古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第836話

 御前会議の議題にて、リーンハルト様暗殺未遂の件について話し合ったわ。領主であるベッケラン子爵と派閥当主であるバニシード公爵には、それなりの圧力を掛けるだけで良しとします。

 今は、ですが……

 そして今回の件を利用する提案をしたのだけれど、皆さんにドン引きされると自分で提案したのだけれど傷付きますわ。傷心の私に掛ける声はないのかしら?紳士として失格よ。

 

 今も無垢なる私に失礼極まりない視線を向けてくる連中に向けて笑顔を浮かべながら見回すと、次々に視線を逸らしたわ。此処で睨み返す位してくれれば相応の報復をしますのに、弱気になられると出来ませんわ。

 

「ザスキアよ。確かに許可はしたが、具体的にはどうするのだ?」

 

「噂を流します。参戦しなかった英雄、戦後の復興の為に来てくれたリーンハルト様の暗殺を企てて未遂に終わった連中が今も領内に潜んでいる。彼等を探し出す事が恩に報いる事だと。

未だに反エムデン王国派も居る現状で、怪しい方々は少なくない数が潜伏しています。新しく領地を拝領した領主達も領内の掌握と維持管理に追われ奴等を探し出す手が足りないのが悩み。

ですから人手を増やしてあげるのですわ。周囲の領民達が一斉に怪しい者達を捜索して領主に報告、対応して頂きます」

 

 『魔女狩り』と誰かが囁きましたが、それは違います。魔女狩りは宗教弾圧、過去に愚かしくも国教であるモア教を弾圧した権力者と癒着した宗教が行った私刑であり暴虐な蛮行。

 何故、モア教関係者の女性を魔女と蔑んでピンポイントで狙ったのか?モア教全体ならば司祭や神父、僧侶も女性より男性が多かった筈なのに。

 過去の事例から推測するに清貧で有る事を是とするモア教は、権力とお金と女性を求める連中にとっては邪魔で受け入れられなかったのでしょう。そしてモア教関係者の女性を攫う事が多かった。

 

 魔女と適当な理由をでっち上げて強引に攫い我が物とする。当時も魔術師は存在したが、邪神と契約して堕落した者を魔女として便宜上区別したのよね。邪神、それは自分達の欲望を崇めた存在の方でしょ?

 理由などどうでも良く、自分達のやりたいようにやる理由付けでしかなかった。でもモア教の信徒達が直ぐに立ち上がって反抗を開始した。モア教は教義上、暴力での抵抗を否定したが信徒は従わなかった。

 彼等の理想の宗教を訳の分からない権力者の都合の良い宗教に変えられる事が我慢出来なかった。モア教の信徒の暴走は恐ろしいけれど、根は善良だから与える情報を間違えなければ、危険では有るけど大丈夫なのよ。

 

 多分大丈夫よね?私はリーンハルト様から家族認定もされているから、最悪の場合でも相応の配慮はするでしょう。勿論ですが、そのような負担をリーンハルト様には掛けませんわ。

 

「モア教との調整は十分に行え。リーンハルトはモア教の教皇にも目を掛けられている。今回の聖戦でも、奴の存在がモア教の全面的な協力を引き出したんだ。下手に藪を突いて状況を悪化させるなよ」

 

 アウレール王もモア教の恐ろしさを理解しているのね。権力者にとって都合の良い理想的な宗教だけれども、領民にとっても理想的なのよ。彼等はモア教を守る為ならば一致団結して強固に抵抗するのよ。

 過去に幾つか有った他宗教との対立も教義的な良し悪しでの論争もそうですが、最終的には信徒達が自ら動いて他宗教を排除したの。モア教関係者が扇動した訳ではないのに自主的に動いた。

 それは権力者にとって脅威的な事なのだけれど、他宗教に勝利したモア教自体が権力を放棄するから余計に複雑な状況になる。最終的に権力者はモア教に最大限の便宜を図らないと駄目な様に……

 

 宗教とは人々の心の拠り所と言いますが、本質はもっと別の何かが……

 

「勿論ですわ。モア教の関係者と事前に慎重に協議を行います。ですが噂で先に信徒を動かせば、此方に有利な状況に問題無く持って行けるでしょう」

 

 今回の件で少しでもモア教の教皇に。リーンハルト様に対する思惑が分かれば良いのですが、謎の多き人物ですから私の情報網でも詳しく分からないのよね。

 総本山の最奥にいて、ベール越しにしか人と会わないそうですし。モア教自体が権力欲が無く弱者と共に手を取り合って生きる事が教義だから、悪人ではないのでしょう。

 情報が無い事が情報を最も多用する私にとって恐怖の相手、でも下手に調べる事は藪蛇で嫌なのよ。信徒の怖さを熟知しているから、彼等の悪意を向けられる事が非常に不味い事だから。

 

 議題が一段落したのでしょう。アウレール王が全員分の飲み物を新しく替える指示を出した。良かったわ、予想の内でも良い結果でしょう。モア教と信徒達を謀略の駒として使う事を許可してくれたのだから。

 バニシード公爵も結果的に自分と派閥構成貴族の失態が有耶無耶になったから一安心かしら?でも貴方達の領地の領民から膨大な数の情報が集まるのよ。その対処は大変だけど頑張りなさいな。

 私とリーンハルト様は旧ウルム王国領の領地は貰えなかったけど、ニーレンス公爵達は拝領したから大変ね。でも逆恨みはしないで下さいな。未だその未来を予測出来ずに安心して紅茶を飲んでますけどね。

 

 サリアリス様も領地は貰えず……いえ、領地経営に全く興味が無く下手な領地を貰うと相続問題で馬鹿な親族が騒ぐから、態々報奨金と宝物に替えて貰ったのよね。

 身内のやらかしは胃に来るから仕方ないわね。今でさえ過去にサリアリス様が拝領した領地に代官に任命されて居るけれど、良い噂も聞かないし。知識探求を是とする魔術師の筈なのに、俗物的よね。

 参加者を見回していたら、アウレール王と目が合ったけれど……何故ニヤリと笑うのかしら?ネクタルの件で嫌味でも言いたいのかしら?でもリズリット王妃に渡すには条件が厳しくてよ。あの女は最終的に私達と敵対する可能性が高いから。

 

 甘い条件など提示しない。何時か私とリーンハルト様と敵対する、そう私の勘が訴えているのよ。王妃と全面衝突?笑えないのだけれど、準備は怠らない。私は負けない、絶対に!

 

「ザスキアよ。報告書には無いが、ゴーレムマスターの操るゴーレム輸送部隊をどう思う?」

 

「ゴーレム輸送部隊ですか?そうですね……」

 

 其方から攻めるのかしら?確かに現状の兵站を根底から壊す常識外の馬車の運用ですが、リーンハルト様が同行しないと無理なので実際に活躍も転用も難しいのよね。

 両騎士団長は凄く興味が有るのでしょう。乱暴に紅茶を飲み干して此方に注意を向けてきたし、バニシード公爵は面白いネタと思ってか嫌らしい笑みを浮かべていますし。

 サリアリス様は単純にリーンハルト様の土属性魔法の汎用の広さとゴーレム運用の極みみたいな事に満足げに頷いているし。報告書に記載しなかったのは、国家で転用して使う事が無理だったからなのですけど……

 

「素晴らしい錬金とゴーレム運用技術の極みだと思いますわ。固定化の魔法を強固に重ね掛けした馬車は移動要塞と同じでしょうし、馬車の運用の最大のネックである馬の維持管理、疲労具合の調整など問題が全て解消しています。

ですが卓越したゴーレム運用技術を持つ、リーンハルト様だから可能な事なので他に転用は出来ないでしょう。実際に強固な馬車は少数錬金し流通していますが、ゴーレム馬はアウレール王に献上した黄金騎馬だけです。

前に聞きましたが、あの黄金騎馬は複数の希少な錬金素材が必要で大量生産は不可能に近いでしょう。仮に予算度外視で量産しても幾つ揃えられるか分かりませんわ」

 

「まぁそうだな。有れば便利だが、ゴーレムマスターを拘束してまで運用する意味はないか……」

 

 それほど不満そうではないわね。一応確認してみた程度かしら?両騎士団長も単一最強戦力を物資の補給部隊に同行させる効率の悪さとコストの低さに納得して頷いていますし。

 バニシード公爵は何かリーンハルト様の足を引っ張るネタになるかと思っても、実際は無理な事を再確認して不満顔ね。貴方はアウレール王が必要だと思っているから没落一歩手前で我慢しているの。睨んだら動揺したわね。

 分を弁えなさい、小者め。出過ぎた真似をすると潰します。正直、貴方とアルドリックさんの事を許していませんわ。リーンハルト様に負担を強いる者を私が何もしないでいると思うなら最大限の侮辱、甘く見過ぎね。

 

「リーンハルト殿謹製の錬金馬車の性能は凄い、実際に乗ってみれば本当に移動要塞だからな。馬車だけでも高品質なのだから、引く馬まで寄越せは問題有りでしょうな」

 

「確かにな。だが馬は高貴なる趣味として各家が自慢の馬を育てている。騎馬もそうだが馬車を引く馬も強くタフネスである馬を掛け合わせて育てて来た。有る意味ではゴーレム馬は邪道、頼るのはどうかと思うぞ」

 

「だが消耗の無いゴーレム馬を使えば、王都内でなら陸上公共交通機関として運用出来ないか?王都の発展は為政者として必須の努力だろう?」

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵が話を逸らす援護をしてくれたのに、バニシード公爵が変な話を振ってきたけど……リーンハルト様に辻馬車の真似事でもさせる気?正気の沙汰とも思えないわ。

 確かに王都では乗合馬車の交通網が発達して王都内なら乗っている時間で、王都の外に行くならば行先によって料金が決まっている。王都内なら何処でも金貨1枚で貸し切りで乗せて貰える辻馬車『1金貨の馬車』も有ります。

 でもそれがどうしたの?馬ゴーレム馬車の普及は御者や馬に関わる職業の者達の生活を圧迫する事になるので、わざわざ運用する意味が無いわ。まさかリーンハルト様の評判を落とす為に?そんな単純な話なの?

 

「お前、馬鹿か?国家の最強戦力の一角を王都の交通機関の普及に使うとか、馬鹿なのか?適材適所も分からんのか?」

 

「独立国家相手に一人で戦争(喧嘩)が出来る宮廷魔術師第二席だぞ!平民の輸送をやらせるとか、軍属に喧嘩を売ってるのか?」

 

「最年少宰相候補だぞ!国家の運営の中枢を担う高級官僚に、御者の真似事をさせる気か?対費用効果を考えても無駄が大き過ぎて駄目だぞ」

 

「官僚違う、軍属だっ!」

 

「馬鹿な!政務能力の高さは折り紙付きだろ。平時は官僚として活躍して貰うべきだろ。それが正しい人材活用で有り、国家を繁栄させる為の人事なのだぞ」

 

 アウレール王が切れて、ローラン公爵が軍属として、ニーレンス公爵が官僚として切れたわ。両騎士団長は殺気が駄々洩れていますし、サリアリス様は冷気を伴う魔力と殺気を滲ませ始めた。

 何事かと近衛騎士団員が謁見室になだれ込んできたので経緯を説明しましたら、バニシード公爵に対して剣の柄に手を置いた。次に何か言えば問答無用で斬る、そういう事ね。あらあら、本当にお馬鹿さんなバニシード公爵。

 未だリーンハルト様の事を理解していないの?軍属は英雄として尊敬し、官僚は政務能力の高さを認めているの。そんなリーンハルト様に対して、馬鹿な事を言えばこうなるのよ。

 

 ここで揉めても何の意味も無く、バニシード公爵の愚かさが際立つ位で意味も少ないわね。未だ公爵間の不和は宜しくないの、アレには必要な役割があるのだから。パンパンと両手を叩いて皆さんの意識を私に向けさせる。

 

「皆さん、アウレール王の御前ですわ。そこ迄にしなさいな」

 

 誰が一番殺意が籠っているのかと思えば、ダーダナス殿ね。リーンハルト様と義理でも親子関係になりたいからと、近衛騎士団六十四家を纏めて側室予備軍なる不逞の輩を組織したのよね。

 その我が子にしたい程に心酔している、リーンハルト様に対しての余りな対応に我慢が出来ないのね。御前会議なのにグタグダだわ。でもアウレール王は気分が回復したのか良い笑顔で笑っていますし。

 一応修羅場なのですが、本当に国家運営と状況に余裕があるからこその馬鹿騒ぎのようね。少し前ならば考えられない不敬な事ですが、今は面白いから私も静観していましょう。

 

 エムデン王国の未来は明るい。皆が理解しているから……あらあら、また公爵同士で口論に発展したわね。これはこれで余裕が有って幸せな事なのかしら?

 

 

 


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