーンハルト兄様?私と踊っている最中に、他の女性を見られては困ります」

 

「うん、御免ね。フローラ殿の恨みます感が酷くてね。あそこだけ空気が重いと言うか、澱んでる?」

 

 主催者側の責任者として主賓である、ウェラー嬢とファーストダンスを踊っている。ラストダンスの相手は、ザスキア公爵だが順番は揉めずにすんなりと決まった。  

 ザスキア公爵が譲った形だが、未成年であるウェラー嬢が最後まで残らずに帰れる為にだと思う。格式が高いとは言え、お酒も供される舞踏会だから配慮は必要だ。

 ウェラー嬢とはお近付きになりたい連中も多い。僕が付きっ切りで対応も出来ない。因みにだが、父親であるユリエル殿もフローラ殿とは離れた場所で僕を睨んでいる。

 

 親馬鹿と幼女愛好家共め!

 

「御父様も異様な雰囲気を醸し出してますね。フレイナル兄様が逃げ出したそうなのに、しっかりと袖を掴まれてます」

 

「そうだね。我が子の晴れ舞台なのに、何が気に入らないのだろうね?」

 

 ウェラー嬢の細い腰を抱いてターンする時に見てしまった驚愕の表情。そんなに憎しみを込めた目で見ないで下さい。ユリエル殿の親馬鹿振りは国内外に知られたな。

 因みにだが、僕とウェラー嬢との身長差が(悔しいけど)理想的だ。ダンスの場合、男性が高すぎても女性が低すぎても同じ位でも踊り辛い。

 理想は10cm程の差らしい。僕は多少成長して164cm、ウェラー嬢は148cm。素の身長差なら理想的だが彼女は目一杯お洒落をして高いヒールを履いている。その高さはなんと9cm。

 

 僕の靴は3cmなので167cm、彼女はヒール込みだと157cm。まさに理想的な身長差!普段は背の高い淑女達と踊る事が多いので、パートナーに配慮を強いている。

 具体的には、淑女の側が猫背では美しくないから足首や膝を緩める。だがそれは足腰に相当な負担が掛かる。僕も出来るだけストレッチをきかせて伸びるが、足が浮かない様にするのは難しい。

 あとはお互いがボディーライズに気を付けてホールドの高さを変えないとか、ナチュラルターンの一歩目をアウトサイドから入るとか……

 

 僕がなるべくダンスを踊らない理由の一つが、身長差を補い呼吸の合う淑女が少ない事も有る。恥をかかせる訳にも、かく訳にもいかないから。オレーヌ嬢には慣れましたわ!とか言われたが鬱になるよ。

 だから適正身長差の、ウェラー嬢とのダンスは楽しい。ホールドで彼女を引っ張り上げる事も出来るから、ダイナミックで見応えもあるだろう。

 元々王族として基本的な技量は磨いたし基本に忠実な事を心掛けている。つまり男性側が背が高い事が前提で、転生前は僕が重心を下げて女性に合わせていた。今は逆だから忸怩たる思いだよ。

 

「リーンハルト兄様と舞踏会で踊る事が夢でした。私は今、凄く凄く幸せです」

 

 輝く笑顔で言われた。前に踊った、ヒルダ嬢の顔が思い浮かぶ。彼女も初めてダンスを踊った時に同じ表情をしていた。魔法馬鹿で大量殺戮者の僕なんかと踊って、何が楽しくて嬉しいのだろう?

 実家の繁栄とか玉の輿とか僕の持つ権力とか財力とか、そう言う次元の喜びじゃないのは分かる。分かるのだが実感が伴わない、自分は異常だから一般的な価値を見出せない。

 そんな事を考えながらも、周囲には分からない様に取り繕う事は出来る。嫌々だった王族としての厳しい教育が生きる。本当に色々な場面で役に立つのだが、胸中は複雑です。

 

「うん、有難う。そろそろ曲が終わるね」

 

「また私と踊って下さい。今度は最初からエスコートして欲しいのです」

 

 つまり何処かの舞踏会に一緒に参加して欲しいって事か。笑顔で了承し、お互い向かい合って一礼してダンスを終える。盛大な拍手の中に『守護天使ウェラーちゃん万歳!』とかの声援は聞こえない。

 聞こえないったら聞こえない。諜報部隊の報告に有った、火属性の宮廷魔術師団員達が中心となって設立した『守護天使ちゃんを陰から見守り愛でる会』とか謎の結社など知らない。

 『漢の屑フレイナルを抹殺する会』も知らない。エムデン王国は平和だ、平和なんだ。そのような不思議クラブや結社の取り締まりは、僕の仕事の範疇外です知りません御免なさい。

 

 巷の治安を乱さなければ黙認しますから、大事にせず内密に活動して下さいね?

 

 ファーストダンスの大任をこなした後、ウェラー嬢をユリエル殿の下に送り届けた。既にフレイナル殿は他の淑女達にダンスのお誘いに行ったが、君には参加はしてないが本妻側室予定者達がいるよね。

 そもそも何故に連続して舞踏会に参加している?壁の華の淑女達にダンスを申し込むが、見事な玉砕っぷりだな。早くメディア嬢と和解しないと、エムデン王国の淑女達から総スカンだよ。

 妹分である、ウェラー嬢が生ゴミを見るような目で見詰めている。一応兄様として慕っている男の痴態は、お年頃の彼女にとっては見たくもない事だろう。暫く見詰めた後、記憶から抹殺した様に笑顔を張り付けた。

 

「御父様、明日にでもフレイナル兄様は、ハイゼルン砦に送り返しましょう」

 

 物理的に排除する方法を笑顔で提案したぞ。王宮というか王都には留めておけないから、ハイゼルン砦に帰れって事か。だけど、フレイナル殿って確か……

 

「そうは言っても配置換えの対象だからな。アイツは暫く王都で礼儀作法を叩き込んだ後で、旧ウルム王国領の領地に向かう事になる。俺も拝領した領地の視察に行かねばならないんだ」

 

 あれから本妻と側室予定の淑女達の懇願で、彼の再教育期間を設けたんだよ。彼女達がエムデン王国の王都で、フレイナル殿の屋敷に滞在する事に意味が有る。そして王都滞在中に男としての最低限の礼節を叩き込むんだ。

 彼の評価は最底辺を横ばい中、何とかしないと占領政策に問題が生じるレベル。本人は大して気にしていない大物振りだが、周囲の焦燥感は相当なのだろう。

 栄光あるエムデン王国の宮廷魔術師として、旧ウルム王国の王都を陥落させた立役者として、その後の残党狩りの責任者として活躍したのだが……屑男のレッテルは想像以上に頑固だった。

 

「私は王都で御留守番です。本当は御父様の新しい領地を見たいのですが……」

 

「併合し、残党狩りで反抗勢力を一掃したとはいえ、未だ地方には反エムデン王国勢も残っていますからね。ユリエル殿の賜った領地も地方ですから、安全が確認される迄は駄目でしょう」

 

 殆ど残党共は捕縛するか倒すかしたらしいが、何人か反抗の神輿となりうる血筋を持つ大物も取り逃がしている。例えばウルム王国王位継承権第八位、ベルヌーイ・フォン・ウルム殿下。

 調査の結果、彼の足取りはエデンバラ砦に逃げ込んだ迄は確認出来た。数名の侍女達だけを連れた逃避行だったらしい。だがエデンバラ砦を攻略した時には居なかった。逃げた痕跡もなく、捕虜を尋問しても何も分からなかった。

 未だ周辺に潜伏しているのか、最悪の場合は隣国に逃げ出して反エムデン王国勢に取り込まれたか?本人には積極的に反抗の神輿となる程の資質は無いが、意欲は高かったらしい。

 

 未だ子供だし、エムデン王国上層部も問題視していない。他国に亡命しても周辺諸国で我が国に逆らえる所は無い。ルクソール帝国とデンバー帝国は怪しいが、その二国も元殿下を匿うメリットは少ないんだよな。

 もしバレたらモア教の教義を汚し聖戦で負けた国の王族を庇った事になる。人道的な意味でも無理、アウレール王は敗戦国の王族関連で女性や子供は表向きは保護、裏では飼い殺し。命は保証している。

 対処は参謀連中が担当するので、留守居役の僕には直接関係ないんだけど……何かが妙に引っ掛かるんだ。何だろう?何かを見逃している?見落としてる?いや参戦していない僕では他国の細かい事は分からない。

 

 ザスキア公爵も問題にしていないから、考え過ぎか?

 

「リーンハルト殿は旧ウルム王国領の領地は与えられなかったが、復興活動の一環として大規模農地の灌漑事業を行うのだろ?参謀共が血走った目で領地を賜った連中に聞き込み調査をしているぞ」

 

「草案は考えて、アウレール王に渡しましたが保留になっています。当時は誰がどの領地を賜るか分からなかったので効率重視で計画しましたから」

 

 そう言って苦笑すれば、派閥の利権絡みの調整かって納得された。ウェラー嬢は損得勘定で復興を遅らせる事に憤っているが、貴族としては飲み込むべき部分ではある。

 さて、残りの仕事はラストダンスだけ、後は主催者側として表に出ずに裏方に専念すれば良い。明日の方が大変だ。両騎士団の関係者の令嬢達も参加するし、何人の淑女達と踊れば良いのだろうか?

 

「リーンハルト兄様?背中が煤けてますが、どうかされましたか?」

 

「ん?ああ、明日が最後の舞踏会だからね。仕事とはいえ大変なんだよね」

 

「?」

 

 うん、君は分からなくて良いよ。身長差のダンスが嫌だとか面倒くさいとか、そう言う後ろ向きの理由だから。

 さて、笑顔を張り付けて仕事に戻ろう。今夜は聖戦勝利の祝勝会を兼ねた舞踏会、皆がエムデン王国の栄光ある未来を信じて楽しんで参加しているのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「うーん、もう朝かな?も少ししたら起きないと駄目かな?昨日は大変だったな……主にザスキア公爵を称える淑女連合の信者達がさ」

 

 執務室に備え付けられた寝室、窓のカーテンの隙間から差す日の光は未だ薄暗い。朝食は七時半にしたから身支度を整える事を考えても未だ一時間位は寝ていられる。

 昨夜の連続舞踏会二日目、中盤までは良かった。ファーストダンスをウェラー嬢と二人だけで踊った。彼女の背が低いので適正な身長差で踊りやすかった。ラストワルツ迄は主催者側として裏方に徹した。

 初日みたいに、問題事も起きずに順調だった。果敢にも、ザスキア公爵にダンスを申し込み撃沈した紳士達が大勢いた。勇者達の何人かは、末路は拒絶からの御帰りなさいなコースだったけど。

 

 身分上位者である公爵本人に挑む強者達だが、聖戦に参加した招待客の同行者であり撃沈した後で本来の招待客である親族に物理的に説教されていた。まぁネクタル効果で若返った彼女の魅力は凄まじい。

 見た目は十代半ばなのだが実年齢の積み上げた色気というか妖艶さというか、ギャップに萌えたとか不思議な言葉の後で突撃し、断られて憔悴し親族に物理を伴う肉体言語で説教。

 その後のフォローが僕の仕事というか何というか。戦勝祝いなど、お祭り騒ぎの側面もあるから大目にみるけどね。目に余る酷い奴は居なかったから良いけどね。死屍累々だった、本当にさ。

 

「ラストダンスで僕とザスキア公爵が踊っている時の、振られた連中と淑女連合の信者達の黄色い悲鳴と嬌声が堪えた。僕とザスキア公爵は、色恋沙汰の関係ではないのだが……」

 

 余りの大騒ぎに、レジスラル女官長が出張ってきた大説教大会だった。だが後宮の裏の支配者たる彼女にも対抗出来る淑女の群だったから余計に揉めた、大揉めだ。

 起きてからの最初の仕事は始末書と関係各所への謝罪、それと謎の噂の真相の追求と出所の調査か。仕事は増える一方で全然減らない、何故だ?何故なんだ?

 『最年少侯爵と唯一の女性公爵のラヴストーリー』って何だよ?最年少侯爵?僕は血筋が悪いから無理なのに、誰でも分かる筈なのに、何故に噂になって広まっているんだ?

 

 この件について、ザスキア公爵もジゼルも黙秘権を行使した。僕はウルティマ嬢と、その配下に調査依頼を出すつもりだ。

 


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