古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第833話

 旧ウルム王国領の移動はスムーズに行えた。ナゥエンからノイルビーン、アムゼーからデミン。ザスニッツを通りマインツ領に到着、凡そ三週間の強行軍だった。

 予想を上回る移動速度の要因は街道が整備されていた事。戦火によって破壊されたりしていなかった事、王命の最中なので各領主達も歓待等の拘束が無かった事。

 錬金馬車だが居住性が良く、通常よりも乗っている連中の休憩が少なくて済んだ事。普通は固い椅子に揺れながら長時間の移動は身体に不調をきたすんだ。身体が固まるって事かな。

 

 なので二時間か三時間おきに下りて身体を動かして固まった身体を解したりする必要が有るんだ。それに馬もパフォーマンスの維持に休憩や世話が必須、それが全く要らない。

 各領主が付けてくれた護衛の騎馬隊が輸送部隊に追従出来ないとか、変な問題が浮上してしまった。錬金馬車、思った以上に後々問題になりそうだな。まぁ必要だと割り切ろう。

 悪天候でも夜間でも問題無く移動出来るので大助かりだったが、途中立ち寄る領主達に到着日の変更を申し入れる方が大変だった。

 

 ザスキア公爵の手の者が伝令として先行してくれたので良かった。僕の配下だと派閥の違う領主連中を訪ねるには爵位や役職が不足だから、あくまでも僕の私兵だし。

 

「特に邪な考えを抱いている者は居ませんでしたわ」

 

「そうか。派閥争いをしているが、国難が去っても大人しくしてくれるなら放置で良いかな」

 

 マインツ領の領主は、バニシード公爵の派閥構成貴族の中でも武闘派のベッケラン子爵を宛がっていた。隣国と接しているし、色々と火種を抱えている領地だからな。

 挨拶に来た彼は、武闘派だが脳を筋肉で侵されていない理知的な印象の人物だった。僕等は今、領主である彼の館に招かれている。今日は此処に一泊して明日は問題のエデンバラ砦に向かう。

 宛がわれた貴賓室には参謀で腹心のリゼルだけ。シルギ嬢はダルシム達と明日からの行動について最終調整を行っている。シルギ嬢達は貴族だが爵位は無いので領主の館には泊まれない。

 

 ベッケラン子爵が街一番の宿屋を貸し切ってくれた。正式に招かれたのは僕と女男爵位を持ち宮廷内でも役職に就いているリゼルだけだ。

 フレイナル殿?彼も宮廷魔術師の末席だから一応領主の館に招かれたけど、別室でメイド達に接待されているらしい。接待といっても常識の範囲内で、領地の事を質問してる程度かな。

 一応ハニートラップも警戒したけど、彼の本妻と側室予定の才媛達から色々言い含められているみたいだし監視役も居るみたいだ。次に問題を起こせば懲罰有りだから、真剣にお願いします。

 

 それに大切な本妻や側室の方々の故郷なのだから、何かすれば直ぐに情報が伝わるから。僕は庇わない、浮気や女遊びは程ほどにじゃなくスルな!だよ。

 

「通過した領地の民達ですが、リーンハルト様への好意が危険域にまで達しています。モア教の関係者も同様でしたし、貴族連中も概ね好意的ですわ。ベッケラン子爵も政敵とはいえ一定以上の好意を抱いていましたわ」

 

「彼は武闘派だけど脳筋じゃないし、事前調査でも有能な人物だと聞いている。この問題の多い領地を取り仕切るには最適な人物だろうが、功績と褒美が釣り合っているかは微妙だね」

 

 ベッケラン子爵はバニシード公爵の派閥構成貴族の中で聖戦で最も活躍した。その彼を王都から一番離れた国境の領地に宛がうとは驚いた。他に何かしらの恩賞が有るとは思うが、普通なら嬉しくないだろう。

 実際に、リゼルがギフトで心を読んだ限りでも、バニシード公爵に対して不満が有るそうだ。親書というか命令書で、フレイナル殿が逃がしたベルヌーイ元殿下を僕よりも先に探し出せとか無茶振りされたらしい。

 彼に落ち度は無いのに、僕よりも先に見付けられなかったら処罰するとかさ。派閥のTOPとしての態度としては失格だろう。実際に、ベッケラン子爵は派閥移籍を考え始めているそうだ。

 

 僕の捜索隊にも協力的なのは、最初からバニシード公爵の命令に従う事はしないという意味だろう。捜査に協力して僕等の好感度を稼ぎたい、そう思っているらしい。

 

「ベルヌーイ元殿下の捜索に協力的なのは派閥の移籍も考えています。いえ移籍前提での行動、最高なのはリーンハルト様の派閥に移籍ですが他の公爵でも構わないみたいですわね」

 

 バニシード公爵は見切りを付けられたって事ですわね?って微笑まれたけど、実際に見切ったのだろう。彼は落ち目だし、扱いは酷いし、貴族なら家を繁栄させる為の当然の判断かな。

 貴族の当主なら当然の考えなのだが、フレイナル殿はその辺が緩い。アンドレアル殿は厳しく教育しているのにイマイチ理解していない。宮廷魔術師だから安泰なんて事は無い。

 逆に武力や魔力で勝てない相手だから搦め手でくるんだよ。ハニートラップが一番効果的だとバレてるけど、エムデン王国の貴族の子女の中で彼にハニートラップを仕掛けても良いって淑女は居ない。

 

 相当嫌われている。メディア嬢と和解しても無理、旧ウルム王国の淑女達を逃がしたら一生独身貴族だな。

 

「実際有能だし、派閥の移籍も簡単かもね。まぁ僕は警戒してるし引き込む気もないけどさ。ウルティマ嬢とミケランジェロ殿のお手並み拝見だな。既に諜報員をエデンバラ砦周辺に配置したからね」

 

「先ずは侍女を捕縛した連中と背後関係の調査ですわ。嫌な例えですが本当に負った怪我が原因で亡くなったのか?酷い拷問をされなかったのか?そもそも本当に捕まえたのか?先ずは裏取りからですわ」

 

「容疑者が見つかれば、リゼルの出番だね。君なら全ての情報を吐かせられるだろう。非道な行いをした連中が味方とは思いたくないが、もしも治療もせずに殺したのなら相応の責は負って貰う」

 

 偽善とかじゃない。正義の鉄槌とかもどうでも良い。そういう外道が居る事が我慢出来ない。綺麗事を言わなければ、そういう裏の人間も必要なのは理解している。

 だから本当に死にそうで回復の手立てが無く、生きている内に情報を引き出そうとしただけなら受け入れる。助かるのに逆に死にそうな拷問や尋問を行ったなら、その行動は危険であり排除する。

 リゼルの調査では、アルドリック殿は本当に自白したとしか聞かされていない。逆に主席参謀が与えられた情報の裏取りや精査をしない方が問題だぞ。大丈夫か?我が国の参謀連中は?

 

 リゼルが淹れてくれた紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。彼女の手際は中々良く良い茶葉の味を引き出している、普通に美味しい。お茶請けのシュペクラティウス、ジンジャー入りクッキーも美味い。

 これはイルメラの御手製クッキーの元ネタだろう。彼女のクッキーはシンプルな円形だが、味は同じでも此方は木枠で型取りしているのだろう色々な形状になっている。風車に建物に樅木かな?

 この領主の館のコックは良い腕をしている。専属のパティシエでもいるのだろうか?イルメラ謹製のクッキーと全く同じ味だからか食が進む。ヤバい一ヶ月も保てずホームシックか?

 

「リーンハルト様が珍しくお菓子を多く召し上がると思えば、イルメラさんの手作りクッキーを思い出していたのですか?確かに似ている味ですね。彼女の手料理は素朴ですが愛情を感じられますから……」

 

「そうだね。清貧を心掛けるモア教の僧侶だから華美なものは好まない、素材の味を引き出した素朴な料理を好むからね」

 

 目を瞑り今迄に食べて来た彼女の手料理を思い出す。今でこそ爵位と役職に合ったフルコースの豪華な料理が供されるが、一年前は貴族の最下級である新貴族男爵の長子でしかなかった。

 普通に平民と同じような食事をしていた。時には外食もしたが、マナーなど関係ない庶民的な食堂や露天で売っている串焼き肉も手掴みで歩きながら食べていたな。レジスラル女官長にバレたら説教一時間コースだろう。

 ふふふ、思えば遠くにきたものだ。だが数々の思い出の問題の多い料理は空間創造の中に収納してある。偶にだが無性に食べたくなる、あの手料理が……

 

「リーンハルト様?私との打ち合わせの最中に思考はグルメ紀行ですか?私も無防備なリーンハルト様を食べちゃいますよ?」

 

「いや、疑問形でも淑女の台詞じゃないぞ。悪かった、でも味覚って記憶を呼び覚ますキーになるんだよ。鮮明な記憶が蘇った、懐かしいあの頃のあの味」

 

 今夜、こっそりイルメラ謹製のルラーデンを食べよう。バレなければ平気、僕は侯爵待遇の伯爵で宮廷魔術師第二席。殆どの者が僕の奇行を嗜められない。いやいやいや、内緒で食べる分には問題無い筈だ。

 ホームシックに陥る位なら、多少咎められるような行動も受け入れられる筈だよ。うん、決めた。今夜の夜食はルラーデン!

 

「はいはい、分かりましたわ。私もイルメラさんから料理を教わってます。幾つか魔法のバッグに収納していますので、後で振舞いますから落ち着いて下さいませ。今後の行動の再確認ですが……」

 

 全く本当に仕方の無い殿方ですねって言われたけどさ。何時の間に、イルメラに料理習ったのさ?リゼルも女男爵なんだから、厨房に立っちゃ駄目な部類の筈だぞ!

 実際に振舞われた、ルラーデンにアール・ズッペ。それにナイトバーガーだと?ルラーデンとナイトバーガーは僕の好物だが、アール・ズッペはウィンディアと外食した時の一度しか食べていない。

 どれも非常に美味しかったが、僕の過去の行動が調べ尽くされて怖いぞ。問い質したかったが、僕を見るリゼルの目が怖かったので無言で全てを完食した。ご馳走様でした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 特に勧誘も引き止め工作も無く、ベッケラン子爵は僕等を送り出してくれた。護衛の騎兵は丁寧に断ったが、既に僕等に追従出来ない話が広まっていたのだろう。形式的に言われただけだと思う。

 その分、補給物資や途中で立ち寄る街や村の責任者宛ての書状も用意してくれた。書状の中身は僕等に最大限の協力をしろって命令だな。領主である、ベッケラン子爵の命令だから有効だろう。

 生憎の雨天だが錬金馬車は問題無く街道を進んでいるので、この分なら夕方にはエデンバラ砦に到着するだろう。少し遅れそうなので、昼食も馬車の中で食べる事にした。

 

「ベッケラン子爵ですが、中々配慮の出来る殿方でしたわ。私達が今日中にエデンバラ砦に着く予定など本人も半信半疑でしたが、移動中でも食べられる料理を全員分用意してくれるのですから」

 

「派閥移籍の根回しとしては良いのでしょう。リーンハルト様の配下とはいえ、私達にまで食事を用意してくれたのですから。ですが家臣の私とリーンハルト様との料理が同じなのは納得出来ません」

 

 上品にサンドイッチを食べる、リゼルは彼の評価を上方修正したみたいだな。逆にシルギ嬢は自分と主である僕と料理が同じ事を憤っている。見方によっては配下と同じ扱いだから見下しているって事か?

 僕は逆に評価を上げたよ。差を付けない事で、僕等を同等に持て成しているって事だろう。配下に甘い僕の噂を知っていたのだろう。実際に、リゼルが心を読んだ時も配下を大切にしてるから同じにしたそうだし。

 尊大な者が多い貴族連中の中では僕好みの良い考え方だな。頭で考えても実際に行動に移せる者は少ないし、僕が配下と同じ扱いをされたって怒らないと判断出来る能力が有るのか。

 

「彼はリーンハルト様が配下の方々を大切にしている事を知ってたわ。でも同じ扱いをしたら喜ぶって判断が出来る位には有能で、貴族優先主義でも無いのよ。高貴なる青い血が流れる我々貴族はって驕りがないの」

 

「貴族の最上位に近い、リーンハルト様と末端の私を同列にする事がですか?理解に苦しむのは、私が旧体制の考えを引き摺っているから?でも仕えし主様を優先して欲しいのは家臣の願いですわ」

 

 うーん?狭くは無いが馬車の中で食事をしながら器用にディスカッションする女性陣から目を逸らし窓の外を見る。二人の意見は間違いでは無いのだが、シルギ嬢の僕に対する忠誠心が肥大してないかな?

 一時は敵対一歩手前で警戒していたのだが、今では御爺様の取り込みも含めて凄い協力的なんだよな。ダルシム達も遠い血縁とは言え子供な僕に良く仕えてくれるし、貴族が親族を頼るのも理解出来る。

 上品にサンドイッチを食べながら言い合いって、食べながら会話する時点でマナー的にはどうなのかな?まぁ個室だしマナーに拘らなくても良いのかな?僕が黙っていれば良いだけか……

 

 嗚呼、雨雲が濃くなってきたな。視界不良になりそうだし、前方をライティングの魔法で照らすか。見え辛くて気付かずに領民でも跳ね飛ばしたら大問題だし。稲光も見えた、落雷にも注意が必要だな。

 

「天候が悪化した、街道を外れて少し休憩しよう。昼なのに夜みたいに暗いし雷雲も近付いている、流石に落雷の直撃は特製馬車でも防げないから避雷針を立てるよ」

 

 馬車を操作し街道脇の開けた場所に移動、周囲四方に避雷針を立てる。バーリンゲン王国から帰る時を思い出す。あの時も雷が鳴り響いて、落雷除けの避雷針がわりのゴーレムルークを錬金したっけ……

 

 

 




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