古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第837話

 漸くエデンバラ砦に到着した。此処を拠点として周辺の領地の復興支援を行う事になるが、好き勝手に開墾したり出来る訳ではない。事前に領地の改善希望を纏めて書類として貰ってはいる。

 または順次貰う予定ではいる。利権が絡むし細かく領地を分けて与えたから複数の領主達が居る訳で、可能ならば自分の領地を優先して発展させたい。その調整は至難の業だっただろう。

 実際に未だ改善希望書を貰ってない所も有る。デミン領とかアムゼー領とか……国王直轄領は僕が事前に提出した復興案がそのまま採用され、ノイルビーンも同じく復興案が採用された。

 

 ニーレンス公爵もローラン公爵も自分の派閥構成貴族の調整に四苦八苦しているらしく、マインツ領の復興支援が終わる迄には必ず提出すると報告を受けている。まぁ利権絡みは大変だろうな。

 全ての領主の領地を改善出来る訳もなく、一番酷い状況や手を入れねばならない場所を行うのが理想だけどね。善人ばかりじゃなく、派閥構成貴族の間でも当然ながら力関係は発生する。

 僕はその選定までは関わらないと明言している。下手に好きな所をやってくれとか言われても困る、やらない場所の領主から恨まれたり簡単な場所ばかり選んだとか言い出すからな。

 

 そして今、エデンバラ砦の大広間にはマインツ領の全ての領主達が集まっている。総勢五人で当然だが、ベッケラン子爵も出席している。彼がマインツ領で最大面積の領地を拝領しているからだ。

 その他の四人の全ての領地を合わせても、ベッケラン子爵の領地の半分にも満たない。聖戦でそれなりに活躍し新貴族男爵位と領地を両方貰った方々だが、その領地も実情は色々と複雑みたいだな。

 総人口1000人弱の三つの農村の領主の、アルバン男爵。人口800人の街と周辺の牧草地帯の領主の、ロルフ男爵。そこそこの広さの畑と総人口600人の二つの農村の領主のリーヌス男爵。

 

 最後は小規模な鉄を産出する鉱山と鉱員と彼等の家族が暮らす300人程の村の領主の、ハイモ男爵。全員が武闘派なのは国境付近の領地だから防衛要員でも有る。だが彼等の財政状況から各自最大でも100人程度の私兵だろう。

 ベッケラン子爵を合わせても総員で1000名弱だが、初動で動員出来る兵力としたら十分だろう。僕も爵位や役職、領地の割合から言えば3000人以上の兵力を養わないと駄目なんだよな。貴族の義務として……

 武闘派なので、僕に対しては全体的に好意的なので助かる。でも戦後の復興支援の話し合いなのに、全員が完全武装で戦争にでも行くみたいなのは何故だろう?

 

「改めまして、旧ウルム王国領の復興支援にきた、リーンハルト・フォン・バーレイです。宮廷魔術師第二席の任についています」

 

 政敵の派閥構成貴族だが、全員挨拶を交わす程度には見知っている。ベッケラン子爵以外は二十代後半の若い連中なのは、爵位持ちの親と共に聖戦に参加して単独で手柄を上げたからだ。

 まぁバニシード公爵の派閥構成貴族の連中は、聖戦でそれ程の活躍をしなかったので細切れの領地を拝領したのだろう。実際に、ニーレンス公爵やローラン公爵の派閥構成貴族達の方が未だ広い領地を与えられた。

 落ち目のバニシード公爵だが、最後の巻き返しでバセット公爵をライル団長に売って引き換えに活躍の場を与えて貰ったそうだ。ザスキア公爵が後から報告書の形で教えてくれたんだ。

 

 実情を知っておく必要があるからと……

 

「自己紹介は既に済ませているが、俺がマインツ領の代表のベッケラン。彼等がアルバンにロルフ、リーヌスにハイモ。全員が先の聖戦で活躍し新貴族男爵になった武闘派だな」

 

 ざっくりした説明にも文句は無さそうだ。ベッケラン子爵は年長者であり、武闘派としても実力者。成りたて新貴族男爵が反抗など出来ないし、そもそも統括力も高そうだから、良く彼等を纏めているのだろう。

 机の上にはマインツ領の正確な地図と要望書、それと各領地の詳細な情報を纏めた資料が置かれている。因みにだが、僕はリゼルとシルギ嬢を同席させているが、彼等は副官も同席させていない。

 男尊女卑思想は無さそうなので、僕の親族だが配下で爵位の無い、シルギ嬢にも配慮してくれている。偶に居る、無冠無役の連中を見下す連中じゃなさそうで良かった。

 

 一応、僕は彼等の派閥当主である、バニシード公爵の政敵。ハイゼルン砦攻略の時から表と裏でやりあっている、怨敵みたいな存在なんだけどさ。

 

「要望書では最優先がアルバン男爵とロルフ男爵の領地の開墾で宜しいのですか?」

 

「そうだ。食料の増産を最優先にしたいのだが、ウルム王国の国策の酪農の普及が失敗に終わり土地は有っても耕作地が少ない。酪農と畜産を混同して失敗したみたいだな」

 

 酪農と畜産?酪農は乳牛を育てて乳製品を得る事。畜産は食用家畜の生産、牛や豚に山羊や鶏もか。何故に混同したのか聞いたら、数年前の農作物が不作の時に家畜は勿論、乳牛も潰して食べたのか。

 乳牛は食用じゃないけれど、飢饉の時には死ぬよりマシと潰して食べるのは仕方ない。ウルム王国はエムデン王国よりも飢饉に対する備えが弱かったのだろう。

 殆どの乳牛や家畜を食べてしまい、貯えを消費してしまい新しい家畜を購入出来なかった。だが国の政策が酪農の普及だったから牧草地帯を畑に替えれず今に至る。前の領主も国政には逆らえなかった?

 

「現状飼育している家畜の餌である牧草地帯を残す割合は把握していますか?」

 

「無論だ。実際に最盛期の二割以下だから七割の牧草地帯を開墾し新しい畑としたい。出来れば周辺の雑木林の一部や荒地も開墾したいのだが……」

 

 七割か。差し出された地図の赤く記した部分を開墾したい訳だな。それと青色の部分の荒地と雑木林の一部か。雑木林は山里に住む者達には必要な山の恵みが得られる場所だ。一部でも開墾して平気なのか?

 地図を良く見れば農業用水を引き込みやすい場所ではある。残りは沼地や高低差が有り過ぎて農地としては不向き、耕作地の面積確保の為に雑木林も含めたのかな。

 良く考えられてはいるが、そこに住む領民達の意見も反映させているのか?それとも領主の権限での強行か?モア教の絡みも有り、領民に配慮は必須だぞ。

 

「雑木林の開墾も可能ですが、山里の民にとって雑木林は生活に必要不可欠です。それを伐採して農地にする事を納得していますか?」

 

「問題無い。価値の有る樹木は管理されて別に有る。売れない雑木を伐採し木材として自分達で使いたいのと、冬に向けて薪の確保だな。人口増加を見込んで木材確保は急務なのだ」

 

 売れない木材?杉や檜は建材として高く取引されるが、クヌギやコナラは価値が低いから自分達で使うのか。開墾する面積も雑木林全体の二割強、まぁ許容範囲なのか?

 アウレール王から領民への配慮をしろと厳命されているからか、特に問題は無さそうだな。平地の雑木林だから農地にしても手間暇が掛からない。普通なら雑木といえども根っこまで撤去となれば大変だ。

 だが僕は10m級のゴーレムルークを操れるから問題無い。引っこ抜いて枝を払う迄を行い、そこから先の加工は領民達の領分になる。大まかな切り分けは出来ても建材としての加工は無理だから。

 

「次がリーヌス男爵領の農地の水路の整備ですね」

 

「用水路が複数の領地を跨いでいて、前は水の利権で大揉めしたらしくてな。勝手に堰(せき)や水門を設けては争い壊す壊されるの繰り返しだったそうだな。今回、マインツ領として統合し水路も共同運用する」

 

「水量は豊富だが新しい水路を作るには多大な予算と労力が必要、ウルム王国では予算が賄えず安易に酪農の普及に切り替え失敗した。同じ轍は踏めないぞ」

 

 ああ、だから既存水路の拡張と枝分かれする水路の新設なのか。水の利権絡みは農民にとっては命懸けだから、それこそ対立する村を襲って堰や水門を壊す事も多かったそうだな。

 上流が有利だが農地にする平地が少なく、下流は水の確保は不利だが農地転用出来る平地が多い。人口の多い下流の村が人口の少ない上流の村を襲い全滅させたり吸収したりと血生臭い事件も多かった。

 エムデン王国では少なくなったが、周辺諸国では未だ有る事なんだな。これも急務、疎かには出来ないが問題は少ない。時間との闘いだが、やり切れるだろう。

 

「最後は新しい鉱脈の発見ですか?これは……」

 

「最強の土属性魔術師と言われる、リーンハルト卿でも難しいのか?」

 

 ハイモ男爵が不満そうに言ってきたが、自分の領地の小規模な鉱山だけでは満足せずに新しい鉱脈を見付けて欲しいって事だよな。だが土弄りが得意な土属性魔術師でも難しいぞ。

 金や銀の鉱脈ならば塩素を多く含む温泉が湧き出る火山地帯に多いと聞いた事が有る。嘘か本当か分からないが『浅熱水性金銀鉱床』と言うらしい。

 マグマが上昇した火山帯で作られて、マグマの中から溶け出した金や銀が含まれた熱水が更に上昇。温度が急激に下がり、金や銀の鉱脈が出来るという状態らしい。残念ながらマインツ領に温泉は湧き出ない。

 

 現在産出している鉄の鉱脈は三ヶ所目らしく、周辺に新しい鉱脈は見付からないらしい。発見する手立てもなく山中をうろつき回っても無意味、僕の探査魔法を使えばワンチャン有るかもしれない。

 でもそれは鉱脈が有る可能性が高い所を調べるからであって、有るか無いか分からない所を闇雲に探すのは時間と労力の無駄だな。残念ながら却下かな。

 

「最初にこの辺りに有るという前提ならば、僕の探査魔法で見付ける事が出来るかもしれません。ですが有るか無いか分からない場所を延々と探すのは短い復興期間で行う事は……」

 

 無駄です。とは言えないのだが、僕の表情を見て悟ったのだろう。物凄く不満で不機嫌そうだぞ。これは後で、リゼルに彼の心の中で思った事を確認しておくか。自分だけ要望が叶わないとか逆恨みされそうだし。

 

「では他の鉱物とか、今の鉄の鉱床が他にも周辺に有る可能性は?」

 

「ハイモ男爵、そこ迄だ。周辺の鉱脈探索は、以前から他の山師達が行って無いと結論付けたと聞いている。リーンハルト卿だから見付けられるとは限らない、諦めろ」

 

「ベッケラン子爵?そうですね。残念ですが無いものは無い、今の鉱脈ももう暫く採掘すれば鉄が尽きそうなのです」

 

 がっくりと項垂れてしまったが、鉱山については堀り尽くして閉山する事は避けられないので諦めて貰うしかない。それに万が一にでも新しい鉱脈を見付けてしまった場合、別の意味で騒動になる。

 強い力を持つ者の領地で見付かったのならば問題は少ないが、成りたて新貴族男爵の領地で金鉱脈とか見つかったらどうなるか?穏便には済まないだろうし、それに絡むのも嫌だぞ。

 ハイモ男爵も最大勢力の、ベッケラン子爵は自分の領地は後回しにしている事を知っているから、我を通せないのだろう。最初の復興支援から問題を抱えてしまったか?

 

「それでは午後から始めますので、宜しくお願いしますね」

 

 ハイモ男爵を刺激しても意味が無いので会議を切り上げる。あとは予定通りに粛々と復興支援をするだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 打合せを終えて与えられた控室に戻る。シルギ嬢は配下の者達に昼食後に移動する事を伝えに行って貰った。エデンバラ砦からアルバン男爵とロルフ男爵の領地までは二時間程度、滞在する宿の手配も済んでいる。

 一週間程度で終わらせて、最後にリーヌス男爵の領地に移動し同じく一週間程度で終わらせる。全ての農地を開墾してから水路の整備を上流から同じく一週間の工期で進める。

 雑な手順だが、後は微調整をしながら進めれば良い。

 

「それで、ハイモ男爵だけどさ。僕に対して不満を隠さなかったけど、何を考えていたのかな?」

 

「ハイモ男爵ですが、最初に考えていた事は最低でしたわ。妾を連れての漫遊かよ!とか考えていました。それでも最初は新しい鉱脈も見付けて貰う為に我慢して表情には出さなかったのですが……」

 

「僕が無理って言ったから、我慢出来ずに表情に表れた?元々は政敵の派閥構成貴族の末端だし、普通にそんなものかな。妨害とか嫌がらせとかは考えてなかった?」

 

 僕の質問に頷いたが、妾同伴って考えられた事が不満らしい。機嫌を回復させるのに少し手間取ってしまい、報告に来たシルギ嬢の雰囲気を察した懐疑的な視線が痛かった。

 早く側室に迎えてあげたらどうですか?ってさ。僕とリゼルの関係は説明した筈なのに、何故か僕が不誠実って事になっている事に驚いた。浮気もしてないのに不誠実とは?

 

 

 

 


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