古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第835話

 未だ雨が降っているし移動は出来ない。少なくとも雨が止む迄は此処で待機だが、つまり待機中はお説教タイムって事だろうか?だって暗殺者二人だけだよ、一国の特殊部隊じゃないよ。

 一般人なら危険だけれど、僕は大国エムデン王国の宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターなのだけれど?

 

「お黙りなさい」

 

「はい、何も言っていませんです、はい」

 

 リゼルさん、思考が読める事は内緒だろ?でも女性って異性の考えている事が分かるのかって思う事は多々あるな。特に私と居るのに他の女性の事を考えていませんか?とか。

 分が悪いって心配かけたから素直に謝るかって、一緒に馬車に入ったクリスが居ない?逃げたな、僕を見捨てて逃げたな!

 

「暗殺が行われる確率が高いと予想していたならば、御自分だけで何とかしようとせずに私達にも話しておいて下さい。リーンハルト様が暗殺者などに負けるとは思えませんが、心配なのです」

 

「リーンハルト様は私達の御当主様なのです。替えの利かない大切な方なのですから、危険が有る場合は私にも教えておいて欲しかったのです」

 

 うわっ、シルギ嬢が本気泣きだ。彼女は僕の強さとか噂でしか知らないし軍属でも無いから、僕が暗殺される可能性が低くないとか思ったのかな?妹との仲も改善し御爺様の領地の復興も順調。

 なにより自分も王立錬金術研究所で意欲的に働いているし、僕の安全に相当気遣って心配してくれたのか。これが普通の感性で僕が異常なのか、暗殺来た方がやりやすいとか駄目な思考だったか。

 取り合えず、空間創造から未使用のハンカチを取り出して二人に渡す。ここで差を付けると揉めそうだし。ウルティマ嬢?知りません、泣いてないし睨んでるし。でも一応ハンカチを差し出したら受け取ってくれた。

 

「うん、御免ね。無用な心配をさせたく無かったんだ。何時暗殺されるとか、事前に教えて貰ったらストレスが酷くなると思うし来ないかも知れなかったしさ」

 

「他に私達に隠している事は有りませんか?フレイナル屑男の尻拭いの為とは言え、今回の件は私にとっては不満もあります。勿論ですが、敗戦国の方々の為の復興支援の意味は重く捉えてますが……」

 

 シルギ嬢、グイグイ来るな。でも何処まで話せる?何処まで話そう?一族として配下として働いてくれている彼女に秘密主義は駄目なのは理解したが、僕も守秘義務が有るし何処まで話せるか。

 

「うん。聞いてくれ。僕の今後の活動についてだけどね……」

 

 長い話になりそうだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 リーンハルト様が旧ウルム王国領の復興支援に行って早一ヶ月。ナゥエンからノイルビーン、アムゼーからデミン。ザスニッツを通りマインツ領に到着。

 領主である、ベッケラン子爵の所に滞在してから問題のエデンバラ砦に向かう途中、暗殺者の襲撃を受けたと本人とベッケラン子爵から王宮に報告が有ったわ。

 ベッケラン子爵は派閥の当主である、バニシード公爵にも自身の領内で王命を受けているリーンハルト様が危害を加えられた事を危惧して報告をしている。

 

 でも同時に王宮と私の元にまで、バニシード公爵にも報告しましたが……と書いて親書として送って来た意味は?もう二通、ミケランジェロとリーンハルト様本人からの報告書と親書。

 リーンハルト様はベッケラン子爵の事を有能だが派閥の移籍を考えているのだろうと予測し、ミケランジェロは単純にリーンハルト様でなく私の傘下になりたがっていると判断したみたいね。

 確かに現当主の政敵である、リーンハルト様の元に行くよりは武闘派を集めている私の方に来た方が幾らかはましかも知れないけれど。本当に幾らか程度、あまり意味を感じないわよ。

 

 そして今日の定時御前会議の議題に上がるのは間違いないわ。リーンハルト様は暗殺者を無傷で倒して、暗殺の依頼主はデンバー帝国かルクソール帝国と予想したわ。

 根拠は何故か影に生きる暗殺者二人と会話が成立し、その中で失敗確実だが行わなければ暗殺者ギルドが報復で滅びる事、依頼を請ける機関が実行部隊と別である事。

 国家権力の介入が予想される事を上げているけれど、確かルクソール帝国は暗殺を多用していると情報が上がっているわね。戦勝祝いの時の大使の反応をみても可能性は高いわ。

 

 許されざる事は、リーンハルト様は今回の件で国境付近に行く事で仮想敵国の特殊部隊の暗殺が来ると高確率で予想しているのに私に黙っていた事。

 どうせ無用な心配をかけさせたくないから、とかでしょうけれど。家族認定の私に対して非常に他人行儀で悲しい事、その辺を王都に戻られたら良く言い聞かせなければだめだわ。

 水臭いとかじゃなく、必要な事なの。今回の御前会議、自分の配下の領地で国家の重鎮が暗殺されかけたとなれば、派閥当主のバニシード公爵の弁明が楽しみだわ。

 

 少なくともサリアリス様は激高して責任を追及するでしょう。ニーレンス公爵とローラン公爵はアウレール王の様子をみてから判断、同じ派閥当主として配下の失態の責任をどこまで取るか?

 前例を作りたくないでしょうから追求は消極的かしら?両騎士団の団長は脳筋だから、リーンハルト様が暗殺者程度に負ける訳がないが依頼主は探し出して滅ぼすべきだ!かしら?

 でも確かに暗殺は失敗だから、バニシード公爵を糾弾する程の事でもないのよね。まぁそれなりの叱責をして譲歩を引き出す位かしら?

 

 私的には、暗殺ギルドと依頼主は皆殺しにしたいわ。私のリーンハルト様を害しようなんて考えるなんて、楽には殺さないから覚悟しなさいな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 御前会議はアウレール王がいらっしゃる前から緊張感に包まれているわ。当事者たるバニシード公爵は頻りに額の汗を袖口で拭っているし、サリアリス様はそんな彼に絶対零度の視線を向けている。

 ニーレンス公爵とローラン公爵は同情の視線を向けて、両騎士団長は暗殺ギルドの上位陣にも苦も無く勝てたリーンハルト様の事を称えているけれど……貴方達も仮想敵国からしたら暗殺対象よ。

 リーンハルト様と違い毒殺は100%防げないのだから一定の危険を伴っているのに、リーンハルト様からエリクサーを渡されているから余裕なのかしら?油断はしないでね。

 

 貴方達は私とリーンハルト様の幸せの駒なのだから、勝手に死なれては予定が狂うのよ。

 

「アウレール王がいらっしゃいます」

 

 先振れの近衛騎士団の声に、アウレール王を迎える為に全員が起立する。

 

「構わない、楽にしろ」

 

 アウレール王の言葉に従い席に座る。見た目では不機嫌さは感じられない無表情さが逆に怖いわね。アウレール王にとってリーンハルト様は半身に近い必要な人材だから、害されそうになって無対応は有り得ない。

 女官達が紅茶と冷たい果実水を配る間、アウレール王は目を瞑って腕を組み何かを考えているわね。いえ、無言のアピールかしら?特に責任の無い私達は平気ですが、バニシード公爵は更に汗をかいているわ。

 聖戦祝勝祝いの舞踏会で彼の子供達、ワーグナルス殿とメガエラさんのやらかしの件も有るし、もしかしたら他にも失態が有るのかしら?大変ね、同情だけしてあげるわ。

 

「ふむ、皆に報告は行っていると思うがゴーレムマスターが暗殺者に襲われた。まぁ奴は無傷で撃退し依頼主の予想も報告しているが、俺も仮想敵国の仕業だと考える。

現状、リーンハルトもそうだが、聖戦で一騎当千の戦働きをした強者達の対策とすれば暗殺一択だ。奴はそれを予想して待ち構えていたらしいし、何故か暗殺者共と会話が成立したそうだ。

自分を暗殺しようとする連中と会話を試みるとか理解できないが、仮想敵国の連中の暗殺一辺倒な対応には頭に来るな」

 

 そう言って、また目を閉じた。先代の兄王の暗殺も旧コトプス帝国の仕掛けた事らしいし、御自身もリーマ卿に暗殺を企てられたし。此処にきて、リーンハルト様まで暗殺を仕掛けられたとなれば心中は複雑でしょう。

 でも直近の二回の暗殺は全て、リーンハルト様が防いだわ。エムデン王国に暗殺など通用しない。そう噂を広めたら良い牽制になるかしら?噂?そう、噂ね。これは使える、リーンハルト様の助力になるかしら。

 私が噂の広め方を考えている内に会議は少し進んでいたみたいだわ。私もリーンハルト様と同じく思考の海に沈むと中々上がってこないみたいね。ふふふ、お揃いで少し嬉しいかしら。

 

「でだ。拝領したばかりとは言え、少し領地の引き締めがなってないのではないか?」

 

「いえ、その……未だ拝領して数ヶ月ですし、ベッケランの治世が悪いとも思えませんが……」

 

 あらあら、バニシード公爵の統治能力の低さを指摘しているのかしら?まぁ確かに責任の一端は有ると思うけれど、私でも他の公爵でも今回の暗殺は止められなかったと思うのよね。

 確かにエデンバラ砦は、ベルヌーイ元殿下を逃がしたと思われる場所ですから捜索を厚くしていれば暗殺者の侵入を察知出来たかも知れない。でも暗殺ギルドの上位指導者が二人と小人数ですし、国境で侵入を抑えるのも無理よ。

 その卓越した暗殺者をものともしない、リーンハルト様とクリスさんの技量を褒めるべきね。バニシード公爵は政敵である、リーンハルト様を持ち上げる事が嫌だから話を持って行けないのよ。下手なプライドは危険よ。

 

「戦後のドタバタの時期に国境付近で少数の暗殺ギルドの上位陣の侵入を防ぐのは不可能に近いと思います。逆に手練れの暗殺者を無傷で退けた、リーンハルト様の手並みを褒めるべきかと思いますわ」

 

「む?ザスキア公爵か?」

 

「まぁそうだな。暗殺ばかり仕掛けられて腹立たしいが、確かに手練れ少人数の侵入を防ぐのは厳しいか」

 

 折角助け舟を出したのに、私を睨むとか紳士じゃないわよ。貴方だって、リーンハルト様の成果を称える方向に持って行けば責任を回避できたのよ。それをしないで私を睨むのはお門違いよね。

 アウレール王も理解はしていたけれど、感情が納得しなかったのかしら。失敗続きの臣下に暗殺ばかり仕掛けてくる仮想敵国の連中、自分の最も信頼する忠臣の命の危機に苛ついたのね。

 私も同じ気持ちですが、この暗殺は利用出来そうですわ。暗殺と言う安易な手段を用いた連中には少し痛い目に合って貰いましょう。

 

「アウレール王、少し提案が有りますの」

 

「ふむ、何だ。その嫌らしい笑みを浮かべながらの提案となれば、相当悪辣なのだろう。お前の大事なリーンハルトが危機に陥ったのだから、そのままにする事はしないだろ?」

 

 ええ、私の愛する旦那様(予定)ですし、貴方の大切な忠臣でも有りますわよね?バニシード公爵をチクチク虐めても何の進展も効果も有りませんから、別の提案をさせて頂きます。

 

「旧ウルム王国領の復興支援に向かった彼等が待ち焦がれた参戦しなかった英雄である、リーンハルト様を暗殺しようとした勢力が未だに潜伏している。この噂を領民達に流したら、彼等はどう動くでしょう?」

 

 ニヤリと笑いながら提案したら、参加者達がドン引きしましたが?何故かしら、待ち焦がれた英雄様を害されたとなればモア教の関係者も領民達も私達の良い協力者になるわ。

 暗殺者を送り込んだ仮想敵国の連中、未だに領内に潜伏する旧ウルム王国の関係者。ベルヌーイ元殿下の捜索も領民の殆どが自主的に協力してくれるわよ。それこそ草の根を分けてもね。

 どんな些細な情報でも欲しいのだから、相当数の領民やモア教関係者が血眼になって探し始める。多数の監視の目が有れば、仮想敵国の連中も手出しが出来なくなるわ。彼等は追い詰められて……

 

「え、お前、それは……」

 

「エグい。流石は魔王、殺しに掛かっていやがる」

 

「流石は魔女、サリアリス殿よりも冷血だな」

 

 アウレール王が驚き、ニーレンス公爵とローラン公爵は言いたい放題だわ。誰が魔王で魔女よ、私は愛する旦那様を思う心優しい淑女です。外見だけなら少女ですわ!

 ギロリと睨めば顔を背けたけれど、この暴言は忘れないから。何時か報復してあげる、最高の舞台を設えて最高の場面で。覚えておきなさい。

 あら?バニシード公爵は冷静になったみたいね。冷静に私を睨んでいるけれど、貴方は未だ私達に勝てると思っているの?未だ歯向かうのかしら?

 

「まぁなんだ、ザスキアよ。この件はお前に任せるから、旧ウルム王国領から不穏分子を根こそぎ炙り出して始末しろ」

 

「ええ、任せて下さいませ。全てを根絶やしにしましょう。私の幸せの為に、不要な者達は消えて貰いましょう」

 

 これも王命ね。なので不本意ながら全力で当たる必要が有るわ。イーリンとセシリア、それに今回はミズーリも参加させましょう。そろそろ彼女にも現場での働きを教える時期ね。

 そうだわ。ミクレッタとパーラメル、それとトレイシーも使いましょう。花嫁修行とエムデン王国の伯爵令嬢として他国に嫁いでも恥ずかしくない様に修行中ですが、中々の素質を持った娘達ですし。

 アウレール王も嫁ぎ先を厳選しているので、未だお相手はいないし暇を持て余していますし。私好みの淑女に教育中ですし、彼女達にも経験を積んで貰いましょう。

 

 楽しい楽しい諜報活動の始まりですわ。私とリーンハルト様の仲を邪魔する連中共々、悉く滅ぼしてくれるわ!

 

 

 

 


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