王都鍛冶ギルド本部との話し合いが終わった。終わってみれば問題は無かったのだが、いや問題は多々有った。王都の鍛冶職人の殆どが僕のストーカーだった。
本来ならは不敬案件だ。事案だが『技術をただ教わるだけでなく自分で盗む』という心意気には賛成だ。僕だってドワーフ族の偉大なる鍛冶師、ボルケットボーガンの作品を模倣し捲った。
彼等に渡したガントレットは最初期の模倣品だ。細かいパーツが多いし可動部分も多い。最初のテーマとして学ぶ事が多いと思うし、流石に全身鎧は大き過ぎて渡せない。
段階を経て次の模倣品を渡そう。これで王都の大手ギルドの殆どと繋がりが出来たのが嬉しい。生産系ギルドは王都の運営に必要不可欠、これで心配事の一つが解決した。
「いえ、心配事が増えましたわ。あの女、レギーナと言いましたが間違いなく変態の類です。リーンハルト様に付き纏うストーカーです。しかも私の事を何人か確実に殺した事が有る異常者と思ってますので物凄く失礼です、ぷんぷん」
ぷんぷんって、自分で言うものなのか?まぁ可愛らしくはあるのだが、殺人鬼に間違えられてぷんぷんは変だと思うぞ。
でも生産系の職人って、一途に追及する事が多いから気持ちは理解出来る。僕も魔法が絡めば同じようなモノだが、体面を気にするか気にしないかの差だろうな。僕は爵位と役職の関係で体面は気にする。
レギーナ殿も仮にも王都でも最大規模のギルド本部の副代表なのだから、もう少しは気を使っても良いとは思うよ。リゼルさんも落ち着いたみたいだし、大丈夫かな?
「僕個人じゃなくて僕の錬金したゴーレムにだろ。まぁアイン達を見る目は確かにヤバかった、仕事(趣味)が極まった連中の目だった。だから分かり易い餌として模倣品を渡したんだ。勝手にストーカーされるよりはマシだから」
アインとツヴァイは僕の最高傑作だ。見ただけでは盗めない技術が沢山詰まっている。まぁ鍛冶職人に魔法付加は出来ないから、その部分は真似出来ないだろうけどね。
親父さんも口数は少なかったが、アイン達を見る目はヤバかった。つまり親娘共にヤバかった、ヤバい連中だったのか?いや今後も餌(模倣品)を与える限りは、僕に不利益な事はしないだろう。
最終的には魔術師ギルド本部と連携して生産品に固定化の魔法を掛けてから流通させれば良いかな。今は鍛冶工房単位で任意の魔術師に依頼してるみたいだが、不透明な流れは管理する側からすれば少々問題だから。
「あれ?ヤバい親娘だった?でも交渉の感触としては悪くないよ。利益で纏まる関係は分かり易いし、今後も役に立ってくれそうだし」
「そうですね。害は少ししか無いし敵対もしない。いえ取り込みに成功したでしょう。彼等はリーンハルト様を裏切らないでしょうが、必要ならば変態行為をしてでも付き纏いますので上手く御して下さい」
リゼルさんが未だ怒っていらっしゃる。確かに『コイツやべぇ確実に何人か殺してやがる』みたいに思われたら年頃の淑女としては辛いよな。本人に戦闘力など無いのだが、その身に纏う雰囲気が常人のソレじゃないのが原因か?
リゼルさんが心も読んだと思うが、特に何も言わないのなら本心から僕の軍門に下ったって解釈で良いのだろう。ジーモン殿もレギーナさんも裏表が無さそうだし、昔ながらの職人気質って事で良いか。
ん?そろそろ時間だな。ニーレンス公爵の執務室に呼ばれているんだ。ローラン公爵と三人で男だけの話し合いらしいが、多分だが僕の成人の儀についてだろう。
「適度な距離を置いて付き合っていくよ。志は高いから変態行為だけ気を付ければ大丈夫、だと思う。まさか僕のゴーレムのストーカーが多数居るとは驚いたよ。じゃニーレンス公爵の執務室に行ってくるよ」
「はい。お気を付けて下さいませ」
ん?気を付ける?深々と頭を下げる時に見た、リゼルさんの顔だが……愉悦?仕返しが出来たぞみたいな?淑女がしては駄目な表情だったような?
◇◇◇◇◇◇
ニーレンス公爵の執務室を訪ねた。何度か来ているが、今日は警備が厳重過ぎるような?高ランクの私兵が周囲を警戒している。王宮内での警戒って何に対しての警戒なのだろう?
女官や侍女達とも擦れ違わなかったな。普段なら何人かと擦れ違い、先導役の居ない一人の時は挨拶や知り合いなら多少の会話もするのだが……まぁそういう日も有るのかな?
扉の前の警備員と目が合えば無言で扉を開けてくれたが、中に居る、ニーレンス公爵に確認を取らなくて大丈夫なのかな?直ぐに通せって指示を受けていたのかな?疑問ばかりだな。
「良く来てくれた。人払いをしているので侍女達は居ないが遠慮無く入ってくれ」
「未だ仕事中だが少しは良いだろう。リラックスする為にも酒を用意した」
「はい。お待たせしたみたいで申し訳ないです」
公爵五家、今はバセット公爵家が取り潰されたから公爵四家の筆頭と次席の当主自らの歓待を受ける事になったが何故だろう?しかも人払いって侍女達も下げたのか?彼女達は信頼出来る者達の筈だけど……
そう言えば、セシリアもロッテも同行しますと言わなかったのは何故だろう?彼女達は僕に付けた鈴であり、当主の命令には絶対服従で裏切らない者達だよな。オリビアが挙動不審で、イーリンは薄ら笑いを浮かべていた。
呑気に考えていたけど、女性陣の様子が可笑しかった変だった。だが宮廷魔術師第二席の侯爵待遇の僕でも、公爵本人二人の歓待を断る事など出来ない。これ本当に僕の『成人の儀』の話し合いか?僕が勝手に思っているだけじゃない?
「まぁまぁ座ってくれ」
「さぁさぁこっちだ。先ずは駆け付け一杯といこうか」
連行?左右を陣取って応接セットの方に押し込まれて座らされた。僕らってこんなに砕けた関係でしたっけ?
「えっと、未だ仕事が有りますので……一杯だけで」
要りませんって言おうとしたが、妙な迫力に負けてしまった。まぁ酒精は魔法で身体から抜く事が出来るから問題は無いから良いか。勧められるままにワイングラスを受け取る。
ニーレンス公爵が手酌で済まんと言いながら、ローラン公爵と自分にワインを注いでくれたのだが、公爵本人に酒を注がせるって偉い珍事なんだけど!
ローラン公爵は同格だから『すまんな』で済むけど、僕は『大変有難う御座います』だよ。でも最初に乾杯って何だろう?嫌な予感しかしない、背中に冷たい汗が伝うんだけど……
「では乾杯しよう」
「そうだな、乾杯しよう」
諸悪の根源っていうような醜悪な笑顔を浮かべてますが、何か悪い事を企んでいますか?企んでいますよね?
「何に対してでしょうか?戦勝祝いですか?僕の成人に達した年齢についてでしょうか?」
何故、乾杯を急かす?何に対しての乾杯って、普通は最初に言わない?聖戦勝利は何度も乾杯したけど、ニュアンスが違うんだよ。
ニヤリと笑う臣下の最上位の公爵二人が、ニヤリと笑うんだよ。ヤバい、悪の首魁っぽい。ラスボス感が半端無い。
「「淑女連合に対抗する為に、本日この場で紳士連合を立ち上げる事を宣誓し乾杯する。この三人でエムデン王国の男性貴族共を纏め上げて対抗するのだ……乾杯!」」
「何ですか。それって何ですか?聞いてませんよって、むりやり飲ませないで下さい」
ワインを一気飲みした二人が左右から僕を抑えてワインを飲まそうとする。いやこんな結成式に参加なんてしたくありません。淑女連合って、ネクタルで結束した超女の集まりですよ。
紳士連合って何を結束の御旗にするんですか?精力剤?育毛剤?いや両方有りますけど、どちらも問題がって痛いです。両方から背中を叩かないで下さい。割と本気の力の入れようですから!
駄目だ。二人共、淑女連合の結成の元となったネクタルの供給元が僕だと気付いてる。隠して無かったけど明言も避けていたのに……いや普通に分かるし報告も行ってるよな。
「我が愛娘、メディアからな。どの一族でも有能だが扱いに困る問題児の『惰眠を貪る者』達がネクタル欲しさに手を組んで暗躍していたって話を聞いたのだ」
「ウチは前回の家督争いの時に潰した。血族だから有能だからと放置は危険な事は身に染みて分かったからな。今回の件も放置など出来んぞ」
暗躍していた?つまり問題は抑えたって事だが、『惰眠を貪ぼる者』達?そういう能力を併せ持つ問題児が複数居たんだな。モンテローザ嬢みたいな連中が複数居たのか?
それが連携するって、どれだけネクタルの情報って流れているのだろう?両公爵の夫人に、ザスキア公爵までもが見た目十代に若返れば隠す方が無理だよな。そうか、エムデン王国どころか近隣諸国にまで広がったか。
それに対抗する『紳士連合』って、僕はザスキア公爵と彼女を取り囲む超女の群れと敵対する意思はないんだけど?無理無理、絶対に勝てないって無理だよ。
ローラン公爵の御家騒動は、サリアリス様と出会えた切っ掛けになった事件だな。魔術師ギルド本部の指名依頼でボルガ砦の擁壁の補修を請けたんだ。ヘリウス殿が姉と逃げ込んできて、その姉とコーラル男爵が通じていた。
防衛の要の砦の責任者だったのに、公爵家の御家騒動で叔父と呼ばれる者に組して裏切った。ローラン公爵を毒殺しヘリウス殿を抹殺すれば、継承権第二位の者が公爵家を相続出来る。
全く貴族って者は血族でも信用出来ない連中も多いのが実情、僕は複数の子供が生まれても相続については生前に全て決めよう。魔術師の後継者は魔力の多寡によるから長男が相続とは言えないけど……
「リーンハルト殿の弟殿みたいに問題児だが、能力は物凄く高い連中だった。己の好きな事しかしない、有る意味では貴族の鑑みたいな自己主張の激しい協調性の無い連中が結束しても欲しかったもの」
嗚呼、インゴの件は公爵達にも広がっていたのか。女性絡みの失態を犯した親族、実は貴族の不祥事では上位の案件なのだが身内でも恥ずかしい。
更生は順調ではない。中間報告も微妙な結果だし、代官殿も困り果てていたし。変に有能で隠し通されるよりは良かったと割り切ろう。本当に身内の不祥事は胃にクるよな。
そんな問題児達が有能で、しかも連携に動くって凄い。ネクタルとは女性をどこまでも追い込むものなのだろうか?イルメラは未だ若いから、そこまで必死じゃなかったがウィンディアは結構独占欲を発揮していたような?いや気のせいだな、うん。
「それを守る連中もまた、高い能力と強固な結束力を持っている。そして連中は呆気なく軍門に下った。今後は家の為に無駄に有り余る能力を使うと洗脳……いや約束させたのだ。それは我等でも不可能だった事なのだぞ」
淑女連合はネクタルを必要とする御姉様方を中心とした秘密結社の筈だが、未婚の令嬢を取り纏めているメディア嬢まで取り込まれた?つまり淑女連合ってエムデン王国の女性貴族全てを取り込んだの?
王族の女性陣と敵対しても交渉という妥協を飲ませたんだぞ。僕には直接危害は無いからと半ば放置して確認を怠っていたが、ニーレンス公爵達は自分達の脅威になると確信したんだ。その対抗策にネクタルの供給元の僕を巻き込むのは必定。
そう言う事かっ!淑女連合に対抗出来るのは僕だけだが対抗する意思なんてゼロなんだ。ネクタルの供給を止める事は彼女達に対して強力な切り札だけど、僕はイルメラ達の為にネクタルを普通に流通させたい。使える世の中にしたいんだ。
「本日を以って我等三人、紳士連合の共同代表として正式に結束。今後の対淑女連合との交渉の窓口となるのだ」
「俺も本妻殿には弱いのだ。まぁ自由にさせたい気持ちは有るのだが、ザスキアが絡むとな。そう簡単には安心出来ないのだ」
「若返った妻は素晴らしい。愛が更に深まったのだがな。わたくしの教祖様とか、ザスキアを信奉するのはな。リーンハルト殿も理解は出来るだろ?」
「いえ、はい。理解は出来ます。僕もジゼル嬢達が自身の美貌の衰えに危機感を抱く前に、ネクタルを普及し普通に使える土壌を生みたかったので分かります」
ですが、此処まで大事になるとは正直想像出来ませんでした。自業自得です、申し訳有りませんでした。人払いって言うか、この件に関しては女性全般が信用出来なかったのですね。
今なら、リゼルやイーリン達の態度も理解出来た。彼女達は向こう(ザスキア公爵)側なのですね。でも無暗に警戒すると余計に駄目な感じがします。敵対などしていない、味方と言うか身内なのですから。
オリビアは中立だが、周囲が怖いので挙動不審だったのかな。彼女には悪い事をした。最近は一番世話になっているのだから回復薬の件で報いるから。
ですが僕の主要な仕事が、ザスキア公爵の抑えってなんでしょう?それはそれで怖いのですが……