古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第826話

 王立錬金術研究所の課題として既存のポーションの品質向上をリズリット王妃から指示され成果を報告した。自分的には内容として文句の無いものと自負はしているが……

 本来の目的はネクタルの複製の製作、その建前としての課題だった所為なのか成功しても素直になれない内心の葛藤をしている事が分かる。つまり何処からかネクタルを入手し、ザスキア公爵に渡している僕が憎い。

 僕が魔法迷宮バンクからネクタルを手に入れている事は公然の秘密、既に『新しき世界』の信奉者の御姉様方は教えて貰っているだろう。だが確証は無く面と向かって問い質す事も出来ない。

 

 今の僕の立ち位置とは、それ程のモノになっているから……

 

 全く迷惑千万な話だが、最年少侯爵とか最年少宰相とか変な噂が蔓延している。侯爵は血筋的に無理だが、宰相の方は最近の実績を考えれば国王ならゴリ押し可能な気がする。

 上級貴族の殆どを味方側に引き込み両騎士団を懐柔し後宮の主である女官長や後宮警備隊の連中も反対はしないだろう。バニシード公爵に参謀連中の一部が騒ぐ程度か?

 その僕に反抗的な参謀連中も、旧ウルム王国の復興に協力すれば懐柔出来るだろう。相当領地を賜った連中から要望が出ている筈だし、全てを叶える事は僕の協力なくして不可能だ。

 

 エリートの参謀職でも領地を賜る程の貴族連中に無理強いは出来ない。これが戦争の作戦とかなら話は別だが、聖戦に参加して実績を挙げた連中の(強制的な)お願いには苦慮するだろう。

 彼等だって同じ派閥の連中と連携して攻めてくるし、そもそも参謀連中が所属している派閥の上からもお願い(命令)が下りている。胃が痛くなる程の重圧だろう。

 エムデン王国は国王が最高司令官で、作戦により方面軍司令官とかを国王が任命する。その司令官の補佐が参謀職だから、情報収集や情報処理が殆どで作戦立案とかは余りしない?

 

 僕なんて単独行動ばかりで参謀との絡みなんて無かったし、今回の聖戦も最高司令官は国王だけど、ライル団長が殆どの作戦を立案し実行。そして聖戦に勝利した。つまり参謀は要らない子?

 

 いやいやいや、現実逃避してる暇は無いぞ!今は目の前の不機嫌な、リズリット王妃の対応だが……

 

「どうなのです?リーンハルト卿でも、エリクサーの解析は不可能なのですか?」

 

「可能か不可能かの判断も、現状では即答出来ません。公務を全て免除して頂き研究に没頭すれば、年単位の研究で成果は出せると思いますが現状では不可能です。逆に毎月一定数を納品しろと言われた方が現実的だと思います」

 

 その言葉には流石の、リズリット王妃も黙り込んだ。全てを研究に注ぎ込んで他の仕事を年単位で放棄しろって言われたら、エリクサーの量産程度では周囲が納得しないだろう。

 確かに僕の真価は錬金だが、入手は困難だが可能なエリクサーと僕の侵攻特化魔術師の能力を比べれば……どちらを選ぶなど決まっている。しかし追い込み過ぎるのも問題だな。

 ネクタル絡みのリズリット王妃は知能が低いというか判断力にマイナス補正が掛かるというか。元盗賊ギルド本部の代表のオバル殿もそうだが、ネクタルとは女性の理性や知性も狂わせるのだろうか?

 

「エリクサーの解析については時間が空いた場合に少しづつ進めてみますが、効果は期待しないで下さい。多分ですが普通に十年単位の研究時間が必要です」

 

 僕が選んだ方法は一旦保留、余計に悪化するよりは時間を置いた方が良いって逃げだな。だが、これ以上この話題を続けると、セラス王女が別の意味で爆発し母娘喧嘩に発展しそうだから。

 セラス王女の課題であるマジックアイテムの引き渡しを伸ばすと余計な諍いに発展し、仲裁役であるアウレール王がリズリット王妃とセラス王女の何方に味方するかは僕では分からない。

 レジスラル女官長も薄ら笑いを浮かべながら頷いたのは、元他国の女より高貴な血を引く自国の王女を優先しろって意味だろう。王宮内の女性陣のパワーバランスを再度確認しないと危険だと確信したぞ。

 

「えっと、それではセラス王女の課題であるマジックアイテムですが……此方になります」

 

 自分の母親を睨んでいた、セラス王女の表情がガラリと変わる。満面の笑みだ。僕の差し出したブレスレットをいそいそと身に着ける。

 

「黄金の輪の中央に魔力石を据えたシンプルなデザイン。でもよく見れば細かい装飾が施されていますね。これはブレスレットというよりはバングルの方が良いのかしら?」

 

 うーん?バングル?そういう見方も有るのか?ブレスレットとバングルの境界線ってなんだろう?幅広で一体式だからかな?僕は何方でも構わないけど、バングルを身に着けるって違う意味も有ったな。

 左手首に嵌めて目の高さまで持ち上げてニマニマと嬉しそうに見ている、セラス王女の気分を害するのも悪いけど、一応は話しておくか。ローカルなしきたりとかって面倒だけど重たい場合もあるからな。

 レジスラル女官長は特に反応していないのでバングルでも問題無さそうだけど、ウーノは生暖かい目で見ている。仕えし主の素直な喜びの表現を可愛いとか感じてるのかな?

 

「一体型ですから、バングルでも良いのかもしれません。ですがエムデン王国の風習では既婚の女性は腕に何も身に付けないのは止めるべきと考えられており、バングルですと深い意味を……」

 

「構いません。既婚の淑女の嗜みについて理解はしていますが、私を嫁にはださないと御父様から言質を取っていますので問題は有りません」

 

 ドヤって顔をして薄い胸を逸らしたぞ。レジスラル女官長の苦虫を纏めて噛み潰した顔は、馬鹿を言わないで高貴なる血筋を産みなさいか?ここはスルーしよう。王族の後継者問題なんて厄介事でしかないし。

 アウレール王は本気でセラス王女を手元に置いておくつもりだ。セラス王女のご機嫌回復の為に直接話したのだろうが、言質を取ったとか斜め上の方向に捉えているし。関係回復は厳しいのかな?

 ウーノさん?しみじみと頷いていますが、貴女は自分が仕えるセラス王女が一生独身でも構わないと?まぁそういう王族の女性も居るけど……ペリーヌ様とか生涯独身貴族を満喫してるし、有りなのか?

 

「ではマジックアイテムの説明をさせて頂きます。先ずは……」

 

 マジックアイテムの性能は魔法補助、ワードとアクションにより四種類の魔法を使う事が出来る。当初はライトにシールドにヒールの三種類だったが、それにステータスアップの魔法を追加した。

 暗闇での視界確保、防御に回復と基本は抑えた。万が一の時に自衛と逃走の為の身体能力のアップ、魔力付加の%アップだと基礎体力の低い彼女では大した効果にはならないので短期間だけ一般的な戦士職程度の能力を得る。

 これは敵を打ち倒すとかじゃなくか弱い女性と油断している敵を欺き逃走の確率を上げる為なのだが、副作用が筋肉痛なので一日一回五分を使用上限とした。嬉しくて乱用し身体を壊したとかは無しで!

 

 説明の最中の知らない内に、リズリット王妃は居なくなっていた。ウーノの報告では僕を恨めしそうに睨んでいたらしい。『処しますか?』って言われたが、怖いので放置でお願いします。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 有耶無耶になっていた旧ウルム王国領の復興について、具体的な話し合いの場に呼ばれた。主導は参謀本部、出席者は公爵四家の当主に宮廷魔術師第二席の僕だけだ。凄い厳選メンバーだと思うが参謀達は全員出席らしい。

 各派閥の頂点の公爵四人は分かるし、実行する僕の出席も分かる。だが宮廷魔術師の筆頭たるサリアリス様も両騎士団の団長も呼ばれないし、財務系の官僚も呼ばれない。王国の事業なのに?

 この会議については、ザスキア公爵も相手の出方を知る機会だからと反対も反発もせずに受けた。つまり遅々として計画が進まない参謀連中の腹の中を探る為なのだろうか?

 

 僕も妖狼族の女神ルナ様の御神託の時期が関係しているので、あまり悠長な事はしてられない。モンテローザ嬢の反乱の最適な鎮圧の時期と場所は、バーリンゲン王国内で後三ヶ月後だからだ。

 

「我等を呼び出すとはな。参謀も偉くなったものだ」

 

 場所は謁見室、つまり正式に参加者名簿には無いが場合によっては国王も参加するのだろう。僕とザスキア公爵が来た時には、参謀八人とバニシード公爵が既に来ていた。予定の時間よりも十分以上早い。

 そして僕等が来てから嫌味を言ったが、我等って僕やザスキア公爵と一緒みたいな表現は止めて下さい。僕等は未だに政敵として争ってますよね?殆ど雌雄は決したと思いますが……

 ザスキア公爵が片方の眉を上げて嫌そうな顔をして、参謀連中が一斉に固まった。因みにザスキア公爵の外見的年齢は僕と同じ十五歳前後に見えるので、参加者の中でも随分と違和感を感じるだろうな。

 

「遅れたつもりはないが、待たせたかな?」

 

「相変わらず、リーンハルト殿とザスキア公爵は仲が良いな。一緒にきたのか?」

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵が一緒に謁見室に来た方が仲良しに見えますよ。実際に幼少の頃からの付き合いだと聞かされたけど、同世代の良きライバル関係だったらしいし。

 バニシード公爵の事は完全に無視した形だが、あの頭に血が上りやすい彼が落ち着いているのに驚いた。いや嫌な顔はしたが、特に反論も咎める事もしなかった。嫌味の応酬はするとおもったのだが?

 参加者全員が揃った。参謀連中と向かい合う形で右側から僕、ニーレンス公爵。ローラン公爵にザスキア公爵、そしてバニシード公爵の並びだ。席は決められていたけど、公爵四家の勢力順なのかな?

 

「全員お集まりになりましたので、会議を始めさせて頂きます。司会は私、主席参謀のアルドリックです。今回の議題は旧ウルム王国領の復興支援の中で、農地改革についてです」

 

 主席参謀アルドリック殿か。名前は聞いていたし顔も知ってるが、特に会話らしいものは交わしていない挨拶程度の関係だった。向こうも極力、僕を避けていた感じだったし。

 随分と丁寧な話し方なのは、公爵四家の当主が揃い踏みだからか?その当主連中の感情が悪いからだろうな。ザスキア公爵は興味なさそうに、男性陣は不機嫌さを隠してないし。

 つまり派閥の当主として、参謀連中に自分の派閥構成貴族を優先しろっていったのに、全員集めて擦り合わせをしたいって日和見したからか?いや日和見は違うか、形勢を伺って有利な方になど付けないから。

 

「我等の希望は話したが、その通りなのだろう」

 

「いまさら我等を集めて何をするのだ?別に結果なら報告書を貰えば良いぞ」

 

「調整は貴様等の仕事だろう。わざわざ我等を呼び出す意味が分からないな」

 

 男性陣全員が我等っていったけど、反発してませんでしたっけ?一括りにするなって言いませんでした?その捨て犬みたいな目で僕を見ないで下さい。僕は僕なりの計画書を渡しましたが保留だったんです。

 

「この期に及んで派閥の当主を全員集めて、実行役のリーンハルト様の前で話し合って下さいとかじゃないわよね?」

 

 ザスキア公爵は我等って言わなかったけど、まさか本当に調整が出来なかったので当事者同士で話し合えって事はないよね?幾ら何でも無責任過ぎるし、職場放棄だよ。これは王命の筈だし。

 アルドリック殿の顔色がどんどん悪くなる。唇まで土気色になってる。他の参謀連中は下を向いて誰も擁護しない、もしかしなくても草案すら纏まらずって事かな?それはそれで問題だと思うぞ。

 しかし僕に対しては一人を除き友好的な彼等だが、普通はこういう態度なのだろう。貴族の爵位と財力、役職を合わせた力関係の序列に合わせれば、主席参謀といえども格下でしかない。自分の意向を尊重しろって事だろう。

 

「皆様の御希望は伺いましたが実行するのはリーンハルト卿なので、実行者の御意見を尊重しなければ駄目なのかと愚考しまして……その、今回の場を設けさせて頂いた次第です」

 

 おぃおぃ、ちょっと待てよな!この期に及んで丸投げか?フザケルナって……ザスキア公爵が開いていた扇を閉じてテーブルを軽く連続で叩き始めたぞ。トントンってリズミカルなのに冷汗が止まらない。

 見惚れるような笑顔を浮かべているのに全然嬉しくない。男性陣もドン引きしているのは精神的な圧力、新世界の盟主様として新しい力を手に入れてないよね?僕はそっと視線を逸らした。

 

「あらあらあら?私達が直接交渉しなきゃいけないのかしら?」

 

 優しい口調なのに死刑判決みたいに感じたのは僕だけではないだろう。だがアルドリック殿は怯えながらも、ザスキア公爵を見詰めている。丸投げでなく何かしらの腹案が有りそうだが、話の持って行き方に失敗したんじゃない?

 

 


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