古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第820話

 旧ウルム王国平定から一ヶ月、王都での祝勝気分も漸く落ち着いてきた。国中から集まっていた貴族連中も領地に帰り、夜な夜な繰り返されていた酒宴も減って来た。

 戦勝と言う建前による旦那の飲酒も、奥様方がもうそろそろ良いだろうと不許可となり二日酔いに苦しむ連中も少なくなった。成人男性の娯楽など酒か女性しかないから、禁止されれば落ち着くのは道理だね。

 王都中の酒場が一時的に好景気に沸いたが、熱が冷めれば皆が財布の紐も引き締める。臨時増員の治安部隊も正規の部隊へと戻り、僕の仕事も落ち着いて……

 

「仕事が減らない。可笑しいな?」

 

 僕の愚痴にも一切反応しない側近連中。一応僕の派閥構成員で配下だよね?その『またですか?諦めましょう』って苦笑いを止めてくれ。僕は宮廷魔術師第二席で軍属で戦うのが仕事なのですが?

 今日も執務室には、ラビエル子爵達が全員集まり仕事をしている。リゼルさんが仕切り、アインとツヴァイが補佐をする。政務を熟すゴーレムって何だろう?ゴーレムの指示に従う官吏って何だろう?

 カリカリとペンを走らせる音しかしない。仕方なく執務机に目を落とせば新しく与えられた仕事『正規軍の再編計画』の文字が……

 

 確かに軍属の要に位置している事は理解している。でもこれってエムデン王国の戦力の全てを把握出来るヤバい仕事だ。軍人は予算が必要だから当然だが現役の軍人の人数は国家として把握している。

 だが予備役や徴兵・志願兵の動員可能人数は把握しきれてないのが現状。これに貴族の私兵や諸侯軍とかも含まれるから、他国に知られたら相当に危険な情報。公にしている戦力とはかけ離れている。

 これを任されるって事は信頼の証だと思うが、胃がシクシクと痛くなる。それに王家直轄の特殊部隊の設立案って何だろう?現状王家の直轄軍は宝石の名を戴く五軍団のみ。

 

 ダイアモンド(金剛・こんごう)にルビー(紅玉・こうぎょく)、サファイア(蒼玉・そうぎょく)にエメラルド(翠玉・すいぎょく)、そしてオパール(遊色・ゆうしょく)。

 補給部隊を含まずに各千人の精鋭部隊だが、他にも特殊部隊が欲しいのか?その方向性も僕に考えろって?機動力は騎兵と軽騎兵、攻撃力は重装歩兵、弓兵や槍兵も居るからな。それ以外となると……

 工兵か?だが歩兵は工兵を兼ねる。うーん、特殊部隊って簡単に言うけど難しい。奇襲専門?騎士道に真っ向から逆らうから、英雄視されてる僕の発案とか無理が有るよな。デオドラ男爵にでも相談してみるか。

 

「リーンハルト様、そろそろ打合せの時間ですわ」

 

「ん?ああ、もうそんな時間か」

 

 生産系ギルドの、具体的には仕事を奪ってしまった『鍛冶ギルド本部』の連中との打ち合わせだ。彼等は国から多くの仕事を請けていたので王宮に呼ぶ事が出来た。本来なら僕が出向くのが誠意なのだが、丁重に断られた。

 近衛騎士団に聖騎士団、一部の警備兵の鎧兜に固定化の魔法を掛けて後宮警護隊には全員分のドレスアーマーを錬金した。彼等の被った金銭的被害は莫大だろう。僕に金貨何万枚も入ってきたのだから分かる。

 だが鍛冶ギルド本部からは一切のクレームは無かった。それは近衛騎士団のエルムント団長や聖騎士団のライル団長が、僕に固定化の魔法を頼む事を鍛冶ギルド本部に説明して納得させ筋を通したから。

 

 まぁエリート中のエリート、国家権力の象徴みたいな両騎士団団長に頼まれて嫌と言える連中など居ないのが実情だと思うけど……

 

「既に第三会議室の方に待たせております」

 

「手際が良いけど、長時間待たせてないよね?」

 

 リゼルめ、僕の質問に無言の笑顔で応えたな。つまりそこそこ待たせた訳だが、平民階級の彼等を待たせるのが常識で僕が待たされたら違う意味で問題になる。君主制の世界だから、それが常識で普通の考えだ。

 この執務室には連接する会議室が三部屋あり第三は主に爵位や役職が低い連中用だが、内装のグレードに差は無い。区別してるだけだから。特権階級の意識の表れだが、軽んじると方々で炎上するから文句は言わない。

 新貴族男爵の長男だったから急激な出世に対する弊害が、最上級貴族の心構えとかだな。誰にも教えて貰ってないし、経験でしか身に付かない事も有る。モリエスティ侯爵夫人に少しづつ学んでいるが、時間の殆どは愚痴を聞いてるから遅々として進まない。

 

「待たせている間に持て成しはしています」

 

「そうか、有難う」

 

 心を読んだ、リゼルが説明してくれた。つまり紅茶位は出したのかな?それはそれで彼等も緊張しているかもしれない。此処は王宮の中心部に近いから、騎士団員に先導されないと入れない区画だし。僕も一応は国家の重鎮になっちゃったから。

 何故か、リゼルとアイン、それにツヴァイまで会議に同行するの?リゼルが先導で、アインとツヴァイが両側を固めているけど?隣の会議室に行くだけなのに厳重過ぎない?ゴーレムクィーン達って必要なのか?護衛じゃなく秘書的な何か?

 リゼルが会議室の扉をノックすると野太い声で返事が返ってきた。相手は二人と聞いているが、代表と補佐かな?イメージは厳つい肉体系の親父達だろう。そもそも鍛冶工は鉄を打つハンマーを振るってナンボの商売だし。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 リゼルが扉を開けて、何故か先にアイン達が会議室に入り左右に広がる。いや威嚇してどうする?相手の警戒心が高まるだろ?自律行動型ゴーレムだが知らない人は僕が操作してるって思うだろ!

 

「お待たせしましたか?僕がリーンハルト・フォン・バーレイです。宮廷魔術師第二席の任に就いています。今日は王宮まで呼び立てて申し訳なかったですね」

 

 壁際で直立して待っていたみたいだが表情は固まっている。テーブルには紅茶が用意されているが、口を付けた様子もない。そのままの体勢で待っていたのだろう。

 一応は下手に出て労いの言葉も掛ける。状況的には彼等を経済的危機に追い込んだ訳だし、言葉だけで幾らかでも態度を軟化させてくれれば儲けモノ。悪いと思っているから誠意の表れでもあります。

 僕の言葉に一瞬だけ驚いたような呆けた顔をした二人。一人は予想通りだが、もう一人は予想を裏切られたな。そう来たのか…… 

 

「おお、俺。いや、わたしが王都鍛冶ギルド本部の代表のジーモンです。隣は娘で副代表の……おい、挨拶をしろ」

 

「レギーナです。主に事務方で父の補佐をしています」

 

 ほぅ?なかなか肝の据わった娘さんだな。ソファーを勧めると代表の父親はギクシャクした動きだが、娘さんの方は余裕が有る。改めて二人を失礼にならない程度に見て確認する。

 金髪碧眼、典型的なエムデン王国人だな。父親は鍛冶職人だけあり筋肉質、身長は170cmと低めだが腕の太さは僕の胴体位は有る。髪を短く刈り上げ、長年炉の前にいたのだろう、熱焼け?で肌が浅く黒い。肌の見えている部分には大小の火傷の跡が有る。

 誠実で朴訥、職人気質を垣間見るが頑固さは無いみたいだ。逆に娘さんの方は凄い。父親よりも身長が高い。180cmは有りそうだし体格も良い。事務方と言いながら鍛冶工としてハンマーを振るっているのだろう。豊かな母性の象徴が無ければ男と見間違える。

 

 身嗜みにも気を使っているのだろうが服装は男性用だ。この交渉の肝は、娘さんの方かもしれないぞ。親父さんの方は職人気質で交渉事には疎そうだし。チラリとリゼルを見ると頷いたので間違いないのだろう。

 暫くは彼等、いや娘さんの方しか話さないのだが聖戦の勝利の事を称えてくれて、それなりに会話が続いた。父親は完全に雰囲気に飲まれたのか無言で相槌を打つ位だが、アインとツヴァイをチラチラと見ている。鍛冶師としても錬金製の彼女達が気になるのだろうか?

 今は廃れただろう、旧ルトライン王国製の鎧兜を現代風に見た目だけアレンジしたけど、鍛冶を営む者ならば偽装位は見破るだろう。

 

「さて本題ですが、今日貴方達を呼んだのは両騎士団の団員達の鎧兜に固定化の魔法を掛けた事と、後宮警護隊の鎧兜を僕が独占して更新した事に対してです。両騎士団長は損害に対する補償は……」

 

「はい。エルムント団長とライル団長より補償は頂きましたし、後宮警護隊の方々は各々個人で気に入った鍛冶屋に発注していますので問題は有りません」

 

 言葉を遮られた感じだが、このまま話させては謝罪されそうだから慌てて止めた感じだな。親父さんは驚いているだけだが、娘さんの方は多少の焦りも感じられる。上級貴族に謝罪などされた方が迷惑なのだろう。リゼルも頷いているので間違いではないのだろう。

 紅茶を一口飲んで僅かな間を置く。性急に進めても駄目そうだし、彼等は内心では仕方が無いと割り切っていそうだ。だが国家を運営する側として生産職の連中との確執は困る。鍛冶とは武器や防具だけでなく、広い意味で庶民の生活を支える道具の担い手なのだから。

 流石に僕も生活用品まで錬金してくれって言われても物理的に無理、多少の優遇や歩み寄りをしないと駄目だ。今日呼び付けた意味が無くなるから。

 

「そうですか……でも仕事を奪った事には変わりないですからね。何かしらの要望や希望が有れば、僕で叶えられる範囲ならば考えますよ」

 

 言質を取られない貴族的な保険込みの言い回し『考えますよ』だが、この言葉に、娘さんは大きく反応した。これって何かしらの要望が有るのか?

 

「その、リーンハルト様の事は未だ爵位を賜る前から気にしていました。最初はデガンが下らない事を言い出したので調べ始めたのです」

 

 物凄く申し訳なさそうに身体を縮こまらせたが、転生後直ぐの段階で僕を調べた?思い当たる節が無い、左手を顎下に添えて考える。デガン?誰だろう知らな……ん?デガン?

 未だ冒険者養成学校に通い魔法迷宮バンクを攻略していた時に知り合った、『野に咲く薔薇』のアグリッサさん達の下宿先の鍛冶屋の親父じゃなかったかな?うろ覚えだけど、僕の錬金した鎧兜をみて未だ未熟だから装備するのは早いとか難癖つけた親父だったな。

 問題にする事も無く無視していたが、懐かしい名前が出たな。だがデガンって親父は僕の悪い噂を流していたのか?餓鬼が高性能の鎧兜など錬金出来ない偽物じゃないかってか?少しムカムカしてきたぞ。

 

「怒りを納めて下さい。確かにデガンは、リーンハルト様が錬金した鎧兜は偽物だと騒いだのは事実です。当時の鍛冶工達の常識では、錬金で作成した物の性能は自分達が熱い金属を叩いて作った物より性能が低い。それは事実でも有りました」

 

 親父さんは死にそうな顔をして娘さんはテーブルに額を付ける程に頭を下げた。当時は未だ新貴族男爵の息子だったが今は国家の重鎮、同じ事をしたら不敬罪で処刑コースまっしぐらだからな。まぁ確かに当時の拙い錬金技術は300年前とは雲泥の差だった。

 デガンの親父の言い分も分からなくはないが、僕は自分の作品が否定された事に怒ったんだ。僕が錬金出来る訳が無い、偽物だ。お前にコレを装備する資格が無い。そう言われたから、あれだけ頭に来たんだった。ふふふ、懐かしい。若かりし頃の思い出か?

 

「いえ、未だ一年も経ってませんよ。若かりし頃の思い出って、未成年が何を言っているのですか?」

 

 おぅ?リゼルさん、ゾクゾクするから耳元に息を吹きかけないで下さい。折角湧き出した怒りが霧散してしまったよ。いや、デガンの親父の事など気にしてないけどね。レギーナさんの驚いた顔が凄い事になってるぞ。

 僕とリゼルの砕けた関係を驚いているのか?不用意に僕の事を調べたと言った事に反応した為か?親父さんは娘の問題発言に驚いたみたいだが注意も口止めも窘める事もしない。この親娘の力関係ってどうなっているのかな?

 鍛冶の世界で女性蔑視は珍しくない。ドワーフだって火事場に他種族の女性を入れる事を拒む。まぁドワーフは種族として鍛冶命みたいな感じだから参考には出来ないが、人間の鍛冶工は比較的女性蔑視だからな。彼女の苦労が偲ばれる。

 

「いやもう成人したし。忙しくて成人の儀をしてないだけだから!落ち着いたら成人の儀を済ませて、ジゼル嬢と結婚式を執り行うの!」

 

 それと後ろから耳元で囁くの止めてって言ったよね!僕の成人の儀だけど各方面から待ったが掛かってるんだよ。何故か誰が取り仕切るかで揉めてる。多分だが、ニーレンス公爵とローラン公爵の『男だけの話し合い』って、どっちが仕切るかの話だろう。

 僕はバーナム伯爵の派閥構成貴族だから、本来なら派閥の長が取り仕切る筈だが、アウレール王まで待ったしたんだ。僕は何時になったら成人の儀を執り行えるのだろうか?バーナム伯爵?取り仕切る事を放棄したよ。あの人、国王と公爵には逆らえないとか笑顔で言いやがった。

 国家的催しになりそうで怖い。英雄の成人の儀とか、話題性は有るが英雄が未だ未成年なのも問題だと思うんだ。早く対外的にも責任の持てる成人になりたい、割と切実に早急にね。

 

「その話は置いておいて。話を戻すけど、何故早い段階で僕を調べてたの?デガン殿って、僕のお抱え冒険者『野に咲く薔薇』の下宿先の鍛冶屋の親方だと記憶に有るけど?下らない噂って?」

 

 話は脱線したが、その噂話の内容は確認しておく必要が有る。まさかと思うが、僕に対する悪意ある噂話を広めると、ザスキア公爵が過剰反応を起こすから最悪王都鍛冶ギルド本部と全面戦争とか笑えない未来の可能性が有るからっ!

 

 




今日はクリスマスイブですね。皆様はどう過ごされますか?
自分はカフェコムサのケーキとケンタッキーフライドチキンを買って家族で過ごします。
コロナ過ですので外食やイルミネーションを見に行ったりとかは我慢、でも家に居るから楽しくないって訳でもないです。
今年は31日の大晦日に最後の投稿をして一年を締めたいと思います。
では楽しいクリスマスを過ごして下さい。

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