古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第834話

 マインツ領エデンバラ砦に向かう途中、悪天候により街道から少し逸れた空き地にて馬車を停めて昼食を含む休憩をしている。この季節では珍しくも無い集中豪雨。

 大雨が降る事により大地が潤い多くの植物が芽吹き、それを食べる草食動物が増え更に彼等を捕食する肉食動物が増える。食物連鎖だが、その枠外に居るのが人間だろう。

 野生の動物は食べる為や異性を手に入れる為に殺すが、人間だけが娯楽の為に殺す。何が言いたいのかといえば……

 

「来たか。予想より遅かったのはタイミングを見計らっていたのかな?」

 

 食べ掛けのサンドイッチを籐の籠に戻し、紅茶を飲んで口の中の物を胃に流し込む。いきなりの話に、シルギ嬢は驚いたみたいだな。リゼルは躊躇なくギフトで思考を読むか。

 

「リーンハルト様?」

 

「また私に内緒の話ですか?拗ねますわよ」

 

「ん?ああ、内緒っていうか予想していた事が現実になっただけだ。悪いが僕とクリスだけで対応するから、君達は馬車の中で留守番だよ。他の連中もだな、知らせる必要は無い……いや、あとで説明か」

 

 僕の乗る馬車を中心に他の馬車が囲う様に配置、四方に避雷針を立てている。この移動錬金馬車群は全て僕が制御しているので、移動もドアの開閉も施錠も思いのままだ。

 休憩中でも周囲を警戒して見張りは立てている。メルカッツ殿と私兵団から三十人を同行させている、見張りは六人か。僕の馬車を中心に直径50mの円形に配置している、十分な配置だな。

 悪いが安全の為に馬車は施錠して、外にいる見張りの連中は後ろに下がって待機して貰うか。

 

「リーンハルト様。雨の中に出て来るとは、何か気になる事でも有りますか?」

 

 警備隊の隊長である、メルカッツ殿が率先して見張りは駄目だと思う。根が真面目だから、なんでも自分でやろうとするんだ。信頼出来るのだが、もう年だし少しは健康に気を付けて欲しい。

 見上げれば雨雲は厚くなり更に風も強くなって来ている。防水処理を施したマントを羽織っても防ぎきれない、事が終わったら見張り連中は着替えとワインを飲ませるかな?流石に風呂は無理だろう。

 ウルティマ嬢が馬車の窓から此方を伺っているが、外に出る気は無さそうだ。いや配下の諜報部員が止めているのは、彼等も気配を感じ取ったか?本当に風上から来るとか、少しは隠す気は無いのだろうか?

 

「ん?ああ、招かれざる客かな。クリス、居るだろ?」

 

「はい、主様。清々しい殺気ですね。暗殺者としては三流でしょうが、戦闘力は一流の域に達しているかと思います」

 

 クリスの輝く笑顔を見ると微妙な気持ちになる。

 

「敵襲?何処にだ?戦闘配置だ、守備隊は全員馬車から降りろ」

 

 うん。気持ちは有難いし正当な行動だけど、相手になるかは別問題。予想以上と思うが、相手の思惑がいまいち理解できない。理由を問うても答えてはくれないかな。

 

「いや僕とクリスで殺るから、メルカッツ殿達は此処で非戦闘員を守っててくれ。奴等が囮の場合も有る、アイン達も残しておくから」

 

「分かりました。我々レベルでは荷が重い相手ですな。リーンハルト様やクリス殿は侵入者の気配を察しているが、俺は分からない。悔しいですが邪魔にならぬように下がって警戒しています」

 

「悪いね。後で身体が温まる良いワインを差し入れるよ」

 

 人外の化け物連中、少なくとも強化前の義父達と同等レベルか?アイン達五姉妹を惜しみなく防衛に当たらせる。多分だが別動隊は居ない、気配を隠さず真正面から攻めるなら悪天候など利用するな!

 まぁ国境付近まで来るのを待っていたのが正解かな?この気配なら敵国の内部まで潜り込むより楽程度だろう。予想より待たせてくれる、本当に人気者になったものだ。色々な意味で色々な相手にさ。

 羽織っていた魔術師のローブを空間創造に収納する。そのまま脱いで風で飛ばされた方が恰好は良いと思うが、見せる相手も居ないから関係ない。最初からゴーレムキングを身に纏い、相手の方にゆっくりと歩いていく。

 

「二人ですね。他に隠れている連中は居ないみたいです。主様の得意な遠隔攻撃はしないで接近戦ですか?」

 

 直ぐに隣に並んだ、クリスが尋ねてくる。彼女の知られざる特技の一つに早着替えが有る。知らない内に暗殺者の衣装である黒装束に着替え両手に毒付加のダガーを抜き身で構えている。

 

「ああ。遠隔攻撃を仕掛けたら避けて逃げられそうだからね。闇に潜まれて何時までも纏わり付かれる方が危険だし、他の連中が危険になるからね。此処で倒す方を選択したんだ」

 

 容赦なく雨が正面から吹き付けるが魔法障壁を展開せずに受ける。雨により円形の魔法障壁が相手にバレる事を防ぐ為に、この相手は僅かな隙や情報を与える方が危険と判断した。

 攻撃を受ければ自動展開するし、そもそも直接攻撃が届くまで接近させるつもりもない。黒繭(くろまゆ)の範囲攻撃で倒したい。単発で攻撃しても避けられそうだな。

 50m程進むと相手も姿を現したが、敵国の特殊部隊じゃなくて暗殺者の方か。黒装束に部分的に金属で補強した防具、背中に巨大な武器らしきものが見える。身体で隠れて一部しか見えないが、ブーメラン?

 

 さらに15m程近付く。もう顔も判別出来る距離だが、相手は暗殺者なのに顔を隠してないぞ。俺を見た者は全員死ぬから不要だ!とか?いやまさかな、そんな馬鹿な事は無いよな。

 

「これは驚いた。着込むゴーレムとか噂は真実だったのか。ははは、全く驚かせてくれる」

 

「100m以上離れていたのに我等を察知するとは、感知魔法とは凄いものですね」

 

 両方共に男だな。三十代か?いや若いが老けているのか?年齢不詳、凡庸な顔立ち。一度見た程度では記憶に残らない不思議な雰囲気、これが暗殺者か。一見地味だが身に着けた武器が異常で余計に目立つぞ。

 一人は背中に強大なブーメランと思しき武器を背負い、もう一人は複数の鎖の先端に鉄球を付けた物をジャラジャラと弄んでいる。多分だが遠投武器、先住民族が狩りに使ったと言われるボーラか?

 分銅鎖系武器、振り回して獲物に投擲し捕縛と打撃の両方を与える。15m程度が丁度良い距離か?だが相手は暗殺者、如何にもな武器は見せ掛けで本命は暗器か?久し振りの命の危険を伴う緊張感だな。

 

「暗殺者の方々とお見受けするが、エムデン王国宮廷魔術師第二席。ゴーレムマスターの僕が標的で間違いないかな?」

 

「蔑まれている暗殺者に対して丁寧な問いに応えよう。我等は暗殺ギルドの指導者の内の二人、名乗れる名前は無い。そもそも名前が無いのだが便宜的にワンとスリーと呼ばれている」

 

 ひゅうって口笛を吹いたが見た目よりも若いのか?おどけているが隙は無い。それと指導者が複数いて、その内のNO.1とNO.3と名乗ったぞ。強さが順位なのか指導力で順位が決まるのか謎だが上位陣に間違いないか。

 横目でクリスを確認するが自然体で緊張した風には思えない。強敵だが勝てない程でもないとか?暗殺者二人、感知魔法では確かに其処に居る。ストライスみたいなギフトを用いた幻覚でもない。

 暗殺者が警戒こそしているが標的の前に姿を現す意味って何だろう?会話が成立するかな?

 

「敢えて聞きますが、僕の暗殺を依頼したのは誰でしょうか?今は亡きウルム王国の関係者?それともデンバー帝国?大穴でルクソール帝国とか?」

 

 どちらかと言えば、仮想敵国の特殊部隊が暗殺に来ると思っていたんだ。戦勝祝いに訪れていた大使達の危機感を考えれば、僕やデオドラ男爵達の異常な戦闘力を持つ者達は暗殺しか対処できないから。

 一軍を磨り潰される位なら特殊部隊を全滅覚悟で突っ込んだ方がコスト的にも効率的にも良い筈だ。だから僕が国境付近まで移動する情報が他国にも流れた時に、高確率で暗殺部隊が来ると思っていた。

 両騎士団や王宮警備隊が同行していたら命令系統の関係で、暗殺者が来ても下がれとは命令出来なかった。彼等に下がれは侮辱以外の何物でもない。だがメルカッツ殿達は僕の私兵だから命令出来た。

 

「済まぬな。仕事を請けるのは別の機関で我等は実行部隊にすぎぬ。故に依頼人の事は聞いていない」

 

「請けてしまったからには仕事はせねばならない。何故ならば約束をたがえれば我等が依頼主に滅ぼされる。因果な商売だが仕事なので致仕方なし。我等が成功すれば良し、せずに負けて死ねば依頼主に義理が果たせる」

 

 裏事情を教えてくれたが、依頼主は仮想敵国だな。国家が相手なら暗殺ギルドといえども、相応の犠牲を覚悟すれば滅ぼせる。暗殺が成功すれば良し、失敗しても組織の幹部の上位を失えば依頼主に義理は果たしたと言えるのか……

 つまり懐柔する事も戦いを回避する事も出来ない。だが実情を話したのは、エムデン王国の報復を恐れたからか?矛盾している、依頼主の仮想敵国よりエムデン王国の方が脅威だろう。

 いや敵国内の暗殺ギルドだから、エムデン王国に依頼主がバレなければ報復はされないと判断したのか。依頼を請けるのが別の機関とか、国家権力が介入している可能性も高いか?

 

「色々と大変そうですね。僕が勝っても依頼主が特定出来なければ報復はしませんし出来ませんから安心して下さい」

 

 これで暗殺が止まれば儲けモノ。下手に報復すれば死兵となって猛烈に対抗してくるだろう。一国の暗殺者ギルドからのチョッカイが無くなるなら御の字かな。ん?クリスがズィって前に出たけど?

 

「主様は私が守る!」

 

「ほぅ?主に入れ込んだ同業者とはな。面白い、我等の暗殺技術に勝るか?」

 

「英雄殿と呼ばれながら暗殺者を近くに配しているのか?面白い、我が生涯で最強の暗殺目標だな」

 

 時間切れかな?聞き出せる事は聞き出したし、これ以上話してしまえば同情心が芽生えそうで嫌だ。敵は殺す、単純だけど分かり易い。

 暗殺者と僕の間に強風で折れた木の枝が飛んで来た。それを合図に攻撃してきた。背中に背負ったブーメランを……違う、ブーメランじゃない卍手裏剣だっ!

 肉厚で巨大な卍手裏剣、直径は1mは有る。それが回転しながら真っ直ぐに飛んでくる。刃が付いていても切断が目的じゃなく打撃が目的か?いや目隠しが目的だな。

 

「甘いよ。魔力付加の無い武器など僕には効果は無いと思え」

 

 円形の魔法障壁に当たり勢いを削がれて斜め後ろに飛んでいくが、当たった時の衝撃は凄い。板状の魔法障壁だったら圧力に負けて体勢を崩しただろう。

 だが巨大な卍手裏剣は一瞬だが僕の視界を封じた。暗殺者が気配を……え?気配が複数に分かれた?これが噂に聞く分身の術か?確かに視界と気配に頼れば相手が四人に分かれた。

 でも大気中に漂う魔素に干渉した感知魔法には一人しか反応していない。驚いた、分身四体は全て偽物だ。本体は見えず感じず、でも……

 

「うえっ!」

 

「化け物め。秘術虚空分身が効かぬか」

 

 魔法障壁に暗殺者の鎧通しが当たりスパークを発している。魔力付加されているみたいだが、僕の自慢の魔法障壁は貫けないぞ。

 刃渡りは短く、無反りで、重ね厚に鍛える短刀。鎧を着こむ騎士達に確実にダメージを与える為に作られた武器。でも暗殺者にしては毒は仕込んでなさそうだ。

 魔法障壁をズラすと刃が流れる。暗殺者の体勢が崩れた隙を見計らい、魔法刃を纏った右腕で切り掛かる。咄嗟に鎧通しで受けるもバターみたいに解けて……

 

「幻覚?」

 

 暗殺者の胴体を切り裂いたと思ったら、ボフンって煙になって弾けたぞ。これが噂に聞く身代わりの術か?煙が視界を遮る二重の効果、だが本体の位置は掴んでいる。

 

「覚悟っ!」

 

 身代わりの後ろ、白煙に紛れて本体が二段構えの特攻をしてきた。

 

「山嵐。串刺しになれ」

 

 30cmの間隔で生やす鋼鉄の刃、これも牽制にしか成らず、見事な体捌きで刃を避ける。信じられない身体能力、身体の柔軟性。惜しむらくは属性攻撃手段が無い事。

 物理攻撃では全方位に張れる僕の魔法障壁は抜けない。普通の相手なら、肉体的に惰弱な従来の魔術師なら隙を突いて殺せただろう。暗がりで不意を突けば、人質を取れば或いは。

 暗殺者なのに正々堂々と仕掛けるから、自分の死で暗殺者ギルドの存続を望むから、だから負けるんだぞ。いや守る為に死ぬ事を前提としている相手に失礼な思考だ。

 

「黒縄(こくじょう)乱れ切り」

 

 合計五十本の魔力刃を纏わせた黒縄による無差別攻撃。流石の体術も数回は避けたが全てを躱すのは無理だった。数個に分割されたが、その死に顔には苦悶の表情が無かったのが救いか。

 

「主様、此方も終わりました」

 

 クリスの方はボーラを装備した相手だったが、幻術から接近して首を掻っ切る事で瞬殺したみたいだ。多分だがNO.3の方だと思うが、全く苦戦していない。

 彼女の暗殺者としての能力の方が勝っていただけか。ダガーを振って刃に付いた血を払った。特に苦戦もせず息も乱れていない。同じ暗殺者だが思う事は無さそうだな。

 さて依頼主はデンバー帝国か?ルクソール帝国か?この情報が流れれば暫くは大人しくなるだろう。他の暗殺者ギルドも僕の暗殺を控えてくれれば儲けモノ程度だけどね。

 

「うん。ご苦労様。彼等を埋葬したら出発しよう」

 

 何時の間にか強風は収まったが雨は降り続いている。終わった事を確認した、リゼルさんが早く馬車から出せと扉を叩いている。はぁ、今夜は長い説明の夜になりそうだ。

 

 

 


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