古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第821話

 王都鍛冶ギルド本部の代表の親父が王宮に呼ばれた。わざわざ王宮勅使がギルド本部に現れて召喚状を手渡してきたんだ。普段は使いの者が親書を持ってくるのにだ。

 エムデン王国の英雄、リーンハルト卿。ゴーレムマスターの二つ名を持つ。その名に恥じぬ働きを何度もしている、まさに現代の英雄であり……貴族様には珍しく平民の俺達にも優しい。

 いや優しいだけじゃない。我が身と立場を顧みずに平民を救う姿を何度も見ている。吟遊詩人達が謳う偉大なる古代の魔術師ツアイツ卿の生まれ変わりは……流石に冗談だと思うが、錬金する鎧兜は古代の逸品に勝るとも劣らない。

 

 そんな不思議な少年の事を調べる事になったのは、親父と同じ師に仕え共に鍛冶を学び独立したデガンからの愚痴からだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 デガンは親父と兄弟弟子だが、腕前は親父よりも一段低い。それに変な拘りを持っていて客受けも悪い。俺達鍛冶職人は良い物を作るのも当然だが客商売でも有る。同じ出来なら不愛想な相手より愛想の良い者から買うだろう。それが消費者の心理だ。

 親父には商才は無いが王都で一二を争う腕と無口ながらも面倒見の良さ、真面目で公平な判断を下せるからと周囲からの推挙で鍛冶ギルド本部の代表にならされた。頑固な職人連中を纏め国からの依頼の調整をする窓口っていう損な役回りだ。

 普通は王都に構えるギルドの代表ともなれば権力も財力も有りそうだが、親父は自分の懐を温めるとかはしない。そこが誇らしく歯痒い、だから俺が補佐として雑務も引き受けている。中には女だてらにとか、事務屋は女に相応しいとか糞みたいな事を言う奴もいる。

 

 そんな奴は自慢の拳でブン殴るけどな。 

 

「デガンよ、何故に顔中が痣だらけなんだ?また夫婦喧嘩か?亭主関白もよいが、マーサに愛想を尽かされない内に改めろよな」

 

「ジーモン、聞いてくれ。昨日ウチに変な餓鬼がきて、俺の贔屓の冒険者の鎧兜を錬金したって言うんだ。俺でも作れない程の凄い鎧なんだぜ」

 

 嗚呼、確か『野に咲く薔薇』のニケって女が装備していた鎧の事だな。嘘か本当か知らないが、魔法迷宮の最奥の宝箱からドロップするマジックアーマーと同等らしい。

 彼女が頑なに拒むから誰も調べられないし、本人も否定しているから信憑性の無い噂の類だと思ったが。その製作者が子供で錬金製って事か?確かに錬金製の鎧兜はお手軽だが、性能と言う面では使い捨て程度。俺達の作る物とは別物だぞ。

 デガンは相手の餓鬼が気に入らなかったみたいで悪態を吐いて、それをマーサさんが咎めたのか。彼女の操る鋼鉄製のオタマは俺の作品だ。ひたすら丈夫で使い易い事を目的にしたオタマ、あれで殴られれば痛いじゃ済まないぞ。

 

「騙されたんだよ。ニケもマジックアーマーの出所は言わないし、そもそもマジックアーマーだとも言ってない。確かに秘密にしてるとか言葉を濁すとか怪しい部分は有るが、冒険者が自分の装備に拘り秘密にする事は珍しくも無い。馬鹿な話に騙されただけだろ?」

 

「でもよ。その後で無理言って見せて貰ったんだけどよ……」

 

 下らない話だとも思ったが、妙に気になって仕方が無かった。『野に咲く薔薇』のメンバーは全員が女で下級貴族の娘、親が押し付ける縁談が嫌で冒険者となり活躍している、俺も交流は有るが好ましい連中だ。

 そんな彼女達を巻き込むような下らない噂話など調べて、馬鹿共にガセだと分からせなければ駄目だ。そんな事で潰されて良い連中じゃないんだ。女だてらに冒険者として活動する彼女達に、鍛冶の世界で女として頑張る自分の境遇を重ねているのかも知れないがな。

 だから調べた。鍛冶ギルド本部の副代表として事務面の全てを賄っている、俺の職権を私的流用しても調べた。色々と調べたが、それは噂話を裏付ける事にしかならなかったのが皮肉だけどな。

 

 そして今、少し前に調べ捲っていた相手が英雄となり向かい合わせに座っている。この少年、いやリーンハルト様には興味が尽きない。

 

「その、リーンハルト様の事は未だ爵位を賜る前から気にしていました。最初はデガンが下らない事を言い出したので調べ始めたのです」

 

 私の告白の後に、秘書さんとイチャイチャするの止めてくれよ。しかし15歳を過ぎたのに成人の儀が執り行えないって、何か問題でも有るのか?普通なら貴族様の成人の儀って大事だから大々的に執り行うだろ?ウチにも武闘派の貴族連中が我が子の成人の儀の鎧一式贈りたいとか注文が多い。

 エムデン王国の英雄様の成人の儀なら……嗚呼、そうか。国家的な催しになるのか?それなら仕方無いだろう。祝勝気分が落ち着かないと駄目だろうし、国民の高揚の良いネタだし。

 御貴族様って大変だ。成人の儀を終えないと結婚も出来無いのか。でもリーンハルト様って側室は迎えてたよな、アーシャ様って如何にも貴族様の深窓の御令嬢って感じの美少女だったな。男ってああいう女が好きだよな。英雄様も好みは普通の男と一緒かよ。

 

「その話は置いておいて。話を戻すけど、何故早い段階で僕を調べてたの?デガン殿って、僕のお抱え冒険者『野に咲く薔薇』の下宿先の鍛冶屋の親方だと記憶に有るけど?下らない噂って?」

 

「はい。デガンは親父の同門でウチの工房にも良く顔を出してました。リーンハルト様謹製の鎧兜をニケが使っている。彼女は否定し隠していましたが、調べようは有りましたから」

 

 どんな?って聞かれたから正直に答えた。親父はドン引きして顔面蒼白だが、男なら細けぇ事を気にすんな。リーンハルト様だったら罰を与えたりしないって。それだけの分別は有るし、俺も違法行為はしていない。

 ただ鍛冶ギルト本部の力を使い『野に咲く薔薇』に指名依頼を複数出した。護衛や素材の捜索とか、俺達を同行させる依頼をな。腕の立つ連中が、それとなく依頼中に彼女の鎧兜を観察する。それでどういう性能か凡そわかる。俺も鉱物の産地に視察に行く名目で護衛として、ニケ達を雇い彼女の鎧兜を観察した。

 結果は予想を裏切り、彼女の鎧兜が魔法迷宮の最奥で宝箱からドロップする逸品と変わらない事が分かった。分かってしまったのだが、折角ニケが秘密にしていた、リーンハルト様が錬金の製作者って事を認めてしまった。迂闊じゃないか?

 

「成る程、確かに当時の僕の立場は微妙だったから、そんな事をしていた記憶も有ります。でも見るだけで鎧兜の性能が分かるのですか?」

 

「はい。構造の把握は出来ますし、作動状況を見るだけでも色々と分かるものです。鍛冶工の技術は懇切丁寧に教えられる物ではなく目で見て奪うもの、そう教わりましたから」

 

 その言葉が大いに気に入ったみたいで、リーンハルト様が満面の笑みで何度も頷いた。魔術師もそうらしく教えて貰って使えて三流、自分なりに改良して二流、新しく生み出して一流らしい。

 凄く心に響いた。その通りだ。俺達も師から教わるだけでなく、自分で何かを改良したりするべきなんだ。伝統とか因習とか知らねぇ、新しい事を始めないと衰退一直線。流石は『現代に生まれ変わったツアイツ卿』言う事が違う。

 見て技術を盗む事には抵抗が無いらしい。いや積極的に見て盗む事を推奨してるっぽい。だから俺の過去の変な行動も罪には問わないって事、安心したぜ。後から考えたら色々ヤバくって、ザスキア公爵様からも注意を受けたんだよ。だから今日は何を言われても黙って従うと、親父と決めてきたんだ。

 

「リーンハルト様の錬金したゴーレムは魔法迷宮バンクを攻略する時とか、遠目で見させて貰ったんです。鎧兜とは違うけど、ボルガ砦の補修状況やライラック商会の花嫁行列の野営陣地跡とか、兎に角リーンハルト様が錬金した物は自分の目で確認しましたっ!」

 

「そっ、そうですか。それは今後は止めて下さいね?色々と怖い御姉様方の手の者が周囲に居ますので、不用意な行動はお互いに不利益を講じますので……」

 

 リーンハルト様の言葉に力強く頷く。今迄の失礼な行動は許して貰えた言質を取った。でも申し訳無いのですが、既に怖い姉ちゃんというか、ザスキア公爵様にはバレて脅されています。でもリーンハルト様が許してくれたので安心しました、本当に有難う御座います。

 あのザスキア公爵様って、ネクタルって神の妙薬で若返ったらしく、見た目は俺よりも若い癖にスゲェ威圧感が有ったぜ。今思い出しても漏らしそうだ。男ばかりの職場で男勝りな行動を取っていた俺が一瞬で負けを認めた。生物的な強さは圧倒的に俺だが、言いようのない怖さが有った。

 あれは人の皮を被った化け物の類だぞ。まぁ貴族なんて権謀術数溢れる魑魅魍魎達が暮らす世界の出来事だから、平民の俺には関係ねぇけどな。怖いものは怖いんだ、女みてぇだな。いや俺は女だったよ忘れてたぜ。

 

「極めつけは戦勝パレードの時っすね。民衆の誘導と整理の為に複数のゴーレムを錬金してたじゃないですか。あの時は王都中の鍛冶工がパレードそっちのけでゴーレムを観察してました。俺も最前列で舐める様にゴーレムを観察したっすよ、いえしました有難う御座いました大満足でした」

 

 いけないいけない、口調が素に戻ってしまった。蓮っ葉な言葉使いは駄目だって言われてたが、興奮してしまったからな。反省、だがあのゴーレムは凄かった。触らずにスケッチもしたし実測もした。今頃は王都中の鍛冶職人が、リーンハルト様のゴーレムを模倣している。

 勿論だが売り物じゃねぇ、技術の習得の為に何度でも作って壊すを繰り返すんだ。錬金と違い一日に何度も作れねぇが半月に一回位は出来る。未だ俺の、俺達の技術は進化出来る。まぁ反対派も居るが、技術の進歩を忘れた連中など勝手に自然淘汰するだろ?

 デガンは駄目だった。あの男、マーサに愛想を尽かされて家から蹴り出されて、今じゃ野良鍛冶として台所用品を作っていやがる。いや、鍋や包丁を作る連中を軽んじてはないが、武具を作る事を諦めたのが残念だったんだ。アグリッサ達も下宿を止めて出て行ったのが駄目押しみたいだが……

 

「と言う訳でして、リーンハルト様が仕事を奪ったとか少なくとも王都鍛冶ギルド本部の構成員達は思ってません。それどころか、リーンハルト様の技術を盗もうと日々努力してますので、気にしないで下さい」

 

「そっ、そうです。過分に配慮して頂き申し訳有りません」

 

 最後に親父も硬直が解けてお辞儀したが、これで謁見は終わりか。あのゴーレムクィーンって奴、間近でみるとスゲェな。どんな材質なんだ?鋼鉄製じゃない?オリハルコン?ミスリル?それとも他の?どんな構造なんだ?浮遊盾ってなんだ?ドレスアーマーってなんだ?クソッ、触りてぇ触って確かめたい。

 夢のような時間が終わってしまう。もうリーンハルト様と俺達王都鍛冶ギルド本部との繋がりは無くなる。謝罪しようとする位の善人な貴族様に俺達の欲望をぶつける訳にはいかない。心残りだが、もう一回頭を下げて退室するのが正解。あの隣の女の心の奥底まで見通す様な目が怖えぇよ、ありゃ護衛だな。

 絶対に何人か殺してる。間違いねぇ、そういう人種だな。自身が英雄様でも護衛がいるのか、大変なんだな。砕けた関係みたいだが、英雄様なら怖い女とも普通に接しられるのか。俺じゃ無理、腹が痛くて仕方無いぜ。

 

「そうですか。レギーナさん」

 

「はっはい。何でしょうか?」

 

 ヤベェ、名前で呼ばれてしまった。そんな事をギルドの若い女達にバレたら袋叩きにあっちまう。リーンハルト様の人気ってヤバいんっすよ。不利益を被ったとか反抗的な態度を取ろうものなら、女性陣が黙ってないんです。本来の副代表の仕事である代表の補佐として来た事だって、アイツ等を納得させるのに骨を折ったんだ。

 いや物理的に何人かの骨を折りました。だってアイツ等、俺が重症を負えば自分が代わりに親父に同行出来るからって仕事用の大金槌を振り回して襲って来やがったんですぜ。重症って生易しいものじゃねぇ絶対に殺すゼェって目だった。俺はリーンハルト様の技術が好きなのだが、アイツ等は愛人になれるって夢見ちまった。

 馬鹿な連中だが鍛冶職人としての腕は確かだ。が、華奢な女が好きなんだぜ、リーンハルト様はさ。だから夢だけでも儚いんだ。ヤベェ、俺いまスゲェ良い事言ったぜ。安らかに眠れ、アマゾネス(筋肉隆々な同類)達よ!

 

「鍛冶職人として遥かなる頂を目指す事は僕も同じです。僕が目標としている、偉大なるドワーフ族の鍛冶工ボルケットボーガン殿の作品を模倣した物ですが幾つか差し上げましょう」

 

「マジっすか?リーンハルト様!王都鍛冶ギルド本部は全力でリーンハルト様に付いて行きます」

 

 なんてこったい鍛冶の神よ。リーンハルト様が目標とするドワーフ族の偉大な鍛冶師の模倣作品を貰えるなんて、もうそれだけで生きて行ける。下らねぇギルドの事務方の仕事だってバリバリ捗るっす。

 俺が土下座で感謝の意を表した事に、リーンハルト様が大層慌てて大事になりそうだったが関係無いね。さっさとギルドの仕事を終わらせて今日は徹夜で研究だぜ。

 その前に俺が頂いた物を離さない親父殿と親娘対決が先みたいだな。他のギルドの連中には暫くは内緒、ただ許して貰ったって言うだけだ。これは俺の成果だ俺だけの物だ。奪おうとするなら親でもブッ飛ばすぜ。

 

※後日、騒動を聴き付けたリーンハルト様が、魔術師ギルド本部を参考にギルドでの共同管理する様に厳命された。そして俺はギルド職員他から袋叩きにあって全治三週間の大怪我を負ったが一片の悔いも無い事を此処に記しておく。

 

 




2020年も今日で最後ですね。
この一年は色々有りました。私生活も仕事もコロナの関係で激変しましたが何とか問題無く乗り越える事が出来ました。これも読者の方々のお陰です。
よくもまぁ自分勝手に書き殴る素人小説に何年もお付き合い下さり有難う御座いました。毎年最後は来年こそ完結するする詐欺を行っていますが今年もやります。

『来年こそ完結させます!』

この一年、本当に有難う御座いました。自分の好きな時に好きな様に好きなだけ書く。そんな自己満足の塊みたいな作品に付き合って頂ける博愛主義の皆様の幸せを願って。

今年一年間、本当に有難う御座いました。来年も宜しくお願いします。

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